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ハッカ蒸しのお祭り

 ハッカ蒸しの原において、一年で最も熱気に包まれる魔法のような夜がやってきました。

 地表のいたるところにある噴気孔から、普段よりも濃密で真っ白な蒸気が勢いよく噴き上がり、森全体がまるで巨大な蒸し器の中に入ったような、心地よい熱気に包まれていました。

 この特別な蒸気には、猫たちの強張った関節を飴細工のように柔らかくし、内気な心をも浮き立たせる不思議な成分が含まれているのです。

 今夜は、森中の住人たちが一堂に会し、種族や境遇を超えて夜明けまで踊り明かす「ハッカ蒸しのお祭り」の当日でした。

 風車小屋の前では、モンジロウが朝から巨大な樫の木の樽をいくつも運び出し、中に入った特製のハチミツ水を、摘みたてのハッカの葉で丁寧に香り付けしていました。

 彼はいつもの使い古したガウンを脱ぎ捨て、祭りの正装である、銀の刺繍が細かく施された濃紺のベストに身を包んでいました。

 右耳の欠けた部分には、誰に結んでもらったのか小さな赤いリボンがちょこんと結ばれており、ネルはそのあまりのギャップに思わず吹き出しそうになりました。

 しかし、モンジロウの雷のような鋭い視線に射抜かれ、慌てて口を引き結んだのでした。

「いいかネル、祭りはただ馬鹿騒ぎをするためのもんじゃない。この一年間、森のあちこちに溜まった『気配のよじれ』を、踊りのリズムで解き放つ神聖な儀式だ。お前も弟子の端くれなら、自分のステップが森の呼吸を乱さないよう、腹の底から気を引き締めろよ」

 モンジロウはそう釘を刺すと、大きな手でネルの頭を乱暴に、けれど温かく撫でました。

 日が沈み、空に浮かぶ桃色の月が、地上を祝福するようにひときわ大きく輝き始めると、祭りの始まりを告げる地鳴りのような太鼓の音が響き渡りました。

 叩いているのは、筋肉質の腕自慢の猫たちです。

 その力強い音に合わせて、地面から芽吹いたばかりの音の種たちが一斉に弾け、色彩豊かな光の粒となって、まるで蛍の群れのように夜空へ舞い上がっていくのでした。

 広場には、続々と色とりどりの猫たちが集まってきました。

 忘れ物預かり所のトトは、空になった銀色の缶詰をいくつも繋ぎ合わせた不思議な打楽器を軽快に鳴らし、かつて影のダンスを克服したクロは、今や誰よりも軽やかな足取りで仲間たちと手を取り合っていました。

 祭りが最高潮に達し、空気そのものが熱を帯びて震え出した頃、モンジロウが満を持して広場の中央へと進み出ました。

 彼が首元の巨大な真鍮の鈴を「ガラリ」と力強く鳴らすと、波打っていた周囲の喧騒が、一瞬にして魔法にかけられたように静まり返りました。

 それは、バラバラに脈打っていた猫たちの鼓動を一つに束ね、森の波長に合わせるための、調律師にしかできない合図でした。

「さあ、野郎ども! 腹の中に溜まった埃を、全部ここに吐き出しちまえ!」

 モンジロウの野太い叫びと共に、それまで以上に激しい音楽が再開されました。

 猫たちは大きな円を描き、誇らしげに尻尾を高く掲げてステップを踏み始めました。

 噴き上がるハッカの蒸気が月光を浴びて七色に輝き、踊る猫たちの影が、地面で万華鏡のように複雑に絡み合っていました。

 ネルもその熱狂の輪の中に飛び込み、夢中で小さな足を動かしました。

 最初は自分のリズムが周囲とズレてしまうのではないかと不安でしたが、隣で踊るトトの穏やかな眼差しや、遠くで豪快に笑いながら跳ねるモンジロウの姿を見ているうちに、自然と心が周囲の「気配」と溶け合っていくのを感じたのでした。

 ふと見ると、広場の隅の暗がりで、踊りの輪に入ることができず、暗い顔をしてうずくまっている一匹の子猫がいました。

 彼は周囲のあまりの熱気に当てられ、自分の中に溜まった心の「よじれ」をどう発散していいか分からず、ただ孤独に立ちすくんでいたのです。

 ネルは迷わず踊りの輪を抜け出し、その子の冷たい手を取りました。

「大丈夫だよ。完璧に踊らなくていいんだ。自分の心の中に溜まっているモヤモヤしたものを、ただ足に込めて地面を叩けばいいだけだよ」

 ネルの真っ直ぐな言葉に導かれ、その子猫が恐る恐る小さなステップを踏み出すと、彼の足元からも小さな音の種がパチリと音を立てて芽吹きました。

 ネルは彼を連れて再び光り輝く輪の中へと戻り、一緒に高く、空に向かって跳ね上がったのでした。

 夜が深まるにつれ、ハッカの蒸気はさらに濃くなり、猫たちの熱気は極限に達しました。

 森全体が大きな一つの生き物のように脈動し、清涼なハッカの香りが、天高く突き抜けていきました。

 モンジロウが仕上げの一振りを加えるように、大きな真鍮の鈴を天に向けて高らかに鳴らした瞬間、森に溜まっていたすべての澱みが、美しい光の粉となって夜空へと散っていきました。

 やがて夜明けが近づき、ハッカの蒸気が次第に薄れ始めると、そこには清々しいほどに澄み渡った朝の空気が残されていました。

 猫たちは皆、心地よい疲れに身を任せて草の上に転がっていましたが、その表情は一様に、洗い立ての布のように晴れやかでした。

 モンジロウはネルの隣にドサリと座り込み、特製のハチミツ水を一気に飲み干しました。

「……ま、今日のところは合格点だな。自分のリズムをしっかり保ちつつ、他人のよじれを解いてやる。それができてこそ、一人前の調律師だ」

 そう言ってモンジロウは、ネルの首元の鈴を親愛の情を込めて指先で弾きました。

 チリン、というその音は、祭りの幸せな余韻をたっぷりと含んで、どこまでも高く、澄み切った響きを持ってハッカ蒸しの原に溶けていきました。

 ネルは深い達成感と共に、初めてこの森の真の一員として認められたような誇らしさを感じながら、地平線からゆっくりと昇り始める、黄金色の朝陽を見つめていたのでした。

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