第4話 退屈
鑑定式から一ヶ月が経った。
この一ヶ月間は午前が剣術の訓練で、午後は自由時間とされていた。本来は午後に魔法の訓練が入っていたのだけど、初日の朝にオレには魔法の才能が欠片も無いと判断されたので、急遽ナシになった。
そのせいで午後も剣術の訓練になってしまうのでは? と一瞬震え上がったが、まだ幼く体力も少ないという理由で、剣術の訓練は午前中だけと決まった。本当に良かった。
さて、剣術の訓練が一体どんなものかと言えば、これが実にシンプルだった。
まず、訓練の時間の半分は体力や筋力の強化に充てられる。具体的には走り込みや筋トレだ。こればかりは才能でどうにかなるものではないので、地道に鍛えるしかないと言われた。
まあ、体力や筋力はあって困るものではない。定食屋だって仕込みやなんやで結構大変だからな。
面倒なのは、残りの時間で行われる打ち合い稽古の方だ。
王国騎士団というのは、正確には『騎士団』と『聖騎士団』にわけられるらしい。強さに関しては後者の方が圧倒的に上なんだとか。
そしてどちらの団にも三つの階級があり、下から下級、中級、上級となっている。
打ち合い稽古とは、その下級の騎士たちと木製の剣でひたすらに斬り合う稽古を指す。
いきなり斬り合いでの訓練!? とたじろいだが、『天賦』の才ともなると、習うより”見て盗む”方が圧倒的に効率が良いのだそうだ。
無論、相手が下級の騎士なのはオレが未熟だからで、成長に合わせて稽古の相手を中級、上級と上げていく予定だと聞いている。
最初は下級の騎士と一対一で剣術のみの試合をした。剣術のみで戦えるようになると、次に一対一で剣術と魔法を交えての試合をした(もちろんオレは魔法を使えない)。
それでも戦えるようになると、今度は一体複数で剣術のみの試合をした。
それすら乗り超えると──
「《火球》!」
一体複数で、剣術と魔法を交えての試合となった。
「あっぶね」
試合が始まり、大体一時間が経過しただろうか。
始まった当初はボコボコに転がされていたこの一体四(魔法アリ)の形式も、一週間も経てば長々とこの一ヶ月を振り返れるくらいの余裕はあった。
「《土壁》!」
騎士の一人がオレの目の前に土の壁を生成する。壁で騎士の姿が遮られるが、足音と直前の動き方で次の行動は大体予想がつく。この人は一旦放置で良い。
「よっ……と」
背後から斬りかかってきた騎士をいなし、横っ腹を全力で蹴って右側にいた騎士にぶつける。二人の体勢が崩れたのを目視したオレは、左側から迫ってきている騎士に自分から突っ込み、
「しっ!」
木剣を握る騎士の手に目がけて浅い角度から鋭く振り下ろした。
「ぐあっ……!」
騎士は低いうめき声を出して顔を歪め、木剣を手放す。今の一撃でしばらくは木剣を握れないだろう。
よし。そうなれば──
「うらぁ!」
オレが視線を外したと勘違いした《土壁》を発動した騎士が、横合いから斬りかかってくる。
体を後方に反らして木剣を紙一重で回避し、
「甘い」
がら空きになった後頭部を木剣で殴る。
「……!」
無防備な部分を殴られた騎士は、前のめりになって地面に倒れた。
これで実質一体二。一対四で均衡状態にあったのだ。それが半分に減って保たれるハズがない。
一連の攻防の間に体勢を立て直していた残り二人の騎士もすぐに撃沈し、その日の打ち合い稽古はいつもより一時間近く早めに終わった。
「本日の訓練は以上とします」
「わかりました。では失礼します」
木剣を返却して、オレは訓練場を足早に去る。
背後から何本もの湿った視線を感じたが、気付かないフリをした。
────
訓練場は王城の南東に位置していて、オレが寝泊りしている騎士の宿舎は王城の南西にある。ちなみに、魔術師の宿舎と訓練場は王城の北にあるらしい。
訓練場から騎士の宿舎へと向かいながら、暇つぶしに今日の試合を振り返る。
「もったいないよなぁ」
あの試合、オレが負ける可能性も十分にあった。
第一に、オレは体力がそこまでない。鍛え始めてはいるが、体力なんて一ヶ月で劇的に変わるものじゃない。単純に比較すれば、長らく鍛えてきた騎士たちの方が圧倒的にタフだ。
第二に、オレはあの四人を圧倒できるほど強いわけじゃない。もしそんなことができるなら、一時間もだらだらと試合を続けたりはしない。
なのに、四人はそれぞれが試合開始時点から全力でかかってきた。
これを真っ正面から打ち破るようなマネはまだできないけど、体力の消耗を抑えながら受け流し続けることは可能だ。
だから、オレは四人が疲れるのを静かに待った。最近の出来事を振り返って時間を潰しながら、じっと四人の猛攻に耐えた。そして疲労の影響で四人の攻め方が雑になってきたタイミングで一気に勝負を仕掛け、勝利を収めた。
同じことをやられていたら──つまりオレがまともに動けなくなるまでじわじわと攻め続けられていれば、ほぼ確実に負けていたのだ。
こんな戦い方ができるのも、多分父さんとのチャンバラごっこ(とその後のぼそぼそアドバイス)のおかげなのだと思う。まったく嬉しくないけど。
「……はぁ」
訓練場を離れる直前の、嫉妬の色が籠った、四人のじめっとした視線を思い出して溜息が漏れる。
何となく、次顔を合わせるのが気まずい。オレは何も悪くないハズなのに。
「まあ、もうあの四人と会うこともないか」
今のところ、打ち合い稽古の相手は一週間ごとに変わっている。
最初は格上だった相手が三日で同格になり、次の四日で格下になるからだろう。
「明日からは中級の騎士が来たりするのかな」
などと独り言を呟いている内に、宿舎に辿り着いた。
宿舎は随分と年季の入った木造の建物で、歩く度にギシギシと床が鳴る。王都食堂もこんな感じなので、この軋む音が実は好きだったりする。
「お昼ご飯……はまだ早いか?」
いつもの流れで宿舎の一階にある食堂に向かっていたオレは、今日の訓練がいつもより早めに終わっていたことを思い出して足を止めた。
どうしよう、一旦部屋に戻るべきか?
「いや、いいや。とりあえず行ってみよう」
もしかしたら一足先にお昼ご飯を食べられるかもしれないし。
騎士と一緒に食べるのは地味に居心地が悪いし。
床を軋ませながら一直線に食堂に向かう。
食堂は宿舎の一階にあって、朝昼晩のご飯の時間が近付くと、食欲をかきたてる良い匂いが辺りに漂う。その匂いを辿るだけで食堂に行きつけるくらいだ。
「すみませーん」
声をかけながら食堂に足を踏み入れた直後、
「ごめんねー! あと三十分待ってくれるー?」
と元気な声が返ってきた。
声のした方──厨房を見ると、アイラ姉ちゃんくらいのお姉さんが一人。母さんくらいの女の人が二人。母さんよりも十歳くらいは年上に見えるおばちゃんが一人。合計四人が凄まじい忙しなさで動き回っていた。
「……!」
彼女たちの洗練された動きを見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が全身を突き抜けた。
その場に立ち尽くすオレを不審に思ったのか、一番年上のおばちゃんが厨房からこちらを覗き、
「あら、最近話題の剣士様じゃない。うーん、そうねぇ……一人分くらいなら──」
と何事かを考え込み始めた。
恐らく早めに来てしまったオレのためにご飯を出すか出さないかを迷っていたのだろう。だけど、当のオレはもうお昼ご飯どころではなくなっていた。
おばちゃんの元へドタドタと駆け足で向かい、勢いよく頭を下げる。
「オレに料理を教えてください!!」
「…………」
たっぷりの間を取った後、おばちゃんは。
「……はい?」
なんとも間の抜けた声を上げた。
「実家の定食屋を継ぎたいんです!」
「ええっと……」
頭を下げたままだけど、おばちゃんの困惑した雰囲気が感じ取れる。
しまった、自己紹介がまだだった。急にこんなことを言われても意味がわからないに決まっているじゃないか。いくらなんでも慌てすぎた。落ち着いて、まずは挨拶だ。
「初めまして! ロロって言います!」
「ああ、それは知ってますけど……」
「それで、将来は母さんがやってる王都食堂を継ぎたくて」
「へぇ! あの王都食堂の!」
王都食堂の名前を出した途端におばちゃんは食いついてきた。さすがは母さん。王城で働く人にも一目置かれているようだ。
「はい! だからオレ、料理を教えてほしいんです!」
「あー、んー、そうですねぇ……」
再びのお願いに、おばちゃんは困ったように顎先に手を当てる。おばちゃんはどちらかと言えば小柄だけど、よくよく見ると料理人のがっしりとした腕をしている。
「申し訳ないのですが、人手は足りてましてねぇ」
やんわりと断られるが、簡単には諦められない。
「そこをなんとか! 厨房の端っこで見てるだけでも良いので!」
了承が得られるまでは下げた頭を上げないつもりで、しつこくお願いする。
騒ぎを察知した残りの三人が、どうかしたのかと厨房から出てきたのが足音でわかった。
十秒ほど沈黙を貫いていたおばちゃんは、
「見るだけ、でしたら……」
と許してくれた。
オレの熱意に折れてくれたのかもしれないし、これ以上話が長引くとお昼ご飯の準備が間に合わないと判断したのかもしれない。それはどちらでも良かった。
「ありがとうございます!」
「あの、言っておきますけど、見るだけですからね?」
「はい! もちろんです!」
元気よく頷いて応える。
王城に来て以来、一番テンションの上がった瞬間だった。
その日から、生活に大きな楽しみが一つ増えた。
朝と晩の二回、食堂でご飯を準備する様子を厨房の端っこから眺めるだけ。たったそれだけのことだけど、オレにとっては最高のひと時だった。できればお昼の準備も眺めていたかったけど、訓練があるからそれはできなかった。残念ながら。
来る日も来る日も、オレは四人の働きっぷりを目に焼き付けていた。
「はい、カット終わったよー」
一番年上のペトラさんは、主に指示出しと食材のカットを担当している。四人のリーダー的な存在のようだ。基本的に穏やかそのものなんだけど、包丁さばきには鬼気迫るものがある。瞬きをする間に食材の皮が剝かれ、一呼吸の間に食材を均等な大きさに切り分ける。大きさを揃えるって意外と難しいのに。
「はぁい、炒め入りまーす……よいしょっと」
一番若いエルルさんは、食材の火入れを担当している。ほんわかとした雰囲気のお姉さんだけど、力は四人の中で一番強い。鉄製の大きな鍋を軽々と振って食材を炒めている。その姿はとてもカッコいい。
「スープも調理始めてるよ!」
残る二人は姉妹だった。言われてみれば顔つきが似ている気がする。
確かお姉さんの方がジーナで、煮込みとか汁物を担当している。明るくてお喋りで、調理の合間にちょくちょく話しかけてくれることもある。とても気さくで良い人だ。
「……食器、準備できてます」
最後の一人がポーナさん。食器洗いや配膳など、細かな準備や全体の手伝いを担当している。姉のジーナさんとは対照的に物静かで、ちょっと近寄り難い雰囲気がある。けどたまにオレの方を見てニコっと微笑みかけてくれるから、きっと良い人に違いない。
各々役割は違うけど、全員が淀みなくテキパキと動いている。何よりもピックリなのは、会話が殆どない事だ。決して仲が悪いわけではない。むしろ仲は凄く良い。
多分、仲が良いから会話が要らないのだ。お互いが何をしていて、何をしたいのかがわかっているから、最小限の会話で事足りるのだ。
「凄いなぁ」
心の底からそう思った。王都食堂のみんなにも勝るとも劣らない。一つ一つの動きが参考になる。勉強になる。
厨房にお邪魔させてもらえるようになってから、あっという間に一週間が経った。
「ごちそうさまでした」
いつものように一人で晩ご飯を食べ終えたオレの元に、ペトラさんがやってきた。
何の用だろうと顔を見上げる。
「あの、少しよろしいですか?」
「え、はい」
よほどポカンとした顔をしていたのだろう。ペトラさんはすぐに言葉を足してくれた。
「これから私たちのまかないを作るのですが、そのお手伝いという形でよろしければ──」
そこまでで、すべてを察した。
続きを聞くまでもなかった。
「はい! お願いします!」
ガタリと立ち上がって、腰が折れんばかりに頭を下げた。
厨房に入ったオレは、わかりやすくソワソワしていた。
久々に包丁を握れるのだ。ソワソワしないわけがない。
そんなオレを見て、ペトラさん以外の三人が微笑ましいものを見る目を向けてくる。
ちょっとばかり気恥ずかしくなる。
ペトラさんも苦笑いして、いくつかの食材をまな板の上に並べた。
「では剣士様、まずこちらの食材を切ってみていただけますか?」
「はい! と言いたいところなんですけど……」
「なんでしょう?」
小首を傾げるペトラさんに、オレはずっと気になっていたことを口にする。
「その、できればオレに敬語は使わないでほしいのですが」
剣士様なんて呼び名はかなり嫌だし、何より、年上の人にあんなに畏まった喋り方をされるのは非常にむずがゆい。というかとっても変だ。
「えっと、そう言われましても……」
眉を八の字にするペトラさん。
何をそこまで困ることがあるのかと不思議に思ったので事情を聞くと、どうやら『天賦』の才の持ち主というのは、想像以上にとんでもない存在らしい。
たった一人で十年続いた戦争を終結させた剣豪や、一撃の魔法で地平線を歪めた賢者。中には一代で小国に匹敵する財力を築き上げた豪商なんてのもいたのだとか。現在の王様の祖先も、『天賦』の才を持っていたらしい。
要するに、過去に王国で誕生した十人の『天賦』の才は漏れなく歴史に名を残していて、たとえ子どもであろうとも、迂闊な言葉遣いをしてよい相手ではないというのがペトラさんの主張だ。
「なるほど」
「ご納得いただけましたか?」
「いえ、まったく」
「えっ」
全然納得できない。
だって、騎士団長補佐もアレーニスさんも大してオレに気を遣っている様子はなかった。他の騎士たちも多少の敬語は使っていたけど、それはただ距離感が離れているだけって感じだった。
それに。
「オレはまだ何も成し遂げていません」
これに尽きる。
「何もしてないのに尊敬されるなんて、変だと思います。けど、ペトラさんたちは凄い料理人です。なので、ペトラさんたちが畏まる必要なんてこれっぽっちもありません」
自信を持って断言した。フンスと鼻息まで吐いて。事実なので仕方がない。
ペトラさんも、ジーナさんもポーナさんも、エルルさんも。揃ってポカンとした顔をしていた。何もおかしなことは言っていないので、オレは黙ってペトラさんの返事を待った。
すると、ペトラさんの代わりにジーナさんが口を開いた。
「ハーっ! まだ子どもなのに立派だねぇ! ウチの子にも見習わせたいわぁ。ペトラさん、ロロちゃんがここまで言ってるんだ。こりゃ聞いてあげない方が失礼ってもんだよ!」
ろ、ロロちゃん?
「そうですよー。ワタシもジーナさんに賛成です」
呼び方はともかく、ジーナさんとエルルさんが賛同してくれた。ポーナさんは黙っているけど、静かに首を縦に振っている。
三人の賛同を得たオレは、真っ直ぐにペトラさんを見つめた。
数秒黙っていたペトラさんは観念したように息を吐いて、
「……しょうがないね。ロロちゃんがそう言うなら、厨房で料理を教えている間だけ、砕けた言葉で話させてもらうよ。それでいいかい?」
オレのお願いを飲み込んでくれた。
「はい!」
よし、これで心置きなく料理に集中できる。
「じゃあロロちゃん、食材を切ってくれる? 皮は剥いてあるから。大きさは……そうね。一口大、って言えば伝わるかい?」
「大丈夫です! ただペトラさん、ロロちゃんってのは流石に恥ずかしいというか……オレは男ですし」
「可愛い顔して何言ってんだい! ロロちゃんはロロちゃんだよ!」
「……ロロちゃん。うん、似合ってるよ」
オレの控え目な申し出を、間髪おかずに二人の姉妹が却下した。
「ま、そういうわけさ。よろしくね、ロロちゃん」
ポンとオレの肩に手を置くペトラさん。どうやらロロちゃん呼びは確定のようだ。
気恥ずかしいが、諦めるしかないのだろう。まあ、呼び方なんて何でも良いか。
「よろしくお願いします」
改めて四人に頭を下げて、早速食材をカットした。王都食堂で五年間もやっていただけあって、その速さと正確さにはかなり自信があった。
トトトトンと、間断なく素早く包丁を動かしていく。
「あら、やるねぇ」
「凄い凄い! アタシより速いんじゃない!?」
「……様になってる」
「ペトラさんみたーい」
わっと歓声が沸きあがり、誇らしい気持ちになった。
その日は時間も遅くなっていたこともあり、食材のカットだけでお料理修行は終わった。
たったの数分だったけど、久しぶりに包丁を握れて、そして四人に褒められて、素直に嬉しかった。
ただ、この称賛を最後に、以降五カ月の間、オレがお世辞抜きで褒められることは一度もなかった。
辛い辛い日々の、始まりだった。




