第9話 2年生が始まる
桜の花びら舞い散る住宅街の、とある一軒家。
「はぁ……」
その玄関で、俺は溜め息をつきながら靴紐を結んでいた。
今日は始業式。これから学校へ向かうのである。
「も~、そろそろ機嫌直してよ。ごめんってば」
「うるせぇ……。いくら謝ったって、あいつは帰って来ないんだ……」
周囲をうろちょろと飛び回っているのは、昨日出会った緑髪の妖精、フェアル。
何故朝のこの忙しい時間にいるのかというと、何を隠そうこいつが俺の家に居候しているからだ。
なんでも、彼女には帰る家がないようだった。コルトは大丈夫みたいだったが、妖精にもいろいろあるらしい。
それで俺の家についてきたのだが、まぁ同居自体は仕方ないと思っていた。むしろ当然だろう。
「ああ……ジェニファーとマイケルとステフ……」
「えっ。卵に名前つけてんの……?」
「冗談に決まってんだろ! 真に受けんな!」
問題は、こいつがトラブルメーカーだということだ。
昨日の時点でも、こいつは俺の家にあるゲーム機を勝手に漁っては遊んでいたのだ。ネトゲまでは手を出されなくて本当に良かったが、俺の魂とも呼べる神器達を壊されたら発狂するかもしれん。
そして、今さっき起きたばかりの事件だ。まさか人の家の卵を破壊するのが趣味だったとは恐れ入ったぜ。
「でもほんとに、目玉焼き作ろうとしてただけなんだってば~!」
「床で卵割ってたやつが何言ってんだ」
「よ、妖精にとっては重いんだよぅ……」
「そこで諦めろよ!」
その時、目の前のドアがガチャリと開いた。
「おっはよー、シロ~!」
「不法侵入反対!」
「へぶっ」
チャイムも鳴らさずに、1人の女子が勝手に人の家に入ってきた。そいつの顔面に鞄を掲げ、軽く当てる。
朝からテンションが高いこいつの名前は、大月鈴音。ポニーテールが印象的な、俺の幼馴染である。
「もう、いーじゃんシロ。昔はよく起こしに来てあげてたじゃんか~!」
「あとその呼び方。お前それ何個目のあだ名だ?」
「さぁ? 二桁はいったね」
「……はぁ」
このように、活発な性格の鈴音はいつも俺を振り回している。
イタズラ好きで調子に乗りやすいところも多いが、人懐っこくて誰からにでも愛され、リーダーシップもあっていつもみんなの先頭に立っている。それが鈴音だ。
「へぇ~、スタイル良いし可愛い人だね!」
「……グルグルすな」
「え? 何?」
フェアルが、鈴音の周囲を回りながら値踏みするかのように観察していた。
一方鈴音は、俺の言葉にきょとんとしている。
妖精は、任意で姿を消すことができる、『透明化』が使えるのだ。
それも細かく条件を定められ、例えば今の条件は、「スキルホルダーには見えるが一般人には見えない」といった具合だ。
妖精同士では分かってしまうが、これによって、人間にバレずに地球のコントロールを行えていたらしい。
ちなみに、一度スキルを発動しないとスキルホルダーとは認識されないので、今の条件で妖精が見える人をスキルホルダーとしてあぶり出す、という方法は取れないようだ。回収作業も難しいな。
「あ、そういえばシロ。さっきまでどうして騒いでたの?」
「へっ?」
「一人暮らしなのに、昨日の夜もシロの大声が聞こえてたけど……。おじさんかおばさん帰ってきてるの?」
「あ、いや、それは……」
しまった。一般人には妖精の声も聞こえないんだ。
つまりフェアルとの口喧嘩も、全部俺の独り言になる!
「……シ~ロォ~? 何だか怪しいんだけどぉ~?」
「うっ!」
俺が焦った瞬間を見逃さず、ニヤニヤと詰め寄ってくる鈴音。
「2年生になるからって、また中二病にならないでね~?」
「もうあの頃には戻らんわ! ほらさっさと行くぞ」
「え~」
全盛期の歴史に触れるとろくなことがない。俺は鈴音を引きずって家を出る。
手を振りながら見送るフェアルは留守番。学校でイタズラでもされたら困るからと、俺が強く言い聞かせた。
自宅の鍵を閉めたところで、もう1つの見慣れた……いやむしろ見飽きた顔が歩いてきた。
「よう竜斗! 鈴音!」
「おっす」
「おはよ、そーちゃん!」
縁なし眼鏡をキラリと光らせた短髪の男子。こいつも幼馴染の一人、上条奏介だ。
「そうだ竜斗。1年生の美少女リストがほとんど完成したんだが見るか?」
「もう!? まだ入学すらしてねぇじゃねぇか!」
「特に有望な娘のファンクラブもいくつか設立させておいたぞ」
「相変わらずだねぇそーちゃんは……」
奏介の特徴は、何と言っても噂好きなところだ。
広大な情報網を有し、「上条に通用する隠し事など存在しない」と言われるほど物知り(意味深)。その分顔も広いが、あまり公に褒められるポジションではない。
さらに人をからかうのが大好きな性格のため、一番敵に回したくないタイプだな。
「高校生に噂はつきもの……。その中でも一際男の興味を引くのが、美少女だからな!」
「女好きめ。何連敗中だ?」
「言うな。お前もモテねぇだろ」
「うっせ……」
他人の色恋沙汰には聡く、情報も厚い。が、自分達のこととなるとろくな話が出てこない。俺らはそういう人間なのだ。
「まぁ、鈴音にとっちゃあそれも好都ご――」
「そーちゃぁぁああああん!?」
鈴音がすごい形相で止めにかかった。
「なぁんでそういうことを言おうとするのかなぁああ?」
「ほ、ほんとにバラすわけないだろォ全くゥ。HAHAHAHAHA」
「目を逸らさないで言ってよ~っ! もう……!」
煙でも上がるんじゃないかってぐらい顔を真っ赤にする鈴音。
こいつらの話が何なのかは分からんが、たまにこうやって俺を蚊帳の外にするのはどうにかしてほしいものだ。
「つーか、モテるのはお前だろ?」
「へっ?」
「そうだな。俺のデータベースによると、去年の告白された回数は過去の記録の中でもトップだ! 当然他の女子とは比べ物にならん」
「そのデータは怖いよそーちゃん! 何で知ってるの!?」
幼馴染から見てもルックスの良さは折り紙つきであり、おまけに人当たりも良い。同じ恋人いない歴=年齢の人間とは思えないほどの告られっぷりなのである。
「そんなリア充街道まっしぐらのやつが、後輩にモテないわけがないだろ!」
「そうだそうだ! 嫌味かこの!」
「やっ、そんなつもりはないってば~!」
威嚇する俺らから逃げるように、鈴音が小走りで先を行く。
すると突然ぴたっと立ち止まり、振り返った。やけに清々しい笑顔である。
「でもありがとねシロ。モテるって言ってくれて!」
「んあ? おぅ」
そんなことに礼を言う必要はないと思うんだが……?
「……あのー、俺も褒めたんですけどー……」
というか忘れ去られた奏介が不憫で仕方がない。可哀想だ。
「あっ、ごめん」
「はぁ。攻めるのは良いことだけど、少しは周りのことも考えてほしいぜ? 鈴音さんよ」
「これでも頑張った方だから、評価してほしいなぁなんて……」
抗議するように奏介が後を追ったが、会話がよく聞こえない。
「何の話だ?」
「にひひ。乙女にちょっとしたアドバイスをだな……」
「そっ、それよりも早く学校行こ!? あ~、今年は私達同じクラスになれるかなぁ~!?」
そうか。今日はクラス替えだったな。どんな面子が集まるのか楽しみだ。
「あ、俺ら3人共2ーBだぜ」
「「マジで!?」」
鈴音とハモった。
奏介の情報ネットワークは、教師にまで広がっているようだった。




