死神になった日…
パーン!
一発の乾いた銃声。
彼女の瞳には、全てがスローモーションのように映った。
撃った中年男性は、
「空砲のはずだったのに…くっ…つかまってたまるか!」
銃を持つ両腕を震わせ、真っ青な顔で逃亡した。
撃たれた青年は
「………」
左腕から多量の出血を帯びながら、声もなく地面に伏した。
ドッ!
鈍い強打音が聞こえ、青年は微動だにしなくなった。
ただ傍観していた彼女も、その音でハッと我に返る。
そうして、倒れた青年に一歩ずつゆっくりと歩み寄る。
カツーン…
カツーン…
カツーン…
カツーン…
ハイヒールの足音が響いた。
カツーン…
目を固くつぶり動かない青年に、彼女は恐る恐る声をかける。
「アルフ…?」
「………」
青年からの返事はなかった。
急所を撃たれたようで、青年の血は止め止めもなく、勢いよく地面を染めていく。
耳を口に近づけても呼吸がなく…
腕を手で掴んでも脈が無いことを確認した彼女の瞳から大粒の涙があふれ出し…
「いや…いやよ…いやー!!!!!」
悲痛な叫び声が、夜間のため無人な駐車場にこだました…。
………
…………
…………
……………
………………
「…っ…。ここは…一体…?」
アルフはゆっくりと起き上がり、周りを見渡した。
真っ白な世界…。
自分以外に何も見えない世界…。
地面は、ゴムボールのように弾力性に富み、綿のようにふわふわした触り心地であった。
(私は…確か…撃たれて…体が痺れて…意識が消えて…それから…?)
ぼんやりとした脳を必死で働かせてみる。
だが、今の状況を完全に理解するのは不可能に近かった。
「とにかく…」
彼は呟き、歩き始めた。
どこに向かっていいのかはわからないが、とりあえず前へ。
トタッ…
トタッ…
トタッ…
どのくらい歩いただろうか?
永遠に続くかに思われた白い世界から抜け出し、灼熱のマグマが見える場所にたどり着いた。
ただ赤い赤い世界…。
上も下も前も後ろも、見渡しす限り真っ赤。
マグマからの熱気が、アルフに汗を流させる。
(熱い…。もしかすると、こういう場所を地獄というのかもしれないな。)
「ふっ…。」
よくわからない笑いがこみ上げ、アルフは口元だけでそっと笑った。
すると、それに反応したかのように
「ようやく来たか、アルフレッド・フィアラ。」
声が聞こえた。
太く低い男性の声だった。
「………!」
バッ!
アルフは反射的に身構え、声の主を目で探す。
「そう身構えんでも、わしゃ何もせぬよ。」
声が少し近づいて、アルフは耳を澄ませる。
………。
…どうやら、マグマの中から響き渡っているようだ。
アルフは、マグマの底を覗いてみた。
コポコポ…
マグマが湯気を上げながら、煮えたぎっている。
そのマグマのすぐ上に、鬼のような形相をした男が一人浮いていた。
浮いて…?
「ほっほ。ちょいと待っておれ!」
男はアルフを見上げ、愉快そうに言った。
そして、何やら呪文のような言葉を唱えた。
シュン!
「くっ…!?」
マグマから強風が吹き出し、男は一瞬にして、アルフの背後に着地していた。
ガバッ!
アルフは振り向き、警戒の眼差しを男に向ける。
「あんた…誰だ?」
男は首にひも付きの黒い帳簿をかけていた。
右手には、さすまた。
頭に兜のようなものを被り、そこから牛のような鋭い角が生えていた。
歯は吸血鬼のように尖り、頑丈そうな赤い鎧を着ていた。
顎から胸にかけて、黒くふさふさの髭がたくわえられ、左手でその髭を撫でていた。
「ふむ…わしに『あんた』と言えた者は数少ない。なかなか度胸があるようじゃのぅ…ほっほ。」
「………?」
アルフは身構えたまま、怪訝そうに眉をひそめた。
「あー、こほん!アルフレッド・フィアラ。おまえは、ここがどこじゃかわかるかの?」
「…敢えて言うなら、地獄とかいうやつかな。」
「そうじゃな。敢えて言わなくても、地獄。正確には広い天界の中の一角に過ぎんのじゃがな。」
「…そのことから推測してみれば、さしずめあんたは閻魔ということになるな。」
腕を組み、男をにらむアルフ。
歯は吸血鬼のように尖り、頑丈そうな赤い鎧を着ていた。
顎から胸にかけて、黒くふさふさの髭がたくわえられ、左手でその髭を撫でていた。
「ふむ…わしに『あんた』と言えた者は数少ない。なかなか度胸があるようじゃのぅ…ほっほ。」
「………?」
アルフは身構えたまま、怪訝そうに眉をひそめた。
「あー、こほん!アルフレッド・フィアラ。おまえは、ここがどこじゃかわかるかの?」
「…敢えて言うなら、地獄とかいうやつかな。」
「そうじゃな。敢えて言わなくても、地獄。正確には広い天界の中の一角に過ぎんのじゃがな。」
「…そのことから推測してみれば、さしずめあんたは閻魔ということになるな。」
腕を組み、男をにらむアルフ。
男は特に気を悪くした態は無い。
むしろ、喜んでいるようですらあった。
「ほっほう!なかなか順応性があるようじゃな。そう、わしはこの地獄を取り仕切る閻魔じゃ。」
「…私は死んだということか。」
アルフは何の感情も込めずに言った。
「確かにおまえは死んだ。あくまで、“人間としてのおまえは”じゃがな。」
「どういうことだ…?」
「あー、こほん!アルフレッド、今からわしの言うことをよく聞くのじゃ。いいかの?」
「…ああ。」
やや警戒も解けたアルフは、端的に答える。
「アルフレッド。おまえは、神を信じるかの?」
「…神が本当に居るのならば、私の家族は生きていたと思う。だから、神は信じない。」
アルフは、棒読み的に答えた。
「では…」
と、閻魔は改まる。
「死神は信じるかの?」
「死神…?神よりかは信じるな。」
「そうか、そうか!それならば、話は早いのう。アルフレッド、人間としての生は望めないが、死神として生きてみらんかの?」
「死神として…?」
「そう、死神として、じゃ。」
閻魔が言葉を繰り返した。
「………」
「アルフレッド、すぐには答えは出せぬじゃろうから、1日待とう。よく考えて、決めるのじゃよ?」
「…わかった。しかし、仕事内容などについて聞きたい。」
アルフは、真剣な目つきで閻魔を見つめた。
(興味は持ったようじゃの…。まあ、どちらにせよ、定めじゃから答えは一つしかないのじゃがな…。)
閻魔は心の中で呟く。
「仕事は、至って簡単なことじゃ。寿命の尽きた人間を迎えに行く。ただ、それだけじゃ。」
「人間界の話では、死神は人を殺すのが仕事と聞いたが…?」
「あれは、人間共の勝手なイメージじゃよ。全く…けしからんのぅ!!」
ドンッ!
閻魔は、肩をいからせ、右足を踏み鳴らした。
「それで…寿命の尽きた人間かそうでないかは、どうやってわかる?」
「ほっほう!実に良い質問じゃの。」
(誰でも気になることだと思うが…。)
アルフは、閻魔の感心ぶりに少し呆れ気味だった。
閻魔は、気分を良くしたのか、その形相には不釣り合いな笑みを浮かべる。
「寿命の炎というものがあるのは、知っておるかの?」
「寿命の炎…?」
「人間には見えぬのじゃが、天界の者には見える炎じゃ。生きた人間の胸には…青白い炎が映る。寿命の尽きた人間は、その炎が消えている。」
「そうなのか…」
納得したように呟くアルフ。
「他に質問はあるかの?」
「…迎えに行くとは、具体的にはどうすればよいのか?」
「ふむ…人間の一般イメージで、死神は鎌を持っていると考えられておるじゃろ?正にその通り。」
シュン…
閻魔が手を前に差し出すと、大鎌が現れた。
「鎌は死神一人一人に合わせた、オリジナルの鎌じゃ。普通はこのタイプじゃがな。ほれっ!」
ヒュッ…
パシッ!
柄の部分を掴んで、鎌をしっかり受け止めるアルフ。
アルフは鎌をじっくりと観察した。
…いかにも死神という感じの大鎌。
思ったより軽く、シンプルな造りだった。
「無論、小鎌もあるわけじゃし、二刀流もある。死神になった者には、わしからプレゼントしておるのじゃよ。」
「ふうん…?」
シュッ…
大鎌は、吸い付けられるように閻魔の手に戻る。
「他には、あるかの?」
「いや…特には無い。」
「ならば、少し散歩をして来るがよい。あちら側には、襠と呼ばれる場所がある。下界での、街と同じように店があるぞい。」
閻魔は自分から見て左を指差した。
「向こうには、中央広場がある。暇な死神達が時間を潰す場所じゃ。」
向かって、後ろ側を指差す閻魔。
「あちらは、住宅街。こちらは、相談所がある。」
前と右側を指差す。
「では、わしは仕事をせねばならんから、失礼するぞい。」
閻魔はそう言い残し、マグマの底へ戻っていった…。
(マグマの底で仕事…?閻魔の仕事は、天国か地獄か行き先を決めることだと思っていたから、意外だな。)
一人になったアルフは、そんなことを考えながら中央広場の方角へ歩き出した。
タッ…
タッ…
タッ…
中央広場は、広場という割には目立つ物がなかった。
雲でできたイスがいくつかあるだけ。
(広場というより、空き地だな。)
アルフはそう断定した。
誰か居ないのかとアルフが辺りを見回していると。
「あーあ、今日も疲れたなあ。」
遠くから声がした。
声の主は、だんだん近づいてくる内にアルフに気づき、『あー!』と声を上げた。
「なーんだ、アルフも死んじゃったのかよι」
サファイアブルーの髪の死神が残念そうに言った。
瞳は茶色に近いオレンジ色。
(カナルも死神になったのか!)
アルフは一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに冷静な顔つきになる。
「カナル…。まさか、本当に天界があるとはな。」
「あったり前さ!俺も初めは驚いたけど、慣れって怖いものだ。」
「慣れ、か…。」
「全く…フィアラ家は早死の家庭なんだろうな。まあ、それはよしとして…」
意味ありげににっと笑うカナル。
「アルフ、これからは兄弟仲良く死神やろう!そんで、俺とアルフは天界一凄腕死神コンビになるんだ!」
「天界一の死神コンビ…?」
「そうさ!やろうぜ、アルフ!そりゃ突然死んじゃってさ、まだ気持ちの整理がつかないだろうけど…。俺、さみしかったしな。アルフはたった一人の肉親だから、一緒に居たいって思いがあるんだ。死神ライフも悪くないぜ!」
(死神…か。カナルに会ったのも何かの縁。私は死神として生きるべき定めかもしれんな。)
アルフは数秒置いて…
「…そうだな。何にしろ、過去も人間としての生活も取り戻せない。一人でやっていくつもりだったが…兄弟で天界一を目指すのも悪くないな。」
「んじゃ、改めてよろしくな、アルフ…いや兄さん!」
「ああ。」
差し伸べられた弟の手を、アルフはしっかりと握った。
「じゃ、俺はこれから仕事だから、行くぜ?死神になったら、また会いに来てくれよなっ!」
「ああ…そうするか。」
バッ…
カナルは黒い翼を広げ…
「またな、アルフ!」
バサバサッ!
下界へと飛び立っていった…。
(まさか、カナルにまた会えるとはな…。悪くはない気分だが…)
カナルの後ろ姿を見送り、アルフは複雑な気分になっていた。
死んだ弟に再び出会えたことは嬉しいが、その反面自分の死を確認したような気がしたからだ。
…しかし、メルディのことが気にかかる。
「メルディ…」
雲の地面を見ながら、淋しげにアルフは呟いた。
次にアルフは襠を訪れた。
「鎌を修理するなら、うちが一番だよー!!さあ、遠慮なく寄りなされ!」
「新発売のグレープフルーツパフェ!あなたはもう食べた?まだなら、今すぐ味を確認しちゃおう!」
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!野菜、香辛料、お菓子…何でもあるお店だよー!!」
ガヤガヤガヤガヤ。
店は大賑わいだった。
閻魔の説明通り、襠は街と似ている…。
そうアルフは感じた。
次にアルフは住宅街を訪れる。
一戸建て…
庭付き…
二階建て…
マンション…
アパート…。
実に様々な住宅が立ち並んでいる。
「あら、奥さん。仕事の調子はいかがですか?私は、ノルマ達成ギリギリで困ってますの。」
「そうねえ…私も似たようなものかしら。」
路地は、世間話や雑談をし合う婦女、ボールなどで遊ぶ子供、上空を徘徊している中年男性などで埋め尽くされている。
特に用事もなかったので、アルフはパッと見ただけで住宅街を後にした。
来た瞬間に胸に押し付けられた『住宅情報』を手にして…。
最後に相談所を訪れる。
五階立ての白い縦長の建物。
入り口に『死神相談所』と赤い字で大きく書かれている。
透き通った自動ドアには、相談にのる内容の紙が貼り付けられている。
『人間関係、仕事、下界の記憶、恋…どんな相談にものります。営業時間は、天界時間で6時〜20時。』
「………」
アルフはそこまで読むと、
(私には、あまり関係ない場所だな。)
そう悟り、相談所を後にした。
「閻魔…!居ないのか?」
アルフは自問自答するように言った。
閻魔に紹介された場所は一通り回り、アルフの心は決まっていた。
1日と待たず、今すぐそのことを伝えようと思うのである。
「わしを呼び捨てとは…。アルフレッド、おまえはいつか罰が当たるぞい。」
ゴポゴポ…
マグマから気泡が出てきて、閻魔が姿を見せた。
最近の若い者は口の聞き方がなっとらんからのう、などと愚痴りながら、
シュッ!
アルフの目の前に瞬間移動した。
「…マグマの中で、いつも何してるのかい?」
「まさか、それを聞くためにわしを呼んだのか?…そうだとしたら、わしは怒るぞい。この忙しい時に…ぶつぶつ…」
「違う。それは余談だ。そうではなくて、私があんたを呼んだ理由は、私の決心を伝えに来たからだ。」
アルフは端的に言った。
瞳はしっかりと閻魔を見据えながら。
閻魔は目を輝かせた。
「早いのう。そして…決心とは、死神になることに対してじゃろ?」
「ああ。しかしその前に…一つ質問がある。」
「質問とは、何じゃい?」
一度まばたきをし、アルフは尋ねる。
「死神として生きていけば…私の知りたい答えが見つかるだろうか?」
「………そうじゃな。わしからそれを答えることはできんが、見つかる可能性は高いじゃろうのう。」
「わかった…。死神になるための手続きを頼みたい。」
閻魔は待ってましたとばかりに、パンッと手を打ち鳴らす。
すると…
ふわっ…。
アルフの肩に黒いフードコートがかけられた。
「それが死神の服じゃ。次は…」
パンッ!
また手を打ち鳴らす。
バサッ!
「………!?」
アルフは、パチパチとまばたきをし、驚きの表情を見せた。
それもそのはずで、アルフの背中に黒い翼が生えたからだ。
自分の腕の長さぐらいの大きさの翼…。
「ほっほう!なかなか似合うではないか!最後のプレゼントはこれじゃ!」
パンッ!
シュン…
アルフの手に、黒い大鎌が携えられた。
「本格的だな…。そういえば…鎌は個人に合わせた鎌にできるのか?それとも、あんたが勝手に合わせるのか。」
「…その口調が和らげば、良き死神と思えるのじゃが…。」
閻魔は、額に手を当て、ふうとため息。
「どちらでも可能じゃが…本人の希望をかなえた上で、わしが最後に仕上げするのじゃ。」
「ふうん…?」
「何かつけたい能力でもあるかの?」
「………」
アルフは目を伏せ少し考えた。
(能力、か…。)
「………」
「思い付かぬならば、わしが考えよう。こんな能力はどうかの?」
パアッ…
閻魔が鎌に手をかざすと、水色の煙が鎌を覆い…、それはすぐに消えた。
「何も変わってないように見えるが…?」
鎌を高々と掲げ、怪訝そうに眉間にしわをよせるアルフ。
「外見は、変わってないぞい。中身が変わったのじゃ。」
「一体どんな能力が付いたんだ…?」
閻魔は、ほっほと例の特徴的な笑い声を上げた。
「他の死神の神力を吸収し、自らの神力を上げる能力を付けた。」
「ジンリキ…?」
「ふむ、“神の力”と書いて、“神力”。死神と死神が戦う場合においては、神力が高い者が優位な立場に立てる。アルフレッド…おまえは、過酷な運命を背負いし者じゃ。じゃから、その能力はいずれ役立つと、わしは判断した。」
「そうなのか…」
アルフは、半信半疑と言いたげな視線を送っていた。
「では…」
そんなアルフの視線を気にせず、閻魔は言う。
「初仕事に行ってもらうかのう。最初じゃから、指定しよう。ターゲットは…コルクドゥル区に住むメルディアン・イーグル。」
「メルディアン・イーグル…!?」
「そうじゃ。通称メルディと呼ばれている女性じゃ。」
閻魔は、おかしな奴じゃのうと首を傾げていた。
(メルディ…を迎えに…)
アルフの心で葛藤が生まれる。
(死神として生きることを決めた…。ならば、私情に惑わされてはならないはず…。しかし…)
「…ターゲットは変えられないのか?」
「無理な相談じゃ。」
即答する閻魔。
「…っ…」
ギュッと拳をにぎりしめるアルフ。
「どうかしたかの?」
「いや…迎えということは、彼女は死ぬということか?」
「当たり前じゃろ。」
「…わかった。」
アルフは、ようやく承知し…
「ノルマをこなせば、報酬もあるからしっかり働くように。さあ…行くがよい!」
バサッ…
新人死神の彼は、下界を目指して飛び立つのだった…。
悲しみと憂いの表情を浮かべ…
ゆっくりゆっくり…
To be continued…




