第8話 名前
「しかし、ほんとありがとな……っと、名前は何ていうんだ? お前にも聞いてなかったけど」
少女の方にも視線をくれる。
これまでは妖精という存在が1人だけだったため「妖精」と呼んでも差し支えなかったが、2人いるとややこしい。
すると妖精達は顔を見合わせた。
「私達の……名前?」
「ああ」
そして2人共、悪戯っぽく微笑んだ。
「587910227番だよ!」
「541096583番ですね」
わざと早口で告げたのだった。
「……は? 番号?」
「うん。私達みたいな一般妖精には、名前がないの」
「ある程度実力を持ち、仕事の出来る妖精になった時、初めて神様から名前を賜るのです。つまり、名前自体が優秀さの証明なのですね」
「だから、あんな莫大な数字が呼び名になってんだな……」
案外厳しい身分社会でもあるのかと勘繰ってしまう竜斗であった。現実は実力主義社会であるのだが。
「でも呼びにくいことこの上ないな。よし、俺が名前をつけてやろう」
「えっ!? リュウトが!?」
言うなり、顎に手を添えて考え始める。何とも楽しげな様子である。
「いいの? 勝手にそんなことしちゃって」
「……本来なら神様から賜る神聖なものですが、この際良いではありませんか。貴方も欲しいと嘆いていましたし」
「そっ、それはそうだけど~」
期待して身をくねらせる少女の妖精は、急かすようにチラチラと視線を送る。
竜斗はすぐに思い付いた。
「緑色の髪に特別な存在という意味を込めて……。これだ! 『エメラルド・エスペシャリテ』!」
「長いよ! 絶対呼びにくいって!」
「じゃあ……『翡翠の閃姫シャリオローラ』!」
「二つ名まで考えなくてもいいんだよ!? 名前も恥ずかしい!」
「横文字が嫌なのか? なら『緑川活子』」
「ダッサ! 極端すぎるわ!」
「そうだ! 『お子様用まな板』!」
「なんかすごいバカにされてる気がするー!」
彼女の小柄な体躯と薄い胸部にちなみ、竜斗は素晴らしいネーミングセンスだと自負した。
だが当然承諾されるはずもなく、何度も拒否された竜斗は唇を尖らせる。
「何だよ。真面目に考えてやってんのに」
「後半は違いますよね……」
「リュウトのセンス壊滅的だよぉ~っ!」
ここまで言われて退くような男ではない。ややムキになりつつも考え直す。
だが全力を尽くした結果があれなのに、もっと凝った名前など浮かんでくるはずもない。浮かぶのは安直なものばかりである。
「えぇ~……? 他と言ったら、あとはもう『フェアル』とかしかねぇぞ……」
「……ふぇある?」
その瞬間、目を輝かせる少女。
「ね、ねぇ。その名前の由来は?」
「あん? 妖精を意味する英単語、「fairy」からとっただけだが」
「やっぱり!? それで良いじゃん、てかそれが良い! フェアル~!」
「はぁ?」
いたく気に入った彼女は、旋回しながらその名を連呼する。
単純で誰でも思い付きそうな名前に自信作が負け、残念極まりない竜斗。だが不本意でも本人に合わせるしかない。
「え、じゃあ……フェアルで」
「うん!」
彼女――フェアルは、弾けんばかりの笑顔で頷いた。
「じゃ、次はあんたの番だよ! あんたもリュウトに命名してもらいなさい!」
ハイテンションになったフェアルは、青年の妖精へと向いた。
「私にもですか?」
「あ、そうだったな」
もう1人分名付けるのを忘れていた。
しかしいろいろと候補は出ており、彼が断らなければ、と一応やる気のある竜斗であった。
「いえいえ、お構いなく」
「そう言わずにっ! 私だけずるいみたいだからさ~」
だがやんわりと断る青年妖精は、その笑みを崩さずにこう続けた。
「……だって私、もう『名持ち』ですから」
「へ?」
名持ち。名前を与えられた妖精の総称を耳にし、フェアルは固まった。
「そうなのか?」
「はい。つい先日、神様より『コルト』という名を賜りました。長年の努力が報われたというものです」
この世の終わりを見ているかのようなフェアルの表情を知ってか知らずか、恍惚と語る彼――コルト。
ご機嫌で浮かんでいたフェアルは遂に地に落ちた。
「じゃあつまり、コルトはフェアルよりも優秀ってことになるのか?」
「世間的にはそうなりますね」
「同期なのに! 同期なのにぃいい!」
その涙声は2人を苦笑させた。
調子に乗っていた気恥ずかしさもあり、彼女の顔は真っ赤である。
「まあまあ。貴方は私よりも重要なスキルを保有しているではありませんか」
「うぅ……」
フォローをされるも、フェアルは躍起になった。
「もーっ! さっさと記憶消して終わらせてやるんだからーっ!」
「いきなり怖いこと言うな!?」
「あ、はいそうですね」
「そして何故お前も受け入れる!?」
妖精のやり取りに恐怖すら覚え、理解不能に陥る竜斗。
コルトは慌てて補足する。
「スキル回収についての話ですよ。混乱を防ぐ為に、関わってしまった一般人の記憶を消すのです」
「あー、なるほど。でも記憶を消すって、結構やることエグいな……」
「スキルが世にばら撒かれちゃってるってのは、それだけ深刻な状況なのよ」
仕事モードに戻り、気を失っている男性の元へ近寄る。
そしてフェアルは、男性の脳の海馬の辺りに手をかざした。
「『記憶消去』!」
魔力が、脳内に潜り込む。
精神とリンクしたそれは、男性の記憶の中から一部を選び取って消していく。
やがて、詰まっていた息が吐き出された時、そのスキルは任務を完遂した。
「おしまい! あー疲れた」
「彼女の持つ重要なスキルというのは、これのことですよ。人間には秘密裏に行っているスキル回収において、機密を守るという役割で言えば、彼女は名持ち以上の働きを担っているのです」
「そうだよな。記憶操作なんておっそろしいスキル、簡単には持っていられねぇだろうよ」
竜斗は頷く。それを見て、コルトは頬を綻ばせた。
「ですが安心しました。貴方のように飲み込みの早い人なら、回収ペースも上がりそうです」
「彼はちょっとばかし特殊な人間だから……」
「おいその憐れみの目やめろ」
可哀想な人間という烙印を押された竜斗だったが、逆にテンションは高潮を迎える。
「特殊上等! むしろ歓迎! 俺はスキルホルダーという人生を生き抜いてやるぜぇぇえええ!」
彼はブロードソードを頭上に掲げた。興奮の滲む叫び声は『反世界』に木霊する。
「もー……。変な人に頼んじゃったよまったく」
その溜め息は、どこか嬉しそうでもあった。




