お嬢様は言い返す
「劇の台本が書きあがったのよ。最後まで書き上げるってのは、本当に爽快な気分ね!」
リューネ姫はウキウキと言った。
「良かったですね。楽しみです」
エリーゼは冷や汗をかきながら、そう答えた。
いや、突然、放課後に呼び出されてリューネ姫の部屋でお茶に誘われることには慣れた。そのシチュエーションではなく、今日の昼、リヒャルトに言われたことのショックがまだ抜けていないのだった。
ーー三角関係じゃないぞ
ーーなにしろ、リューネ姫だからね
それって、今でもリューネ姫が、王子のことを、恋している、ということ、なのか。
エリーゼは無表情のまま、なるべく違うことを考えて、頭から今日のことを追い出すように努力した。
時間は夕方。王族とディナーを共にするとなると正式の招待や作法が必要になるのでお茶と軽食という名目だが、実質は通常の夕食程度のものが出ている。
寮では生徒は昼食と同じく、大食堂に行くか、部屋に配られる冷えた食事か、どちらかになる。
大勢に混じって食事をすることを良しとしない高位貴族は、部屋に配られる食事を選ぶことが多い。いいものを使っているのだろうが、冷えているので、悲しい気持ちになるときがある。
その点、特別に自分だけの料理人を抱えている王族は、生徒でも温かくいいものを食べていてうらやましいなあ、とエリーゼは思う。
「学園祭まで、あと2週間ね。私たちは劇の裏方だし、当日は暇ね……」
「そうですね。特に催しものを出す側に回るわけでもないなら、学園祭は舞踏会しか出番はありませんしね。それだけ楽しむ時間があるとも言えますが」
「そうね……。いろいろと見て回るのもよさそうね。王族が見て回ったりしたら、みんな試験されてると思って迷惑かしら」
「いや、逆に喜んで張り切ると思いますよ」
「エリーゼが言うならそうなんでしょうね」
「……皆様そう言ってらっしゃるし、当日の予定もそうなっているはずでは?」
「まあそうなんだけど、本音がわからないじゃない。エリーゼが言うなら本当なんだろうなと思ったのよ」
「……」
それはどういう意味だ、と思ったが、エリーゼはスープと共に飲み込んだ。
途端に、リューネ姫はエリーゼを睨みつけた。
「それはどういう意味なのかと思ったならば、声に出して聞きなさいって言ったでしょ!」
なぜわかったのか、エリーゼはギクリとした。
「それはどういう意味なんですか?」
「棒読みね?!」
「じゃあどう申し上げればよいのですか?!」
はあ、とリューネ姫はため息をついた。
「本当に、まだまだねー」
「申し訳ございません」
前にも同じようなやりとりをしたような気がする。
リューネ姫はにやりと笑った。
「リヒャルトと仲直りしたらしいじゃない。あのプライドが山よりもたっかい男が、あなたに頭を下げて謝ったんだって?」
エリーゼはドキリとした。
ーーなにしろ、リューネ姫だからね
「どうしたの、そんな蒼白な顔色をして。何か変なことでも言われたの?」
「い、言われていません」
「そんなわけないわ。何かあったに違いないわ。あの男、あなたのことを気に入ったみたいだったもの。だったら何か気持ちよく口を滑らせてるはずだわ!」
性格を正確に把握しきってるぅ!
つまらんギャグで現実逃避している場合ではない。当日の爆弾発言の中で、何か言えそうなことは……。
アリィシアと似ていると言われたことくらいか。でも、別の意味で言いたくない。理由を理解できてしまったからこそ、口に出すことすら本当はイヤだ。
エリーゼは思いっきり顔をしかめてしまった。姫の前で私事で負の感情を表すなど、通常のエリーゼではしないようなことである。
姫は思わずギョッとした顔をした。
「……やっぱり聞かないわ」
「何故ですか」
姫は嫌そうな顔で心持ち上体で距離をとる。
「なんだか言いたくなさそうな顔をしているから」
「言えと言ったのは姫ではないのですか」
「……そんなに嫌な顔をされれば聞きたくもなくなるわ。私だって鬼ではないのよ。本当にあなた、最近、人間らしくなったわね」
いつもの通り姫しか許されないような暴言である。神話の泥人形じゃあるまいし、人間らしくなったとは何だ。いや、意味はわかるが。
エリーゼは、話を戻されないように、まぜっかえして話をそらすことにした。
「それはどういう意味なんですか?」
いかにも気分を害したという顔で棒読みで言うと、姫も言わんとしたことがわかったらしい。
みるみるうちにいつもの意地悪な笑顔を浮かべた。
「あなた、さっきの意趣返しのつもりね! いいわそういうの」
「話をそらさないでください。どういう意味なんですか?」
「そんなの、今まであなたが神話の泥人形みたいに感情が見えなかったってことに決まってるじゃない!」
同じことを言ってきた。まあ、空の神の眷属である感情のない泥人形の神話は有名だから、よく使われる比喩でしかないのだが。
「……リヒャルト様にも、同じことを言われました」
「そうね。そうでしょうね。どうせ、あの雌犬に似ているとかなんとか言われたのでは?」
「……!!」
エリーゼは言葉を失い、姫は爆笑した。マナーも何もなく、ヒィヒィと声にならない声をあげながら体を揺らす。偶然だろうか、昼のリヒャルトの笑い方に似ていた。
「気にすることないわ。あの男、恋に狂っているから、あの女に似ているってのが誉め言葉になると思っているのよ。バカみたい」
「……それならばよいのですが」
とりあえず相槌は打ったが、『本当に似ていると思っている』ことがエリーゼにはわかっていたから、気が晴れることはない。
「そっちの話だったのね。あの男も、さすがに自分から言うべきことではないと思ったのかしら」
「……?」
まさかロイヤルな三角関係+αの話を言っているのではなかろうな、とエリーゼは今度こそ血の気の引く思いをした。
しかし、姫の口から出た言葉は、まったく思いもよらないものだった。
「あなた、ディール・リントが、北のホルネードへの留学話を断ったことを知ってる?」




