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9話 邂逅

 気がついた時には、既に周りに人の気配があった。

 眠い目を擦りながら、ハッとして顔を上げる。


「あ、ごめん! 起こしちゃった?」

 申し訳なさそうな凛さんが、目の前で模造紙の束を抱えながら覗き込んでくる。


 凛さんと入門と、他にも初めて見る二人がその場に居合わせた。


「あとは隆雅が来たら今来れるやつ全員ね。揃い次第座って。それまではごゆるりと~」


 入門もこれまでの戦闘モードって感じではなくって、本来の自分の性格をさらけ出してるように感じた。


 凛さんが資料をそっと渡してきて、私はそれに目をやることで初対面の気まずさを紛らわせた。

 多分意図的な気遣いだ。やっぱ凛さんLOVEだ。


 『選挙に関する計画書』と題された表紙をめくると、生徒会選挙の概要がつらつらと書かれていた。私の知らない、というより、興味の無かった内容だったが、これからを考えると頭にしっかり入れておかなければならない。


 ここまではあくまで形式的に用意された文面で、ある所から急に、規則や記録ではない人間の感情が混じった資料になる。そこには以前凛さんが語っていたような、当選者に対する愚痴まがいのことや、推薦者の候補リストなどが載っていた。


 そこには確かに私の名前があった。


 後ろにあと2、3ページといったところでドアが開き、ひとまず全員が揃ったことになる。


 それまで談笑していた見知らぬ2人や隅で作業していた凛さん達が、そろそろと正方形に並べられた長机の定位置らしき場所に着いた。


 真正面の入門が食い気味で口を開く。

「緊急で招集かけちゃってごめんよー。あ、会長さんは明日から大会らしいから許したげて」


 右前方に座っていたセミロングの茶髪の女の子と目が合う。向こうがにこやかに笑みを浮かべてきたので、軽く会釈しておいた。


「んで本題なんだけど、楓から聞きたい?それとも俺から?」


「私はどっちでもいいですけど、その前に経緯は説明するべきじゃないですか? 」


 入門は気まずそうに、ほんの一瞬目を閉じる。

 それから、ごめんと一言入れて、今日の出来事をひと通り話した。


 流石に昨日までのことは共有されているのだと思いたい。彼は大事な話をする時に前後の話をすっ飛ばす癖があるように思える。

 それが癖だとすれば、この人と対話してきた上で色々と読めなかった事について説明がつきそうだ。


「ん、そんで流れで俺から言うけど、楓が生徒会の加入条件として提示したのが住む場所の提供。詳細は――」


「とりあえず、最低限の生活が保証されてれば何でもいいです。部屋が汚いとかそういうのはあんまり気にしないで下さい」


 とはいえ、気にしないでと言っても気にするのが大抵の人間の性なのだけど。


 戸惑っている様子の凛さんが口を開く。


「えーっと……それは、何日くらい?」

「わかんないです。でも、多分1、2ヶ月とかの話じゃなくって、年単位です」

「んー、3日くらいならいける!」


 凛さんすき。これで追い出された後、一旦の住処が2日間は保証された。


 ここで、さっき目が合った子が申し訳程度に軽く手を挙げて話し始める。

「あのー、とりあえず、自己紹介しよ……?」


 あー……。

 私も私で、昨日は自己紹介のくだりで突っかかったくせに今日は顔見知りがいることで安堵して、当然の行為をスルーしてしまっていた。


「えっと、私は長谷川 桜です! 二年生だけど、タメでいいからね!」


「よろしくお願いします。一応、楓美奈です」


 私の左側に位置する男も口を開いた。


「ついでに、ついでに! 黒岩零央だよー。下っ端だから何かあったら気軽に聞いていーし、こき使っていいからー」

 高めのハスキーボイスで、喋り方も相まっていかにもと言った感じの人だ。


「うん、そうするよ」

 本当に扱いやすそうだから、敢えて返事をしてみた。


「俺にもそういう感じで来れないの? ねえ。あとそいつも先輩ね。一応」

 入門から入念なツッコミが入る。先輩らしいけど、この人には敬語は要らないなって思ったから使わない。


「俺らは昨日したから省略ね。んで、互いの素性はこれから仲良くなってもらって……、他に泊めれそうな人居ないの?」


「僕が泊めてあげたい所だけど、流石にねー?」

「別に男の人でもいいよ。変な気起こさないならね」


「じゃあそいつはやめとけ!」

 凛さんと長谷川さんが同時に声を荒らげた。


「えー、そこまで僕、終わってないって! まあでも、月2くらいで親来るし現実的じゃないかも」


 久佐治と長谷川さんは実家暮らしで、ずっととなると厳しいらしい。


 あてが無くなって、少しの沈黙が訪れる。まあ最初から分かってはいた。赤の他人を、いきなり長期間自分の家に住ませるとか、中々できるもんじゃない。


 良くも悪くも、黒岩零央は沈黙を容易に破る。

「てかさー、玲蘭の家でよくなーい?」


「正気かお前」


 あまり考えたくなかった方向に話が回る。


「でもさー! 美奈ちゃんの件を任されたのは玲蘭だし、一番よく知ってるのも玲蘭じゃないのー? 僕達はあれこれ詳しく知らないよ? それに、玲蘭ん家だったら同棲感そんな無さそうだし!」

 最後に笑いながら、気にかかることを言った。


 それでも、誰も言い返す人が居ない時点で真っ当な意見というわけだし、入門の家がどんな感じなのかは分かんないけど、都合は良さそうな口ぶりだ。


「ね? 美奈ちゃんもそれで大丈夫?」

「ここまで来ると我儘も言ってられないし、甘んじて受け入れるよ」


 全員の視線が入門に集まり、彼は大きなため息をついた。

「お前らが変な噂立てないって誓うなら考えるわ」


 凛さんがにこにこしてるのが私にはわかった。

 悪い大人の顔をしてる。


「玲蘭の家はねー、すーっごく広いんだよ。僕も前に遊びに行ったけど、金ピカで広くて、迷路みたいだった!」


「嘘言うな。金ピカでも無いしそんなデカくない。まあ色々あって、一人暮らしには勿体ない家に住んでるだけ。本当なら今すぐ売りたいくらいだっつーの」


 そこに凛さんが付け加える。

「玲蘭なら、美奈ちゃんも変な心配しなくていいし、たしかに案外好条件かもね」


 よく分からないけど、好条件ではあるらしい。

「じゃ、入門。宜しく頼んだ」

 笑顔でサムズアップして、ここで押しきる事にした。決断を後回しにして考えさせるより、その場で即決させて考える隙は与えない方がいい。


「まあいいけど、条件はこっちにも沢山あるから! それ全部飲めない場合は諦めて」

「変なことさせないなら何でも大丈夫です」


 多分彼目線の私の解像度は気持ち悪い事になってるだろう。でも、その場のノリで人格が変わるってのはそう珍しいことでもないと思う。


 その後連絡先を聞かれたが、私は携帯を持ってきてないので紙にIDをメモさせてもらった。

 この一連の流れをなぜか皆に、静かに見守られながら行った。変な経験だった。


 彼も想定していた展開だったのか、とんとん拍子で話が進んだ感じがした。

 展開的には有り得ない話だとすら思うが、実際に起こった事だし、こちらとしても願ったり叶ったりの決着だった。


 信頼できるかどうかはこれから見定めればいい。

 入門が私の事を調べ尽くしていて、色んな事情を理解してくれているのはむしろ好都合だ。



 その後は軽い談笑が続いてから、全体での会議的なものは解散となった。


「俺は加入手続きしてくるから、後は好きにしてていいよ。帰ったらすぐ連絡先追加して、なんか送って」


 去り際に、7時までに帰れよー、という言葉がフェイドアウトして行った。

 部屋には凛さんと久佐治、長谷川さんが残っていた。と言っても長谷川さんは作業があるようで、パソコンを取りだしていた。


「よし、4人でカラオケでも行く?」


 凛さんの提案にすぐに久佐治が乗り、私と長谷川さんは乗り気でない返しをする。でも明確に違いはあって、長谷川さんには仕事があって私には何もないっちゃあ何もない。


 人前で歌うなんていう地獄みたいな行為と引き換えに、凛さんの奢りということで渋々同行が決定した。

10話の後書きに登場人物の簡易的なまとめを出します。

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