お嬢様はショックを受ける
「おかしいとは思っていたの」
何が、と聞くほど野暮ではない。ヘレネの屋敷からの帰りに、下を向きながらぽつりとリデアは言った。
馬車のガタガタと揺れる音が響く。外はとても良い天気だった。
「ヘレネがわたしを遠ざけようとしていたことも気づいていたし、だから余計に腹が立ったの。はっきり言えばいいのに、わたしを怒らせて、それで遠ざけようとか、失礼な行動だと、そこに怒っていたのよ、わたし」
エリーゼは頷いた。確かに、リデアの性格的に、そんな水臭い行動を取られれば、怒るだろう。
「実家から、婚約者のことも小耳に挟んでいたわ。何か一人で変なことしようとしていると気づいてもよかったのよ。でも……わたし、腹を立ててしまって、好きにすればいい! と何もしなかったのよね」
エリーゼはまた頷いた。
「友人失格だわ」
「そんなことはないと思います。助け、助けられるのは理想ですが、相手の意図を尊重するのもまた、友情でしょう。ヘレネさんはあなたを巻き込みたくなかったのだし、巻き込まれてないからこそ、リデアさんは今後もヘレネさんの傍にいられる。助けるのは、これからだってできますよ」
リデアは驚いたようにエリーゼをまじまじと見つめ、それから視線を下に落とした。
「……エリーゼさんは、大人なのね」
「そういうわけではありません。その、外から見れば本人たちよりよく見える部分もあるってことですよ」
「ありがとう。そうね。そう考えることにするわ」
リデアはいつも通り無邪気な顔でにこりと笑って、外を見た。
「エリーゼさんは、姫に信頼されているのね」
突然の姫への言及に、エリーゼは理解する。おそらく、エリーゼの今回の動きのことは、姫から聞いているのだろう。
ヘレネの見舞いに行くというアイディアはアリィシアに唆され……誘導されたものでも、その後、リデアのことだから、姫に話したのだろう。
そこできちんと説明を受けていたのだということだ。
「……どうでしょうか。信頼されている、というよりは、面白がられているというか……」
試されているというか、という一言は飲み込んだ。
「あの警戒心の強い姫が、『面白がる』というのがすごいわよ」
「そうなんでしょうか」
まったくうれしくないけど、と思ったのが顔に出たのだろうか。リデアはぷっと噴き出した。
「実はエリーゼさんって面白い人だってわかったし! 私も姫と同意見だわ!」
「あ、ありがとうございます……?」
何を言い合っていたのか、聞きたいような聞きたくないような。そんな気持ちで、エリーゼは苦笑した。
◇◇◇
リヒャルトに誘われたのは、次の日の昼休みだった。
いつもならばリデアとアリィシアと何故か昼ご飯を一緒に食べるのが習慣になってしまっていたが、そこへ堂々とやってきたのがリヒャルト。
話がしたいからと教室から引っ張られて出ていけば、注目の的だ。リデアもアリィシアもそんなキラキラした目で見ないでほしい。というかアリィシアめ、事情も何もかも知っているうえに彼女こそがリヒャルトの思い人だというのに、そんな反応しないでほしい。泣くぞ、リヒャルトが。
「先日は、たいへん申し訳なかった。みっともないところばかり見せてしまい、男としても、騎士を目指す者としても恥ずかしい」
先日とは打って変わって丁寧な礼を受ける。
「それはお互い様ですわ。私も淑女らしくないところばかりお見せしました」
「王子からも叱られました。エリーゼ嬢を危機にさらすなど、姫に面目が立たないと」
「お気になさらず。私もいつもと違ったリヒャルト様を見ることができて、とても楽しかったですわ」
慇懃無礼で自信満々ないつもの態度ではなく、どことなく萎れている様子に、エリーゼは思わずふふっと笑みが漏れてしまった。
いつもの態度だと気後れしてしまうが、こう見るとなんだか可愛らしくも見える。
リヒャルトもふわりと笑った。
「あなたを疑って、本当に申し訳なかった。自分の見識のなさが嫌になるね」
「疑いが晴れて、何よりです……?」
姫の言いつけ通りに動いたからだろうか。急に晴れやかな様子で言われても、こっちとしても疑問が増すばかりだ。
そんなエリーゼの心のうちを見抜いたのか、リヒャルトは言葉を続けた。
「なぜあなたが急にこんなことを始めたのか、あまりにも唐突でわからなかったため、先日あなたに疑問をぶつけたのだが」
「はい」
「あの日のあなたを見ていてわかった。あなたは、こういう冒険をするのが楽しいのだな」
ーー楽しい……?
「失礼ながらいつもどこか超然として、笑顔にも中身のない人だと思っていた」
「……本当に失礼ですわね」
「ははは。いや、どのご令嬢もそういうところはあるだろう。あなたは特にそれが際立っていただけで」
「なんのフォローにもなっていませんわ」
「事実、あなたは何に対しても興味のない人だっただろう」
「……そうですわね」
姫にもリデアにも……ディールにも。それに類することを言われた今ではわかる。
エリーゼの、自分以外の、この世界に対する興味のなさは、誰の目にもあからさまだったのだろうと。
なんというか、ほんの少し前の自分なのに、妙に恥ずかしい。
「でも、あの日のあなたは、自分の身も危ないというのに、その瞳をキラキラさせて、危険のまっただ中に飛び込んでいった。俺はね、エリーゼ嬢、そんなあなたを、本当に美しいと思ったよ。それだけの煌めきが、あの時のあなたにはあった」
どくん、と心臓が大きく鳴るのを感じる。もちろん、ときめきではない。何か、大事なことを言われているような、そんな気がしてならなかった。
「あなたは、誰かのために自分の力を使うのが好きな人なのだと、その時わかったんだよ。自分の大いなる誤解にもね」
誰かのために自分の能力を使いたいーー
エリーゼはきゅっと胸が詰まるのを感じた。
きっとその通りだ。
あの忌まわしい役立たずの能力が、誰かの役に立ったというのが、自分は嬉しくて嬉しくて。本当は隠さなければならないのに、もっともっと、もっと誰かを助けられるのではないかと思ってしまって。そして、それを叶えた瞬間の喜びを、もっと欲しくて欲しくて欲しくてたまらなくて、だから、こんなことを続けてしまっているのだ。
ーー誰かを守れたとき――この忌まわしい能力をもって生まれた意味があったと――生まれてきて良かったと、私は初めて、本当に初めて、そう、思えたのから。
でも、こんな、自分でも気づいていなかったようなことを、なぜリヒャルトがーー
「あなたは、アリィシアと同じタイプなんだな」
リヒャルトの、恋する男の照れたような笑顔を見て、エリーゼはどうしようもなく理解した。
リヒャルトがエリーゼに気づいたのは、アリィシアをエリーゼを重ねたからで、アリィシアとエリーゼが似ているからだったのだと。
ーーあの、向こう見ずで、あぶなっかしい、バカ女と!!!
エリーゼは多大なるショックを受けた。




