第9話 決闘
訓練場に着いたオレたちは、距離を取って臨戦態勢に入った。ニコが付いてくることはなかった。別に見届けてほしいわけでもないし、それでいいと思う。
広い訓練場には自主的に鍛錬をしている騎士が数名いるだけで、閑散としている。恐らく彼らに迷惑がかかることはないだろう。
「オレはいつでもいいぜ」
木剣を構えて、シュルトを煽る。
「ボクもだ。ま、治癒魔法で治せる程度には加減してやる」
こういった決闘に慣れているのか、奴は随分と落ち着いていた。
だったら。
「負けたときに言い訳ができるもんな」
更に煽る。怒らせて平常心を失わせるために。
狙い通り、ピクリと眉を上げたシュルト。
プライドの高い奴には効果覿面だったらしい。
「……バカめ」
直後、シュルトの殺気が高まるのを感じた。
戦いが始まった瞬間だった。
──魔法使いと戦うときは、とにかく近付け。
わかってるさ。
父さんの声に言われるまでもなく、全速力でシュルトに近付く。
すると奴は、顔色ひとつ変えずに上空に向けて手をかざした。
凄いな。
一瞬にして六本の炎の槍が形成され、それらすべてがオレに向かって飛んで来た。
槍の軌道は一本ずつ異なっていて、オレの逃げ場を塞ぎつつ、それでいてシュルトから距離を取らざるを得ないようになっていた。
一ヶ月前のオレなら負けていたかも。
木剣に魔力を纏わせて、距離を詰めつつ炎の槍を叩き落としていく。
「……へぇ」
視線を戻すと、オレが魔法の対応に追われていたほんの僅かな間に、シュルトは十数枚もの土の壁を形成していた。奴の姿がどこにもない。
魔法の使い方に無駄がない。かなり戦闘慣れしている。しかも、無言で魔法を使うから何が起こるのかを把握するのがワンテンポ遅れてしまう。
中級騎士までは、集団で戦うときは必ず魔法名を叫んでいた。そうやって仲間に自分が何をするつもりなのかを伝え、連携の乱れを防ぐのだ。
だが上級騎士ともなると、魔法名をわざわざ口にすることはない。戦いのテンプレートみたいなものがあるのだろう。無言でバンバン魔法を使ってくるので、最初は対応に苦労した。
シュルトの魔法の使い方の上手さは、上級騎士と同じか、或いはそれ以上だと思う。
加減してやる、なんて言うだけの実力はある。
──相手の姿を見失ったら、自分も気配を消せ。戦況は常に対等以上に保て。
父さんのぼそぼそアドバイスを思い出したオレは近くの土壁に背を預けて、シュルトの気配を探る。
「見つけた」
捉えた。そう確信した直後。
「ぐっ……!」
背中に強い衝撃を受け、前方に転がされる。
何が起こった?
回転する視界の中で背後を見ると、背中を預けていた土壁から鋭く尖った土槍が生えていた。
そんな芸当ができるのか……!
いやそれよりも、一体どうやってオレの居場所を?
「隠れても無駄だ。お前は魔力が駄々漏れだからな」
見透かしたようなタイミングで、遠くからシュルトの声がした。
「魔力感知か」
クソ。できなさ過ぎてすっかり頭から抜けていた。
「そうだ。探知範囲はこの訓練場をゆうに超える。どこに身を潜めようが意味をなさないと知れ」
「あっそ。敵にそんなこと教えちゃうなんて余裕だね」
「実際余裕だからな。今の一撃も、本気ならお前の体に穴を開けることだってできた」
……言うね。だけど。
「それは嘘だね。虚勢を張るのは苦手なんだ?」
そこまでの威力を出せるなら、気絶させるぐらいは簡単にできたハズだ。
まあ、本気で余裕のつもりだったかもしれないけど、その場合はラッキーだ。戦いの場で余裕をかますような間抜けに負けるわけがない。
「減らず口を……!」
よしよし。良い具合にイラついてきているな。
背中はズキズキと痛むけど、これで状況的にはそれほど悪くない。
「おっと」
お次は氷の槍が降ってきた。全力で回避しながら土壁を壊して回り、奴の隠れられる場所を削っていく。がしかし。
「無駄だ」
壊したそばから土壁が増えていく。
なるほど。どうやら魔力量に自信があるらしい。こういう場合は……。
──魔術師と長期戦になりそうな場合は、危険を冒してでも短期決戦に持ち込め。動き回らされる分、剣士の方が体力的に不利だ。
だったかな。確かに、理に適っている。
「ふぅー」
一旦距離を取り、息を整える。
「なんだ、勝負を諦めたか?」
シュルトが何か言っているが、もう耳に届かない。
深く集中し、全身を魔力で覆う。ただ覆うだけじゃない。魔力を筋繊維の如く細く引き伸ばして、幾本ものそれらを編み込むようにして纏う。全身を魔力で形成した筋肉で補強するイメージだ。
視界がスローになり、中空に浮かぶ十数本もの魔法の槍が見えた。氷、岩、炎。三種類の槍が、目で追うのも困難な速度で迫ってくる。
だが、そんなものは関係ない。
ひたすら真っ直ぐ、一直線だ。
一歩踏み出した瞬間、景色が加速する。眼前に迫る土壁はすべて体当たりでぶち壊し、飛来する魔法の槍は一本残らず木剣で叩き落とした。
「はぁ!?」
唖然とするシュルトの姿を捉える。
しかし、奴は自身を素早く分厚い土壁で覆い、堅牢な箱の中に身を隠した。
とんでもない魔法の発動速度だ。オレと同い年のハズなのに、相当な鍛錬を積んできたに違いない。その努力にだけは、敬意を払ってもいい。
ただ、オレの夢を馬鹿にしたことだけは許さない。
ギリギリまで速度を落とさずに近付き、上段からの大振りで壁を切り崩そうとした直後。
土壁の中心が渦を巻き、それがそのまま鋭い棘となって飛び出してきた。
「っ!」
戦闘中に冷や汗をかいたのは、これが初めてだった。
すぐさま太刀筋を変えて棘を砕く。追撃が来る様子はない。冷静に見極めて、今度こそ壁を切り崩す。
真っ暗闇な箱の中に光が差す。暗闇の中から飛び出してきたシュルトの手には、岩で形成された剣が握られていた。
「うおおおお!」
気迫のこもった声と共に斬りかかってきた奴の構えは、とても綺麗だった。基本に忠実で、破れかぶれの抵抗でないことがわかる程度に。
魔法ほどではないにせよ、剣術も訓練していたのだろう。なんて野郎だ。
そう思いながら、岩の剣を一振りで砕いた。
シュルトの顔が絶望の色に染まる。
終わりだ。
そこで突然、ふわりとした冷気が肌を撫でた。
「っ!?」
冷気を知覚した頃には、足元から腕の先までが完全に凍っていた。
剣を振り下ろせない!?
シュルトじゃない! こいつも足元が凍っている! じゃあ一体誰が──
「やめなさい!」
遠くからの怒声に首を動かす。そこには、見たことのない表情のアレーニスさんが立っていた。隣には、泣きそうな顔のニコもいる。
ああ、ニコが付いてこなかったのは、最初からアレーニスさんを呼ぶためだったのか。
オレとシュルトのマジ喧嘩は、彼の一撃の魔法で止められた。
────
その後、オレとシュルトは身動きの取れないまま懇々と説教をされた。ただ、アレーニスさんはオレたちの話もちゃんと聞いてくれた。
オレの言い分も、シュルトの言い分も。その上でお互いが何に怒っているのかを引き出して、キチンと話し合いするように誘導してくれた。
けど、それでもこいつとは仲直りできなかった。
何故なら奴が、
「お前は強い。ボクを圧倒できるぐらいに。ならば、その剣を民のために振るうべきだ。だから、ボクは謝るつもりはないし、前言を撤回する気もない」
この一点張りだったからだ。
『力ある者にはその実力に相応しい振る舞い方がある』
バーデングルク家の教えだかなんだか知らないが、オレには何の関係も無い。
話にならないとはこのことだ。
そんな有様だったため、その日はとりあえず解散となった。
ニコとシュルトが訓練場を去り、続いてオレも出ようとしたとき、
「ロロくん」
アレーニスさんに呼び止められた。
「はい」
「シュルトくんは強かったかな?」
「? ええ、まあ」
ゴリ押しで何とか勝てたものの、奴は間違いなく強かった。
「彼は城に来てまだ間もないが、既に私たち魔術師団における上級相当の実力がある」
「はあ」
そりゃあ凄い。でも、それがどうかしたのだろうか。
「……フム。ロロくんは上級騎士、あるいは上級魔術師がこの国にどれだけいるか知っているかな?」
「いえ、知りません」
騎士団長補佐のなんとかさんが話していた気がするけど、覚えていない。正直にそう応えると、アレーニスさんは「そうか」と困ったように笑った。
どうしてだか、心が痛んだ。
「王国には四十万近い兵士がいる。その内の約三十万が騎士で、残りが魔術師だ」
右手の指を三本、左手の指を一本立てて、アレーニスさんが言う。
「そして、魔術師団であれば七割が下級に位置付けられ、二割五分が中級に位置付けられる。残ったおよそ五千人の内、百人だけが聖魔術師団に配属され、他が上級に位置付けられる。つまり上級魔術師というのは、王国にいる兵士の上位五パーセントに入る実力者というわけだ」
淀みなく、彼は語り続ける。
「更に言えば、上級魔術師というのは、王国の全国民一千万超の上位〇.〇五パーセントに入る猛者と表現しても差し支えない。数にすれば二千人に一人の逸材だ。ロロくん、キミはそんな逸材に匹敵する子を、たった三ヶ月の訓練で、それも最低限の量の訓練で倒せるほどの実力があるんだ」
要するにと、彼は優しく言った。
「私は、キミの夢を否定する気はこれっぽっちもない。むしろ応援している。けれど、キミがその気になれば、大袈裟でなく世界を救える可能性がある。どうかそれだけは、頭の片隅で覚えておいてほしい。……長々とすまない」
最後に一言謝って、アレーニスさんは去っていった。オレの言葉を待つこともなく。
『そうか。だが忘れるな。お前は強い』
父さんの優しい眼差しが脳裏に浮かび、アレーニスさんの去り際の表情と重なった。
「……なんなんだよ。本当に」
人っ子一人いない訓練場に、オレのいじけた声が虚しく響いた。
────
鑑定式の日から、半年が経った。
結論から言おう。オレは、ほぼ完全に孤立していた。
“ほぼ”というのは、ペトラさんたちだけは別だからだ。
でも他の人たちとは、必要な連絡事項なんかを除けばほとんど話す機会はない。
しかしながら、あの大喧嘩から三ヶ月の間に周囲に様々な変化があった。
まず、シュルトが剣術訓練に参加するようになった。やはりというべきか、シュルトは王都に来る前から剣術も齧っていたらしい。魔術師の弱点である近接戦闘も最低限はこなせるようにと、家で鍛えられていたんだとか。
そういうわけで、魔術の訓練を午後に回して、午前中は剣術の訓練に参加するようになったのだ。時間帯はオレと被っているものの、一緒にやるわけではない。別々で、だ。
傍目で見てもシュルトは真面目に剣術に取り組んでいて、ちょっとずつではあるが着実に成長していた。その姿勢が騎士たちの心を打ったのか、彼はみるみる騎士たちと打ち解けていった。
今じゃニコとシュルトは城の人気者だ。
それだけじゃない。気まずくて参加しなくなった親睦会の効果なのか、ニコとシュルトは随分と仲良くなっているようだった。羨ましいことこの上ない。けど、シュルトと仲良くできる気は微塵もしないため、オレは二人に近付けない。
一方で、オレの変化といえば。
「今日は早いが、もうやめにしておこう。どうにも調子が悪そうだ。宿舎に戻って休むと良い」
「……はい、そうします」
このザマだ。
ここ三ヶ月の間は、上級騎士三名に上級魔術師二名を加えた、合計五名との戦闘訓練を行っていた。
魔術師が加わるだけで戦術の幅は大きく変わった。攻撃のチャンスはグッと減ったし、防御に専念しないとならない場面が増えた。
とはいえ、シュルトとの喧嘩のおかげで比較的容易に対応できた。ちょっと癪だけど。
オレの実力は、既に下級の聖騎士と打ち合い稽古をしても良いレベルに達しているらしい。けど城に百人しかいない聖騎士たちはとんでもなく忙しいらしく、オレの訓練に手を回せるまでまだ少し時間が必要なんだとか。
問題は剣術じゃない。料理の方だ。
ペトラさんはあまりに成長の遅いオレを不憫に思ったのか、予定を変更して色々と試させてくれた。
焼きをやってみたり、煮込みをやってみたり。盛り付けをやってみたり。オレに何か向いていることはないか、一生懸命手を尽くしてくれた。
それでも、ダメだった。すべて壊滅的だった。ペトラさんだけじゃない。ジーナさんとポーナさん、エルルさんも手伝ってくれた。みんな優しくて、オレがどれだけ覚えが悪くても、嫌な顔一つせずに根気強く教えてくれた。
それが逆に辛かった。心が痛かった。
これ以上四人に迷惑をかけたくない。そうすれば、食べ物も無駄にせずに済む。
あいつの言う通り、剣術の訓練に専念した方が良いのかもしれない。考えれば考えるほど気が重くなり、足取りも重くなった。
「…………」
挙句の果てに、互いに毛嫌いしていた騎士たちにも憐みの目を向けられている。
──今日は、食堂には行かないでおこう。とにかく戻って寝よう。
引きずるようにして足を踏み出した、その時だった。
「恥を知れ!」
シュルトの怒声が、訓練場に響き渡ったのは。