少年の夢
「………様……神様…死神様…」
ドアを閉め切り、電気も点けず少年はぶつぶつ呟いていた。
虚ろな瞳で、窓の外を眺め…。
「死神様…おいで下さい…」
ガツッ!
右手に持っていたナイフで、一枚のタロットカードを刺す。
タロットカードに描かていたのは、DEATH…
おどろおどろしい死神だった…。
ケルジャヌ区五番街。
『街を清潔に保とう!』、『豊かな自然を残そう!』などと書かれた看板が至る所にある。
道端には、赤や黄色、黄緑や青。
実に様々な色や種類の花が咲き乱れ、歩道のほとんどが並木道。
看板効果か、道路にはガムの包み紙一枚すら落ちていない。
人々の顔はほがらかで、明るい笑い声があちらこちらから聞こえてくる。
(美しい街だな…)
アルフは、その街で一番高いと言われているビルの屋上から、街を眺めていた。
サーッ…
やわらかな陽射しの中、微かに風がアルフの髪を揺らす。
今回の彼のターゲットは、この街に住む10歳の少年。
(いつまでもこうしていたいが、行かなくてはな。)
名残惜しそうにゆっくり翼を起こす。
そして、
バサ…バサッ…!!
目的地へと飛び去るのだった…。
パサッ…。
パサッ…。
(ここだな。)
目的の家の屋根に降り立つアルフ。
黄緑色の屋根に、薄いオレンジ色の壁。
ようやく人一人通れるぐらいの広さしかない庭に、犬小屋が一つ。
犬は眠っているようだが、アルフの位置からは犬の姿は確認できない。
扉は両開き。不用心なようで、わずかに隙間が開いている。
家の住人は見当たらない。
隣の家とも、100メートルほど離れており、正面には大木が植えられた空き地がある。
(さて…どんなターゲットなのやら…)
ターゲット指定の場合、年齢・性別・所在地しか伝えられない。
アルフはスッと二階の窓の前へ移動。
バサバサ…
翼を羽ばたかせながら、中を覗く。
しかし…
「…中に入るより他ないな。」
暗幕のように真っ黒なカーテンで覆われた室内の様子は、外からではわからない。
(引きこもりなのか…クールな少年なのか…)
めったに人に興味を持たないアルフも、少し気になる様子だった。
(とりあえず…部屋に入らないことには、話が進まない。)
スッ…
アルフは肩にかけた鎌を手に持つ。
(カナル…力を借りるぞ。)
ヒュッ!
思い切り鎌を振る。
ビュウ…!!
台風のような激しい風が吹き荒れた。
その風は、窓を突き抜け、部屋まで入り込む。
ヒュオオ…
「わっ!?」
中から驚き声が聞こえた。
声変わりする前の少年の高い声。
ガラッ!
それからすぐに暗幕と窓が開けられた。
少年と目が合った。
短いくせ毛だらけの茶髪。
黒い大きめの瞳。
緑色の半袖Tシャツに青色の長ズボンをはき、いかにも歳相応の少年だった。
きょとんとした表情でアルフを見つめている。
「黒い翼に…フードコート…大鎌…もしかして…あなたは死神?」
開口一番、少年はアルフに聞いた。
「そう、私はアルフ。あんたを迎えに来た死神だ。」
別に隠す様子もなく、平然と言ってのけるアルフ。
「あんたは、もうすぐ死ぬ。何か望みは…」
「やったー!本物の死神様だ!」
「なっ…。」
喜びの声で言葉を妨げられ、アルフは拍子抜けした。
対称的に、少年は目をきらきら輝かせ、挙げ句にはガッツポーズまでしている。
(死神と聞けば大抵の人間は怯えるが…珍しい反応だな。)
「迎えの意味がわかっているのか?あんたは死ぬというこ…」
「僕はレリック。憧れている死神さんに会えて、今ものすごく感動!!」
「…人の話、聞いているか?」
「もちろん!僕はいつでも覚悟できてるよ。人間としての人生を終わらせて、弟子にしてほしい!」
レリックは、嘆願するようにかなりの大声で言った。
「………。」
アルフは困惑気味だった。
(変わった人間もいるものだ…。自ら、死を…死神になることを望むなど…。)
「…本当に良いのか?死神の仕事は楽ではない。それに残酷極まりなく、過酷で決していいものではないぞ?」
そう脅しつつ、アルフは鎌の刃先をレリックに向けた。
いつものように、冷たい表情で。
しかし、レリックは全くひるまない。
「大変なのはわかってるよ?だけど、僕は…どうしても死神になりたい。夢見てた死神に…」
「夢見てた…?」
トッ…。
鎌を肩にかけ直すアルフ。
別段急ぐ仕事ではなかったから、話を聞いてからでも、遅くないと思ったからだ。
「うん。」
「なぜ死神になりたいんだ?」
単刀直入にアルフはレリックに尋ねた。
レリックは、にっこり笑って答える。
「だって、死神って不死身だし、かっこいいし…」
「それだけで死神になりたいというならば、あんたは死神にはなれないな。」
冷たく言い放ち、レリックから顔を背けるアルフ。
「それだけじゃないです!僕は死神になりたい理由は…」
「理由は?」
「…ちょっと待ってて。」
レリックは、机の引き出しを、何やらガサゴソと探し始めた。
「えっと…あった!」
目的の物を見つけたようで、小走りにアルフの前へ戻って来る。
「これが…僕の理由だよ!」
そう言って、レリックが差し出したのは一枚のタロットカード。
真ん中に何かが刺さったような亀裂のあるDEATHのカード。
「………?どういう意味かわからないんだが。」
「…僕は、タロットカードで占いをするのが趣味なんだ。でもね…不思議なんだよ。」
レリックは、DEATHのカードを愛しいもののように胸に当てる。
(あんたの行動の方が不思議な気がするが…?)
アルフはレリックに視線を戻す。
「僕自身を占うと、絶対にこのカードが出てくるんだ。まるで…そう。まるで、僕に死神になれと言っているかのように。」
「偶然、ではないのか?」
「違うよ!何回やっても日を変えてもこのカードしか出ないんだから。」
レリックは、ムキになって否定した。
「なる、ならないかは、あんたの自由だが、そのためには死を受けなければならない。…そろそろ時間だ。」
スッ…
おもむろに鎌を持ち上げるアルフ。
「それって…僕を死神にしてくれるってこと?」
「…私には、権限がないから無理だ。閻魔に頼めば、もしかしたらなれるかもな。」
「そうか…それだけわかれば、大丈夫。さあ…早く僕を死神の世界へ!」
「死神に必ずなれる保障は無いのだが…。」
アルフは、やりやすいのかやりにくいのかよくわからない、とか呟きながら、鎌で斬る姿勢に入る。
「一応紹介しておくが…あとは自分で頑張れ。」
「わかった。」
「人間としてのエリックよ…さらば。」
ヒュッ…
ザシュ!
「…これからが大変だな。」
パタ…。
倒れたエリックを見据え、意味深に言うアルフだった…。
深い深い闇。
真っ暗で何も見えないし、何も感じない。
ああ、これが死というものなんだ…
「………ここは?」
レリックは、目だけで周りを見回す。
意識も視界もぼんやりとしている。
かろうじてわかることは、白い柔らかい物体の上で寝ているということ。
「天国、かな…?」
ゆっくり起き上がり、呟く。
「惜しい!正しくは、“天界”だよっ。」
「わっ!?」
ザッ!
頭上から不意に聞こえた声に、驚き仰け反るレリック。
「驚かしちゃったみたいだねっ。あたしは、イリア。アルフにあんたのお世話頼まれたの〜!」
スタッ。
声の主、イリアはレリックの正面に降り立つ。
レリックは、興味津々でイリアを見つめる。
「な〜に?イーリアちゃんに惚れちゃった?でも、イーリアちゃんには、アルフがいるから、気持ちには応えられないよっ!」
イリアは満面の笑顔でおどけた。
「あ…あの…アルフさんに頼まれたって…あなたが僕を死神にしてくれるの?」
「ん〜…まあそういうことかな。」
「本当!?」
「ただし…」
イリアは言葉を一旦切る。
左手人差し指を前に突き出し、真剣な表情。
「ここからが大事なことだよ!死神になるには、本当は閻魔様に選ばれた人間しかなれないのっ!あんたは選ばれてない…だから、研修しなきゃだめなんだよ!」
「研修…?」
レリックは、きょとんとして目をパチパチさせる。
「そだよ!け・ん・しゅ・う。」
イリアは、軽快に言葉を繰り返す。
「い〜い?あたしが今からお仕事入ってるから、着いて来ること!」
「すぐには、死神になれないの?」
「無理無理!だって、レリックって言ったっけ〜?あんた、10歳でしょ?」
「うん、10歳だけど…?」
「12歳以下の子が死神になる時は、何回か研修が必要なんだよっ!ベテランの死神さんに着いていって、現場を学ばなきゃ!」
イリアは、ベテランという響きが気に入ったようで、ご満悦。
「はあ…。そういうことなら…僕は本気で死神になりたいから、研修行く!」
「決〜まり!じゃ、今すぐ行くよっ。手、出して!」
「……?」
レリックは、よくわからずに手を差し出す。
「あんた、まだ翼持ってないから飛べないでしょ?」
「あー…なるほど!」
イリアの補足に納得。
7番街。
ガヤガヤガヤガヤ。
祭りがあっているらしく、出店が数多く出現している。
当然、道路は祭りを見に来た民衆で埋め尽くされている。
出店からは、クレープの甘い匂いや、焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってくる。
「ふんふふ〜ん。あとで、お祭り見てこっかなー!仕事優先だけどっ。」
「あの…イリアさん?今から仕事…つまり、人を殺すというのに楽しそうだね…。」
レリックは、イリアと手を繋ぎ、電柱ほどの高さで浮いていた。
イリアは、えっ?というような驚きの表情を見せる。
「あんた…死神になりたいって言ったくせに、今更何言ってんの?楽しく仕事しなきゃ、死神なんてやっていけないでしょ!」
「でも…」
「それに…あたし達は、『殺す』じゃなくて、『迎える』のっ!…あ、ターゲット発見っと♪」
グイッ!
「うわっ!?」
イリアに急に引っ張られ、体が斜めの状態のまま、連れていかれるレリック。
イリアとレリックは、ハンバーグの出店の屋根に降り立った。
「寿命は…あと一分ってとこかなっ。よっし、準備…っと!」
スッ…
イリアは、背中にかけておいた鎌を手に持つ。
両刃付きの鎌だ。
「ターゲットって…あのお母さん…?」
レリックは、すぐ斜め前の綿菓子屋にいる女性を指差す。
五歳くらいの二つ結びの女の子と、七歳くらいの茶髪の男の子に綿菓子をせがまれている。
「おかーさん!綿菓子♪綿菓子〜♪」
「ママ!僕も!僕も〜!」
お母さんと呼ばれている40代の女性は、仕方ない子達と苦笑しながら、代金を払っている。
「そうだよ〜♪じゃ、行ってくる…」
ガシッ!
「ちょっ…あんた、何すんのよっ!?」
イリアは、驚きと怒りの入り混じった声を上げた。
…レリックが、悲しげに目を伏せ、イリアの右腕を掴んだからである。
「……て。」
蚊の鳴くような小声。
「えっ?何よ…聞こえない〜!!」
「止めて!あの人、迎えに行かないで!」
レリックは、すがるような目つきでイリアに言った。
「はあ?そんなこと言われても、仕事だし…」
「お願い…。あの人が今死んじゃったら、あの子達どうにもできなくなるから…。だから、殺さ…」
「あんた…バッカじゃないの!?死神って、こういう仕事なのっ!躊躇ってたら、ダメなのっ!!」
パッ…
「あっ…」
イリアは一瞬のスキをついて、レリックの腕を振り外す。
そして…
「ダメー!!」
スパン!スパン!
悲鳴と斬音が重なって響いた。
レリックは、思わず強く目を瞑っていた。
「あ…あ…ああ…」
ドサッ!
女の人の苦し気な声。
地面に体がぶつかる音。
そう…
イリアの容赦なき鎌によって、女の人は命を失ったのだ。
「ママー!!」
「おかーさん!?」
子供達が、母親に駆け寄り、体を揺する。
………母親の反応は無い。
腹部に二カ所斬り傷がある。
しかし、それは人間の目には見えない特殊な傷だった。
「嫌だー…ママー…」
「うえええーん!おかーさんが…」
ザワザワザワ。
泣き叫ぶ子供達。
通りかかった人達が、
「救急車を早く!」
「何があったの!?」
「ええーん…ママー…」
「わあああん…!!」
子供達の泣き声が、辺り一面に響いていた。
大学生らしき青年が、女の人の手首をとり脈をはかっている。
「…仕方ないんだよっ!寿命なんだもん…。あたし達は、ただ迎えに行くだけ…。」
問いかけに対し、弱気に答えるイリア。
「まあ、嫌ならならなければいいことだしね。そんなことは置いといて…」
「そんなこと、じゃな…」
「黙って、聞いてなさいっ!」
激しく叱りつけられ、今度はレリックが目をぱちくりさせる。
イリアは、レリックに人差し指をビシッと突きつけた。
「あんた、死神になりたいんでしょ?だったら、このくらいでへこんでたらやってけないよっ!だから、まだ研修しなさいっ!」
「僕は…」
「問答無用!!次は、リアゼと一緒に行きなさいっ!わかったなら、行くよ!」
パシッ!
「あ…離してよ!!」
イリアは、じたばたと暴れるレリックの腕をしっかりつかむ。
バッ!
翼を広げ…
「脈がない…」
首を横に振った大学生や、泣き叫ぶ子供達、ざわめく野次馬達を尻目に…
バサッ…バサッ…
天界を目指して、はためく。
「離してったらー!」
レリックの金切り声が、風に流されていった…。
「リーアーゼー!!居るなら返事しなさいっ!!」
「…そんな大声で呼ばなくても、居るっつのι」
最近できたばかりの中央広場の噴水。
その裏から、リアゼがひょいと顔を出した。
「離してってば!」
バタバタ…!
相変わらず、レリックはイリアの手を引き離そうともがいている。
「兄貴が言ってた“レリック”だよな?」
リアゼは、レリックを一瞥した。
キッと鋭い眼差しをした彼と目が合う。
「そうだよっ!暴れるし、弱気だし、もう大変だったんだから!あんたと交代っ!」
トンッ!
「わっ!?」
ポフッ…
イリアに背中を突き飛ばされ、リアゼに正面からぶつかるレリック。
「そうかよ…。じゃ、俺も今から大変な思いしてくるぜ。」
「アルフが帰ってくるまでには、帰って来なさいよっ!」
「…言われなくても、わかってるぜ。」
イリアと兄弟のような会話をして、リアゼは翼を広げ、飛び立つ。
もちろん、レリックの背中を掴んで強引に連れて行く。
バサッ…
「わわっ!?何するの!?」
慌てふためくレリック。
そんな彼を嘲笑うかのように、高度は下がり確実に下界に近付いていく。
「しっかりやってきなさいよー!アルフに恥かかせないよーに!」
後ろから、イリアの不機嫌そうな大声が聞こえてきた。
「離してよ!僕はもう、残酷な死神の仕事には興味無…」
「あ、いたぜ!レリック、よく聞けよ?今から俺はあのターゲットを迎えてくる。だから、ここでよく見てろ。」
「だから、僕は…」
ストッ…
とあるスーパーの屋上に下ろされるレリック。
「話は仕事が終わってから、聞いてやるからじっとしてろよ?」
リアゼはそう言って、ターゲットに向かって飛び立つ。
バサッ…
バサッ…
「あっ…待っ…」
ヒュウウ…
レリックの制止する声は、風に流されてリアゼに届くことは無かった。
ターゲットは、白杖をつきながら、点字ブロックを歩いている男性。
歳は30代から40代ぐらいか。
髪は赤茶色で、自然なハネがついている。
目は深い茶色。
(もって3分ってところだな…)
寿命の炎から、読み取れた。
「さっさと終わらせるかな!」
チャキ…
一人で意気込み、小鎌を数本取り出すリアゼ。
(兄貴からの伝言では…できるだけ残忍に、だったよな…)
「俺の得意分野で良かったぜ…」
不敵に笑い、
ヒュッヒュッ…
鎌を青年に向けて投げつけた。
「逃げてー!!」
レリックは叫んだ。
遠すぎて聞こえるはずもないのに…
青年に向けて、声の限り叫んだ…。
ザシュザシュ!
「がっ…!」
数本の鎌の内、二本が青年の背中に刺さった。
どす黒い血がポタポタ流れ落ちる。
「くっ…あっ…」
青年は、数秒口をパクパクさせていたが、やがて…
ドッ!!
柱を失った建物のように、呆気なく崩れ落ちる。
「ま、こんな感じでいいよな?」
円上に赤く染まっていく地面と、苦しげな表情のまま亡き物となった青年を見比べ、満足気なリアゼ。
一方。
遠くから一部始終を見ていたレリックの顔は青ざめていた。
あまりのことに、声も出ない様子である。
(僕は…軽く考えすぎてたみたい…。こんな仕事…僕には無理だ…。)
ポタ…
まだ10歳で、世間の無情さを知らない少年の目から涙が落ちる。
「かまいたちか!?」
「わからないわ…突然、倒れて…」
「ママー!怖いよ…」
「トゥルちゃん…大丈夫よ…。ママが着いてるからね…!」
「誰か犯人の目撃者は、居ないのか!?」
辺りは騒然としていた。
現場に絶えきれず、血の気のひいた顔でトイレに駆け込む男性。
血が苦手なのか、その場にへたっと座り込む中年女性。
遺体の脈を確認しているサラリーマン。
「厄介なことになる前に引き上げるかっ!」
リアゼは、宣言するように言い、レリックを呼びにスーパーへ戻る。
バサッ…
バサッ…
スタッ…
「レリック!天界に戻るぜ!」
「………」
レリックは無言だった。
悲しみと自分の無力さに肩を震わせ、うつむいている。
リアゼは、まいったぜ、と眉の横辺りをかく。
「ショックでかすぎたみたいだなιま、いつかは慣れるってもんだ。それに…ピンク娘から聞いたかもしれねえけど、俺達はあくまでも“迎えている”だけだぜ…。」
「………」
相変わらず、無言のレリック。
しかし、ほんの少しだけ顔を上げていた。
「おっ?何か言いたそうな顔だな?言ってみろよ。」
「………僕は、死神になりたくなくなってきた…」
かろうじて聞き取れるぐらいの小声で、レリックは言った。
(兄貴の計画通り、だな…)
心の中でほくそ笑むリアゼ。
しかし、表情には出さないように努める。
「そりゃまた、なんでだよ?兄貴が散々念を押したのに、聞かなかったって俺は聞いたぜ。」
「確かに…死神の仕事を間近で見るまでは、なりたかったよ…。だけど今は…」
「今は…なんだよ?」
レリックの顔を覗き込み、つっけんどんに訊くリアゼ。
「実際に見た今は…死神になりたい気持ちは全然無い…。こんな仕事…悲しくて、残酷で、辛いだけだよ…」
レリックは、眉を下げリアゼに悲しみの眼差しを向ける。
「ま、10歳なら普通の反応だと思うぜ。レリック…おまえは、大人びすぎだからな。」
リアゼは、小さな子をあやすようにレリックの髪を優しくなでる。
「元々…おまえ、選ばれてねえから、無理に死神になる必要も無いっつうわけだ。…とりあえず、天界に帰るぜ?」
「………うん。」
表情を変えぬまま、レリックは軽くうなずいた。
バサッ…
リアゼが翼を広げる。
青年が遺体となった現場は、静まることを知らないようだ。
次から次へと野次馬が増え、
「ひいっ!」とか
「きゃあ!」などの悲鳴かひっきりなしに聞こえてくる。
「背中につかまっときな!」
「………」
素直に聞き、リアゼの背中につかまるレリック。
バサッ…
バサッ…
高度が徐々に上がっていく。
足が宙ぶらりん状態のまま浮く。
バサッ…
バサッ…
レリックは虚ろな瞳で、地上を見下ろしていた…。
天界に戻るまでずっと…ずっと…
バサッ…
ストッ…
天界と下界は、案外離れていない。
10分もあれば、お互いの世界を行き来することは可能だ。
「んじゃ、兄貴に伝えねえとな…」
リアゼは、レリックに聞こえないよう少し離れた位置で、呟く。
彼らは、イリアとリアゼが交代した場所に戻って来たのだ。
「………」
天界に戻って来ても、レリックの浮かない表情は変わらない。
(死神にならなかったら…僕は意識のない霊というものになっちゃうのかな…?死んでしまってからわかったよ…。僕は…)
「リアゼにレリック、か。」
アルフの声がレリックの思考をかき消す。
「兄貴!話があるっす…レリックの処遇についてで。」
アルフに近づき、リアゼは小声で要件を伝える。
「わかっている…。レリック本人から聞いていいか?」
「いいっすよ…。しっかし、俺の仕事現場見てから、ずっとあの状態なんすよι」
アルフもレリックに着目した。
俯いたままで、じっとその場に立ち尽くす姿に…。
「やりすぎたっすかね。」
「いや…協力してくれてありがとな、リアゼ。」
「兄貴の頼みなら、断るわけ無いから、気にしなくていいっす。それより…レリックに話し掛けて下さいっす。」
「ああ…そうする。」
ザッ…
ザッ…
アルフは、レリックの1メートルほど離れた場所まで近づく。
「………」
気づいているのかいないのか。
レリックの様子に、変化は見られない。
「レリック。」
アルフは声を掛けた。
「………」
「レリック、死神になることを諦めたと聞いたが…?」
レリックの口がかすかに動いた。
声は小さすぎて聞こえないが、口の動きから察すると、
「うん」と答えているようだ。
「そうか…。では、今おまえが考えていることは、死神にならない自分は、どうなってしまうのか、なのだろう?」
レリックの肩がピクッと動いた。
(後は兄貴に任せていこう…)
リアゼは、そっとその場を離れた。
「そのことなら、心配する必要はない。もう手続きは済んだからな。」
「手続き…?」
ようやくレリックが口を開いた。
「私は…自分勝手な死神なのかもしれない。それに、死神には向いていない性格のようだと感じているのだよ。」
「……?」
話の唐突さにますます不思議に思うレリック。
彼の頭の中では、クェスチョンマークが無数に展開されていた。
アルフは、レリックではなく、どこか遠くの一点を見つめていた。
「それというのも、私は…子供がターゲットの場合、どうにかして生かしてやれないかと考えてしまう悪い癖があるからだ。」
「…アルフさんは、優しいんだね。」
誉められたというにも関わらず、アルフの表情は曇っていた。
それではダメだ、と言うかのように首を二度横に振って、アルフは言葉を続けていく。
「死神の仕事をするにあたっては、優しさや哀れみの感情は抱いてはいけないのだよ。」
「そういえば…」
と、レリックは何か思い出したように言った。
「そういえば…?」
「イリアさんが似たようなことを…」
「あたしが何だって?」
ストッ!
何の前触れも無く、突如イリアが目の前に降り立った。
これには、アルフもレリックも呆然としている。
「イリア…話を聴いていたのか。」
「仕事が終わって今来たところだよっ。で…あたしが何だって?レリック。」
ポフッ…
イリアは勢いよく、雲のイスに座る。
「えっと…」
「死神が抱いてはいけない感情を、私もイリアも抱いているという話さ。」
どう話せばいいか悩んでいるレリックに代わり、アルフが答える。
イリアは、ふーんと興味無さそうな返事をした。
「あたしは、そんな感情持ってないよ?レリックの勘違いっ!」
「そうなのか?」
「うんっ!あたしはね、とっても楽しんでるんだ、この仕事。」
微笑みながら言うイリア。
「私は…よくわからない。ただ、あのことを知るまでは辞めるわけにいかないだけであって…」
「あの…言いにくいけど話が逸れてる気がする。」
レリックがやや控えめに発言した。
「…確かに、脱線してしまっているな。では、話を戻そう。」
アルフは、視線をレリックに移す。
「なになに?どんな話してたの?イリアちゃんにも聞かせてっ!」
「詳しくは、後で話すから少し静かにしていてくれるか、イリア。」
「あ…ごめん。」
アルフに諭され、イリアはしゅんとして、口を閉じる。
「まあ、私にはそういう感情がまだ残ってしまっている。まだあんたは若い。十分に親孝行してから、天界に来るべきだと勝手に考えたからだ。」
「………」
レリックは目を伏せて、アルフの言っていることの意味を考えているようだ。
「子供の内に亡くなるのは、最大の親不幸だと思う。私は…重ね合わせているのかもしれないが。自分ができなかったことを、押し付けたいだけなのかもしれないな。」
ふっ、と自嘲気味に笑うアルフ。
「………ぷはっ。もう喋っていい?ずーっと黙ってるのは、あたしにとって拷問だよー!」
イリアが泣きそうな声で訴えた。
「ではな、レリック。」
「うん…ありがとう、アルフさん。」
窓が開け放たれたレリックの部屋。
アルフとレリックは、別れの挨拶を交わす。
あの後。
レリックは納得したようにうなずき、下界に戻りたい意志を伝えた。
手続きは済んでいる。
だから、アルフとレリックは、イリアをその場に残し、最高神力者の千爺に最終的な許しを得て、下界に飛び立つ。
イリアは、あたしも行く!と騒いでいたが、アルフになだめられ、渋々承知した。
そして、今に至る。
「リアゼさんとイリアさん、それに…千爺ちゃんだっけ?みんなにもありがとうって伝えてくれる?アルフさん。」
「…必ず伝えておこう。では、私は次の仕事があるから、そろそろ戻る。」
バサッ…
アルフは、翼を広げ、天界に帰っていく…。
(さようなら…アルフさん…。僕、死神になりたい気持ちは消えたけど、尊敬する気持ちが新しく生まれたよ…。)
レリックは、アルフの後ろ姿をうっとりしたような表情で見送っていた。
アルフの後ろ姿は、徐々に小さくなり…
一分もしない内に雲の中に消えていった。
同日、人間時間17時53分。
バシュ!
「……っ!」
アルフは右肩を押さえ、ガクンと片膝をついた。
肩からは赤黒い鮮血が滲み出し、うっすらと刻印が浮かび上がってきた。
「これ以上は…助けるなという警告か…。」
アルフは、ぽつりと呟いた。
刻印には、天界で“猶予無し”という意味を表すドクロが刻まれていた。
『死神黙約第28条。如何なる理由があろうと、目標人物を故意に生かすことを禁ずる。この禁を破り続けた者には、刻印が刻まれ、やがてその存在を消滅される。』
パラパラ…
その書の最後のページ。消滅候補の欄に“アルフレッド・フィアラ”と書かれていた。
To be continued…




