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定食屋を継ぎたかった勇者  作者: 入道雲
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第5話 進捗

 更に一ヶ月が経った。


「はぁ……」


 いつもより一時間近く訓練を早く終わらせたオレは、訓練場から宿舎までの帰り道を少し重い足取りで歩いていた。

 一体、この一ヶ月で何度溜息を漏らしたのだろうか。


 というのも、ペトラさんたちに料理の修行をつけてもらえるようになって、オレはアレーニスさんの言葉が真実であったことを嫌というほど理解したのだ。


 『たとえば剣士であれば剣術以外はからっきしで、魔術師であれば魔法以外はてんでダメ、ということだな。一言で表せば、”専門バカ”だ』


 そう。オレはアレーニスさんの言う通り“剣士バカ”だった。剣技に関すること以外はてんでダメな、剣士バカだったのだ。


 この事実は、料理修行の二日目に発覚した。


──── 


「ロロちゃんには、まずはおばちゃんが食材の扱いを教えるね。切る、剥く、捌くの三つが丁寧に、手早くこなせるようになったら次のステップに進んでもらうよ」


「はい! わかりました!」


「良い返事だ。それで、おばちゃんの次はエルルちゃんに食材の火入れの仕方を教えてもらう。肉、野菜、魚。それぞれの適切な火加減を覚えることが目的だね」


「はーい。ロロちゃん、よろしくねー」


「よろしくお願いします!」


 ひらひらと笑顔で手を振るエルルさんに頭を下げる。糸みたいに目を細くして微笑むエルルさんの笑顔は、ちょっとだけ凶悪だ。


「で、その次はジーナちゃんに食材の煮込みを教えてもらう。食材ごとに鍋に入れるタイミングが違うし、程よい煮込み時間が微妙に変わってくるから、それをしっかりと覚えることが目的だね」


「よっしゃ! ロロちゃん、よろしくね!」


「へへっ、よろしくお願いします」


 ジーナさんは雰囲気が若干母さんに近いから、話していると自然と顔が綻んでしまう。


「最後に、ポーナちゃんに盛り付けを教えてもらおうかな。料理を綺麗に、美味しそうに盛り付けられるようになって初めて一人前だからね。ポーナちゃん、頑張ってね」


「は、はい。頑張ります……」


 ポーナさんが伏し目がちにこちらを見て会釈する。薄々気付いてはいたけど、ポーナさんは結構な人見知りらしい。


「よろしくお願いします!」


 でも、彼女の細やかな気遣いは本当に凄い。王都食堂でもきっと役に立つ。なので、しっかりと勉強させてもらおう。


「それじゃ、今日はお野菜の皮むきをやってもらおうかな。とは言っても、昨日の包丁さばきを見た感じ、ロロちゃんに教えることは少なそうだけどね」


 なんて軽口を言いながら、ペトラさんはまな板の上に数種類の野菜を並べた。


「へへ、頑張ります!」


 と気恥ずかしさを誤魔化すために元気に応えたところで、オレはふと「そういや野菜の皮むきってまともにしたことがないな」と思った。

 不思議なことだ。五年間も母さんの店を手伝っていたのに、オレが切った食材はすべて皮が剥かれていたような気がする。


 まあ、多分大丈夫だろう。


 数分後に絶望するとも知らずに、オレは楽観的な気分で包丁を握った。



「…………」


「……あら、まあ」


 一つ目の食材の皮むきが終わった時、オレを含めた五人全員が言葉を失っていた。


 オレの手には随分と小さくなったジャガイモが握られていて、まな板の上には、随分とぶ厚いジャガイモの皮が小さな山を築いていた。


「き、緊張しちゃったかい?」


「い、いえ。そういうわけではないです」


 ジーナさんの優しい問いかけが逆に辛い。


 そこから長い沈黙があって、


「よし。ロロちゃん、一旦一通りやってみようか」


 神妙な表情をしたペトラさんがそう言った。


「……わかりました」


 とてつもなく嫌な予感がした。

 そして、その予感は完膚なきまでに的中した。


 オレは、食材を「切る」という行為を除く、すべてのことができなかった。

 皮むきはもちろん。捌くことも、焼くことも、煮ることも。言うまでもなく盛り付けも。


 壊滅的なセンスが徐々に明らかになっていく中で、オレは母さんやアイラ姉ちゃん、ユニ兄ちゃんの残酷なまでの優しさを思い知ることとなった。


 思い返してみれば、オレが王都食堂でやっていた手伝いは、すべて事細かに指示されていた。それこそ、「誰にでもできる」ほどに。


 これとこれとこれをこの分量だけ入れてね、とか。

 一分に一度かき混ぜながら、七分経ったら火を止めてね、とか。

 

 何も考えずとも、言われた通りにやれば成功するように。

 というよりはむしろ、余計なことを考えて失敗させないように、だったのかもしれない。


 実に巧妙だった。裏を返せば、オレが間抜け過ぎた。


 王都食堂で食材を「切る」担当に任命してもらっていたオレは、自然と他のことには最低限しか関わらずに済むよう配慮されていたのだ。特に、食材の火入れなんかは「まだ危ないから」という理由で近付くことさえ許されなかった。


 顔から火が出るくらい恥ずかしかった。

 みんなの心遣いに気付けなかったことも、それなりに向いていると勘違いしていたことも。

 何より、そんなマネをさせてしまったオレ自身が不甲斐なくて悔しかった。無様だった。


 顔を真っ赤にして俯くオレを見て、ペトラさんが静かに言う。


「……ロロちゃん、どうする?」


 優しい声色だった。

 ここで止めておけば、この先辛い思いをせずに済むよ。

 そう言われている気がした。


 オレは──


「いえ、一から教えてください」


 即答した。

 ここで迷うくらいなら、それこそ止めておいた方が良い。そう思った。


 向いているとか向いていないとか、そういう話じゃないんだ。

 夢に見るくらい憧れたのだ。オレもそうなりたいと、夢見てしまったのだ。

 オレの目指す“最強”は、物心がついた瞬間から決まっていた。


「……良い返事だね。じゃあ、おばちゃんももう遠慮しないよ」


 厳しい声色だった。

 けど、とても暖かく感じた。

 

 顔を上げると、エルルさんが、ジーナさんが、ポーナさんが、オレの目を見てゆっくりと頷いた。


 だからオレも、力強く頷いて返した。


──── 


「なんて、意気込んだのは良かったけどなぁ」


 再び溜息が漏れる。


 進捗は最悪と言っていい。

 剣術の訓練よりもよっぽど真摯に打ち込んでいるにも関わらず、オレの歩みは自分でもイライラするほどに遅い。


 しかしながら、ペトラさんたちは全力で褒めてくれる。ペトラさんの指導自体は厳しいものの、彼女たちはどんなに僅かな進歩であっても大袈裟に褒めてくれる。まあ、言ってしまえばお世辞だ。


「嬉しいけど、ちょっとしんどい……」


 食材が無駄になっているのも非常に心苦しい。

 母さんは、食べ物を粗末に扱うのを一番嫌っていた。

 もしもオレの皮むきを見たら、烈火の如く怒るだろう。断言できる。

 

「唯一の成果と言えば、これだけ」


 オレは自分の両の手を見つめる。

 やんわりと、暖かいものが両手を覆っているのが感覚的にわかる。


 ──身体強化。体の中にある魔力を知覚・操作して、筋力などを補強・増強する技術。詳しい話は今も理解できていないが、魔法ではなく、あくまでも“魔力操作という技術”なのだそうだ。


 この技術を身につけられたきっかけは、ペトラさんの包丁さばきに疑問を覚えたときだ。


 あまりにも速い手さばきに疑問を覚えたオレは、ペトラさんにコツを尋ねたのだ。

 すると彼女は、


「え!? そりゃあ当然、身体強化だよ。まさか、気付いてなかったのかい?」


 目をまん丸にして驚いた。

 『天賦』の才を持つ剣士であれば、教えられるまでもなく、とうの昔に習得済みだと思っていたらしい。いくら優れた才能があろうとも、知らないことはできっこない。


 確かめたことはないけど、母さんだって身体強化は使っていなかったハズだ。


 それはともかく、ペトラさんはすぐに身体強化とは何たるかを教えてくれた。丸々二週間かかったが、つい先日、めでたく習得できた。


 身体強化を習得する中で、体内に存在する魔力を知覚するのが一番難しかった(というより、今でも魔力の知覚は苦手だ)。

 だけど、魔力操作の方は驚くほどすんなりとできた。

 恐らくだが、アレーニスさんの言っていた『外から内へと向かう魔力の流れ』とやらが関係しているのだろう。


 身体強化のおかげで、オレの「切る」は格段に速くなった。それこそ、ペトラさんと同じくらいに。


 あとは副産物として、二週間以上手こずっていた中級騎士一人との魔法アリの打ち合い稽古もあっさり突破できた(そういう理由で、今日はいつもより早く訓練を終えている)。


 下級から中級に上がった途端に騎士たちの動きが異様に速くなったのはこういうタネがあったのかと、一人静かに納得した。


「まったく、騎士の奴らめ」


 教えてくれれば良いものを。意地悪だよなぁ。いや、聞かなかったオレが悪いってのもあるか? でもさぁ……まあいいや。あからさまに嫌われているもんな。別に気にしてなんかいない。お互い様だし。


 などと心の中でグチグチと考えていたときだった。


「おーい、ロロくーん!」


 遠くから、聞き覚えのある声がした。声のした方に目を向ける。


「アレーニスさん!」


 そこに立っていたのは、魔術師団長補佐のアレーニスさんと、もう一人。

 

 薄緑色の長い髪を靡かせる、大人しそうな少女だった。ふわりとした風が彼女の前髪を立たせ、ほんの一瞬だけ目が合う。紫色の、綺麗な瞳だった。


 それが、人口一千万を誇る王国に僅か八名しか存在しない『国宝』の才の持ち主──ニコとの出会いだった。

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