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祈りの丘で天を薙ぐ  作者: 柚瓜
第3章 道すがら巨星の一端

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24/24

第24話 巡りはきっと瞬いて

過去編ってやつです

――佐伯家所有、孤児院『未来の家』


 やけに広い、静まり返った部屋。

 大人の都合でよく分からないままここに集められた、六人の子供たち。

 年齢はバラバラだった。十二歳ほどの一番年上の子から、まだおぼつかない足取りの幼い子まで。


 その部屋で、最初に大人から投げかけられた言葉は、冷酷な事実一つだけだった。


「君らの親は……全員、亡くなった」


 その言葉を聞いた子供たちは、一瞬だけ目を見張りはしたものの、誰一人として泣き出す者はいなかった。

 温かい愛情も、悲しみという感情すらも深く胸に抱く前に……彼らはこの冷たい世界に、ぽつんと取り残されてしまったのだから。


「君たちは今日から、この家の子供だ。今までの名前も、親との思い出も全部捨てて忘れて構わない。私が求めるのは、強い観測者としての素質。それだけだ」


 髪型をビシッと完璧に決めた、大柄で冷徹な男――佐伯一幸が、威圧的に言い放つ。

 しかし、まだ幼い子供たちはその意味を正しく理解できず、ただキョトンと男を見上げていた。


「ちょ、ちょっと佐伯さん! そんな血の通わない言い方はないですって……。子供たちも怖がってるじゃないですか」


「む……そうか。すまないな」


「はぁ……。ごめんね、みんな。あらためて、よく来たね。僕がここ、『未来の家』の院長を務める、鈴木盾太だよ。みんなのお父さん代わりになれたらなって思ってるから、シュンタって気軽に呼んでね!」


 子供たちの目の前で身をかがめ、優しい目線で語りかける盾太。右腕に焼き付いた大きな火傷の跡が、印象的な男だった。


「……」


 子供たちは緊張からか、固く口を閉ざしたままだった。


「うーん……。やっぱり、警戒されてますね。ていうか佐伯さん、本当にこの子たちの元の名前まで変えちゃうんですか?」


「ああ。過去を全て捨てさせ、一からやり直させた方がこの子らのためでもある。……親が死ぬ寸前まで呼ばれていた名前だ。そんな呪いなど解いてやったほうがいいさ」


「……そうですか。なら、僕が新しく温かい名前を考えましょうか?」


「名前など後からいくらでも変えられる。その個体が識別できればいいのだ。変に願いなど込めるから呪いに変わる。端から適当につければいい」


 そう言って一幸は、子供たちを端から無雑作に指差していった。


「サン、ヨン、ゴロ、ロク、ナナ、ハチ。これで構わん」


「そんな雑な番号付け……」


「後は任せたぞ。今日のうちにその番号を身体に馴染ませておけ」


 それだけ言い捨てると、男はバタンと音を立てて部屋を後にした。


 去っていく冷酷な背中を見送ったあと、盾太は頭を痛そうに抱えてしまった。


「はぁ……。あの人はほんとに……」


 しばらく一人で悩んだ後、盾太は子供たちの前の床へ、優しく腰を下ろした。

 穏やかな微笑みを浮かべながら、子供たちを手招きする。


「おいで。みんなで少し、おしゃべりしよっか」


 ◇


 この『未来の家』にやって来てから、約一ヶ月。


 子供たちも普段の生活の規則に少しずつ慣れ、廊下を一人で静かに歩く一人の少年の姿があった。

 六人の子供の中では二番目の年長者であり、今年で九歳になる――ハチだ。


 ハチは今朝の集まりで、ヨンの様子がどうもおかしいことに気づき、ずっと探していたのだ。


「……やっぱり、ここにいた。ヨン? 大丈夫?」


 薄暗い階段の影に隠れるようにして、小さくうずくまっていた少女。

 ヨン――当時十三歳。六人の子供たちの中では最年長だった。それゆえに彼女だけが唯一、実の親との温かい記憶がはっきりと残っていた。

 だからこそ、たまにどうしようもなく、胸を突くような寂しさが込み上げてくる時があるのだ。


「ハチ……。なに」


「朝から顔色がおかしかったからさ。いつものやつかと思って」


「しょうがないじゃん……。私は、前の家族のこと……覚えてるんだもん……」


 ヨンは泣き顔を隠すように膝に顔を埋めた。


「本当に優しいよね、ヨンは」


「え?」


「みんなに心配をかけないように、一人でこんな暗い所に隠れてさ。みんなの前ではあんなに元気に笑ってるのに。シュンタさんに素直に相談すればいいのに」


「いやだよ。こんなこと言ったって、シュンタさんに心配かけるだけだし。迷惑なんてかけたくないもん」


「相変わらずの意地っ張り。そんなんじゃ、シュンタさんは振り向いてくれないぞ」


「は!? なにそれ!」


「僕からしたら、もっと素直な子の方が可愛げがあって魅力的だけどなぁ。シュンタさんもきっと同じでしょ」


「そんなこと……! ……え、そうなの?」


「ふっ。さあね、僕は知らない」


「……っ! あんたねぇ! 私の方が年上なんだよ! いっつも生意気にからかって!」


 顔を真っ赤にしたヨンは、からかうハチに向かって勢いよく組み付いた。


「痛いって! やめてよ!」


「ふんっ! もう行く!」


 ポイッとハチを突き飛ばし、ヨンは立ち上がって歩き出した。


「僕が呼びに来てあげたのに……。まぁ、いっか。いつものヨンに戻ったし」


 二人は肩を並べて、静かな廊下を歩いていく。



「今日は特別な授業だって、シュンタさんが言ってたよ」


「どうせいつもの、観測者の歴史のお話しでしょ」


「えー。でも『特別』って言ってたし、いよいよ神装の扱いを教えてくれるんじゃないのかな」


「なんでそんなに嬉しそうなのよ」


「楽しみに決まってるじゃん! 僕たちにも、あんな魔法みたいな力が使えるかもしれないんだよ?」


「魔法だなんて……。あれはそんな綺麗なものじゃないよ。もっと、こう……」


 そんな会話を交わしているうちに、二人は教室の前にたどり着いた。


「あっ!! シュンタさん! それって……!」


 教室に入るなり、ハチは何かに目を輝かせ、教壇へと駆け出していった。


「もう……落ち着きがないんだから」


 ヨンも呆れながら、ハチの後を追って教室へと足を踏み入れた。


「はい、みんな席について! さっそく、今日の勉強を始めるよ!」


 教壇に立つ盾太がパンパンと手を鳴らし、子供たちを呼びかける。


「絶対、あれ神装の腕輪だよ……! なぁ、ゴロ」


「うん! 僕もそう思う。楽しみだね、へへへっ」


 席に並んで座り、コソコソと声を潜ませる二人。六歳のゴロと、五歳のロク。歳が近い二人はいつも行動を共にする親友同士だった。


「お前らもそう思うよなー」


「ハチにぃ!」


「シュンタさん、今日は特別な授業だって言ってたし。あの腕輪、教科書で見たやつそのままだもん」


 ウキウキとテンションの上がっている男子陣とは対照的に、ヨンはどこか冷めた様子で席に座っていた。



「もぉ……みんな子供なんだから」


「ヨン姉ぇ?」


「うーん? どうしたの、サン?」


 隣から衣類を引っ張られ、ヨンが視線を落とすと、一番年下のサンが心配そうに見上げていた。サンはまだ三歳になったばかり。だが言葉の発育が早く、すでに意思疎通ができていた。


「ヨン姉ぇ、暗い顔してたから……大丈夫かなって」


「そんなことないよー! お姉ちゃんは元気いっぱいだよ!」


 ヨンは作られた笑顔を浮かべ、サンの頭を優しく撫でた。


「へへへっ、よかった!」


「……ナナも、こっちに来たらいいのに」


 ヨンは視線を教室の隅へと向けた。そこにぽつんと一人で座っている女の子――ナナ。年はゴロと同じ六歳。人見知りが激しく、一ヶ月経った今でも誰にも心を開いていなかった。

 ヨンもずっと気にかけて声をかけていたのだが、未だに打ち解けてはくれなかった。


「はい! ちゅうもーく!」


 教室のざわめきを遮るように、盾太が大きく手を叩く。


「今日はね、立派な観測者になるための大きな第一歩だよ。みんなに『神装』について知ってもらおうと思う」


「神装ならもう知ってるよ! 授業で習ったもん」


「知識と経験には、大きな壁があるんだよ、ハチ。神装の扱いは、使えば使うほど体になじむ。だから、今日からはその実技の練習を始めるよ。いいかい?」


 盾太は終始優しく微笑んでいた。それでも、教室を包んだピンと張り詰めた空気は、これがただの楽しい魔法のお稽古ではないことを、子供たちに悟らせた。


「まずは知識の確認から。神装の種類は大きく分けて二つあったね? わかる人!」


 盾太の掛け声と共に、一斉に手が挙がる。


「一番早かったのは……ヨンだね!」


「はい!固有神装と、サブ神装です!」


「うん、大正解。さすがだね」


 褒められたヨンは、机の下で小さくガッツポーズを作った。


「ちぇー。そんなの簡単だっての」


 当てられなかったロクとゴロは、少し不満そうに口を尖らせている。


「今日みんなに覚えてもらうのは、サブ神装の方だ」


「固有神装じゃないの?」


「いい質問だね、ハチ。固有神装は勉強した通り、使い手の心の奥を強く映し出すものだ。今の君たちには、まだその力を直接受け入れるのは少し危険かもしれない。だから、最初は単純なナイフや槍などを使って、神装の出し方の基礎から学んでいくよ」


 盾太はそう説明しながら、一人一人に金属の腕輪を配りはじめた。


 手渡された腕輪は、重くも軽くもなく、不思議と肌にしっくり馴染んだ。派手な装飾もなく、一筋の浅い溝が一周刻まれているだけの粗末な腕輪。


「みんな、利き腕につけてごらん。最初は違和感があるかもしれないけど、すぐ慣れるからね」


「ほら、つけてあげる。手、貸して?」


「ありがと、ヨン姉ぇ」


 手元が覚束ないサンへ、ヨンが優しく腕輪をはめてあげる。

 だが、その瞬間、腕輪を触るヨンの手がわずかに止まった。


「ヨン姉ぇ?」


「……ううん、なんでもない! ほら出来たよ。すごく似合ってる、サン」


「ほんと? やったー!」


 腕輪を嬉しそうに眺めるサン。だが、それを見つめるヨンの瞳は、どこか暗く沈んでいた。


 そして、その二人の微妙な変化を、ハチだけがじっと見つめていた。



「ウェーイ!! カッコよくね!? なぁ、ロク!」


「うんうん! めっちゃかっこいいよ、ゴロ!」


「これで俺らも憧れの観測者だぜ! なぁ、ハチにぃ!」


「はぁー……。お前らはさぁ。みんな同じのをつけてんだから、そんなにはしゃぐなよ」


 ロクとゴロは椅子の上でぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。ハチは呆れ顔を見せながらも、自分の腕に付けられた未知の力に、どこか胸を躍らせていた。


「ナナ。自分一人でつけられたかい?」


 盾太が声をかけると、隅のナナは無言でコクンと頷いた。


「そっか、えらいね。じゃあみんな準備できたな。次は、このコインを配るぞ」


 盾太が全員に配ったのは、何の変哲もないただのおもちゃの金属コインだった。


「それを手のひらの上に乗せるんだ。そうしたら、そのコインに自分の体内の神力を流し込むイメージをする。力がコインを覆ったら、短く唱えるんだ。――『神装』とね」


 盾太が実演してみせると、彼の腕輪から眩い光のラインが伸び、コインを包み込んでいく。


「おおー!」


「これが神装の『登録』だ。出来たらコインは横に置いていいよ。さあ、みんなもやってみよう」


 子供たちが目を輝かせ、コインを手のひらに乗せる。


「「「神装――!!」」」


 一斉に唱えた瞬間、教室の中が光の粒子で満たされた。


「できた!!」


 五人の子供たちが同時に歓声を上げた。


「おっ! いいねぇ! 後は……」


「うーん……出来た」


 意外にも最後に残ったのはハチだった。少し遅れて、彼も登録を完了させた。


「ハチにぃ、おそーい!」


「うるさいな」


「気にすることないよ、ハチ。最初は誰だって時間がかかる。大事なのは、この次だからね」


 盾太はコインを横に置き、再び手をかざす。


「登録はできたね。次は神装の実体化だ。今登録したコインを鮮明にイメージしながら、腕輪に力を込める。――『神装展開』」


 盾太が唱えると、腕輪から光が溢れ出し、瞬く間に手のひらの上に全く同じコインが具現化された。盾太がそれを指でキンッと上空へ弾いてみせる。


「素材や重さ、表面の細かな傷まで鮮明にイメージできるといいね。やってみよう!」


「はい!!」


 子供たちの元気な返声が教室に響く。


「神装――展開!!」


 再び溢れ出す光。


「で……きた?」


 今度は六人がほぼ同時に具現化に成功した。だが、先ほどのような歓声は上がらなかった。


「どれどれ? 順番に見せてもらうよ」


 盾太が机を回り、子供たちが顕現させたコインを観察していく。


 完成した時間は同じでも、出来上がったコインの形や質感は、一人一人全く異なっていた。


「サンが一番早かったね。でも形だけだなぁ。表面の模様はないね」


「……だめぇ?」


「ううん、初めてにしては完璧だよ」


 盾太が優しく頭を撫でると、サンは嬉しそうに笑った。


「ヨンは……。形も裏表の模様も綺麗に出来ているね」


「でしょ!」


「でも……裏と表で全く同じ模様になっちゃってるね。裏面の構造までイメージしきれなかったかな?」


「えー。最初に貰った時、裏側までよく見なかったんだもん……」


「大丈夫、形も大きさも完璧だし、十分だよ」


「えへへ、やった」


「さて、次は……」


「シュンタさん! 俺の見て!!」


 ロクが勢いよく手を挙げる。彼の机の上には、なぜか大量のコインがジャラジャラと散らばっていた。


「へへー! どう!?」


「多いねぇ! 神力が溢れ出しちゃったかな。一個一個はちゃんと形になっているし、上出来だね」


「よっしゃ!」


「次はゴロかな」


「自信ないなぁ……」


「おおー。めちゃくちゃ綺麗だね。細かい装飾も完璧、材質も本物の金属だ。すごいよゴロ。……でも、裏面が無地だね。イメージが途切れちゃったのかな?」


「うーん。なんか……よく分かんなかった」


「そっか。でも表面をこれだけ精密に作れるなら、大したものだよ」


「ありがと、シュンタさん!」


「さぁ、次はハチ」


「はい」


 ハチは自信満々に、出来上がったコインを盾太の手のひらに手渡した。


「おっ、自信ありげだね。……おー、完璧だね。表も裏も本物と寸分違わない。質感も金属そのものだ。初めてでここまでの再現性はすごいよ、ハチ」


「よっし!」


 ハチはガッツポーズをして喜んだ。


「さて、最後はナナだね」


 盾太がナナの机に寄ると、彼女は恐る恐るコインを差し出した。

 受け取った瞬間、盾太の手のひらにズシリと異常な重みがのしかかった。


「……うっ! 重いな……! 形も出来ているし、何より密度のイメージが凄まじいよ。すごいよ、ナナ」


 盾太は感心しながらコインを返した。


「みんな上出来だ! 初めてでここまで出来るなら、すぐに立派な観測者になれるよ!」


「シュンタさん、次は!? 次は何するの!?」


「今日はこれで終わり。みんな疲れたでしょ? 明日からは、いつもの体力訓練にこの神装の実技を組み込んでいくからね」


「は~い!」


 無邪気な声が教室に木霊していた。

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