お嬢様は不本意ながらアリィシアと会話する
「ふぅ……」
「はぁ……」
「何をため息をついているんですの、辛気くさい」
「エリーゼ様だって同じじゃないですかぁ」
今日も今日とて礼拝堂の裏。あの激動の日から三日間が何事もなく過ぎた。今日は、エリーゼは礼拝堂の裏でお弁当を食べることとしていたが、そこに当然のような顔をしてアリィシアがくっついてくるのは、どう考えてもおかしいとエリーゼは思う。
「あなたは一体何が気に入らないのかしら。そもそも何故ここにいるのかしら。私を監視したいというのならばそう言えばよいのに」
「監視じゃないって何度も言ったじゃないですかぁ。わたしがエリーゼ様と仲良くしたいだけですよ」
「どうだか……。私だって、リューネ姫が『あなたの面倒を見てやりなさい』なんて今更、皆の前で言わなければ、逃げているところだわ」
「エリーゼ様……ヒドイ……」
しくしく、とあからさまな泣き真似をするアリィシアをエリーゼはじろりと睨んだ。
「もともと、あなたの存在は何かおかしいとは思ってたのよ。王子の身辺を固める『生徒会』に、王子派の有力な家出身でもなく、王子に昔から近かったわけでもない、最近貴族として迎え入れられたばかりのあなたが入れたこと自体が不審の種だった」
「そうですね。わたしもまさか、表だって生徒会に入れと言われるとは思ってなかったですし……まあ、その意図はすぐにわかりましたけど」
「……やっぱり、あなた、王子の虫除けの役目もあったのね」
アリィシアは、あはは、と声をたてて何故か楽しそうに笑った。
「それ以外に、理由があると思いました? フェリクス王子がこの年齢になって、まだ婚約者が決まっていない理由は、貴族なら誰だって知ってるはずです」
「王子派ならば、わきまえている令嬢ならば近づかないはず。でも、王弟派が陥れようとするかもしれない。それで、学園にいる間は、あなたが虫除けをやっているというわけね。……リューネ様もご存じだったわけ」
「今まではっきりと言われたことはありませんが、おそらく、その狙いはわかっていたのではないかと思いますよ」
はっきり言って、アリィシアは妬まれていた。それはそうだ。まだ婚約者もいない、今まで恋人の噂もなかった、そんなフェリクス王子の隣に、突然、平民あがりの少女が当然のような顔をして寄り添い始めたのだ。
政治的な意図が見られない身分の低いアリィシアだからこそ、本当の『恋』なのではないかという憶測を招くことになっていた。
「リューネ姫は、元々、あなたのいきすぎた行動をきっちりと『注意するように』私に伝えていたのよ」
「なるほど、確かにわたしの存在を気にする方々が、いろいろと『いやがらせ』をしかけてきてましたからね。ある程度はわたしに身の程を知らせるためには必要でしょうけど、やりすぎると、そのご令嬢方の名誉にも関わるでしょうし」
「……私であれば、リューネ姫の後ろ盾もあるし、クラス長という委員の立場もあるから、『治安を乱さない』という趣旨での注意もしやすい……という意図でおっしゃっていたのね」
アリィシアは肩をすくめた。
「エリーゼ様だって薄々は感づいていらっしゃったのでは? だってわたしへの注意の仕方、すっごくヌルかったじゃないですかぁ。わかりやすく説明していただいてこっちとしてはありがたかったですけど、でも」
「あなたが右から左へ聞き流していただけじゃない」
「あ、バレてた。じゃなくて、生意気な平民あがりのお邪魔虫ですよぉ? もうちょっとキツくやるのが普通じゃないんですか? だからてっきり、エリーゼ様はもうちょっと事情を知っているものだとわたしは思ってたんですけど」
気づかなくて悪かったわね、とエリーゼは少しムっとした。言い訳をすると、少しおかしな話だなという違和感くらいはあったのだ。
「あなたなんかに興味がなかったからよ。なすべき役割は果たさないといけないけど」
またしてもアリィシアはわざとらしい泣き真似をした。
「エリーゼ様、ひどい……」
それに、アリィシアは、王子の側には侍っているものの、その権力を笠に着たりということはなかったので、あまり注意のしようもなかったのだ。
あえて言うならば、空気を読まない行動や、王子から貰ったのであろう高価な品物をこれ見よがしに身につけて来ていたり、生徒会の人々と馴れ馴れしくするくらいだが……あまりエリーゼとしては興味がなかったというか。
「それにしても、リューネ姫が、教室で、『あなたの面倒をみなさい』と私に言うなんて、そっちの方が驚いたわ」
「王子との間でちょっとばかり話し合いがあったようですよ。聞きたいですか?」
にやりと笑って言うアリィシアに、エリーゼはぐっと声を詰まらせる。
本音としては聞きたくない。絶対にややこしい話だからだ。
でも、自分にかかわる裏取引があったなら、自分の保身のために、絶対に知っておくべきである。
「あ、わたしから聞くのは不安ですか? 嘘を言うと思ってます?」
「……」
「言いませんよぉ。なんなら、後で生徒会室に来て、リヒャルト様に確認してもらってもいいですよ」
「そっちの方がハードルが高いわ」
「ディールくんでも」
「結構、あの子もいろいろと誤魔化すから」
「疑い深いですねぇ……。まあ、そのくらいの方がこっちとしても安心できますけど。とはいえ、話が進まないのも困るので、わたしとしては勝手に言っちゃいますね。信じるかどうかは、お嬢様次第です」
ウィンクをしたアリィシアは、人差し指を振ってもったいぶった。
――信じるかどうかは、お嬢様次第
最近、同じようなフレーズを聞いたことをエリーゼは思い出した。
あれ以来、黒猫ヴァイスの顔も見ていない。少し気にはなっていた……。
「王子は、エリーゼ様にご興味を持ってます。理由としては、わたしの秘密を知ったからです」
「あなたが勝手に私に言ったんじゃない!」
「まあ、そこはそれ。エリーゼ様がわたしなんかを助けてくれたからですよ。優しさは良いことばかりを生むわけじゃないんですよ、残念ですねぇ」
「ああああ」
頭を抱えるエリーゼと対象的に、アリィシアはひどく楽しそうだ。間違いなくこの女、性格が悪い。
「わたしを助けずに、見捨てていれば、お互い、秘密なんて共有することもなかったのに。まあ、そんなエリーゼ様のこと、わたしはすっかり好きになっちゃったわけですけど」
「嬉しくない」
「そういう、そっけないところも好きですよ。ともかく、王子としては、エリーゼ様を目の届くところに置いておかないと不安なわけです。わたしの力は利用しがいがありますけど、こんな力を使わせてるなんてのは、諸刃の剣ですからね」
「……」
「大丈夫ですよ、リューネ姫にはそんなことは伝えてません。だから、リューネ姫と協力するにあたって、情報共有の役目をわたしとエリーゼ様に負わせる……という形での申し出をしたんです」
「その『協力』ってのは、生徒会室での話し合いの結果、ということね」
「まあ、そうです。必要に応じて、そのうち、エリーゼ様にもわかりますよ。わたしからは言えませんけど。というか、わたしも全容を知ってるわけじゃないんで、下手にわたしから聞かない方がいいと思いますし」
「あなたから聞く気なんてないわ」
「あはは。まあ、どっちにしても、これから、エリーゼ様は、王子の側にいる女が王子の評判を落とさないように、ビシビシとしごくお目付け役の役割を負っちゃったわけですねぇ。よろしくです」
「頭が痛いわ……」
エリーゼは、重い重いため息をついた。
「そういえばあなた、どうして私の……ことを、王子に言わなかったの?」
本当は、自分の能力のことを口に出して言うのはとてつもなくイヤだったが、これを聞かないわけにはいかない。
「言ってほしかったですか?」
やはり、王子に伝えてはいないのだ。
「……言ってほしかったわけじゃないわ」
アリィシアは、いつもの、何を考えているかわからない笑顔で言った。
「だからです。エリーゼ様は言ってほしくないだろうなって思ったから。わたしの能力は、わたしが決めて伝えたからいいけど、エリーゼ様の能力だって、エリーゼ様が決めて伝えないと。あっ、ディールくんはひょっとして知ってるんですか?」
「……知ってるわ」
「だったら、ディールくん以外には、話しちゃダメってことですよね!」
「それでいいの? 王子に、隠し事をして」
「別に、わたし、全部なーんでも王子に伝えてるってわけじゃないですよ。エリーゼ様が素敵なご令嬢だってことはお伝えしましたけど、それだってわたしの感想でしかないですからね!」
どうやら、アリィシアには、アリィシアなりの、確固たる信念があるらしい。
理解しがたいが、エリーゼにとってはありがたいことに違いない。それ以上つっこんで「やっぱり伝えますねぇ」なんてことになっては困る。これ以上はこの話題には触れない方がよいだろう。
アリィシアは、何故か黙り込んだエリーゼの様子を見て満足げに、うんうん、と頷くと、ふと、話題を変えた。
「そういえば、エリーゼ様、お聞きになりましたか? 戦闘術の先生が騎士団に異動になって、新しい先生が来るらしいですよ」
「……この時期に?」
「不自然ですよね。なんだかわたし、いやな予感がするんです。すごく当たるんですよわたしのいやな予感って」
「そんなことは知らないけど、妙よね……。戦闘術の先生って基本的には騎士団からの出向だから、異動はないわけじゃないけど、普通は春よね……。何か変わったことがあったのかしら」
「騎士団の人事だけあって、なんとなく不安ですよね」
アリィシアの予感が当たっていることは、すぐにわかった。それこそ、その日の終わりにはわかった。わかりたくなかったが、わかった。
「戦闘術のリュクルー先生の後任として着任したアルベルト=フォン=バルデルだ。よろしく」
清潔感溢れる赤みがかった茶色の髪と抜けるような空色の青い瞳。若々しさに溢れたハンサム。
そんな出で立ちであっても、すぐにわかった。
その男は、あの、イセリア屋敷で荒くれ傭兵どもをまとめていた傭兵隊長(仮)だったのだ。
髭をそって騎士団の制服を着ると、あのときのごろつきの形と違い、非常に若く見えた。20代後半だろうか。
反応しないように、とにかく下を向いて机をにらめっこをし、自分の心を落ち着けた。教室は階段状になっており、それぞれ決まった席はない。ただ、クラス長であるエリーゼは一番前に座っている。
イヤでも、『先生』とばっちりと目があった。
色男ぶって、ウィンクをかまされた。
許しがたい。エリーゼは怒りを覚えた。
何より腹が立ったのは……わかってしまったからだ。
この男は傭兵などではなかった。騎士団の人間だった。おそらくこのタイミングで着任したのは、この間のリューネ姫の一件と関係があるのだろう。
ということは、王子の差し金だとわかってしまったからだ。
この男は、もともと、王子の命で傭兵として潜入していたのだから――ということは、アリィシアの誘拐騒ぎは、この男が助けに入る予定だったのだ。
――やっぱりあれ、わざと誘拐されたんじゃない! 私が助けただけ本当に無駄だったんだわ!
エリーゼは、こみ上げる怒り――誰へのものかは定かではない、自分への怒りかもしれない――を抑えながら、ひきつった笑みを浮かべた。
「わたしは、知らなかったです。王子、ひどい」
授業の後、エリーゼと同じくらい憮然としたアリィシアがそう言ったので、少しは溜飲が下がったが、今後を考えると、やりにくいことこの上ない。
戦闘術の授業は、『戦える貴族』を養成する意図もあるこの学園では重要な授業だ。
その授業の先生に、知らなかったとはいえ、真っ向から喧嘩を売ったのだ。さすがに借り物としても同じ王子に使われる者――はじめて『味方』側であることを神に感謝する――に対して表立って何かはしないだろうが、仕事の邪魔をしたのは確実だ。
というか、むしろ、今後、王子とリューネ姫の『協力』に巻き込まれるならば、顔を合わせる可能性もあるわけで……。




