【7】繋がる未来と過去
ミサキの元好きな奴で、この世界の未練。
家族で義兄で。ミサキの面倒を見てくれていた、従兄弟のチサト兄。
――なんでこいつが、俺の同僚のクライスと同じ顔をしているのか。
「そういうことか」
今までの積み重ねでわかった。
クライスは黒髪黒目の先祖返りなんかじゃなくて、そもそもトキビトなのだ。
目の前のこいつ――チサトが、いずれクライスになるのだろう。
すぐに思い浮かんだのは、直前のクライスとのやりとりだ。
『ミサキを傷つけて、一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ。そうチサトにお前の口から言ってやれ。一言も間違えずにだからな』
『……それはさすがに酷くないか。一応ミサキの身内だし、目の前で奪っていくにしても礼儀ってものがあるだろ、クライス。真面目なお前らしくない』
クライスは俺以外には礼義正しく、そんな事を言うような奴ではなかったから面食らった。
何か変だとは思っていたのだ。
『クライス、お前他人事だと思ってるだろ』
『そうでもないさ。チサトに、ミサキはお前のモノだとはっきり見せ付けて、奪い返してこい。僕が許す』
他人事だから、そんな風に言えるんだと俺は思っていたけれど、それは違っていた。
チサト本人だから、クライスはそんなことを言っていたのだ。
おそらくは、ここで俺がチサトの前からミサキを奪うことで、今のクライスがいる。
じゃなければ、あんな事をクライスが俺に言うのはおかしいし、台詞の指示がやけに具体的だった。
――このチサトが後々トキビトになって、俺の世界に来てクライスになった。
そう考えれば、クライスが俺にやけに絡んできた理由に説明がつく。
チサトにしてみれば、俺はミサキを奪っていった悪人そのものだ。
そうなると、ラザフォード領の脱衣所にあった懐中時計は、クライスの時計で間違いなかったんだろう。
クライスは童顔で、俺が顔をはじめてみた時からずっと歳が変わらずに見えていた。
今だって30歳に近いはずなのに10代後半にしか見えない。
異世界人風の顔は、若く見られがちだ。
だから変には思いつつも、そういうものなのかと思っていた。
先祖返りなんて滅多にいないから、比べる対象がなかったというのもある。
だが、本当はトキビトだから、老いることがなかったのだ。
従兄弟で血が繋がっているのだから、ミサキと重なる面影があるも当たり前だ。
クライスが弟のベネに接する態度は、ミサキが俺にするものとよく似ていた。
ラザフォード領で、チサトが祖先から伝わる料理だと披露してくれた料理の数々は、驚くほどミサキが作ってくれたやつと味が同じだった。
何よりも真面目でどこかうじうじとした性格は、ミサキとそっくりという他ない。
――ようやくそこで、全てが繋がった気がした。
『一緒にやってきて、認めてやってもいいかとようやく思えるようになってきたのに。やっぱりお前に妹は渡せない』
俺が王の騎士を辞めると言った時、クライスは俺に剣を突きつけてきた。
あの『妹』というのは、ベアトリーチェではなく、ミサキのことだったんだろう。
クライスは――いやチサトは、ずっと俺とミサキの近くにいた。
俺が幼い頃のクライスはずっと被り物をしていた。
長い間行方不明だったクライスは記憶がなくて、人見知り。
その変わった背景から、被り物のクライスを自然に受け入れていたが、今思うとあれはミサキに顔を見られたくなかったんだろう。
自分がチサトだと告げることなく、クライスはずっとミサキと俺を見守っていたのだ。
何故か、ミサキを連れ戻すこともなく、あの世界にいた。
今、俺の目の前では、ミサキが今までの事情をチサトに説明している。
チサトはわけがわからないという表情をしていた。
眉を寄せて、唇を閉じたその顔は、不機嫌なクライスと全く同じ顔。
目の前のチサトは、ミサキが好きでしかたないように見えるし、クライスだってミサキが好きだと言っていた。
なのに、どうしてクライスは、過去の自分からミサキを奪えと俺に言ったんだろう。
しかもあんなセリフを俺に頼んで、何を考えてるいのか。自虐趣味でもあるんだろうか。
――クライスのやつ、よくも色々やりたい放題やってくれたな。
思わずふっと笑いが漏れる。
おそらく、今までの俺に対するクライスの態度は、ここで俺がクライスの伝言を実行することによって、引き起こされたものだ。
俺が今からミサキを奪って、チサトに酷いセリフを吐く。
それを恨んで、チサトは俺達の世界にやってきて、クライスになる。
クライスは将来自分からミサキを奪っていく幼い俺に、ちょっかいを出すようになり、なのに結局は自分で昔の自分に、そういう指示を出しているこの矛盾。
……ちょっと腹立ってきたな。
まだ何もしてない幼い俺に、八つ当たりするのはおかしくないか。
それに俺を恨むにしても、結局自分で指示を出してるんじゃないか。クライスの奴は。
そろそろ、ミサキの説明が終わる。
チサトには、クライスからの伝言をきっちり伝えなくちゃならない。
酷い内容だが、本人からの伝言だ。
恨むなら俺じゃなくて、自分自身を恨めよと思うけれど、今までのクライスの態度からすると、そうもいかないだろうと予想はついた。
「ミサキを傷つけて、一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ」
今までの恨みを晴らすように、未来のチサトからの伝言を本人に伝えてやる。
お前になんかミサキは絶対に渡さない。そういう意志をこめて。
そしたらチサトは、俺を殴ってきた。
避けようと思えば避けられたが……俺はそれをあえて受けた。
「ヴィルト!」
「ってぇ! 思い切り殴りやがって」
ミサキが俺の名前を呼んで駆け寄ってくる。
チサトのやつときたら、思い切り全力で殴ってきた。
「まぁ、ミサキを奪って行くんだから、これくらいはやらせてやんねーとな」
――ミサキをみすみす、今からのお前に渡す気はないけど。
そんな事を考えながら、ミサキの腰を抱き寄せキスをする。
わざと見せ付けるように。
――今までの事を考えれば、これくらいの当て付けは許されるだろ。
視界が弾けて白くなって。
俺の世界へと戻る中で、そんな事を思った。
とりあえずこれで更新終了です。
チサト=クライスとなっていて、第4弾の「男装令嬢は身代わりの兄に恋をする」では、今作の裏側が分かる感じとなってます。
よければそちらもどうぞ!
★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。