Chapter.67
引っ越し当日。仕事の都合で参加できなかった紫苑、黒枝以外の四人が手伝い、一緑の部屋から家具と段ボール箱を運び出す。荷物を積み込む軽トラは、一緑が運転する。
「カリンちゃんが来た日思い出すな~」青砥が朗らかに笑う。
「そういや同じメンバーか」一緑が四人を見て思い出し、笑った。
「あんとき、キィちゃん、カリンちゃんにビビってたよなー」
「女性苦手やったからな」
「もう過去形?」嬉しそうに聞く青砥に
「うん、過去形」キイロがうなずく。「来たんがサクラさんやったから、大丈夫になったんやと思う。ありがとう」笑みを浮かべるキイロに
「とんでもないことです。色々とお気遣いいただいて助かりました。こちらこそ、ありがとうございます」華鈴も笑顔になって答える。
二人の間に、積み重ねた三年の時間がよみがえった。
「荷下ろしも手伝うのに」離れがたそうな橙山を
「邪魔したんなよ~。二人でこちょこちょやりたいんやって~」青砥がたしなめた。
「そりゃそうやな、新婚さんやもんね。ごめーん」顔の前で手を合わせて、橙山はくしゃりと笑う。
「うん。落ち着いたらまたこっち来るし、うちにも呼ぶから遊び来てよ」
「行く行くー!」
「呼ばれるわ」
「キィちゃんは建物内で会ったらよろしくね」
「うん、よろしく」
「マコトくんも、ありがとね」
「おん。あっちはちゃんとした管理人おるから、困ったらそっちか、まぁ俺でもええから連絡して」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
一緑と華鈴がお辞儀をして、四人に礼を言う。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「うん」
「気ぃつけてね~」
「また呑もね~」
「そんなら」
それぞれのあいさつをする四人に見送られて、一緑と華鈴は赤菜邸を旅立った。
「行っちゃったね~」
トラックを見送り、手を下ろした橙山が言う。寂しさと晴々しさが混じった声色だった。
「新しい人、入れるんですか?」キイロの質問に
「いや、しばらくはええわ。手続きとかめんどいし」赤菜は後頭部を掻きながら答え、玄関に入る。
「今度は女の子がええな~」橙山の提案に
「独り暮らし? で女の子はなかなかハードル高いんちゃう~?」青砥が首をかしげる。
「やっぱ警戒されるかな~」
「あらぬ疑いかけられたりしたら、ちょっとイヤやな」
「いまどきやったら、ない話じゃないか~」
四人は会話をしながらリビングに戻る。
「コーヒー飲む人~」同志を募るように青砥が挙手をする。
「はい」同じように手を挙げたキイロ。
「オレ、日本茶飲みたい気分」唇に指を当て答える橙山。
「じゃあ俺ビール」赤菜はアルコールをご所望だ。
「コーヒーゆうてるやん!」提案した青砥が笑う。「コーヒー以外のヒトは自分でやってくださ~い」
「えー、じゃあコーヒーでええわ~。ミルクと砂糖たっぷりの」
「それはもうカフェオレやな。ええけど別に」
「キィちゃんはブラック~?」
「うん」
「俺ビール」
「昼間からビールて」眉根にシワを寄せ、青砥が笑う。
「ええやろ、今日仕事休みやねんんから」
「ええけどさ~。なんかつまみあったかな~」自分でやれと言っておいて、結局青砥が動いてしまう。
橙山も一緒になってキッチンへ入った。
寂しさを紛らわすように、キイロがテレビを点けた。平日の昼に毎日放送されている情報番組がハンバーガーショップの特集を組み、複数店舗の人気メニューを紹介している。
「あ、お昼、ハンバーガーもええなぁ」コーヒーとカフェオレを運んで来た橙山が言った。
「デリバリーする?」キイロがスマホを取り出す。
「ええかもなぁ。ゆうて、あんまりこういうのばっかにならんようにせんと」自分のコーヒーと缶ビールを持って、青砥が自制の言葉を口にする。
「サクラおらんくなって、外食増えそうやな」
「いのりんも何気に料理してくれてたしね~」
意外な副産物に気付き、四人は寂しそうな顔になる。
「やっぱ新しい住人入れよかな」
「料理上手な人?」
「そう」
「したらもう、ハウスキーパーさんに来てもうたほうがええわ」
「そやな。可愛いメイドでも雇うか」
「賛成~!」赤菜の提案に橙山が挙手する。
「住み込みにしたら一石二鳥やし」
「いまどきおらんやろ、住み込みでメイドしてくれる人」冷静なキイロに
「ええやん! なんか小説のネタになるかもやん」橙山は前向きだ。
「俺が書いてんのラノベじゃないから」
「えー、ええ案や思ったのになー」
「みんな料理できないわけじゃないんやし、持ち回りでやったらええわ」
「そうやな」青砥にキイロが同意する。
「そのうちカリンちゃんとかいのりんのごはんが恋しくなるんかな~」
「あるかもなぁ」
「そしたらあいつら呼んで、作ってもらったらええわ」
冗談っぽく言う赤菜に、
「それ名案~」
橙山が嬉しそうに同調して、指をさした。
「とりあえず今日はデリバリーしよか」
テレビを視ながら青砥がこめかみを掻く。
その言葉を聞いたキイロは、スマホを操作し始めた。
生活の端々に潜む郷愁は度々住人達を寂しがらせるのだが、しばらくするとそれにも慣れて、また日常を取り戻していった。