お嬢様は黒幕を知る
この屋敷は、もともとは前国王の叔父の持ち物だったとのことだが、相続の際にいろいろあり、王弟殿下が引き受けた屋敷とのことだった。端的に言えば、相続人が金に困っていたので、金を食うばかりの屋敷を維持することはできず、王弟殿下が屋敷を引き受けるかわりに金を用立てたということらしい。
一方で、王弟殿下は相手に助けの手を差し伸べただけであったから、別にこの屋敷が必要だったわけではなく、普段は使われず、以前のまま、相続人に管理は丸投げという状態だったようだ。
そして、その管理をしていた相続人と懇意にしていたのがヘルゼン卿であり、彼はこの屋敷に出入りしては、いろいろと利用していた節があったようだ、ということだった。
リューネ姫曰く、事情があったとはいえ、王弟殿下所有の屋敷である。それに気づかなかった王弟殿下にも落ち度は問われるので、不都合な事実としてあまり表沙汰にはしたくないらしい……。
華やかで賑やかしい雰囲気に満ちていた本邸とはうってかわり、離れの近くは人の気配もなく、夜の静寂に足音すら気に障る。
敷地内の離れとはいえ、そもそも敷地自体が広い。整備された庭とはいえ、暗闇の中は恐ろしい。光を点すのは居場所を教えるようなものだが、なくては歩けないので仕方がない。
「おかしい」
エリーゼとリューネ姫を先導して歩いていたディールが、ぼそりと呟いた。
「どうしたというの」
リューネ姫がその先を促すと、緊張に満ちた声でディールが更に言った。
「何の魔力的な備えも見受けられません」
「……それって、いいことなのではないの?」
エリーゼの問いに、ディールがかすかに首を振るのがわかった。
「わからない。でも、そうとばかりは言い切れない。自分たちの居場所を知られたくないならば、通常は、何らかの感知システムを置いておくものだと思うが……」
「あなたがわからないということはなくて?」
「まあ、俺より腕が上って奴はいますからね。そうだとすれば俺にはわからないかもしれません」
「……それはそれで、腕の立つ奴がいそうで憂鬱ってことかしら」
「そうですね。まあ、魔導具なんて前もって作らせてくるものですから、その腕のいいやつがその場にいるとも限りませんけど」
「使っている魔導具がよければ、こちらが押し負けることもあり得るってことね」
「……不安要素をお伝えして申し訳ありません、姫」
「いいえ、楽天的なことばかり言われるより、ずっといいわ」
会話が終わらぬうちに、庭を越え、離れが近づいてくる。
自然と三人は押し黙った。
真っ暗な屋敷にたどり着く。人のいる気配をまったく感じない。エリーゼが不安になった瞬間、屋敷の玄関に突然灯りが点る。
「……お待ちのようです」
ディールが言うと、扉を開けた。
◇◇◇
離れには人のいる気配は相変わらずしないが、灯りが点るので、その方向に向かう。
リューネ姫の行動を追跡しているのだろうから、やはり離れに向かっているときから、何らかの方法で感知していたと考えるのが自然かもしれない。
そうであれば、相手はディールが感知できないほど高度なステルス機能を持った魔導具を使っているということだろうか。
目の前に、大きな扉が現れた。
おそらく、この家でもっとも大きな部屋……客間だろう。客を通すとすれば、当然の場所であった。
この向こうに、事件の黒幕がいるのだろうか。
そうでないにしても、リューネ姫が対峙しなければならない『敵』がいるのは間違いなかった。
「おじゃまするわ」
躊躇なくーーいや躊躇なく見せているだけかもしれないーーリューネ姫が声をかけた。
「どうぞお入りください」
人の声がした。
中年の男性。
どこかで聞いたことがある声。
ディールが扉を開ける。
明るい室内。豪華な調度。その中のソファに座っていた男が立ち上がる。
赤茶色の髪。同色のたっぷりとした髭。自信に満ちた明るい茶色の瞳の壮年の男。
そこにいたのは、今日、ルイス叔父に紹介された、王の宰相の右腕だという、リット伯爵だった。
「これはこれは、このような間近に、個人的に王女に拝謁できる機会をいただけるなど、恐悦至極でございます」
いけしゃあしゃあと、腕を開き、大げさに礼を行うリット伯に、リューネ姫は礼節に則り、その腕を差し出した。リット伯はうやうやしく、手の甲にキスをする。
「どうぞ、お座りください」
リューネ姫はソファに掛けた。ディールとエリーゼは、リューネ姫の斜め後ろに控える。
「以前、学園にてお伝えしたことについてですが、お認めにいらっしゃったということでしょうか」
「逆よ。そんなことはありえない、と伝えにきたの」
「……ほぅ。わざわざ、ですか?」
「そうよ。ルイーズの居場所を聞きにね。王家に使える何の罪もない侍女をさらった罪をいずれ問わねばならないでしょうから」
「何の罪もない侍女……ねぇ」
「そうよ。そうでない証拠があるとでもいうの」
リューネ姫の言葉に、リット伯はつまった。
「……お示しできるものは、確かに手元にはありません……」
あの手紙のことだろうか。そうエリーゼは思う。
「が、リューネ姫、御身が来たこと自体が本当だという証明にはなりませんかな?」
しかし、リューネ姫は、一笑に付した。
「ばかばかしいわね。そもそも、あのような噂があることなど、前々から知ってはいたわ。しかし、それは根も葉もない噂であり嘘であるのよ。リット伯、あなたのような人がそんなことを信じるなど、本当に残念だわ」
「では何故、御身はこの場にいらっしゃるのでしょうか」
「決まっているじゃない。ルイーズは、私の乳母であり、身分あるランサイス貴族の娘よ。さらっておいて、もみ消せるような軽い身分ではないの。それに、私は、私の意志だけでここにいるわけではないの」
「どういう意味ですかな」
「いい? もうフェリクスにはすべてバレているのよ」
リューネ姫の言葉に、リット伯は、笑顔のまま、沈黙した。
「フェリクスはね、ルイーズが自分の派閥にいると自称している男のせいで死んでしまえば、自分と父との間に遺恨が残ることを恐れている。私はただ、フェリクスに協力して、親切にもそれをあなたに知らせにきただけなのよ」
おそらく、リューネ姫に、フェリクス王子の工作員であるアリィシアやディールたちが協力していることから、そういう事情であろうとはエリーゼも薄々感じていた。
少し前にヴァイスに説明したことを思い出す。王子派は、数は多いがまとまりがない。王子派内でも、それぞれに利害が一致しないことがよくあるとも聞く。
それは、派閥の貴族たちについてもそうであり……肝心の王子自身の思いと派閥の貴族たちそれぞれの望むこともそうである、ということなのだろう。貴族たちは、王子を利用して自分の利害目的を達そうとしているに過ぎないのだ。
……しかしながら、たとえ王子自身が望んでないと言ったとしても、彼らが『王子派』として動いている限り、王子が彼らの行動を押さえられない場合、王子の監督不行き届きと言われたり、下手をすると、王子自身も関わっていたと共犯にされかねない。
貴族の支持を受けるというのは、権力と危険が表裏一体なのである。
ーーだからこそリューネ姫は、フェリクス王子に助けを求め、フェリクス王子は身の潔白のために力を貸さざるを得なかったのだろうーー
笑顔のまま、リット伯の表情は微動だにしない。
「ルイーズの居場所を言いなさい」
リット伯は、唸るように笑った。
「ははは。面白いことを仰る。そのような戯れ言を私が信じると……」
リット伯の声に被さるように、扉の開く音がした。
「どうか信じていただきたいものです、リット伯爵」
扉を開けたそこに立っていたのは、リヒャルトだった。




