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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
序章 舞台は整い、やがて日常は息を潜める
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第六話 紳士的な人攫い

 

 ここは……俺の寝室か。

 薄暗く、常夜灯しか明かりも無いので朦朧とした意識の中では直ぐに気づけなかった。


 どうやら、俺はまだ生きているらしい。格好つけて、無様な姿を晒して、のうのうと生き延びている。物語の英雄とは程遠く、命を懸けた結果がこれとは何ともお粗末だ。


 それでも、心の中は安堵で埋まっていた。


 こればっかりは仕方ない、誰だって死ぬのは怖いのだから。俺があそこに一人で残った時、俺はまだ上手いこと逃げ出す方法は無いかと考えていた。

 だがしかし、初めて死の淵というものに立ってみてそんな考えは消え失せてしまっていた。


 格好つけて死ぬ方法、自爆なんて考えて全く愚かだったと今更になって思う。あそこで仕留めきれなかったらそれこそ犬死にだ。

 事実、俺の魔法は未知の力によって封じられてしまった訳だし。対人の実戦経験など無いに等しいのだが、それを言ってしまえば言い訳だろう。

 ああいう状況でも冷静に考える頭を持たなければいけないな。


 魔力枯渇により気だるい上体を起こすと、ベッドの傍らに椅子に腰かけながら眠っている人物がいることに気付く。

 全く、彼女――リタは相変わらず綺麗だ。仄暗い部屋の中でも、艶やかな黒髪は一際美しい色を放っている。

 こくり、こくりと船を漕いでいるのに合わせて揺れる髪は、思わず触れたくなるような滑らかさだ。


「……お前も、喋らなければ可愛いんだけどな」


 まつ毛の長い瞼を閉じ、穢れなど知らないような寝顔には思わず見とれてしまう。

 やはり、俺があの時意識を失う直前聞こえた声はリタのものだったのか。どうしてか俺が残ったのに気付いて、途中で引き返したのだろう。

 全く、無茶をする。なんて俺が言えたことではないか。


 その後、どうして2人して助かったのかその顛末は彼女が起きてから聞こう。大方、彼女は戦闘で疲れていたのにも関わらず俺の看病をしていてくれたのだろう。

 お前も、冷たいながらも妙に律儀なところあるよな。そんなことされたら勘違いなんてしてもおかしくないぞ。

 だがそこは俺だ。俺ほどに謙虚な人間などいないし、そんな期待を持つことも無い。もはや最近は謙虚すぎて自分の生きる意味を見失いそうになる、それは卑屈っていうのよ。


「それにしても、思ったよりも魔力枯渇って身体に来るのな……」


 身体の魔力を使い切ったのはこれが初めてだ。

 魔力量が少なくなれば、それに比例して魔力の扱う精度が下がるので使い切ることはそうそう無い。魔力を魔法としてコントロールするためにも、ある程度その為の魔力を残しておかないといけないのだ。


 しかし今回は身体の中で無理矢理に魔法として変換させた為、放出のプロセスを省略する事ができた。

 だがもうあれを使う事は無いだろう。あの体の内部を焼かれるような感覚は死ぬよりも辛い。


 よろけつつ部屋のドアを開け、いつのまにか着替えさせられていた寝間着のまま居間へと向かった。

 居間は明るく、その眩しさに一瞬目を細めてしまう。奥のキッチンでは、エリーが何やら忙しそうに洗い物をしていた。


「エリー、水を一杯貰えないか」


 するとエリーは此方(こちら)に気がついたようで、目を丸くして驚いていた。エリーの目はいつも大きく、ぱっちりとしているが驚くと更に大きくなるんだな。

 彼女の小動物のような反応は見ていて面白いし、飽きないものだ。


「マヤさん!?起きてたのなら早く言ってよ!心配したんだよ!?」

「いや、まぁさっき起きたばかりだしこれで十分早いんだが……いつも心配ばかりさせて悪いな」


 エリーは慌てて濡れた手をエプロンで拭き、コップ一杯に水を入れると急いでこちらへ走ってくる。そんな激しく動くから若干こぼれたようたが……まぁ水だしいいだろう。


「はいこれお水だよ。……リタさんから話は聞いたよ。マヤさん、また無理したんだってね。……確かにリタさんは私の憧れの人だけど、私にとってはマヤさんの方が何倍も大事なんだから。ちゃんと気をつけてもらわないと……って聞いてる?」


 ありがとう、とエリーから水の入ったコップを受け取り一気に飲み干す。


「ぷはーっ、ありがとう、生き返ったよ」

「……流石、さっき死にかけた人間が言うと説得力が違いますね」


 あ、エリーさん怒ってらっしゃる……それもそうだな、つい昨日同じようなことでお叱りを受けたばっかりだ。


「ごめんな、でもあそこでリタを助けるにはあれが一番確実だったんだ」

「はぁ……マヤさんも私のお兄ちゃんも、私はそういうお人好しな所が好きだったんだけど……ここまで来るともはや病気だよ……」

「いやほんとに申し訳ない……まぁ結果こうして生き延びている訳だし、俺はまたエリーの料理が食べたいなー、なんて……」


 茶化したようにエリーにそう言うと、彼女の目線が凄く冷たくなっていくのに気付いて目を逸らしてしまった。

 やっぱり、彼女にはサディスティックな才能があるのではないかと思ってしまう。そういう冷たい目もいいですね、新しい扉が開きかけてるのを最近顕著に感じているがまだ認めてはいない、まだ。


「はぁ……しょうがないなぁ、今から適当に作るから少し待ってて。そう言えばリタさんは?マヤさんの部屋にいなかった?」

「ありがとうな、エリー。リタならいたぞ、ただ座りながら眠ってたな」

「リタさん、マヤさんのことずっと看てくれてたんだよ、きっとあの人も疲れているはずなのに。……起きたらマヤさんもお礼を言わなきゃだめだよ」

「そうだな……ちょっと俺部屋に戻るよ、あいつも椅子で寝たままってのもあれだし、ベッドに寝かせてくる」

「うん、それがいいね。夕飯できたら呼ぶからマヤさんも休んでるといいよ」


 あぁ、そうするよ、と背中を向けたまま片手で返事をして寝室へと戻る。


 孤高の女剣士さんは安らかな表情でまだ眠っていた。この寝顔を守れただけ、俺の努力もまだまだ捨てたものじゃないな。


「さて、どうやって彼女をベッドに寝かせるか……」


 これは難題だ。俺に魔力が残っていれば『念力』で浮かせられるのだが、流石にまだ難しい。

 じゃあ俺が彼女を持ち上げるのか……?

 そうなると、必然的に彼女を“お姫様抱っこ”する事になる。“お姫様抱っこ”とは、相手を横にしたまま上半身、下半身を片腕ずつ分担してお腹の辺りまで抱き上げる行為のことだ。

 女性の憧れとして壁ドン、顎クイなどと並んで人気な胸キュン動作である。探索者はモテると謎の自信を持っていた昔の俺は、ここら辺は勿論のこと予習済みである。

 実践で活かされることは無かったのだが……


 しかし、ここで一つ問題がある。お姫様抱っこの説明は上記の説明では一つ足りない部分があるのだ。

 それは、持ち上げる側の条件だ。

 この場合、持ち上げられる側の事は余り問題にはならない。それがお姫様であろうと、村娘であろうと、はたまた男であろうと、持ち上げる側が王子様、またはそれに準ずるような優れた男性であればその誰もがお姫様になる事ができる。


 がしかし、今回の場合は俺である。

 王子様ぶって女性を助けた結果、鳩尾をやられて呆気なく蹲る俺である。あれ、結構惨めでショックでした。


 もし、持ち上げた時に彼女が目を覚ましたらショックを受けてしまうのではないか。また鳩尾をやられて一撃なのではないか。そんな事を考えるととても勇気などでない。


 いや、ここまで並べたのは所詮言い訳だな。どっちにしろ彼女をベッドに寝かすにはこれしか方法はないのだ。それによくよく考えてみれば、俺が王子様のような器では無いのならこれはお姫様抱っこでは無くなるのではないか。


「……そうだ、これはお姫様抱っこではない、これは人攫い、ただの紳士的な人攫(ひとさら)いだ」


 これならば何も問題がない、だってこれは人攫いでやられる側はしょうがない事なのだ。何だったら、攫われるのはお姫様の仕事と昔から桃色のお姫様が教えてくれたではないか。

 この天才的な発想により、俺は彼女を傷つけずに抱っこができる。


「よし……俺は人攫い、紳士的な人攫いだ……」


 そう自分に言い聞かせながら彼女の背中、膝の裏に腕を回す。


 あれ……俺は今、凄く背徳的なことをしてるのでは無いだろうか……女性的で柔らかい身体の感触、近づくと本能的に心地よく感じる香りが漂ってくる。彼女の長い髪が背中に回した左手でにちらちら当たるだけでなんだかドキドキしてしまう。


「落ち着け、俺は紳士的な人攫いだ……やましい事など何も無い、何も無いんだ……」


 彼女が起きないよう気をつけながら、そっと持ち上げる。


「軽い……」


 一体どこからあれだけの剣戦を繰り広げる力が出てくるのだろうか。

 彼女の体は華奢で、軽く、女性的だった。


 そして今、黒騎士などとは比べ物にならないほどの強大な敵が近づくのを感じた。



 ――くしゃみだ。


 俺は猛烈に焦った。

 彼女を持ち上げてしまった以上、両手は塞がれている。このままでは奴を止めることも、抑えることもできない。

 どうしようもない状況の中、鼻のムズムズは止まらない。がしかし、何よりも避けなくてはいけないのはリタにくしゃみを引っ掛けてしまうことである。それだけは何としても避けなくてはならない、そんな粗相をするのは紳士的な人攫いではない。


 脳味噌をフル回転させ、解決を探す。そして俺にまたもや天才的な閃きが舞い降りてきた。

 肩だ、肩でくしゃみを抑えればいいのだ。


「えぇっくし!」


 咄嗟に首を大きく曲げ、肩で抑えながらくしゃみを放つ。彼女にひっかける事態は免れたものの、しかしながらその音は少しばかり大きかったようで――


「……えっ……これは……っ、下ろしなさい!直ぐに!」

「って、ちょっと!おい、暴れたら危ないだろ!」


 リタが起きた。

 そんなに嫌がらなくてもいいのに……と思いながら暴れて落ちそうになる彼女を慌ててベッド方へと運ぶ。がしかし、魔力枯渇で気怠い身体は上手く動かすことができない。


「落ち着けって!危ないだろ!……って!」


 力の入り切らない足は呆気なくバランスを崩し、リタと俺はベッドへと共々倒れ込んでしまう。リタに覆い被さるように倒れた俺は、その急接近したお互いの顔を逸らそうとする。が、先程肩にくしゃみをした時に変な曲げ方をして痛めてしまったようで、首が動かせない。


「……っっ!」


 リタの顔が紅潮するのが薄暗い部屋ながらもよく見えた。

 きっと俺の顔も同じようになっているのだろう。そういう可愛らしい反応されたら、俺も困っちゃうよ……俺が純情な乙女の反応をしていると、ドアの向こうにもう一人の気配を感じる。


「マヤさん、夕飯できたよー。……って!マヤさんのケダモノ!流石のエリーも見損なったよ!」


 最悪のタイミングだ、こんな場面をエリーに見られたら勘違いされるに決まっている。


「落ち着けエリー、問題ない。俺はただの人攫いなんだよ」

「問題しかないんだけど!?」


 違うよ……紳士的な人攫いは悪いやつじゃないんだよ……


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