お嬢様は悲観する
「その、王子たちから、今回の任務は何が起こるかわからない、というところまでは聞いたんだけど、イシ……その、アレのことを私、あまり良く知らないのよね。いったい、何が起こっているのか、ディールなら知っているのかしら」
「ああ、魔力貯水具のことだろう」
「魔力貯水具? ……魔力を貯めておける魔導具のこと? それってそんなに珍しいもの……?」
エリーゼは首を傾げた。
人間の内なる魔力だけで発動できる魔法は限られている。ほとんどの魔法は、呪文や魔導具の助けが必要で、それは魔硝石などの外界の魔力を変換して利用するものだ。
魔力貯水具、というと物々しいが、魔道士の杖や、魔硝石の粉などもその一部に当たる。そんなに珍しいものではない。
「ただの魔力貯水具じゃない。王子の魔力自体を貯めた魔導具だ」
「人の……魔力……? なぜそんな必要が?」
理論上は、人間のオドの余剰分を魔導具に貯めておくこともできる。ただ、人間のオドはそもそもの量が少なく、余剰分が生じることすら珍しいため、谷に砂を一粒一粒貯めていくがごとしであり、効率は非常に悪い。できるできないではなく、する必要性があまりない、というべきか。
エリーゼの不審そうな表情を、ディールはじっと見つめた。
「お嬢様、カマをかけたのか」
「な、な、なんのことかしら??」
「まあいいか。他人には言ってくれるなよ。できれば、ご実家にも」
「えっと……うーん……」
歯切れのわるいエリーゼに、ディールは大きくため息をついた。
「お嬢様の本当に聞きたい事柄はなんなんだ? その、イシリーデルとやらについては俺は知らないが、なんとなく、話の流れでいくと、魔力貯水具のことをイシリーデルと呼んでいるみたいだな。王子たちは」
やはり、カマかけはバレてしまった。とはいえ、答えは引き出したようなものだから、成功と一応は言えるのだろうか。
ディールの反応からして、正直に聞いた方が、お互い情報共有ができそうだとエリーゼは踏んだ。おそらく、ディールもそう思っているだろう。
「そうね。もうディールだから話してしまうけど、その魔力貯水具……イシリーデルについて聞かれて、知らないと答えたところ、驚かれたのよね。王家の血をひいているはずの私が知らない、ということに驚いたらしく、それから話がうやむやになってしまって」
「ああ、なるほど、そういうことか」
「わかるの?」
「わかる。お嬢様も知ってるはずだし、少し考えたらわかると思うが……まあいいか。お嬢様は当然、『血族魔法』のことは知っているだろ?」
エリーゼはうなずいた。
ディールの瞳がきらめいた。魔法マニアの彼は、魔法についてのうんちくを披露するのが大好きで、語り出すと詳細かつ長くなる傾向がある。何故か学校の授業のように一から説明することが多く、当然そんなことは知ってる!ということまで微に入り細にうがち説明するため、たまにうんざりすることもある性質だが、今回はその説明を喜んで傾聴するつもりだった。
「知っているわ。とある一族、その血を継ぐもの特有の魔力指向性のことよね?」
「そうだ。外界の魔力は『無色』、つまりどのような系統の魔力にも変換できるが、人の内なる魔力には、魔法の系統に対して得意不得意がある」
「回復魔法が得意だったり、攻撃魔法が得意だったり、細かい細工魔法が得意だったり、逆に大ざっぱで量による力押しが得意だったり、そういう魔力指向性のことよね」
「そうだ。王家の魔力指向性は有名だよな」
「ええ。『守護』よね。まさしく、国を守る要たる力だわ」
アリィシアの魅了の力を退けたのは、王子の並外れた耐魔力のなせる業だったのだろうとエリーゼは予測していた。
王家の血を引いている、力の強い術者であれば、ほとんどの魔法がかからない、ということもあるらしいと聞く。
なるほど。オドは量が少ないとはいえ、王家ほどの強力な魔力指向性のかかった魔力であれば、貯めて魔導具にしておく価値はあるだろう。
「強力な守護の魔法を編み上げるために、王子自身の魔力を貯めていたという……こと……?」
自分で言って、何か、喉の奥がざらざらするような、強烈な焦燥がわき上がってくるのを、エリーゼは感じた。
ーー王家の血を引くならば、魔力貯水具を作っているはず。
自分を、それとも他の何かを、守るための強力な血族魔法による魔導具。それは、並外れた力を持つ魔導具となるだろう。
だから、王家の者は力を貯めておくーー。
「ね、ねえ、ディール。一つ聞きたいのだけど」
「うん? なんだ?」
「私は、その、魔力貯水具を、作ることができるのかしら?」
ディールは、しばし沈黙した。
ーーもしかして、できないのだろうか。
エリーゼの中で、まるで雷に打たれたかのように仮説ができあがっていく。
ーーエリーゼの力は『奪う』能力だ。エリーゼが王家の血を色濃くひいているといっても、エリーゼの魔力は、王家の『守護』の力をカケラほども持ってはいない。
つまり、エリーゼの能力を貯めた魔導具を作ったとしたらーーそれは、『守護』などではなく、『奪う』力の魔導具になるのではないか。
エリーゼの力を他人に知られてはならないのだから、魔力貯水具など作ることはできない。それを奪われれば、エリーゼの力の性質がバレてしまうからだ。
だからーー。
エリーゼには魔力貯水具がない。
しかしーー。
それは、王家の血を色濃くひく者としてはおかしなことだ。
それではーー。
このことをうっかりと王子と姫に知らせてしまったエリーゼは、とてつもない失点をしてしまったのではないかーー?!
それならば母の行動が理解できる。カティナや手紙を通してでは、このことをエリーゼに知らせるのは危険だ。途中に他人の手を介することで、少しでも他人に知られる危険があってはならない。
「お嬢様?」
エリーゼは、体が氷のように冷え、こわばっていくのを感じた。
「お嬢様、しっかりしろ! どうしたんだ?」
ディールの声が、とても遠く聞こえる。
そうだ。ディール。
ディールにならば、相談できる……。
本当に?
ディールもまた、王子の取り巻きの一人だ。エリーゼの能力のことは知っているが、話してもいいのだろうか。そもそもの原因は、自分のあさはかな、何も考えていない、そんな一言からだったのに……これ以上……自分の力のことを誰かに話してもいいのか……。
「お嬢様、しっかりしろ!」
唐突に、ディールはエリーゼの両手を握った。
「ディール……?」
エリーゼの知る限り、ディールがこんな風に不躾に触れるのは、子供の頃以来、ないことだった。
驚いて、思考が霧散する。目の前のディールへと注意が移った。
「俺の勘違いでなければ、お嬢様がそれだけ取り乱すのは、能力絡みだけだ」
「ディール……」
漆黒の瞳が、エリーゼをしっかりと見据える。心の中までをも見通しているかのようだ。
「やっぱりそうだ。だいたい、お嬢様が考えていることはわかった」
その時、エリーゼの心にあったのは、安心ではなく、恐怖だった。
そう、ディールは、エリーゼの力のことをすべて知っている。
知られているということは、恐ろしいことなのだと、知っているはずなのにーー。
ディールは、怒っているのか、悲しんでいるのか、複雑な表情を浮かべた。ぎゅう、とエリーゼの両手を握る手に、力をこめる。
「お嬢様、俺を信じろ」
エリーゼは答えられない。どこまで、ディールは察したのか。
いや、きっと聡い幼なじみのことだ。すべてを理解したに違いない。
いつもならば頼もしいそれが、怖い。
「王子のことなら心配ない。お互い、損得の関係だ。いつだって裏切れる」
いっそ残酷なほどにはっきりきっぱりとディールが言い切る。
あまりの内容に、エリーゼは別の意味で固まった。
「……ディール、そんな、ドヤ顔で大声で言い切る内容ではないわ」
こんなときなのに、王子が『なんてひどい』と大げさに嘆く姿が脳裏に浮かぶ。
ふっ、と笑みが漏れる。体のこわばりがとれるのを感じた。
「落ち着いたか、お嬢様」
「ええ、ごめんなさい」
「昔から、唐突にネガティブになって思考が暴走するのは変わってないな」
「……そんなことないわ。だいたい、予想というのは最悪のパターンをできる限り考えて備えるべきものよ」
「ほんと、度し難き悲観論者だよな……」
お互い、表情がほころぶ。
「さっきの話で、だいたいのことは予想できた。人がいないとはいえ、ここで答え合わせはよくないだろうが……。師匠に、相談するか?」
「……貸しがまた増えるわね」
「弟子が教えを請うのに貸しもなにもないさ。月謝は必要かも知れないがな」
エリーゼも、軽口がたたけるほどには回復した。
「ディール、ありがとう」
「別に、大したことじゃない」
「でも、王子へのあの言い分はひどいわ。他人に聞かれないようにしないと」
「ああ、知られたら大変だ。お嬢様の秘密にしておいてくれ」
「あらあら、ディールに秘密を知られてばかりだから、少しは私も優位に立てるかしら」
エリーゼがふふっと笑って、ディールを見ると、ディールは、どこか真剣な顔をしたまま言った。
「優位なんて、そんなものじゃないぞ。いつだってお嬢様は俺の一番の恩人だ」
照れくさくなって、エリーゼはことさら軽い口調で言った。
「命の恩人ってあれねー。別にいまさら気にすることなんてないのに、ねえ」
「そんなことできるわけないだろ。お嬢様」
真剣な表情のまま、ディールはエリーゼの両手を離した。そういえばずっと手を握られたままだったということに気づき、急に照れくさくなる。
「俺は絶対にお嬢様を裏切らない。いつだって味方だ。一度命を救われたんだから、俺だってお嬢様のためなら、一度ぐらいなら命だってかけられる」
軽い調子で、でも、どこか真剣に、ディールがそう告げる。
「……バカね。一度ぐらいならって、一度命をかけたらなくなっちゃうじゃないの。そういうのはいりません」
「まあ、そうかもな」
命の恩人であることをクローズアップされるのは、あまり好きではない。実際に命を助けたとしたら、エリーゼ自身ではなく、その立場でしかないと思っているからだ。
もし、エリーゼが単なる町の娘ならば、ディールを助けることなどできなかった。ディールの今を作っているのは、屋敷の人たちの庇護であり、シュッツナムの家名である。
ディールがエリーゼを命の恩人と言うのは、ひどい状態から抜け出し、自分の能力を生かす機会を得た幸運を、少し後ろめたく思っているからだと
エリーゼは気付いている。誰に、というのはわからない。いや、誰に、ということでもないのかもしれない。不特定の、虐げられた庶民だった他の人たちに対してかもしれなかった。
だから、必要以上に、自分以外の人間の手助けがあったからだ……と確かめたいのだろう。
だから、ディールがエリーゼにその立場を望むならーーそれで気が済むのならば、エリーゼは受け入れるしかないのだった。




