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大迷宮と迷わない仔羊  作者: 遊崎さんちの。
序章 舞台は整い、やがて日常は息を潜める
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第七話 髪型の善し悪しというのは自分では分からない

 

 相変わらずここは居心地がいい。暖色系の照明と、よく手入れの行き届いた観葉植物に囲まれた部屋は春空の下にいるような気分にさせてくれる。

 俺は居間のソファーにだらんと座り込み、どことなくぼやけた思考で最近に起きた出来事を振り返っていた。


 リタに出会ってからというものの、色々なことがあった。モンスターの大量出現トラップ、謎の襲撃者との戦闘、初めてのお姫様抱っこと、女性の本気のビンタ……これでまだ2日とは信じ難い。私、これからどうなっちゃうの~!思わずニチアサ的な心の叫びも出てしまう。


 エリーの部屋の方からリタが居間へとやってくる。どうやら女性2人で女子トークに花を咲かせていたらしい。エリーは海猫亭の仕事もあってあまり同年代の友達がいないようだったので喜ばしいことだ。俺にも欲しいなぁ、同年代の友達……


「エリーはもう寝たか?」

「ええ、もう眠ったみたい。あなたの事をとても心配していたから、疲れてしまったのね」


 リタはエリーに寝間着を貸してもらって着替えたようで、可愛らしいフリルの付いたネグリジェを来ている。どことなく胸の辺りが苦しそうな気もするが……頑張れ、エリー。未来を諦めてはいけないよ。


 それにしても、エリーにはいつも苦労をかけてばかりだな。今度いつものお礼に何かプレゼントでも買ってあげよう。最近の年頃の女の子は何が喜んでくれるだろうか。オークの牙とかじゃ駄目だろうか、駄目だろうな。あれ、換金所に持っていくと結構いい値段で売れるんだよなぁ。


「それにしても最初は驚いたわ。あなたが『海猫亭』に居候させてもらっているなんて」

「あぁ、俺には過ぎた環境だよ。でも、どうやって俺をここまで連れてきたんだ?俺がここに住まわせてもらってるなんて知らなかっただろう」

「エリーさんが迷宮を出てすぐの入口で待ってたのよ。夕飯時になっても帰ってこないのはおかしい、きっと何かがあったに違いない、ってね」


 エリーは本当によくできた子だ。本当に彼女には申し訳ないことをしてしまったな。これはプレゼントをミノタウロスの角に格上げする必要がある。

 するとリタは薄く微笑みながら、感心したような口ぶりでこう言った。


「あなたのことも、大切に思ってくれる人がいたのね」

「いないと思ってたような口振りで言うな。こちとら愛されキャラ目指して、海猫亭のマスコット枠狙ってるんだ」

「……もし本当にそうなったら私は通うのを辞めるわ」


 彼女はそう言うと、俺の座っているソファーの端っこに腰をかける。極限まで俺と距離を取ろうとするのな……まぁ別にいいんですけども。

 なんだか俺ばっかりスペースを取ってしまうのも悪く思って座り直す。


 今日、リタはここに泊まっていくらしい。

 それもそうだ。あれだけの襲撃者が襲って来ながら自分の部屋でぐっすり寝れるというのもおかしい。

 そのお陰で俺は自分の寝室から居間にまで追い出された訳だが。流石に客人にソファーで寝かせる訳には行かない。


「その、マヤ君とエリーさんは特別な関係なのかしら……?彼女、あなたのことをとても心配していたし……一緒に住んでるっていうことはそういう事よね?」


 確かに、傍から見ればそう勘違いしてしまうのも仕方がないな。エリーは俺にとっては可愛らしい妹の様なものなのだが。


「そう思うのも無理はないが、そういう関係でもない。初めから2人でここに住んでた訳じゃないんだ。俺がここに入れてもらった時はもう1人、エリーの兄がいたのさ」

「エリーさんにはお兄さんがいたのね、それで……今お兄さんの方はどちらに?」

「死んだよ。遺体が見つかっていないから厳密には行方不明の扱いだけどな」

「……そうだったの。……ごめんなさい、悪いこと聞いてしまったわね」

「謝ることでもないさ、むしろ話を聞いて欲しいくらいだ」


 そう、俺が居候し始めた時、この地下室は3人での共同生活だったのだ。探索者だったエリーの兄、ジャスターは探索者のよしみで俺をここに泊めてくれていた。彼は俺の唯一のパーティーメンバーであって、親友だった。

 2人で協力して、迷宮を攻略して、家に帰ればエリーの美味しい手料理を食べる。あまり長くは続かない日々だったが、それは鮮明に思い出せるほどに楽しく、満たされていた。


「お前を助けたのもエリーの兄、ジャスターとお前を無意識のうちに重ねてのことかもしれないな。彼はお前に似て、はっきりした性格で、正義感に満ちた男だったよ……」


 そして、俺はリタに昔の同居人のことを話すことにした。リタも真剣な顔をして耳を傾けてくれる。


 彼は、最後まで自分を貫き通していた。

 あの事件が起こったのは迷宮第十七層に潜った時の事だった。猛吹雪の吹き荒れる悪天候が特徴の階層で、ろくに防寒の装備も整えていなかった俺達は近くの洞窟に逃げ込んだ。しかし、そこはモンスターの巣窟だったのだ。俺達は激闘の末に何とか生き延びたが、ジャスターは足を負傷してしまった。


 そして運悪く、迷宮の地形変動が始まった。

 迷宮は不定期にその構造を変化させる性質があり、それの初期段階として大きな地震が起こるのだ。探索者がこれに出くわすことは滅多になく、俺達は運が悪かったとしか言い様がなかった。

 洞窟内部にいた俺達は崩落する前に脱出しようとするも、怪我をしたジャスターをおぶって行くのは時間がかかった。彼は自分が足枷になっていると感じたのだろう、持っていた短剣で俺の背中を切りつけたのだ。そしてその後、こう言い放った。次、俺に構ったらお前の足を切る、と。

 俺は、彼の鬼気迫るような表情に従うことしかできなかった。俺は彼を捨てて洞窟を走り去った。後ろから微かに聞こえた、「エリーを頼んだぞ」という声。これが彼の遺言だった……


「まぁこんな所だ、これが大体1年前のことだよ」

「強い人だったのね……自分で自分を見捨てるなんて決断、私なら迷ってしまうもの。でも、その洞窟から一人で脱出したあなたも強い人よ。それもまた、正しい決断だわ」

「そう言って貰えると助かるよ。……俺もようやく立ち直れてきたところだ。丁度最近、あいつに似たような正義マンに出会えた訳だしな」


 俺はそう言って隣の見た目麗しい少女に目を向ける。すると、彼女は目を逸らして伏し目がちにこう言った。


「そう……でも残念ながら、私はそんな素晴らしい人間でもないの。この性格で、失敗してきたことだって何度もあるわ」

「そんなのは謙遜だね。事実、お前は結局あの黒騎士の元へ戻ってきた。それが何よりの証明だろう」


 今俺が生きていられるのは間違いなくリタのおかげだ。あの後力尽きた俺は、何の抵抗もできなかっただろう。


「そもそも、あなたをあんな危険な目に合わせるつもりは無かったのよ……あなたが二手に別れて逃げると言った時、私が敵を引きつけるつもりだった。普通に考えればそうでしょう?元はと言えばあいつは私を狙っていたのだから」

「確かに……よくよく考えればそれもそうだ、黒騎士もお前の方に行こうとしていたしな」


 迂闊だった。確かに、リタを狙いに来た襲撃者は彼女の方を追いかけるに決まっている。そして彼女はそれをわかっていながら引き受けたのか……お前はやっぱり強いよ。


「まさかあなたが残って引き止めるなんて考えもしなかったわ……その後なんだか嫌な予感がして、黒騎士が追ってきていないのに気付いて近くにいたパーティに協力して来てもらったの。素性を隠して襲ってくる人間は大抵人目に付くことを嫌がるのよ、案の定退散していったわ」


 つまり、俺は結局完全に彼女に助けられていたわけだ。


「全く、俺の人生助けられてばっかしだな……」

「そんなことないわ。あなたがそう思っていないだけで、あなたに助けられている人間はいる……さっきも、エリーさんは楽しそうにあなたの話をしていたわ。彼女の兄を失った心の穴を埋めているのは、あなたなんじゃないかしら。それに、私もあなたに助けられているし……」


 言葉の最後、乙女みたいに少し顔を赤らめるのをやめなさい。うっかり好きになっちゃうだろうが。全く、危ないところだったぞ。


「それならいいんだけどな……それで、リタはこれからどうするんだ?またあの黒騎士に襲われたら一溜りもないだろう」

「そうね、でも私には頼れる人なんていないし……暫くは身を隠すしかないかしら」


 今回は運良く生き延びることができたが、次もそうとは限らない。それに一度戦闘をしたことで向こうは俺達の戦力、戦法を知ってしまっているのだ。かなり不利な状況と見ていいだろう。


「そこで一つ提案があるんだが……リタ、俺とパーティを組まないか」

「ごめんなさい、それは嫌」


 はい、即答。

 おかしいな、距離感詰まってきたと思ったのは気の所為だったみたいだ。危ない危ない、さっきうっかり惚れてたらショックで次こそ自爆してしまうところだった。


「……なんでだよ」

「あなたの前髪が気に入らないから」

「それはしょうがないだろ……これは特殊魔法の時に目の色を隠すためだ、俺はあんまりこれで目立ちたくない」


 俺の前髪がどうのって前も言っていたな……他の冒険者に俺が色持ち(カラード)であることがバレたら面倒だ、だから隠すために伸ばしていたのだが。どうやらこれは女性受けが悪いらしい。髪型の善し悪しというのは自分では分からないものだ……ちょっと気に入ってたんだけど。


「もし私とパーティなんて組んだ日には、無条件で注目を浴びることになるわね。……主に男性からの嫉妬の目だけれど」

「あー、それは考えてなかったわ……それで、本当の所は?」

「……あなたをこれ以上巻き込む訳には行かないわ。あなたにはエリーさんもいる。もしあなたに何かあったら、彼女に謝っても謝りきれないじゃない」


 やっぱりそういうことか。俺は俺でやりたくてやってることだから気にしないでもらいたい。それにここまで乗りかかった船だ。恐らく、既に俺も敵にマークされているだろう。ここで2人が別行動を取るのが一番避けるべき行為だ。


「なら交換条件ならどうだ、俺はリタとパーティを組む。そしてリタは……そうだな、俺に剣の扱い方を教えてくれれば良い。何より、今は一人で行動するのが最も危険だなんだ。それをわかって欲しい。」


 これならば一石二鳥だ。

 黒騎士との戦闘で学んだ通り、俺の戦法の穴は接近戦だった。リタに剣を教わり、そこを改善できれば総合的なパーティーの戦力も大きく上昇するだろう。


「はぁ……それで私が断ってもあなたはどうせ諦めないのでしょうね。この面倒事に巻き込んでしまった私の責任もある事だし……いいわ、私達でパーティーを組みましょう」

「あぁ、これで成立だ」


 これでひとまず事態の整理はでき、体勢も整えた。

 後はひたすら、鍛錬あるのみである。


「でももう一つ、条件に加えてもいいかしら?」

「何だ?別にかわまわないぞ、内容にもよるが」

「その髪はちゃんと切って頂戴」


 ……えっ、そんなにダサい?


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