お嬢様はその後もかかわる
こうして、長い一日は終わった。
たった、1日の出来事だったけれども、その1日の間に起こったことは、とても大きなことだったように思う。
あの後、留守番のアリィシアと入れ替わったリューネ姫は、体調を崩し、本当に熱を出したと聞く。
また、ルイーズという女性も、アルベルト"先生"が言ったとおり、うまく助け出されたのだと、ディールからこっそり教えてもらった。
王子派と王弟派の綱引き、そしてフェリクス王子とリューネ姫、そしてリューネ姫の家族についての事柄については、これからもいろいろとあるのかもしれないが、エリーゼが関わっていくことは、きっとないだろう。
……ないに違いない。そう願いたい。
だから、エリーゼにとって、この事件は、ここで終わり。
だと思っていた。
「お嬢様、お手紙です」
週に数回、エリーゼの世話役をしている使用人のリーズが寮に来ることになっている。その日、リーズが持ってきたのは、屋敷に届けられたのだという手紙だった。
「手紙? どなたから?」
「ツェツェーリエ・フォン・リートベルク様からです」
エリーゼは動揺のあまりリーズが淹れてくれた紅茶をひっくり返しかけた。
「せせせ、師匠から?!」
「はい」
リーズは無口だ。必要な事柄だけ喋ると沈黙した。補足説明は特にないようだ。
「まさか師匠が屋敷に来た……ということは」
「いいえ、使いの方がいらっしゃいました」
「……そう」
それもそうだ。わざわざツェツェーリエがエリーゼのいない屋敷に、手紙だけを渡しにくるわけがない。
エリーゼは手紙を受け取り、中を見る。
超絶的にイヤな予感がする。
封を切ると、封筒の中には手紙とーー
「ん? んん? な、なにこれーっ!」
かなりの高額が書かれた請求書が入っていた。
『親愛なるエリーゼ
先日は思わぬ場所で再会となったが、成長しているようで何よりだ。ただ、師匠としては、あまりややこしいことに首をつっこむのはよろしくないのではないかと苦言も呈させてもらう。
もし、ディールが何か迷惑をかけているならば、いつでも言ってほしい。
さて、先日の事柄についてだが、請求書を送らせてもらう。
どうするかについては、君に任せる。
師匠より』
◇◇◇
「請求書はこちらで引き取る」
「……いいんですか王子?!」
次の日。結局、迷ったあげくディールに相談したエリーゼは、生徒会室に連れて行かれ、請求書について説明する羽目になった。
ディールはかわいそうなほどに恐縮していたし、エリーゼとしても、身内に近い師匠の行動に非常に恥ずかしい思いをした。
まあ、気になっていた事柄ーールイーズが生きて救出されたとか、アリィシアとリューネ姫の入れ替えはそんなに疑われなかったとか(ごく少数の側近にはリューネ姫から話が通っていたおかげかもしれないということだが)、そういう情報も聞けたから、結果オーライかもしれない。
「いや、これは、ツェツェーリエ殿なりの配慮だろう。今回は、王子派について働いたことにしてほしい、という名目でもあるし、我々としても、それでツェツェーリエ殿ほどの魔導士との間に今後の繋ぎができたと考えれば、むしろありがたい申し出だよ」
「そんなもんですか」
ディールがいまいち納得できないという様子で相づちをうつ。
王子は苦笑して言葉を続けた。
「むしろ、あれほどの方に、タダで貸しを作ったという方が怖いさ。対価を払えばお互いにすっきりするだろ?」
「そんなもんなんですかねぇ……」
ディールはどうしてもいまいち納得できないようだった。
エリーゼとしては、なんとなくわかるような気がした。つまりは名目であり面子であり大義名分である。そこは、さすが奔放とはいえ貴族として育った彼女のバランス感覚であろう。
ーーとはいえ、むしろ気になるのは、ツェツェーリエが最後にエリーゼに言った、エリーゼへの『貸し』というのは、これのことなのか、はたまた他の時に回収を求められるのか、ということであったが……。
「それに、エリーゼ嬢」
「はい」
「今回もあなたにはとても助けられてしまったらしいね。アルベルトとアリィシアから聞いたよ」
「光栄です」
「あなたには助けられてばかりだ。いつか恩返しをしなければ」
「いえ、めっそうもございません」
キラキラと輝く王子スマイルで過分のお褒めの言葉をいただいてしまう。エリーゼは慌てて答えを返した。
「特にアルベルトは大絶賛だったな。あいつはあなたが余程気に入ったらしい」
「……」
思わずとてもイヤな顔をしてしまったのだろう。エリーゼの憮然とした顔を見て、王子はくすくすと笑った。
「まあ、あんなのでも先生だし、気に入られたら良い成績をもらえるかもしれない。悪い話ではないだろう」
「……そうですね」
王子の部下なので、悪くも言えない。エリーゼはとりあえず素直に頷いた。
「なんというか、ちょっとノリは軽いけど、いい人だし、頼りがいはあるから」
ディールが何故かフォローを入れる。
どちらかというと、ウマが合わないというか、なんだか苦手感が強いだけで、特に何かをされたわけでもないのだから、改めて考えるとエリーゼのわがままのようにも思えてくる。
というわけで、気まずいから、正直、そういうフォローはいらない、とエリーゼは思った。
◇◇◇
夕暮れ時。生徒会室から出ると、既に日は傾いていた。なんとなくそのまままっすぐ寮に帰る気にはなれず、足は礼拝堂近くの庭園に向く。ディールと話すにしても、人気のあるところではすぐに噂になるし、人気がなさすぎるとこれまた噂になる。なかなか難しいところなのだ。
「お嬢様には助けられてしまったな」
「そう。役に立てて良かったわ」
何故かディールは少し驚いた表情になり、その後、少し微笑んだ。
「なんだか、変わったな、お嬢様」
「……そうかしら」
自身に心境の変化があったことは、エリーゼ自身もわかっている。ディールがすぐに気づいたことの方が少し驚きだった。
「なんだか楽しそうだ」
「私、そんなにいつもつまらなさそうにしていたかしら」
「そうだな。……最近のお嬢様は、あまり感情を見せないようにしていたようだったから」
「……そうかしら」
ディールの言う"最近"のとは、きっと学園に入学してからのことだろう。成長するにつれ、誰しもいろんなしがらみや重みが肩にかかってくるものだから当然ではないだろうか。
いつまでも、出会った頃の、子供のままではいられないのだから。
「ちょっと前のお嬢様より、今のお嬢様の方が……いいと思う」
「そ、そう?」
なんだかストレートにそんなことを言われると、照れる。
だから、エリーゼは、他の話題に切り替えることにした。
「アリィシアの様子はどうなのかしら。なんだか妙に具合が悪そうだったけど」
エリーゼの言葉に、ディールは急に表情を曇らせた。
「……少し長引いてる。明日くらいには治ると思うけど」
「そんなにひどい怪我だったの?」
「いや、怪我というより、治癒の失敗というのが正しい」
「治癒の失敗? ああ、そういえばそんなことを言っていたわね」
ーー身体全体の生気の流れのバランスを崩しちゃう場合があるので……。熱がちょっと高くなっちゃって、中止したんです
「アリィシア自身が治癒したんだが、どうやらもともと魔力を使いすぎて生気のバランスを崩していたところに、強い治癒をおこなったから更にバランスを崩してしまっていたらしく、余計に悪化したらしい。治癒魔法といっても万能ではないからな……」
「魔力の使いすぎ……?」
「アリィシアのアレは、勝手に発動する性質のものなんだが、当然ながら魔力を使って発動する。それも、アリィシア自身の内なる魔力をだ。使いすぎると消耗する。呪文も魔導具も必要のない力だが、逆に言えば魔導具での魔力補助や魔力補給もできない。……任務が続いて、知らず知らずの間に、適正を超えて使いすぎていたんだろうな」
ーー王子の力になりたくて、役に立ちたくて、それで死んでも構わない。
アリィシアの言葉は、比喩ではなかったのだ。
彼女の能力は、エリーゼの能力とは違うのだと、エリーゼはそのときに初めて気づいた。
エリーゼの能力は、どういう仕組みなのか底なしだ。どれだけの魔力や生気を奪っても喰らっても、エリーゼ自身に天井はなく、エリーゼがそのことによって消耗することはない。むしろ、理論上は、際限なく魔力を奪い続けることで、エリーゼ自身は魔力切れを起こすことはないだろう、とツェツェーリエから言われたこともある。
まあ、そもそもこの能力は人前で軽々しく使えるようなものではないし、魔力や生気を奪うと、物は壊れ朽ち果てて、草花は萎れるのだから、実際にはそこまで能力を使ったことはないのだが。
一方、アリィシアの能力は、彼女の魔力だけを使うものだから、限界があるのだ。限界を超えて使用し続けると、おそらく生命にもかかわってくる。
「バカね」
エリーゼは、力なく呟いた。
「まあ、それを見抜けなかった俺が未熟だったとも言える……。気づくべきだった」
「あなただって万能ではないでしょう」
少し悔しげに言うディールに、エリーゼは慰めの言葉をかける。しかし、ディールは難しい顔のまま言い切った。
「万能ではないことが悔しいな」
「……」
この幼なじみの向上心というのはいったいどこからきているのだろう? とエリーゼはいつも不思議に思う。
「見舞いにでも行くかと思ってはいたんだが、お嬢様も来るか?」
いつものエリーゼならば、何故そんな必要があるのかとはねのける誘いだろうと、エリーゼ自身も思ったが、素直にディールの誘いを受け入れることにした。
「そうね」
エリーゼも、アリィシアのことが、気になっていたのだった。




