これだから男は
これだから男は、と思った。
そんな言葉をあからさまに口に出すほど、セシリア・ルーベンス侯爵令嬢は浅慮ではなかった。だが、向かいに座る婚約者の姿を眺めていると、胸の奥に溜まり続けた呆れと軽蔑が、どうしてもその一言へ集約されてしまうのだった。
午後の光が大きな窓から静かに差し込み、磨き上げられたティーテーブルの上を柔らかく照らしている。白磁のカップには淡い琥珀色の紅茶が揺れ、その香りには上等な茶葉の深みがあった。
庭では春の花々が見頃を迎え、風が吹くたびに色とりどりの花がかすかに揺れる。誰が見ても穏やかで、品のよい、侯爵家らしい昼下がりだった。
エドガー・バルティエ公爵令息は、いつもと変わらぬ余裕を湛えて紅茶を口にしていた。整った顔立ち、洗練された物腰、よく通る声。社交界で若い令嬢たちの話題に上るのも分かる。少なくとも外側だけを見れば、彼は非の打ち所のない婚約者だった。
――見た目だけなら、だが。
セシリアは、カップの取っ手に指先を添えたまま、相手の細かな仕草を観察する。以前なら愛着をもって見ていたはずの所作も、今となっては空虚なものにしか映らなかった。言葉を選ぶ間。相手の反応を見てから微笑む癖。自分に都合の悪い話題に触れられそうになると、さりげなく別の話へ流そうとするやり口。そうしたものが、以前よりもずっと鮮明に見えるようになってしまったのは、信頼が失われたからだろう。
本人は巧妙に隠しているつもりらしい。そこが実に腹立たしい。もし本気で完璧に隠し通せるだけの頭があるなら、まだしも少しは感心もしたかもしれない。だが実際はそんなものではない。行き先の選び方も、会う頻度も、贈り物の趣味も、あまりに甘い。婚約者を欺いているというより、自分はうまくやれているのだと思い込んでいるだけの愚かさが、滲み出ていた。
「どうかなさいましたか、セシリア」
穏やかな声でそう尋ねられ、セシリアははっとしたように微笑みを整える。
「いいえ。今日もお元気そうで何よりですわ」
返答は滑らかだった。侯爵令嬢として、そして長年彼の婚約者として身につけてきた信頼は、こういうときにこそ役に立つ。
エドガーはその返事に安心したように微笑み、また何でもない話題を口にした。先日の夜会で誰それがどんな失敗をしたとか、今年の夏は避暑地にどの家が先に屋敷を開くつもりだとか、そういう社交界らしい中身の薄い会話である。セシリアも適当に相槌を打ちながら聞いていたが、もちろん内容はほとんど耳に入っていなかった。
胸の内にあるのは、ただ一つ。
この男を、どうするか。
浮気そのものも十分に不快ではあった。婚約者がいる立場で他の女と会っていたというだけで、怒る理由には足りる。だがセシリアが本当に許せなかったのは、そこだけではない。
この国には古くから根づいた教えがある。家同士で正式に結ばれた婚約は、単なる口約束ではなく、神前の誓いに準ずるものとされる。よって婚約は軽々しく白紙にはできず、当人たちの気分や一時の感情で反故にされるべきではない。責任と節度をもって結ばれ、守られるべきもの――そういう考え方だ。
それ自体は、別に間違っていない。むしろ家と家の結びつきが社会の基盤でもある貴族社会では、必要な考え方ですらあった。気まぐれで結んで、飽きたら捨てる。そんな振る舞いを許せば、婚約そのものの重みが失われてしまう。
だが、エドガーはその教えを、誠実に守るためのものとは思っていなかった。
婚約は簡単には白紙にできない。
だからセシリアは離れられない。
ならば、自分が外で多少遊んだところで問題にはならない。
そう考えているのが、最近の言動から透けて見えていた。そんな浅ましさに、セシリアはほとんど感心すら覚えた。
ここまでくると、怒りは一周して冷めてくる。泣いて責めたところで、この男はきっと本質的には理解しないだろう。どうしてそこまで怒るのか、少し遊んだくらいで大げさだ、とでも思うに違いない。
「セシリア?」
名前を呼ばれ、彼女はまばたきをした。
「ごめんなさい、少し考え事を」
「珍しいですね。貴女が上の空だなんて」
エドガーは軽く笑った。責めるでもなく、優しい調子で。
「疲れていらっしゃるのでは?」
「そうかもしれませんわ」
「根を詰めすぎてはいけませんよ。貴女は真面目すぎるところがある」
まるで自分は気遣いのできる婚約者だと言わんばかりの口ぶりだった。




