お嬢様は、踊る
「まあ、ディール・リント。あなたが来てくれたなど嬉しいわ。でも、あなたがいるということは、残念ながらあなたの養母上であるツェツェーリエ殿はいらっしゃらないということなのね。名代なのでしょうから」
周りに聞かせるためか、説明めいたセリフを、少し声を張り気味にリューネ姫が言う。周囲には当然ながら人目がある。リューネ姫に取り入ろうとその挙動を見守る視線。そして、おそらくは見ない顔であるディールを品定めする視線、そしてエリーゼの立ち位置を探ろうとする視線だ。
確かに、ディールが招待されるというのはかなりおかしいことだが、ツェツェーリエならば高名な魔道士であり、以前、古王国ロムニアとの国境の小競り合いで従軍した際に、誰もが知るような大手柄を立てたというのだから、知っている人も多いだろう。来る、来ないにかかわらず、王弟殿下に声をかけられたとしてもそんなに不自然ではない。
なお、本当にツェツェーリエが招待されていたのかはわからないが、そういう説明をリューネ姫が選んだからには、正式にそういう扱いになるのだろう。
「エリーゼ」
「はい」
「私の代わりに、きちんとディール殿にこういう場での立ち居振る舞いを教えて差し上げてね。あなた方二人、私の大事な校友なのですから、是非楽しんでいって」
「はい」
「今はあまり長く話はできないけど、後で、お話を聞かせてね」
にこり、とリューネ姫は花のほころぶような笑顔を見せた。
なお、後で話を聞かせてほしいということは、つまりは、言葉通り、何故こんなところにディールと一緒にいるのかということを尋問するから覚悟しろ、という意味であろう……。
そんなことを考えて遠い目になっていたエリーゼに、思いもしないことをリューネ姫が言い出した。
「二人とも、せっかくなのだから、一踊りしていきなさい」
「……え?」
「夜会に来たのよ。踊るのもまた経験。まだ社交界にデビューしていないあなたたちだけど、内輪のサロンなのだから、私が許すわ。気軽に踊っていきなさい」
「え? リューネ姫、しかし……」
エリーゼは、ディールを見た。もちろん、エリーゼは貴族だ。ダンスくらいできる。でも、ディールは?
「大丈夫だ」
しかし、ディールはそう言い切った。
「お言葉に甘えさせていただきます、姫」
「ええ、ええ! そうしなさい」
何故か顔を紅潮させ、キラキラした目でリューネ姫が両の手を合わせた。そういえば、リューネ姫は『エリーゼとディールのロマンス』を(誤解して)楽しんでいたのだった、と遅ればせながらエリーゼは思い当たった。
「では、一曲お願いできますか、エリーゼ様」
「はい」
断る選択肢はない。エリーゼは、ディールの手を取った。
◇◇◇
軽快にワルツが流れ出す。大広間ではパートナーを持つ男女が複数、ダンスの姿勢に入っている。エリーゼとディールはその中の一組となった。
意外にも、ディールは慣れた身のこなしでエリーゼを支え、きちんと踊っている。
「あなた、踊れたの? いつの間に?」
「王子に、生徒会ならばそのくらい嗜みだと、練習させられた」
ディールは別に、エリーゼと行動を共にしているわけではない。彼には彼の世界があるし、エリーゼにはエリーゼの世界がある。
「……」
そういえば、最初に腰に手を置いたとき、少し置いた位置が下立ったような気がする。すぐに修正されたが、まるで、普段の相手が、エリーゼよりも背が低いかのような――。
アリィシアだろう。
練習相手はアリィシアに違いない。
さっき、ひどく慣れた様子で話をしていた。何度か組んで仕事をしているのかもしれない。
秘密も王子とリヒャルトとアリィシアとディールでなされているものがあるようだ。
生徒会には他にも女性はいるが、こんな汚れ仕事をするような先輩ではない、高位貴族だ。
だからきっとアリィシアだ。
アリィシアに違いない。
(……生意気な)
何故かエリーゼは、ディールに対して苛立ちを覚えた。生意気だ。自分の知らないところで、こんなことができるようになってるなんて知らなかった。生意気だ。単なる魔法オタクの平民のくせして。こんな大人っぽい格好で堂々とダンスができて、エリーゼをエスコートするなんて生意気だ。だいたい、背丈だっていつの間にかエリーゼに追いついているではないか。
「お嬢様?」
気遣わしげにディールが声をかける。声をかけられて初めて、エリーゼは、自分が気むずかしい表情になっていたことに気づいた。
「緊張することはないさ。リューネ姫のお墨付きなんだから、向こうが責任をとってくれるだろうし」
あっけらかんとディールが慰める。
慰められた。
緊張していると思われて慰められた。
ディールが、エリーゼを!
(……生意気な!!)
エリーゼはディールを思いっきり睨みつけ、ぷいと横を向いた。
何故、生まれて初めての夜会のダンスがディールなんかと踊らなければならなくで、しかもこんなにつまらないのか。
ものすごく何かに八つ当たりしたい気分だった。
ディールは、何故エリーゼが怒っているのかわからなかったのだろう。不思議そうな、困った顔をした。
◇◇◇
「シュッツナム卿は、少し飲み過ぎたようで、控え室で休んでおられるようです」
「まあ……叔父様ったら、なんと不調法な」
ダンスが終わった後、まるで図ったかのように、先ほど案内してくれた使用人の彼女がエリーゼの側に現れ、誰かから聞いたのか、ルイスの所在について教えてくれた。いいかげんに見えるルイスが今夜は頼りがいがあるように思えたのだが、やはり見た目通りいいかげんだったのか。
エリーゼが眉を潜めたのを見て、ディールが何故か気の毒そうな顔になった。
「差し出がましいことを申し上げるようで恐縮ですが、そろそろご令嬢のように若い方は大広間からご退出された方がよいかと存じます」
「そうね。あまり夜更けまで夜会にいるのは、不作法で外聞が悪いものですものね」
「もしよろしければ、リューネ姫から、シュッツナム卿についても部屋をご用意いただけるとお聞きしております」
「ありがたいわ」
「また、エリーゼ様につきましては、ご就寝になる前に、リューネ姫の話し相手になっていただければとの申し出でございます」
「……それは……」
――後で、お話を聞かせてね
これはそういう意味だったのだろうか。そうであれば、ルイスが帰れなくなり、部屋を用意するというのも、何か、都合が良すぎるような……。
エリーゼは、はっとしてディールの顔を見た。こちらと不自然に目を合わさず、しかし別に驚いてもいない。
最初からこの手はずだったのだろう。
前言撤回。かわいそうな叔父様、多分、何か盛られたのだろう。海千山千の社交界担当を担うなら、回避しろよ、と思わなくもないが……。
「光栄です。お伺いいたします」
「では、俺はここでお暇いたします。リューネ姫には俺も呼ばれているわけではないでしょうから」
「……当然です。姫の私室にあなたのような男性が招かれるわけがないでしょう」
使用人はおそらく、事情を知らされていないのだろう。ディールの言葉をつまらない冗談と受け止めたのか、非常に冷淡な口調で返した。
「じゃあお嬢様、リューネ姫のことを頼むよ」
そんな使用人の態度をまったく意に介さず、ディールはエリーゼにだけ聞こえるように言った。
何があるかわからないが、まだ夜は長そうだった。




