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84 もうすぐ春

 春の気配がします。

 日ごとに明るさが増し、ところどころで、かわいい芽が顔をのぞかせています。

「もうすぐ春ですね。恋をしてみませんか」

 めぐみの口から、自然とキャンディーズの歌が出ました。

 

 去年の今頃は、めぐみは希望の小学校に、教師として採用されることが決まったところでした。もちろん、うれしさと期待はありましたが、不安のほうが大きくて、これから先どうなっていくのだろうと心配ばかりしていました。


 あの時には、6人の生徒のことも知らず、山歩きもしたことがなく、いつきさんのスマホが見つかる可能性はなく、まさかえっちゃんと登山をすることになるとは思ってもいませんでした。結局、登山はできなかったけれど、たくさんの話ができて、一緒に富士山の日の出を見られて、よかったと思いました。

 

 いろんなことがあった1年だったなぁと思って、山に向かっていると、向こうからルツ子さんが歩いてきました。コートの下から、花柄のスカートがのぞいています。

 とても元気そうで、今日はお休みなので、東京に行くといいました。


「元カレから、会いたいという電話があったのよ」

 ルツ子さんが驚きの発言をしました。


「それはよかったわね。よかったのよね」

 めぐみが言うと、ルツ子さんはふふふと笑いました。

「会いにいくだけよ」


 そして、強い目力で、めぐみをまっすぐに見ました。

「これまでの私なら会うことなんか拒否したけれど、今は彼がどんなふうになったのか、この目で見たいから。でも、もとに戻ることはないわ」


「好きだったのでしょう」

「私、前にめぐみがバーゲン品と結婚するかもしれないと言った時、驚いたの。でも、あの一言には目覚めさせられたわ」

「わたしは後で、何て失礼なことを言ったのだろうって、後悔していたの。バーゲンの人なんていない。人はみんな特注だわ。ルツ子さんが忘れてくれることを祈っていたけれど」


「それ、私には必要な一言だったわ」

 とルツ子さんが自分で言って、自分で頷きました。

「必要な一言、って?」 


「私、気がついたのよ。私が高級品ばかりを求めていたってこと。ブランド品と結婚して、みんなからうらやましがられること、それが幸せなんだと信じていたから。でも、あの一言で、それは違うなって思い始めたのよ。彼とはいろんな話を交換して、わかりあって、ともに進んでいくとか、そんなこと、考えてもみなかったなぁって。本当の幸せって何なのって考えた時、自分は間違っていたなと思ったのよ。人からうらやましがられたって、自分がそう感じなければ、意味がないんだって」


「わたしがあんなことを言った時、普通人のわたしには、天才えっちゃんは荷が重すぎるって思っていたの。でも、たくさん話したら、普通の、ううん、とても素晴らしい人間で、そう。めっちゃおもしろい人だってわかったわ」

「めぐみさんとは、すごくお似合い」

「そうかしら」


「私ね、いつか畑野本部長の下で働きたいと思っているの。試験に合格して、本部に行けるように勉強中よ。私、刑事になりたいと思って。まさか、自分がそんなことを考える日がくるなんて、信じられないけど、それが私の夢」

「夢、それはすばらしいわ。ルツ子さんなら、きっとよい刑事になれるわ」 


「エドウィンさんからは何か言ってきました?」

「今度、カリフォルニアの大学に移ることになるみたいです」

「じゃ、めぐみ、あちらに行かれるの?」


「旅行では行きたいと思っているけれど」

「そうじゃなくて、あちらに住むとか」

「それは無理ですよ。わたしはここに仕事があるから、配信システムでつながっているだけで、いいです」

「遠距離恋愛は時差もあるから、長続きが大変みたいよ。早く行ってあげなさいよ」

「そんなこと言われても、第一、わたし、申し込まれていませんから」



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