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レクイエム(後編)














「また一つ…存在が消える…」




どれくらい時間が経っただろうか。



誰かの美しい歌声で、アルフは目を覚ました。




「………っ…」



辺りがぼやけて見える。


意識もまだ完全には回復してないようだ。



おまけに、黒い縄のような物で全身を縛られているため、身動きができない。




それでも、彼は歌声の主を確認しようと目をこらす。



聞き覚えのある優しい歌声…。


この声は…?




「メルディ…?」




ピタ…




歌声が止まった。



アルフに話しかけられた女性は、ゆっくりと振り返る。



瞳にうっすら涙を浮かべ、訴えかけるような表情だった。




「アルフ…、ごめんなさい…。」



女性は、小さなか細い声でそう一言詫びた。




「やはり、メルディだったのか…。」



「そうよ…。」



…………。




二人は、お互いに見つめ合い、しばし無言だった。




懐かしさともどかしさが交錯しあい、過去の記憶が蘇える。






『ねえ、あなた。アルフレッド君だったわね。私と友達になりましょうよ…』



『私と友達に…か。あんたは物好きなんだな。』



『それは違うわ。みんな、あなたと仲良くしたいのに、あなたがそれを拒んでるだけ。ねえ、どうしてなの?』



『…傷つけたくないからさ。人を傷つけるのも、人に傷つけられるのも、どちらももう勘弁だからな。』



『そうだったのね…。そんな理由なら、やっぱり私と友達になりましょうよ!』



『あんた…人の話聞いてなかったのか?私は、もう勘弁だと…』



『あなたこそ、私の話を最後まで聞きなさいよ!私は、絶対にあなたを傷つけないし、あなたに傷つけられないわ。断言するわ!』



『…根拠でもあるのかい?』



『無いわ。でも…断言するの。』



『ふっ…。あんた…変な奴だな。』



『そういうあなたこそ!ふふふ…。』






…………。




「私のことを忘れてしまったかと思ったが…覚えていてくれたのかい?」



先に沈黙を破ったのは、アルフ。


視線を雲に移し、問いかける。




「忘れたことは、一度もない…それに、あなたのことをまだ深く愛してるわ…」



メルディは、右手人差し指で、涙をぬぐう。




「でも…あなたは死神。私は…神。似ているけれど…相いれない存在だわ…。それに…」



「私はコインだからな…。」



アルフは、フッと自嘲気味に笑った。




「あなたがコインなんて…信じたくないの…。もうすぐ消えてしまう存在だなんて…。」



「しかし…事実だ。私は、覚悟はできている…。」



「………アルフ。」




ギュッ…。




「メルディ…?」



メルディは、後ろからアルフを抱きしめた。



目を瞑り、口を閉じたまま数秒間の間…。













「兄貴……!!」




ガバッ!




「………ってぇ…」



上半身を慌てて起こしたが、腹部に激痛が走り、また寝そべるリアゼ。




「それだけ深いケガしてて、起きれるわけないじゃん!」



「っ…あ、ピンク娘…?」



声のする方に目だけ向けると、呆れ顔でリアゼを見ているイリアと目が合った。




「元気が良い目覚めだね…。若い子はうらやましいよ。」



「まだ20代だろうが…。」



イリアの後ろから、コント調で会話をしているシークとエマの姿も見えた。




「で?どんな奴にやられたの、リアゼ。それに、アルフがどうかしたの!?」



「聞く順番、逆だろ…。」



ケガをしている時でも、突っ込みは忘れないのがリアゼである。



彼は、痛ってぇ…と、顔を歪めつつも体を起こす。


今度はゆっくりと。



傷に負担をかけないためと、腹部全体に巻かれた包帯がはがれないようにするためにも。




「そういや…リアゼ。ずっと、『兄貴…』って呟いてたが…アルフがどうかしたのか?俺も嬢ちゃんと一緒で、気になって仕方なくてな。」



「兄貴は………女神に誘拐されたっす!!」



「えっ…ええええっ!?」



イリアが叫んだ。



シークとエマは、叫びこそしなかったが、呆然としている。




「誘拐だと…?」




「まさか、ね…。アルフだっけ?自分の見た感じでは、彼は捕まりそうになっても、返り討ちにできそうな気がするんだけど。」



「不意打ちだったんすよ…。兄貴は、俺を庇うことに集中してたから、そのせいもあるかもしれないけど…。」



二人の意見に、自分を責めるようにうつむいて言葉を返すリアゼ。




「どうやって誘拐されたとか考えてる場合じゃないでしょ!?どうやって助けるかを考えないと!!」



イリアは、拳に力を入れ前に突き出し、戦う姿勢をしてみせる。




「…嬢ちゃんの言う通りだな。」



シークはイリアに賛成し、腕組みして考える。




「で…、リアゼ。その女神の特徴とか覚えてるのか?」



「しっかり覚えてるっす…。名前も…確かメルディとか兄貴が言って…」



「メルディ…!?本当に…そういう名前だったのか…?間違いではないよな?」



シークは信じがたいことのように、念押しして質問した。




「そ、そうっすけど…知ってるんすか?」



「………まあな。」



「えっ?シーク、知ってるの?メルディって誰!?アルフと何か関係あるの!?」



今にも噛みつきそうな勢いで、イリアがシークに聞く。




「ああ…嬢ちゃんは聞いてなかったんだな…。メルディは………」



「メルディは…?」



「人間だった頃のアルフの彼女だ。まさかこっちの世界で神になってるとはな…。アルフもさぞかし驚いたことだろうよ。」



「アルフの元彼女…?」




フラッ…




「イ、イリア!大丈夫?」



後ろに少しよろけたイリアの背中を、エマがしっかり支える。




「兄貴の彼女…。信じられないっす…。」



リアゼはよろけはしなかったが、放心状態だった。




「待てよ…アルフの誘拐…神のメルディ…リングを預けた…。」



「ん?シーク、ぶつぶつ言ってどうした…」



「そうか…アルフは………コインなのか…」



シークが断言するように呟いた。



















「アルフ…逃げて。お願い…」



「………!?」




スルッ…




メルディがアルフから離れたと同時に、アルフを縛っていた紐がほどけた。




「今なら…見張っているのは私だけだから…」



「しかし、私が逃げればメルディが罰を受けるのではないか…?」



「…私は大丈夫よ。あなたが逃げられるだけの時間を稼ぐわ。」



メルディは、力なく微笑んだ。




「私…このくらいのことしかできないから。あの時も、あなたを助けられなかったし、あなたを悩ませてしまった。今…その償いをするの。」



「メルディ…?」



「行って!早く!!」



自分に近づこうとしたアルフを、手で追い払う仕草をし遠ざけるメルディ。




「…わかった。一つだけ言わせてほしい。メルディ…私も君を愛していたさ。…ありがとう、さよならだ。」




バサッ…




バサッバサッ…!!



メルディに背を向けて、アルフは東方へと羽ばたいていった…。




「それで運命が変わるとでも思ってるのかねえ、メルディアン。」



「………!?ハッシュ、まさか今の見てて…」



「たりまえでしょうが。今頃、逃がした甲斐なく捕まってるさね。」



ハッシュの言葉を聞き目を丸くし、メルディはしばらく呆然と立ち尽くしていた。



















「コインって…確か生贄のことだったっけ?」



「生贄…?」



「はっ…アルフが生贄…ってどういうことよ!?」



エマ、リアゼ、イリアの順で聞く。



放心していたイリアは正気に戻ったようだ。




「おっ、嬢ちゃんも気が付いたか。…これは、本当は口止めされてたんだけどよお、仕方ねえな。ま、アルフのことだから、上手く逃げ出してくるだろうよ。それに…助けるとすりゃ、生贄の儀が始まってからの方が都合はいいぜ。」



シークは、雲の上によっこらしょと座り、話し始めた。



シーク以外の三人は、何か言いたげに口をパクパクしていたが、シークの様子を見て大人しくその場に座った。




「コインっつうのはな、戦争を納めるための生贄を指す隠語だ。…天界戦争は確かに、他の種族を3分の2まで減らしゃ勝ちだ。だが、戦争が終わったことを知らせないと、誰も戦争を止めやしない。だからよ…それを知らせるためにも、生贄の儀式が必要っつうわけだ。」



「なるほど…。でも、なんで兄貴なんっすか?」



「そ、そうだよ!アルフが生贄にならなくちゃいけないわけじゃないんでしょ?」



「それは、だな…」



シークは、言い止めて目を丸くした。




「それは…何っすか!?」



「アルフ…」



「へっ!?」



「えっ!?」



「噂をすれば影ってわけか…。」



皆、シークが指差す方向に視線を移す。




そこには…。




「…私でなくてはならないのだよ。フィアラ一家の一員である私でなくてはね…。」



冷ややかな瞳で皆を見ているアルフの姿があった。




「ア、アルフ…。無事だったんだねっ!あたし、心配で心配で…でも、良かった。」



そう言って、笑顔で抱きつこうとするイリアに鋭い視線を送るアルフ。




「イリア…来るな。私は、帰って来たわけではない。シークに用事があっただけで、すぐ生贄の場所に行くのだから。」



「あ、兄貴…?」



「シーク…」




ザッ…




ザッ…




怪訝そうな表情で声をかけたリアゼを無視し、シークに歩み寄る。




「シーク…。私が預けたリングは…」



「あ、ああ。これのことだよな?」




キラッ…。




シークは、ズボンのポケットから銀色のリングを取り出した。


「…ルティーナ・プルリエに、そのリングを返してほしい。私には…もう時間が無いから、頼む。」



「ルティーナがどこにいるか、教えてくれないと、シークも探しようがないんじゃないかな?」



エマがアルフに聞こえるように、わざと通常より大きな声で言った。




「………。」



「アルフ…なんか怖いよ…どうしちゃったの…?」



イリアは、怯えているような表情で、リアゼの後ろに隠れていた。




「…時間が無いのだ。シーク…ルティーナの居場所は自分自身で見つけてほしい。きっと…リングが導いてくれるはずさ。」



「ああ…わかったよ。」



シークはリングをしまい直しながら、生返事した。




「では…失礼する。」




バサッ…




「待って、アルフ!」



「待つっす、兄貴!!」




ガシッ!




パシッ…




「………!?」



今にも飛び立とうとしていたアルフの腕を、イリアとリアゼが抱きつくようにして押さえる。




「離せ…私はもう行かなくては…」



「ダメ!アルフ…生贄になんかなる必要無いんだから!」



「行かせないっす!」



「………っ!」



アルフは腕をブンブン振り、二人を引き離そうとする。




…が、二人は腕にしがみついて全く離れようとしない。




「…わかっていねえな、おまえら。アルフが生贄にならないと戦争は終わらないんだぜ?」



「…シークの言う通りだ。私が行かねば、もっと多くの犠牲が出るのだよ。」



「だからって…アルフを犠牲にして、みんなが助かる。それでいいわけはないじゃない!?」



シークとアルフの意見に、イリアは怒り気味で答えた。




「…いい加減離れろ。」




ヒュウウウ…




「きゃっ…!」



「わっと…!」



一瞬のスキを見計らい、アルフは風を起こした。




風のせいで、イリアとリアゼはアルフから手を離してしまう。




「私は急ぐのだよ…。」




バサバサ…



「あっ…シーク!エマ!アルフを止めてよ…!!」




ヒュウウウ…




風が周りを回っているため、イリアとリアゼは目を開けることなど身動きがとれないのだ。




「…嬢ちゃんには悪いが、それはできねえな。」



「止めたいのは山々だけど…どっちが最善かを考えると、ねえ…」



…エマもシークも動かず、アルフが飛び去って行くのをただ見ているだけだった。




「…っあ…兄貴ぃぃ!!」



「アルフー!!」




シュウウウ………




風が完全に止んだ時には、アルフの姿は見えなくなっていた…。










「見つけたぞ、コイン。」



白い翼付きの杖を手にした、神が言った。



アルフは待っていたと言んばかりに、神に近づく。



バサッ…



バサッ…




「…手間が省けたな。私を…生贄の神社へ連れて行ってほしい。」



「自分の立場をよく理解しているようで、なかなか感心なコインだな。…こっちだ。」




バサッ…




神は、東の方向を指さし、飛び始めた。




「………」



アルフも付き従うように、飛び立っていった…。
















「…ねえ。シークもエマもなんで止めなかったのよ!?アルフが…アルフが生贄にされちゃうんだよ?消滅しちゃうんだよ!?」



イリアは、一気にそこまで言うと、ううっと泣き始めた。




「イリア…。悪かったね…ごめん。でも、彼を救う方法が見つかるまで、こうやって時間を稼ぐしかないんだ。」



エマは、イリアの頭を撫でながら、諭すように言った。




「救う方法…あるんすか!?」



「…一つだけあるが、極めて難しい方法だ。だから、最終手段と思って、アルフの前では言わなかったんだぜ。」



シークがエマの代わりに答えた。




「ぐすっ…それを早く言ってよね…。」



涙を拭い、恨めしそうにシークを見るイリア。




「へえ…さすがシーク。そこまで考えていたとは、自分にさえ読めなかったよ。」



「ぐ、偶然、文献を見つけただけなんだがな…。」



エマの賞賛に照れたのか、シークは後頭部を触り目を反らす。




「兄貴を助ける方法…早く教えて下さいっす!」



「おお、そうだな…。『天界戦争と生贄の儀』という文献によるとだな…、確かにコインが生贄になることで戦争を終わらせる方法もある。だが…戦争を終わらせる方法はもう一つあるらしい。それは…」




ゴクッ…




イリア、エマ、リアゼの三人は、固唾を飲んでシークの次の言葉を待つ。




「それは………もう一度だけルティーナ・プルリエにレクイエムを歌ってもらうというものだ。」



「……へっ?」



「えっ……」



「それだけなの?」



意外にも簡単に思える方法に、三人は気抜けした。



しかし、シークは至って深刻そうな険しい表情だ。




「…まず、会うことから難しいんだ。ルティーナがどこにいるか…誰も知らねえし、文献も無いんだからよ…」



リアゼは、まじっすかときょとんとしていた。




「じゃあ、まずはルティーナの消息を探さないとダメってことか。」



「でも…時間無いかも…。生贄の儀って、もうすぐ始まっちゃうんでしょ?」



淡々とまとめるエマと、不安げなイリア。




「まあ…もうすぐっつっても、半日はあるんだがな。」



「半日…っすか。なら、こんなゆっくり話してる場合じゃないっす!ルティーナを…手分けして探さないと!」




バサッ…




リアゼは言うと同時に浮き上がる。




「君の言う通り、だね。急ごうか。一分一秒が惜しいからね。」




バサッ…




「少しでも助けられる可能性があるなら…!あたしもやるよ!」




バサッ…




「…おう、急ぐか。」




バサッ…。




4人は大きく翼を広げ…




バサバサバサバサッ!!




四方に散らばり、ルティーナの捜索を開始したのだった…。



















「………」



協会の前の花畑に、天界の予言者ルティーナ・プルリエは座っていた。




考えごとをしているかのように目を伏せ…




頬に風を感じ…




目的があってそうしているわけでもなく…




しばらくそのままじっとしていた。




時折、なぜ…、と小さく呟きながら…。













集音器に声と共に教会の鐘の音が入っていることに、いち早く気付いたエマ。




これは、先に千爺にアドバイスを求め庵を訪れた時にもらった機械である。



特定の音や声に反応し、発信源を探し出す物だ。




バサッ…



バサッ…




(教会…教会…っと。ここかな…?)



カールデイット市にある教会。




バサッ…




トッ…。




エマは、教会の屋根の上に降り立ち、集音器をゆっくり動かす。




ピピッ…………ピピッ………ピピッ………。




集音器は、弱い反応を示した。




(………違う、か。でも…ルティーナがこの市に存在するのは確かだね。)




バサッ…




バサバサ…!!




次なる教会を探し、エマは飛び立っていった…。





















神社の鳥居が、赤黒く不気味に光った。




「…皆、揃ったようだ。今より!生贄の儀を取り行う!生贄を捧げることによりて…戦争を終わらせることあらんと!」




シャリ…



天界においての唯一の神社の神主は、高らかに宣言した。




ワアアア…!!




集まった天界の者達が、歓声を上げる。




その中で、神社の右隣にある大木に太い縄でくくりつけられ、顔を伏せている者達がいた。



アルフレッド・フィアラ。




そして…




「再び…巻き込んでしまったようで、すまない…。」



「…気にしないで。私が勝手にやってしまったことの報いなんだから…。アルフは悪くないわ…。」



メルディアン・イーグル。



彼ら二人だった。




「静粛に!それから、コイン同士の会話は慎め!」



眉を吊り上げた恐しい容貌の神が、アルフとメルディをにらんだ。




………。




歓声が止み、辺りがしーんと静まった。




神主は、おほんと一つ咳払いした。




「まずは…生贄を清めるため聖水を浴びせよ。」



「はっ!」



巫女のような正装をした女性が聖水を手にし、アルフとメルディに近づく。




スッ…スッ…




パシャ!




「…っ…!」




パシャ!




「きゃっ…!」



身動きのできない二人に、正装の女性は容赦なく聖水を浴びせた。




スッ…スッ…




そうして、何食わぬ顔で神社の境内に戻る。




「次に、天界4種族和解の辞を…」




生贄の儀はプログラムにそって、止まることなく執り行われていった…。






















「ルティーナさーん!居たら返事してよー!!」



イリアのかん高い声が、澄み渡った青色の空に響き渡った。




………。




当たり前であるが、返事は返ってこない。




ただ、ホーホケキョと風流なウグイスの鳴き声が返ってくるだけ。




イリアは、ほとほと参っていた。




(もーう…これ、不良品じゃないの!?反応ある場所の近くを一時間も探してるのに…見つからないじゃない…。)



忌々しげに集音器を見る。




ピピッ…




ピピッ…




集音器は、一定のリズムを放ちながら、反応があることを知らせている。




(あー、もう!千爺ちゃんのところまで帰る時間も無いのに…どうしたらいいのよ…んっ?あれは…)



諦めかけたイリアの瞳に、見覚えある人物が移った。




イリアは、視力が良いので、その人物の特徴などがよく見えていた。




黒髪を後ろで束ねた女性と白熱した議論のようなものを交わしている青年…。




(あれって…もしかして…)




バサバサッ…




イリアは、花畑に向かい猛スピードで急降下した。

















「だーかーら!レクイエムをもう一度だけ歌って欲しいんすよ…。兄貴を助けるためには、あんたの助けが必要なんっす!」



リアゼが必死で説得するにも関わらず、黒髪の女性は歌おうと試みはしなかった。


ただただ、首を傾げ眉を下げ、悲しそうな顔をするだけだった。




とある協会の近くの花畑。



赤や黄色、白や青など色とりどりの花々が、訪れた者を魅了する。



その隣には、日当たりの良い墓場があった。




「本当に頼むっすよ…ルティーナ・プルリエさん。」



すがるような思いで、リアゼはもう一度小声で言った。




すると、先ほどと違いルティーナは口を開け何か呟き始めた。




「わ…み……き…ない……」



「へっ…?今、何て…?」



リアゼは、目を丸くして聞き返す。




「………」



言葉が伝わらないのが悲しいのか、ルティーナは再び無言でうなだれた。




(わみきない?…全く意味がわからないぜ…)



「はあ…」



「リアゼー!!」



リアゼが困り果ててついたため息とほぼ同時にイリアの声がした。




「ピンク娘…?」



「リアゼー!!やっぱりあんたじゃん♪」



イリアはもう一度リアゼの名を呼んだ。




バサ…バサ…




スタッ…




リアゼとルティーナの正面にイリアは降り立ち、二人の顔を見比べる。




イリアを見つめるルティーナの瞳は、得体の知れない者に怯えているかのように潤んでいた。







「あれ…?あなた…もしかして…」



「………」



「ルティーナ…プルリエさん?」



「そうみたいだぜ。」



無言のルティーナに代わり、リアゼが答えた。




「そうなの!?あ、リアゼ…あんた、まさか…」



「な、なんで睨むんだよ?」



「ちょっとこっち来なさい!」



子供を叱る母親のように怒鳴り、イリアはリアゼの腕をグイグイと引っ張る。




「いって!何すんだよ!?」



「いいから!」



ジタバタしながらイリアに連行されていくリアゼを、ルティーナは不思議そうな表情で眺めていた。




イリアは容赦なくリアゼを引っ張り、無理矢理教会の前まで移動させた。




そして、一言。




「あんた、ルティーナ・プルリエを何怖がらせてるのよっ!脅すような頼み方したんじゃないの!?」



リアゼの方は、いきなり連行されるわ、文句つけられるわなので少しムッとした。




「必死に頼んだだけだっつの!脅してねえし、兄貴のためにって理由まで話したんだぜ?」



「本当に〜?」



疑いの眼でリアゼを見るイリア。




腕を組んで多少威圧的である。




「本当だぜ!!そんなに、俺に文句言うならピンク娘が行って頼めばいいだろうが。」



「もちろん、そのつもりなんだけど〜?女同士だし、あんたより上手く説得してみせるから、見てなさいよっ。」



イリアは、挑発するように言うと、スタスタとルティーナの前まで歩いていった。



ルティーナは、やや身を引き、不安そうな表情で、イリアの言葉を待つ。




「ルティーナさん!お願いがあるのっ!あたしの大事な大事なアルフって死神が消滅しちゃうかもしれないの…。ルティーナさんがレクイエムを歌ってくれれば、助かるの。だから…歌って!」



「………?」



イリアの身振り手ぶりに反応し、目をパチクリさせるルティーナ。




「あれ…?声出せないのかな…。お願いだから、一回だけ!歌ってよ〜!」



「………」



やはり、無言である。




ほら見ろ、といった表情で、リアゼが歩いて来た。




「女同士だから、とか俺より上手くやる、とか言っときながら、このザマかよ、ピンク娘。」



「う…うるさいなっ!本人の意志で歌わないんだから、あたしが説得下手なわけじゃないもんっ!」



「へえ…そうなのかよ。」



「な、なによ〜、その目は!あたしを疑ってんの?」



「別にー。大口叩いてこれだから呆れてるだけだぜ?」



「何よ〜?あーんたの方ができてないくせにっ!」



二人の言い合いは止め止め無く続く。




ルティーナは、中に入りきれず、手を前に出しおろおろしていた。













辺りがシーンと静まった。




プログラムの最後…生贄の捧げが行われるのである。




「…どこの世界においても、レディファーストが重んじられる。…メルディアン・イーグルよ、前へ。」




シュル…




メルディを縛っていた縄が解かれた。




「…はい。」



自由の身となったのにも関わらず、メルディは素直に返事し、神社の中へと足を進める。




トンッ…




トンッ…




トンッ…




彼女の足音だけが、神社内と辺りに響き渡る。




「では…メルディアン・イーグルよ。コインを故意に逃がした罪でそなたを生贄とする。異存はないな?」



抑揚のない声でそう聞いたのは、その神社の神主。


黒い布で顔をすっぽり隠しているため、表情は窺えない。




メルディは、すぅと一つ息を吸い込んだ。




「異存はありませ…」



「いや…異存ありだ。」



不意に彼女の声をかき消した声があった。




そこにいる者全員が、声の方向を睨みつけるような表情で注目する。




「異存あり、だ。」



先ほどと同じ声が、もう一度繰り返した。




神主は、ふんっと鼻で笑い、見下げるような視線を送る。




「コインには、発言の権利はないはずだが?まあ…一応聞こう。異存があるならば、そなたはどうするつもりだ?アルフレッド・フィアラ。」



(アルフ…)



メルディの表情が曇る。




アルフは、大勢の視線を物ともせず、メルディを見返しながら答える。




「…私が先だ。元々コインである私から、先に消滅させるべきだと言っているのだ。」



「アルフ、何を言って…」



「それに…メルディは何も関係ない。私が…彼女を脅し唆したからだ。」



…ダンッ!




言葉が言い終わるか言い終わらないかわからない内に、机を激しく叩く音がした。




「それは、俺が知っている事実と違うぜ?メルディアンは…確かに自分の意志でそこの死神を逃がしてたはずだ!俺が証人だからな!」



「静粛に!今はそのようなことは問題ではない。落ち着け、ラッシェ。」



「………っ。わーったよ…。」



他の神に諭され、口をつぐむラッシェ。



「…どちらにせよ、私から消滅させるのが道理というものだ。」



「ふむ…そなたの意見は、誠に正しい。…係の者よ。メルディアンを再び縛りおけ。代わりに、フィアラを前に。」



アルフの言を受け、係の者達はせわしなく命令を実行させた。



アルフは神社の中へ上がり、メルディは大木に再び縛られようとしていた。




「アルフレッド・フィアラ…、そなたが言ったのだから今更見苦しい真似などせぬな?」



神主は、アルフに顔を近づけ、からかうように聞いた。



少し離れた場所から、ダメよアルフという声が聞こえてくる。




アルフは、メルディの方をチラッと見て、すぐに神主に視線を移した。




そして、




「…もちろんだ。」



はっきりと答えた。




「それならば、係の者よ、遠慮せず参れ。」



神主の言を受け、灰色の髪の中年男性がアルフに歩み寄る。


手には、大きな鎌。

刃先が妖しくギラギラ光っている。




スッ…




係の男性は、アルフの正面に立ち、鎌を大きく振り上げ…




「アルフー!!!」



メルディの悲鳴が、辺り一帯にこだました。





















「二人とも何してるのさ!」



「エ、エマ…?」



「何って…」



エマの怒気を帯びた声で、イリアとリアゼはハッとした。




バサバサ…




エマは、そんな二人の前ではなく、ルティーナの前に降り立った。




ルティーナは、目を細め怪訝そうに見つめている。


なぜか、怖がったりはしていなかった。



それからエマは、一度振り返り、イリアとリアゼに向けて言う。




「ルティーナに、レクイエムを歌ってもらって、アルフを助ける。違ったかな?」



その瞳は鋭く、イリアもリアゼも正視できず、うつむいていた。


それに二人には、返す言葉もない。




エマは、今度はルティーナの方を向き直った。


それから、一冊のメモ帳を取り出し、さらさらと何か書いた。




「ルティーナはね…」



ルティーナ・プルリエは紙を見て、悩んでいるかのように目を逸らした。



紙には、『レクイエムを歌ってほしい。自分達の仲間を助けたいから。』と書かれていた。




エマは、ポケットからまた何か取り出した。


そしてそれを、ルティーナの手にそっと載せる。




それは、指輪だった。


ドクロの装飾がされたシルバーのリング…。

アルフがシークに預けた物である。




「ルティーナさんは…何?」



イリアが顔を上げぽつりと聞く。




「ルティーナは…話せるけど耳が聞こえないんだよ。」



手に載せられたリングを凝視した後、ルティーナはこくりと頷き、息を大きく吸い込む。




…誰もが聴き入ってしまうような歌声だった。


子守歌のように優しく…温かく…自然な歌声…。
























「レクイエム…?」



「レクイエムだ…予言者ルティーナ・プルリエの…」



「もう何年も聴いてなかったのに…」




カランカラン…




係の男性の手から、大鎌が落ちて音を立てた。




神主も…




審判員達も…




神社に居るほとんどの者が、ルティーナの歌声を静かに聴いていた。




天界のあちこちから聴こえていた悲鳴や狂気の声が…




歌にかき消され…




やがて…




全て消えた。




…その中で一つだけ消えない声があった。




「メルディ………」



消え入るような呟き声。


胸を切られ力なく自分の腕の中に横たわるメルディを見つめるアルフの声。




「ア…ルフ…」



神から無の存在へと、徐々に変わりつつメルディの声。




「それは運命…それは定め…」



レクイエムの中盤に歌声は差し掛かっていた。



だが、アルフの耳にもメルディの耳にもその声は入って来なかった。




「メルディ…なぜ、君は私をそこまで助けようとするのかい…?」




ポタッ…




一滴の水が、メルディの頬にかかった。



メルディは、まだ消え始めていない方の手で、アルフの髪を撫でた。



一回…



二回…



三回…



ゆっくりと…丁寧に…。




「あなたを…寂しそうな…悲しげな…あなたの心を…救いたかったから…よ…」



顔に落ちる水の冷たさを感じ、自らも冷たい水を流しながら、メルディは小さく答えた。




「メルディ…」



「さよならは…言えないわ…。だって…また…きっと…巡り会えるから………」



言葉を言い終わり安心したのか、メルディはそのまま目を閉じた。



パアッ…という穏やかな光を放ちながら、まるで砂でてきた人形のように、メルディの体は消えていった…。




ポタッ…




メルディの体を抱いていた腕は、温もりではなく冷たさを感じていた。



大木や神社のある辺りから、もう帰っていいぞ生贄の必要はなくなったからな、という声が飛んできた。



けれど、まるで全く聴こえてないかのように、アルフはその場に座り込んだままだった………。



















「安らぎに包まれ…眠れ………」



…レクイエムを歌いきり、満足げな笑顔を浮かべているルティーナ。



エマは、安心して気が抜けたのか、ふうと深いため息をついた。




イリアとリアゼは、不思議そうに顔を見合わせていた。




「エマ…なんでルティーナさんが耳が聴こえないって、わかったんだろう?」



「俺に聞かれてもわからねえよ…。本人に聞いてみりゃいいだろ。」



「さあ、なぜだろね?当ててみたら?」



「わっ!?エ、エマ…」



はるか前方に居たはずのエマが、突然背後に現れ、驚くイリア。




エマの後方から、ゆっくりとこちらに歩いてくるルティーナの姿が見える。




「確か…ルティーナ・プルリエに関する文献は無かったよな…。ということは…関係者ってことかよ?」



「なかなかいい線いってるね、リアゼ君。」



エマが、ニコリと笑って誉めた。




「関係者…?家族、か…友達か…親戚とかってこと…?」



ルティーナが三人の所までたどり着き、目をパチパチとしばたいている。




「まあ、そういうことだよ。」



「そういうことって…結局何なのっ?」



「今はそんなことより、アルフの無事を確認した方がいいんじゃないかな?儀式に間に合わなかった可能性もあるから…」



エマが険しい表情で言って、




「えっ!そうしたら、アルフ…。急いでアルフのとこに行かなきゃ!!」



ようやく、事の重大さを理解したイリア。




「俺も行くぜ!」



バサッと、リアゼが翼を広げる。




「リアゼ、あんたも着いてくるの〜!?」



アルフとラブラブな感動の再会をしようと思ったのに…と、口を尖らせ不満げなイリア。




「別にピンク娘に着いていくわけじゃねえっつの!ただ兄貴が心配なだけだぜ…」



「あっ、そう。じゃ、おしゃべりしてないで早く行くよ!」



「お、おう…?」



ケンカ腰な返答ではなかったので、リアゼは若干拍子抜けしてしまった。




ルティーナは、イリアとリアゼの掛け合いを見て、クスクスと笑っていた。




それから、死神の三人は、




「ルティーナさーん、ありがとうね!」



「サンキュな!」



「ありがとう。」



各々、ルティーナに礼を言って、天界へと飛び立っていった…。




(本当にありがとう…姉さん。)



他の二人と違い、エマはそう心の中で呟きながら…。











パシッ!




鎌を持つアルフの右手をシークがつかんだ。


大鎌の刃は、アルフの左胸部2ミリ前で止まっている。




周りにいる者達は、一体何事か、とザワついている。




「…止めるな、シーク。」



顔を伏せたままで、アルフが言った。



声には怒りとも悲しみともつかない感情が混じっている。




「いや、止めるに決まってるだろうが…こんな馬鹿な真似はな!!」




パシーン!!




強い口調で言って、シークはアルフの手から鎌を弾き飛ばす。


眉をひそめ、これまで誰も見たことないほど、彼は怒っていた。



その声は、その場に居た全員にゾクッという寒気を与えたほどだ。




「馬鹿な真似、か…。どうとられても構わないさ…」



「ふざけるな…。あんたが消えたって…消えた存在の者が戻ってくるわけじゃないだろうが!!」



「そのくらいはわかっている…。」



アルフは、やや投げやりに答え、面をゆっくりと上げた。




「私が居なければ…私が居なければ消えることなかったのだよ…メルディもカナルも…」



そう呟くように言って、アルフは再び目を伏せた。




「…だが、あんたが居なければ存在できていない者も居る。」



「…そんな者は居ないさ。」



「いや、居る。」




ポンッ…




シークの手が、アルフの肩を優しく叩く。




「俺が知らないとでも思ってたのか、アルフ。あんたは…人間の子供の命を助けていた。違うか?」



「………」



「病院で手術を拒んでいた少女…死神になりたいから死にたいと言っていた少年…交通事故でその日が峠と言われていた幼児…。全部あんたが助けていた。俺はこの目で見てきたからな…。」



アルフは、そうかと小さく答えた。


顔は伏せたまま。




「身近な奴でいやぁ、イ…」



「アルフ!大丈夫!?」



「兄貴ー!」



「あれ?シークも居たんだ?」



「…ちょうどいいタイミングだな。」



不敵ににやっと笑うシーク。



話を遮ったイリア、それからリアゼとエマは、二人の前にゆっくりと降り立つ。




バサッ…




バサッ…




スタッ…。




アルフは相変わらず顔を上げなかった。




「兄貴!間に合ったみたいっすね…本当、良かったっす…」



リアゼは、ほっと一安心したようで、和やかな笑顔である。




「良かった…アルフが生贄にならなくて良かったよ…」



イリアは、ぐすっと少し泣き顔。




「…良かった、か。」



アルフは、ちっとも良くないというかのように、乱暴に言葉を吐いた。


しかし、最小の声だったので幸い誰も聞き取れなかったようだ。




「俺が居たら不都合か、エマ。」



「いや…急に居なくなったのに、おいしい役とってるってことに少し納得いかないかな。」



怪訝そうなシークに対し、皮肉気に答えるエマ。



シークは、うっ…と小さく言って返答に詰まった。




「ま、まあ、それはいいだろうが。それより…嬢ちゃん。」



「ん?あたし?」



シークの視線が、自分にあることを完治し、自分に人差し指を向けるイリア。




「リアゼもエマも聞いてほしいが、嬢ちゃんに一番聞いて、何らかの言葉が欲しい。…アルフがな、自分を責めちまって、自分が消えればいいとまで思いつめてる。」



「え!?なんで…アルフは何も悪くないのに…」



イリアは、少し眉を下げ悲しそうな顔でアルフに視線を送る。



それに気づきながらも、アルフは特に何の反応も示さない。




「兄貴…自分を責めたらダメっすよ!弟のことを悔やんでいるなら、それは兄貴のせいじゃ…」



「二人だ。いや…本当はそれ以上なのかもしれない…」



リアゼの言葉を遮り、アルフが言った。



エマは、なんだそれと言いたげな妙な表情で成り行きを見守っている。




「何が二人なの、アルフ?」



尋ねながら、イリアはアルフの隣にちょこんと座った。


妹か弟を心配する姉であるかのように、心配そうに顔を覗き込みながら。




アルフは至極重たそうにゆっくりと頭を上げ、何も映さないような空虚な瞳でイリアを見つめる。



それから、小さく口を開けぽつりと言った。




「…私の犠牲となった者の数だよ、イリア。カナルに…メルディ。」



「えっ…メルディは消えちゃったの…?」



「その言い方だと、君をかばって消滅してしまったんだね。」



面食らうイリアと、冷静に読み取るエマ。




シークとリアゼは特に何も言わず、会話を聞いている。



「…その通りさ。私をかばって…あの鎌に切られた…。」



「………だから、自分を責めてるというのか。大事な人を助けられなかった自分自身を…。それなら、筋違いもいいとこだね。」



「筋違い…だと…?」



アルフは、眉をひそめエマの方をにらむ。




「誰にもわからないさ…私の悲しみを…痛みを…。私さえ居なければ…何も起こらなかっ…」



「アルフ!」



「………!?」



一瞬にして言葉が継げなくなった。




イリアがアルフをぎゅっと抱きしめていたからである。




「ピンク娘…」



「おっと…まあ、黙って見てようや…」



何か言いかけ歩み寄ろうとしたリアゼを、シークが手で制止する。




「………」



「アルフが居なかったら、あたしはあの時、ただ死んでただけだった…。」



「イリア…?」



「レリックの時だってそうだよ…。アルフが居なかったら、あの子は助かってなくて…きっと後悔してたよ…」



イリアは、いつものニコニコ顔の彼女と違い、キッと鋭い表情をした。




「だーかーら!自分のせいで、大切な人の存在を消したとか、ネガティブなことは考えちゃダメだよっ!ポジティブに考えようよ、アルフ?救った命だってあるんだから…。」



「救った命…か。そうだな…、わざわざ今消えなくても私は…」



「えっ?」



「…いや、何でもない。犠牲によって生かされた命…全うすることがカナルやメルディへの手向けかもしれないな。」



アルフは、穏やかな笑顔をイリアに向け、イリアの腕を優しく払った。




「アルフ…」



「心配しなくても私は大丈夫だ、イリア。…もう二度と自分の存在を否定しないからな。」



「…アルフ。あんたの背負う悲しみは、確かに誰にもわからねえ。だがよ、あんた一人だけが苦しんでるとは考えるなよ?死神になった奴ぁ、大抵そういった苦しみや後悔を抱いているんだからな。」



「そうっすよ、兄貴…。メルディを助けられなかったのは、レクイエムを間に合わせられなかった俺達にも責任あるってことになるんすから。兄貴が罪を背負うんだったら、俺達も一緒に背負うっす!」



リアゼは、片目ウィンクしてぐっと親指を突き出した。




「…シーク、リアゼ、イリア、エマ。皆…ありがとう。私は、一人ではないのだな…こんなに良き仲間を持っている。だから…悩む必要も無いのだな。」



「うん、そうだよ、アルフっ!アルフの悲しみとか悩むとかは、あたし達も一緒に背負うからねっ!」



そう言って、とびっきりの笑顔をアルフに向けるイリア。



つられて、アルフの顔にも微笑みが浮かぶ。




シークもリアゼも、ほっとしたかのように苦笑いで顔を見合わせていた。



…辺りには、いつの間にか彼ら5人以外は誰も居なくなっていた。


しかし、彼らにはそんなことは関係なかった。




ただひたすらに…アルフの無事と心の復活を喜んでいたから。




(大丈夫だ…もう大丈夫だ…)



アルフは自分に言い聞かせるかのように、二度心の中で呟いた。



その時にほんの一瞬だけ見せた悲しげな表情は、エマだけが気付いていたが、彼女は何も言わず、時は過ぎていくのだった…。














「私が助けられる命は、あんたで最後だな…。」



アルフは目の前の少年に向かって、しみじみと言った。




「えっ…?」



少年は不思議そうに首を傾げた。



見た目から判断するに、年齢は8歳ぐらいだろうか。


赤みがかかった茶色い髪は、無造作にはねている。




「誰…?どういう意味?」



「…私は死神アルフ。人を助け、人に助けられ、生きてきた死神だよ…。」



「死神?」



「そう…死神だ。」



トンッ…




「あっ………」




ドサッ!




アルフに額を押されると、催眠術にかかったかのように少年の体は地面に倒れた。




「この鎌とも、長い付き合いになったな…。ありがとう…と言いたいものだ。」



アルフはぽつりと呟き、愛用の鎌をしばし見つめた。



夏の太陽に照らされ、鎌の刃がぎらりと光る。




人がほとんど通らない田舎道。



風に揺れるひまわり畑。



穏やかな日差し。



空をゆるりと流れる白い雲。




二度と見れない景色達だ…。




アルフは、しっかりと景色を目に焼き付け、決心したかのように空を見上げる。




そして、




「時は過ぎ去り…絆は脆く崩れる…」



歌い始めた。




自らに贈るレクイエムを………。




決してルティーナのように上手くはないけれど、心のこもった悲しい歌声…。




走馬灯のように、死神として過ごした日々が思い起こされる…。




(イリア…)



『あたしもアルフと結婚したいなあ…。』



(リアゼ…)



『兄貴、戦争って…何のためにやるんすか…?』



(シーク…)



『あんたも可哀想な奴だよな、アルフ。』



(エマ…)



『…筋違いもいいところだね。』



(カナル…)



『鎌を預ける意味…わかってるよな?』


(メルディ…)



『今でもあなたを愛してるわ…。』



(千爺…)



『良いか、アルフ。己が信ずる道を進むのじゃぞ?それがどんなに辛い道であっても…』



歌声が消えた時…、アルフの姿はもうそこには無かった。




たった一枚…




鳥の羽根とは到底思えないような、黒く大きな羽根が落ちていただけだった。




そしてその羽根の近くに…




少年が一人、倒れているだけだった………。














イリアは、誰かに呼ばれたような気がして、不意に振り返った。




「イリア…どうかした?」



「えっ?」



「泣いてるよ…。」



「あ、あれっ…?なんで、あたし泣いてるの…?」



イリア自身も気付いていなかったようだ。




エマに指摘され、慌てて手で涙を拭う。




「何か悲しいことあった?恋人の自分に話してごらんよ。」



「何言ってんの、エマ…。あたし、そういう趣味は無いし…。それに、あたしの好きな人はっ!あたしの好きな人は…あれっ?」



「どうしたのさ?」



エマに聞かれても、きょとんとして数秒固まるイリア。




「イリアの好きな人は…誰?」



「おかしいよ…思い出せないの。名前も…顔も…声も…全部。」



「そもそも、イリアに好きな人なんか居た?自分、聞いたことないんだけど…」



「居なかった…っけ…?」



エマは、さあ知らないと言うように、首を振るだけだった…。















「千爺さん!聞きたいことあるんすけど…」



ドタドタと駆け足で庵に駆け込んできたのはリアゼ。


急いできたのか、息は荒く額から汗が滲んでいる。




「リアゼじゃねえか。もしかして、俺と同じこと聞きに来たのか?」



「シーク…」



まったりとお茶をすする千爺の隣には、正座して千爺に対峙するシークの姿があった。




「そう…俺達は、大切な何かを忘れているんじゃないか、って。」



「………そうっす。」



千爺は、それには答えず、




「騒がしい日じゃのう…」



と、呟いていた。



















閻魔は、仕事の手を休め、マグマから上がってきていた。




「これで本当に良いのか、アルフレッド・フィアラ。」



「もちろんだ…。」



閻魔の前には、今にも消えそうなほど体が透き通ったアルフの姿があった。




「わしは、興味がないからどうでも良いのじゃがのう。後で文句を言われたら、うるさいから一応問うてみた。」



「…文句も愚痴も言わない。それは約束しよう。」



「では、行くか…無の世界へ。」



閻魔は前に立ち歩き始めた。



アルフはもう何も言わず、ただ閻魔の後を着いて歩く。




無の世界では、自分という存在がわからなくなってしまうと知りながら…



それはあらゆる意味での“死”であると知りながら…



それでも彼はそこに向かう。




全てを終わらせるために…




全てを始めるために………




白い光が見えてきた。


それは、辺りを凄まじいスピードで包み…




そして………





















ひまわりの花畑の前に、一人の少年が立っていた。




茶色い髪、整ったハンサムな顔立ちの少年…。


年の頃は、十代前半といったところか。



悲しげな、それでいて少し嬉しそうな複雑な表情を浮かべ、ひまわりを見つめている。




その隣には、これまた整った顔立ちの美しい女性が立っていた。




「ねえ、母さん?」



少年が言った。




女性は、ふんわりとした笑顔を少年に向け、なあに?と聞き返す。




「母さんは…ひまわりは好き?」



「好きよ…ここのひまわりは特に。とても温かく、優しい感情を思い起こさせてくれるから…。そう言うカナルは?」



“カナル”と呼ばれた少年は、少し考えてから答えた。



「好きだよ…きれいだから。そうだ!このひまわり畑に名前を付けようよ!母さんと同じ…“メルディ”って名前を!」



「ひまわり畑に名前を…?おかしな子ね。」



“メルディ”と呼ばれた母親は、苦笑いしながら返す。




ひまわり達も笑っているかのように、風に流され微かに揺れた。





















『時は早く過ぎ去り…』




『絆は…脆く崩れる…』




『戦いの果てにあるのは…』




『喜びか…悲しみか…』




『また一つ…存在が消える…』




『それは運命…』




『それは定め…』




『抗えない…絶対の物…』




『今はただ…』




『安らぎに包まれ…眠れ………』







彼らの戦いと生き様は…




永遠にあなたの胸に…




ーendー

前回のあとがきで最終話と言いましたが、もう一話あります。

まあ、話というか設定資料などなので、読みたい方だけ読んでくださいな(・ω・)

また、2が出るからもしれませんし。

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