最終話 叶えたかった夢
オレとニコとシュルトが魔王──ワプタと出会ってから、瞬く間に二年という月日が過ぎた。
あの日からの時の流れは劇的だった。
最初の事件?としては、ワプタの「角へし折り事件」だ。
「そういやワプタ、その角はどうにかならないのか?」
「ん? どういう意味だ?」
「いや、どうもこうも。王都食堂に連れていくとは約束したけどさ、その角があったら王都にすら入れないと思うぞ? なあ、シュルト」
「ああ、角は魔人の証だからな。『宝剣』や『宝杖』が勢ぞろいですっ飛んで来て、ものの見事に全員が返り討ちにあってしまうだろう」
「そ、それは避けたいよね。ワプタさんは変身魔法とかは使えないの?」
「なるほど、それもそうか。変身魔法も使えなくはないが、それだとすぐにバレてしまうのではないか?」
「あ、確かに。じゃあどうすれば──」
「なあに、簡単な話じゃ……えいっ」
そう言って、ワプタは両の腕で己の角をむんずと掴み、ボキリと、自分の角をへし折った。
「ええっ!?」
「なんだ、揃いも揃って呆けた顔をしよってからに。どう考えてもこれが一番手っ取り早いだろう?」
「いや、そうかもしんないけどさ。……いいのかよ」
魔人にとって角がどれほどのものなのかは知らないが、自分の身体の一部をへし折るというのは生半可な行為ではないと思う。のだけど……。
「まあ、魔族にとって角は『魔人に至れたことの証』として誉れ高いものではあるが、これで人間どもから恐れられず、美味い飯が食えるのだろう? 安いものだ」
凄まじい思いきりの良さだ。オレの母さん並かもしれない。
「でも、角だけじゃすぐに魔王だってバレちゃうんじゃない?」
と言ったのは、ニコだった。
「そうか? 見た目は可愛らしい少女って感じだぞ?」
「フフン、そうだろう? 私も自分の見た目には少しばかり自信があるのだ」
「それは否定しないけど、こんな莫大な魔力を持った少女がいたら嫌でも悪目立ちすると思うよ? 気のせいかさっきよりも魔力が荒々しくなってる気もするし……。どうにか抑えられないの?」
「…………だ」
「え? 何?」
「……なのだ」
バツの悪そうに、人差し指同士をいじいじとさせて何事かを呟くワプタ。
その姿は年相応?に可愛らしいが、嫌な予感がする。
「何だって?」
「魔人の莫大な魔力を制御するには……角が必要不可欠なのだ」
「ハァ!? 何やってんだよ!」
「し、信じられん。ロロと同程度のバカが他にもいようとは」
「おい! それはどういう意味だシュルト!」
「そのままの意味に決まっているだろう? なあニコ」
「可哀想だよシュルト、本当のことを言っちゃ。ロロくんは結構繊細なんだから」
「あーもう解散だ、勇者一行は今日この場をもって解散だ」
「冗談だ、少しからかい過ぎた、なあニコ?」
「え、ワタシは割かし本気だったけど……」
「……ロロ、貴様、中々に可哀想な扱いを受けていたのだな」
「言うな……言うなよ」
というのが、事件の悲しい全貌だ。
結局、ワプタが最低限の魔力を制御するまでに一ヶ月がかかり、完璧な制御をマスターするまでに半年はかかった。
その間オレたちは人目を避けながらゆっくりと移動し、王都から魔王城までにかかった三ヶ月の道のりの倍の距離をかけて王都に帰還した。
ワプタは魔王城に囚われていた少女、という設定にした。言葉遣いは幼い頃からずっと監禁されていたために魔王の口調が移った、ということにした。
我ながら完璧な策が浮かんだと思っている。
ワプタはその見た目と可哀想な境遇(真っ赤な嘘)も相まって、あっという間に人々に受け入れられた。
特に、
「ロロ、あんたはよくやったよ! ワプタちゃんの面倒は母さんが見てやるからね! ほら、たーんとお食べ!」
とこんな感じで、母さんがワプタの設定を本気で信じ込んでしまったらしく、ワプタは暫くの間ウチで世話を見ることになった。
「おお! リリナ殿、そなたはなんと懐の深い母君なのだ……美味い! こんなに美味い飯を食ったのは初めてだ!」
「そうかいそうかい、おかわりもあるからね! あー、娘が一人増えた気分だよ」
だそうだ。正直、この時ばかりはワプタに嫉妬した。
まあ、それはさておき。
次の事件は、シュルトとニコの結婚だ。
言うまでもなく、めでたい方の事件だ。
見事魔王の征伐を(表向きは)成し遂げたオレたちは、国王から並の貴族以上の地位を授けられた。オレ個人としては別に要らなかったのだが、これで得をしたのがニコだった。
これまた言うまでもなく、シュルトとニコは恋仲にある。しかし、ニコは小さな農村の一人娘で、シュルトは由緒あるバーデングルク家の嫡男だ。いくら『聖女』という肩書があるとはいえ、平民と貴族の結婚は王国では非常に難しい。
シュルトは家訓と恋路の間で酷く悩んでいたが、この特別な地位の授与が、すべての問題を解決してくれたのだ。
「ニコ、あなたのすべてが好きだ。ボクと一生を共にしてほしい」
「はい、喜んで……!」
とまあこんな感じに、熱々の夫婦が王都に誕生した。
『聖杖』と『聖女』の夫婦だ。王国最強の夫婦と言っても過言ではないだろう。国としても大いに盛り上がった結婚だった。
今やニコは第一子を出産し、シュルトが絶賛親バカ中といった具合だ。
シュルトのデレデレな様子は見ていて面白いが、本人のプライドとプライバシーを尊重して伏せておくことにする。
そして、ついでのように、と言っては失礼だが、アイラ姉ちゃんとユニ兄ちゃんも結婚した。正直、こっちに関しては何の驚きも無い。前々から良い感じの雰囲気がチラホラ漂っていたからだ。
ユニ兄ちゃんのプロポーズの言葉は、あまりにもキザすぎて恥ずかしいので、オレの口からは言えない。でも、飲み会の場で一生ネタにしてやろうと思っている。
フフフ、何年間イジってやろうかな。
そして、肝心のオレには──
「肉野菜炒め一丁!」
物心ついたときから、叶えたい夢があった。
「あいよ!」
それは、母さんの店を継ぐこと。
「ロロ、焼きが甘いよ!」
その名も王都食堂。何のひねりも個性も無い名前だけど、王都に住む百人に聞けば、百人が母さんの営む食堂を頭に浮かべる。
「はい!」
最大で三十二人も入れる広い店内で働くのは、母さんと、ホールを担当する看板娘のアイラ姉ちゃん、あとは調理を手伝うユニ兄ちゃんの三名だけ。
「おいおいロロ、美味い飯を頼むぞ?」
それでも、絶えず店を訪れるお客さんが頼んだ料理を待つことはほとんどないし、運ばれてきた料理の味に不満を抱くことも絶対にない。
「舐めんなシュルト! 目ェひん剥いて『美味い!』って叫ばせてやるよ」
──誰にでも等しく、お腹いっぱいの美味い飯を。
「コラ、キミは今あの王都食堂の料理人なのだぞ、それに相応しい言葉遣いを心掛けなさい」
「その通りだ。看板に泥を塗るつもりか?」
「厳しいっスねぇー」
これが、王都食堂。大好きな大好きな、母さんの城。
「いやそれは……いえ、すみませんでした。アレーニスさんとユークリウスさんの言う通りです」
その城で三人と一緒に働き、ゆくゆくは店の看板を継ぐのが、小さい頃からの夢だった。
「おい、これを運べば良いのか?」
「ああ、ワプタ、三番テーブルに頼む。ベルさんの卓だ」
その夢は、遂に叶った。三人ではなく、四人になったけど。
「任せろ、今回はつまみ食いもしない」
「当たり前だ!」
それに、オレはまだまだ最高の料理人には程遠い。見習い料理人だ。「勇者一行」としての仕事を偶にこなしつつの修行の日々だ。
それでも、オレの夢は叶えられたのだ。絶望的に向いていなかったあの状態から、ここまで来られたのだ。
そして、もっともっと登り詰めるつもりだ。
この六年で、オレは理解したから。
才能とか向き不向きとか、関係無いんだって。
大事なのは、自分がどうしたいか。
そのことを胸に刻んで、オレは今日も厨房に立つ。
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