第24話 巡りはきっと瞬いて
過去編ってやつです
――佐伯家所有、孤児院『未来の家』
やけに広い、静まり返った部屋。
大人の都合でよく分からないままここに集められた、六人の子供たち。
年齢はバラバラだった。十二歳ほどの一番年上の子から、まだおぼつかない足取りの幼い子まで。
その部屋で、最初に大人から投げかけられた言葉は、冷酷な事実一つだけだった。
「君らの親は……全員、亡くなった」
その言葉を聞いた子供たちは、一瞬だけ目を見張りはしたものの、誰一人として泣き出す者はいなかった。
温かい愛情も、悲しみという感情すらも深く胸に抱く前に……彼らはこの冷たい世界に、ぽつんと取り残されてしまったのだから。
「君たちは今日から、この家の子供だ。今までの名前も、親との思い出も全部捨てて忘れて構わない。私が求めるのは、強い観測者としての素質。それだけだ」
髪型をビシッと完璧に決めた、大柄で冷徹な男――佐伯一幸が、威圧的に言い放つ。
しかし、まだ幼い子供たちはその意味を正しく理解できず、ただキョトンと男を見上げていた。
「ちょ、ちょっと佐伯さん! そんな血の通わない言い方はないですって……。子供たちも怖がってるじゃないですか」
「む……そうか。すまないな」
「はぁ……。ごめんね、みんな。あらためて、よく来たね。僕がここ、『未来の家』の院長を務める、鈴木盾太だよ。みんなのお父さん代わりになれたらなって思ってるから、シュンタって気軽に呼んでね!」
子供たちの目の前で身をかがめ、優しい目線で語りかける盾太。右腕に焼き付いた大きな火傷の跡が、印象的な男だった。
「……」
子供たちは緊張からか、固く口を閉ざしたままだった。
「うーん……。やっぱり、警戒されてますね。ていうか佐伯さん、本当にこの子たちの元の名前まで変えちゃうんですか?」
「ああ。過去を全て捨てさせ、一からやり直させた方がこの子らのためでもある。……親が死ぬ寸前まで呼ばれていた名前だ。そんな呪いなど解いてやったほうがいいさ」
「……そうですか。なら、僕が新しく温かい名前を考えましょうか?」
「名前など後からいくらでも変えられる。その個体が識別できればいいのだ。変に願いなど込めるから呪いに変わる。端から適当につければいい」
そう言って一幸は、子供たちを端から無雑作に指差していった。
「サン、ヨン、ゴロ、ロク、ナナ、ハチ。これで構わん」
「そんな雑な番号付け……」
「後は任せたぞ。今日のうちにその番号を身体に馴染ませておけ」
それだけ言い捨てると、男はバタンと音を立てて部屋を後にした。
去っていく冷酷な背中を見送ったあと、盾太は頭を痛そうに抱えてしまった。
「はぁ……。あの人はほんとに……」
しばらく一人で悩んだ後、盾太は子供たちの前の床へ、優しく腰を下ろした。
穏やかな微笑みを浮かべながら、子供たちを手招きする。
「おいで。みんなで少し、おしゃべりしよっか」
◇
この『未来の家』にやって来てから、約一ヶ月。
子供たちも普段の生活の規則に少しずつ慣れ、廊下を一人で静かに歩く一人の少年の姿があった。
六人の子供の中では二番目の年長者であり、今年で九歳になる――ハチだ。
ハチは今朝の集まりで、ヨンの様子がどうもおかしいことに気づき、ずっと探していたのだ。
「……やっぱり、ここにいた。ヨン? 大丈夫?」
薄暗い階段の影に隠れるようにして、小さくうずくまっていた少女。
ヨン――当時十三歳。六人の子供たちの中では最年長だった。それゆえに彼女だけが唯一、実の親との温かい記憶がはっきりと残っていた。
だからこそ、たまにどうしようもなく、胸を突くような寂しさが込み上げてくる時があるのだ。
「ハチ……。なに」
「朝から顔色がおかしかったからさ。いつものやつかと思って」
「しょうがないじゃん……。私は、前の家族のこと……覚えてるんだもん……」
ヨンは泣き顔を隠すように膝に顔を埋めた。
「本当に優しいよね、ヨンは」
「え?」
「みんなに心配をかけないように、一人でこんな暗い所に隠れてさ。みんなの前ではあんなに元気に笑ってるのに。シュンタさんに素直に相談すればいいのに」
「いやだよ。こんなこと言ったって、シュンタさんに心配かけるだけだし。迷惑なんてかけたくないもん」
「相変わらずの意地っ張り。そんなんじゃ、シュンタさんは振り向いてくれないぞ」
「は!? なにそれ!」
「僕からしたら、もっと素直な子の方が可愛げがあって魅力的だけどなぁ。シュンタさんもきっと同じでしょ」
「そんなこと……! ……え、そうなの?」
「ふっ。さあね、僕は知らない」
「……っ! あんたねぇ! 私の方が年上なんだよ! いっつも生意気にからかって!」
顔を真っ赤にしたヨンは、からかうハチに向かって勢いよく組み付いた。
「痛いって! やめてよ!」
「ふんっ! もう行く!」
ポイッとハチを突き飛ばし、ヨンは立ち上がって歩き出した。
「僕が呼びに来てあげたのに……。まぁ、いっか。いつものヨンに戻ったし」
二人は肩を並べて、静かな廊下を歩いていく。
「今日は特別な授業だって、シュンタさんが言ってたよ」
「どうせいつもの、観測者の歴史のお話しでしょ」
「えー。でも『特別』って言ってたし、いよいよ神装の扱いを教えてくれるんじゃないのかな」
「なんでそんなに嬉しそうなのよ」
「楽しみに決まってるじゃん! 僕たちにも、あんな魔法みたいな力が使えるかもしれないんだよ?」
「魔法だなんて……。あれはそんな綺麗なものじゃないよ。もっと、こう……」
そんな会話を交わしているうちに、二人は教室の前にたどり着いた。
「あっ!! シュンタさん! それって……!」
教室に入るなり、ハチは何かに目を輝かせ、教壇へと駆け出していった。
「もう……落ち着きがないんだから」
ヨンも呆れながら、ハチの後を追って教室へと足を踏み入れた。
「はい、みんな席について! さっそく、今日の勉強を始めるよ!」
教壇に立つ盾太がパンパンと手を鳴らし、子供たちを呼びかける。
「絶対、あれ神装の腕輪だよ……! なぁ、ゴロ」
「うん! 僕もそう思う。楽しみだね、へへへっ」
席に並んで座り、コソコソと声を潜ませる二人。六歳のゴロと、五歳のロク。歳が近い二人はいつも行動を共にする親友同士だった。
「お前らもそう思うよなー」
「ハチにぃ!」
「シュンタさん、今日は特別な授業だって言ってたし。あの腕輪、教科書で見たやつそのままだもん」
ウキウキとテンションの上がっている男子陣とは対照的に、ヨンはどこか冷めた様子で席に座っていた。
「もぉ……みんな子供なんだから」
「ヨン姉ぇ?」
「うーん? どうしたの、サン?」
隣から衣類を引っ張られ、ヨンが視線を落とすと、一番年下のサンが心配そうに見上げていた。サンはまだ三歳になったばかり。だが言葉の発育が早く、すでに意思疎通ができていた。
「ヨン姉ぇ、暗い顔してたから……大丈夫かなって」
「そんなことないよー! お姉ちゃんは元気いっぱいだよ!」
ヨンは作られた笑顔を浮かべ、サンの頭を優しく撫でた。
「へへへっ、よかった!」
「……ナナも、こっちに来たらいいのに」
ヨンは視線を教室の隅へと向けた。そこにぽつんと一人で座っている女の子――ナナ。年はゴロと同じ六歳。人見知りが激しく、一ヶ月経った今でも誰にも心を開いていなかった。
ヨンもずっと気にかけて声をかけていたのだが、未だに打ち解けてはくれなかった。
「はい! ちゅうもーく!」
教室のざわめきを遮るように、盾太が大きく手を叩く。
「今日はね、立派な観測者になるための大きな第一歩だよ。みんなに『神装』について知ってもらおうと思う」
「神装ならもう知ってるよ! 授業で習ったもん」
「知識と経験には、大きな壁があるんだよ、ハチ。神装の扱いは、使えば使うほど体になじむ。だから、今日からはその実技の練習を始めるよ。いいかい?」
盾太は終始優しく微笑んでいた。それでも、教室を包んだピンと張り詰めた空気は、これがただの楽しい魔法のお稽古ではないことを、子供たちに悟らせた。
「まずは知識の確認から。神装の種類は大きく分けて二つあったね? わかる人!」
盾太の掛け声と共に、一斉に手が挙がる。
「一番早かったのは……ヨンだね!」
「はい!固有神装と、サブ神装です!」
「うん、大正解。さすがだね」
褒められたヨンは、机の下で小さくガッツポーズを作った。
「ちぇー。そんなの簡単だっての」
当てられなかったロクとゴロは、少し不満そうに口を尖らせている。
「今日みんなに覚えてもらうのは、サブ神装の方だ」
「固有神装じゃないの?」
「いい質問だね、ハチ。固有神装は勉強した通り、使い手の心の奥を強く映し出すものだ。今の君たちには、まだその力を直接受け入れるのは少し危険かもしれない。だから、最初は単純なナイフや槍などを使って、神装の出し方の基礎から学んでいくよ」
盾太はそう説明しながら、一人一人に金属の腕輪を配りはじめた。
手渡された腕輪は、重くも軽くもなく、不思議と肌にしっくり馴染んだ。派手な装飾もなく、一筋の浅い溝が一周刻まれているだけの粗末な腕輪。
「みんな、利き腕につけてごらん。最初は違和感があるかもしれないけど、すぐ慣れるからね」
「ほら、つけてあげる。手、貸して?」
「ありがと、ヨン姉ぇ」
手元が覚束ないサンへ、ヨンが優しく腕輪をはめてあげる。
だが、その瞬間、腕輪を触るヨンの手がわずかに止まった。
「ヨン姉ぇ?」
「……ううん、なんでもない! ほら出来たよ。すごく似合ってる、サン」
「ほんと? やったー!」
腕輪を嬉しそうに眺めるサン。だが、それを見つめるヨンの瞳は、どこか暗く沈んでいた。
そして、その二人の微妙な変化を、ハチだけがじっと見つめていた。
「ウェーイ!! カッコよくね!? なぁ、ロク!」
「うんうん! めっちゃかっこいいよ、ゴロ!」
「これで俺らも憧れの観測者だぜ! なぁ、ハチにぃ!」
「はぁー……。お前らはさぁ。みんな同じのをつけてんだから、そんなにはしゃぐなよ」
ロクとゴロは椅子の上でぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。ハチは呆れ顔を見せながらも、自分の腕に付けられた未知の力に、どこか胸を躍らせていた。
「ナナ。自分一人でつけられたかい?」
盾太が声をかけると、隅のナナは無言でコクンと頷いた。
「そっか、えらいね。じゃあみんな準備できたな。次は、このコインを配るぞ」
盾太が全員に配ったのは、何の変哲もないただのおもちゃの金属コインだった。
「それを手のひらの上に乗せるんだ。そうしたら、そのコインに自分の体内の神力を流し込むイメージをする。力がコインを覆ったら、短く唱えるんだ。――『神装』とね」
盾太が実演してみせると、彼の腕輪から眩い光のラインが伸び、コインを包み込んでいく。
「おおー!」
「これが神装の『登録』だ。出来たらコインは横に置いていいよ。さあ、みんなもやってみよう」
子供たちが目を輝かせ、コインを手のひらに乗せる。
「「「神装――!!」」」
一斉に唱えた瞬間、教室の中が光の粒子で満たされた。
「できた!!」
五人の子供たちが同時に歓声を上げた。
「おっ! いいねぇ! 後は……」
「うーん……出来た」
意外にも最後に残ったのはハチだった。少し遅れて、彼も登録を完了させた。
「ハチにぃ、おそーい!」
「うるさいな」
「気にすることないよ、ハチ。最初は誰だって時間がかかる。大事なのは、この次だからね」
盾太はコインを横に置き、再び手をかざす。
「登録はできたね。次は神装の実体化だ。今登録したコインを鮮明にイメージしながら、腕輪に力を込める。――『神装展開』」
盾太が唱えると、腕輪から光が溢れ出し、瞬く間に手のひらの上に全く同じコインが具現化された。盾太がそれを指でキンッと上空へ弾いてみせる。
「素材や重さ、表面の細かな傷まで鮮明にイメージできるといいね。やってみよう!」
「はい!!」
子供たちの元気な返声が教室に響く。
「神装――展開!!」
再び溢れ出す光。
「で……きた?」
今度は六人がほぼ同時に具現化に成功した。だが、先ほどのような歓声は上がらなかった。
「どれどれ? 順番に見せてもらうよ」
盾太が机を回り、子供たちが顕現させたコインを観察していく。
完成した時間は同じでも、出来上がったコインの形や質感は、一人一人全く異なっていた。
「サンが一番早かったね。でも形だけだなぁ。表面の模様はないね」
「……だめぇ?」
「ううん、初めてにしては完璧だよ」
盾太が優しく頭を撫でると、サンは嬉しそうに笑った。
「ヨンは……。形も裏表の模様も綺麗に出来ているね」
「でしょ!」
「でも……裏と表で全く同じ模様になっちゃってるね。裏面の構造までイメージしきれなかったかな?」
「えー。最初に貰った時、裏側までよく見なかったんだもん……」
「大丈夫、形も大きさも完璧だし、十分だよ」
「えへへ、やった」
「さて、次は……」
「シュンタさん! 俺の見て!!」
ロクが勢いよく手を挙げる。彼の机の上には、なぜか大量のコインがジャラジャラと散らばっていた。
「へへー! どう!?」
「多いねぇ! 神力が溢れ出しちゃったかな。一個一個はちゃんと形になっているし、上出来だね」
「よっしゃ!」
「次はゴロかな」
「自信ないなぁ……」
「おおー。めちゃくちゃ綺麗だね。細かい装飾も完璧、材質も本物の金属だ。すごいよゴロ。……でも、裏面が無地だね。イメージが途切れちゃったのかな?」
「うーん。なんか……よく分かんなかった」
「そっか。でも表面をこれだけ精密に作れるなら、大したものだよ」
「ありがと、シュンタさん!」
「さぁ、次はハチ」
「はい」
ハチは自信満々に、出来上がったコインを盾太の手のひらに手渡した。
「おっ、自信ありげだね。……おー、完璧だね。表も裏も本物と寸分違わない。質感も金属そのものだ。初めてでここまでの再現性はすごいよ、ハチ」
「よっし!」
ハチはガッツポーズをして喜んだ。
「さて、最後はナナだね」
盾太がナナの机に寄ると、彼女は恐る恐るコインを差し出した。
受け取った瞬間、盾太の手のひらにズシリと異常な重みがのしかかった。
「……うっ! 重いな……! 形も出来ているし、何より密度のイメージが凄まじいよ。すごいよ、ナナ」
盾太は感心しながらコインを返した。
「みんな上出来だ! 初めてでここまで出来るなら、すぐに立派な観測者になれるよ!」
「シュンタさん、次は!? 次は何するの!?」
「今日はこれで終わり。みんな疲れたでしょ? 明日からは、いつもの体力訓練にこの神装の実技を組み込んでいくからね」
「は~い!」
無邪気な声が教室に木霊していた。




