お嬢様は探りを入れてみる
大人びて見えたーーというのは違うのかも知れない、とエリーゼはふと思う。
実際、自分もディールも、もう大人になるのだ。学園に通うのはあと一年とちょっと。そもそも、『学園に通う』ということ自体が、貴族にとってはエリーゼたち前後の代からの新しい流行であって、元々は、既に社交界に属したり結婚したりする人間の多い年代である。
実際、貴族の中では、最近の流行をものともせず、結婚する者、昔ながらの家庭教師に教養を学びながら社交界にデビューする者などはまだまだ多い。
この学園に来るのは、ある意味、裕福で野心のある貴族の子女に限られているとも言える。
「ディールは、学園を卒業した後はどうするつもりなの?」
「……いきなりだな」
エリーゼとしても唐突だと思うが、隣を歩く幼なじみは、一体これからどのような人生を歩むつもりなのか、聞いてみたくなった。
エリーゼは、卒業すれば当然修道院に入り、一生、この力を隠しながら静かに暮らしていく人生が決められているのだがーー
ーー気なんて、変わりますよ
そんな、わけがないのだけど。
わけがないのだけど、他の人が、自分の人生を、未来をどう夢見ているのか、聞いてみたくなっただけ、それだけだった。
「もう、魔導具士の資格は得ていると聞くし、そっちに行くの? それとも王子について、宮廷魔道士として出世を目指すの? ディールなら、魔法関係ならばどんな職にでも就けそうだけど」
「そうだな……。何になりたいってのは、実はまだ決めかねてる」
「そうなの?」
「魔導具でも、魔法理論でも、まあ、なんでもかじってさ、興味のあることを極めたいと思ってるんだ。できれば第一人者になりたい」
エリーゼは思わず絶句する。
何気なく言うが、簡単なことでは勿論ない。自分の能力と努力に自信がないと言えない言葉だった。
「なんというか、昔から思ってたけど、あなた、その向上心はどこから来るのかしら」
エリーゼの質問に、ディールは目をそらして少しだけ沈黙した。
「……別に、向上心とか、そういうのじゃない」
ディールにしては少し歯切れの悪い言い方だった。
「じゃあ、何なの?」
ディールはエリーゼを見つめ、何故か徐々に耳から顔が赤くなっていった。
思いもかけない反応に、エリーゼは硬直する。
いつも冷静で、感情を他人に見せるのが好きではなさそうなディールが、あからさまに、照れている……?!
そんなに恥ずかしいことなのだろうか。いや、誰だって大それた夢とか、子供っぽい憧れとかそういうものは持っているだろうし、ディールのあくなき向上心はそういう、人に改めて言うには恥ずかしい純粋な気持ちから来ているのかもしれない。
それならば、無理して聞き出すのはよろしくなかろう。とても失礼なことを聞いてしまったのかもしれない、そう思ってエリーゼは頭をぐるぐると空回りさせていた。
「……から」
「え?」
だから、小さな声を、エリーゼは聞き逃してしまった。
「ごめんなさい、聞こえなかったわ。もう一度!」
「二度は言わない!」
「小さな声で言うからじゃない!」
「二度は! 言わない!」
ぷいとそっぽを向かれ、エリーゼはむう、と膨れた。
頑固な幼なじみは、こうなったら絶対に折れない。返す返すも聞きそびれたことが悔やまれる。
「……まあいいわ。あなたが王子派についたときは驚いたけど、別に出世したいとかじゃないってことなのね」
「そうでもないさ。出世というか、コネがあった方が、読める本もあるし、行ける場所もある」
「なるほど、合理的ですこと」
いつもの雰囲気に戻ってきて、少し悔しいエリーゼだが、ふと脳裏をよぎったことがあった。
イシリーデル。
そうだ。おそらくは魔法に関する『物』ならば、魔導具なのかもしれない。もしかしたらディールは知っているのではなかろうか? いや、王子たちの今回の騒動はこのイシリーデルから始まっているとのことだから、王子の『手の者』であるディールだって、知っているのでは……。
エリーゼは、さりげなく言葉を運ぶことにした。
「ねえディール、そういえばあなた、イシリーデルのことについて、どこまで知ってるの?」
なかなか良い発言ではなかろうか、とエリーゼは心の中でガッツポーズをした。これなら、エリーゼがイシリーデルのことを知っていると誤解させつつ、嘘はついていないことになる。
しかし。
「イシリーデルって何だ?」
「え?」
エリーゼはディールの顔をまじまじと見つめた。嘘をついているようには見えない。これは、空振りだったのだろうか。
動揺を押し隠し、エリーゼはディールに話を振る。
「ほら、今回の王子の問題よ。王子のイシリーデルが……ほら、関わってるってことじゃない?」
「ああ」
ディールは、合点がいったという顔をした。やはり、ディールは知っているのだ。エリーゼの心臓がばくばくと大きな音を立てる。
最初から、実家に聞かず、ディールに聞けばよかったのかもしれない。何しろ彼の立場なら、王子のことにも魔導具のことにも詳しいのだから。
「あれはイシリーデルと言うのか、知らなかったな」
「あ、あらら、そうだったのねー。その、名前については、王家に関する人くらいしか知らないーみたいなことをおっしゃってたからー、その、ディールは知らないのかも……わ、私言っちゃって良く……なかったかも」
目が泳ぐ。焦ってごまかしているような演技をしているつもりだが、緊張と期待のせいで口がうまく回らないので、なんだか変な口調になってしまった。よけいにエリーゼは焦る。
そんなエリーゼを見て、都合の良い方に解釈してくれたのか、ディールは笑った。
「まあ、お嬢様が口を滑らせたことは黙っておくさ。しかし、お嬢様にも情報を伝えたってことは、王子たちもかなりお嬢様のことを信頼しているみたいだな」
「あはは……」
本当は内容までは伝えられていないのだが、王子たちはエリーゼがイシリーデルのことを知っているという前提で話してきていたので、大きくは間違っていない。
このまま、ディールの勘違いを利用して、うまく聞き出せそうだ。
エリーゼは期待にぎゅっと拳を握った。




