お嬢様は追及される
◇◇◇
またあの男たちがいないものかびくびくしていたが、帰路はなんともなく、エリーゼはほっと胸をなで下ろした。
王家の使用人に迎えられ、フェリクス様とディールは入り口から中には入らず、そのまま帰って行った。
「それでは私も……」
「少し待ちなさい」
リューネ姫の鋭い声に、エリーゼはびくりとする。
先ほど、今夜の件については聞かないと言ったばかりである。もしや、リューネ姫から何やら説明があるのか、それはそれで巻き込まれるのは本意ではないなぁと思いながら振り返る。
しかし、リューネ姫の瞳に浮かんでいるのは緊張や怒りではない。何故かウキウキした色であることに面食らうとともに、逆に何を聞かれるのか恐怖を覚えた。
「あなたには助けられたわ。お礼に何か夜食でも用意させるから、座りなさい」
にこり、と王子と同じ紫にも見える濃い青の瞳で見据えられる。
内容はわからないが、ピンとくるものがあった。そういえば、もう一つ話題があったような気がする。
要するに、庶民が読むような軽薄な小説風に翻訳すると『おまえ体育館裏な』である。
「はい……。光栄でございます……」
先ほど、生徒会室で菓子をつまんだからお腹が空いていないとか、お茶を飲んだから喉が乾いていないとか、そんなことはまったく断る理由になるわけがない。
しおしおとエリーゼは、王家の人間が使うにふさわしい豪華なテーブルセットに指示されたとおりに座った。
すぐに薫り高い紅茶が入れられ、パンやパテ、ハムにチーズ、保存された野菜や果物などが少量運ばれてくる。
「遠慮はいらないわよ」
にこり、と王子と同じプラチナブロンドの長い髪を揺らしながら優雅に笑われれば、断れるわけがない。
「本当に、あなたがあそこにいてくれて助かったわ。あなた、意外と咄嗟に戦えるのね。その靴は魔法靴かしら。わたくしたち、長いつきあいだと思っていたけれど、そういえば履いているところを見たことはないわねぇ」
「こ、これは、試作品で、魔道具としては問題ないのですが、デザインとしては優雅さに欠けるので……普段に使うものでは」
「まあ、でも、風を纏わせて動きをサポートする魔道具など、そんな貴重なもの、どこで手に入れたのかしら」
エリーゼは一瞬つまり、声を絞り出した。どうやら姫が聞きたいのは、そっちだったらしい。
「……ディールが、作ったものですので、そんなに洗練されたものではないのです」
「まあ! ディール=リントが! あなたのために作ったものだったのね!」
先ほどと同じ、好奇心に爛々と光る目を見て、エリーゼは頭をせわしなく回転させた。
今は二人きり。先ほどのように話がとぎれることはないだろう。
かといって、リューネ姫の誤解をはっきり解こうとすると、せっかくうやむやになったスパイ容疑が再度浮かび上がってくる。しかしながら、事実ではない誤解をさせたままというのも……。
エリーゼはうろうろと視線をさまよわせながら嘘にならないように言葉を選ぶようにした。
……なお、その動揺した様子がリューネ姫の誤解を深めていることには気づいていない。
「その、ディールは魔法道具制作者を目指していますので。時折、ツェツェーリエ殿と我が家に挨拶に来るときがあり、その際に自分の上達度を示すために何がしかの品を持ってくることがあるのです。……我が家は一応、彼が養子になった際の後見人ということになってますので」
「なるほどなるほどね。確かディール=リントは、平民ながらに魔力が驚くほど高くて、特に魔法道具制作の世界では既に親方の資格を取得している第一人者と、わたくし聞いたことがあるわ。それでおにいさまに生徒会にスカウトされたのよね」
「と、私も聞いております」
実は、幼なじみで後見人と言いつつ、ツェツェーリエがエリーゼの魔導の師匠でなくなったここ5年ほどは、年に数回の挨拶の際にしか会わない仲であり、徐々に疎遠になりつつある関係であった。特に学園に入学してからも、所属する派閥も身分も違うため、学園の中で話すことはほとんどない。アリィシアの一件に巻き込まれるまでは、彼については、学園で囁かれる噂レベル以上の情報など、エリーゼ自身も持っていない。
「元々ディール=リントは平民よね? どうやって出会ったの?」
この質問、先日から何回目だろうか。エリーゼは嘆息した。
「私がまだ幼い頃、城下町を馬車で移動しているときに、ディールが裏路地から飛び込んできて、運悪く馬車にひっかけてしまったのです。その時には転んだだけだったのですが……元々怪我をしていて、追われているようだったので、咄嗟に馬車にかくまったんです」
石畳に流れる血。割れた額。何を考えたのか、このまま帰せないと思った。平民、しかも貧民。なのに、少年の黒い瞳がギラギラと光って、小汚い格好なのに、何故かその光がとても綺麗なものに思えたのだ。
「家に連れ帰って手当てをして話を聞いたところ、両親は亡くなっており、親戚に引き取られたらしいです。しかし魔力が強すぎたためだったと後でわかったのですが、おかしな現象を起こして気味悪がられて奉公にと追い出され、その先でちょっとした争いに巻き込まれて追われていたとのことでした」
「まあ、なるほど、あなたはそこから彼を救い出した『命の恩人』というわけなのね」
さっき、リヒャルトも同じことを言っていたことを思い出す。……王子から何か聞いたのだろうか。
「そんな大げさなものではありません。魔力はあるし、少しは学があって頭もよかったし、身なりも整えればそれなりになりましたので、私の遊び相手として家に置くことになったのです」
――イヤ! あんなところに返したら、この子せっかく助けたのに死んじゃう!
――なら、この子は、私が――
幼いころの恥ずかしい暴走については、記憶に蓋をした。
言い訳をするならば、拾って手当てをした動物が野生に返されると死んでしまうのがイヤだから手元に置きたい、くらいの気持ちだったのだ。
ちょうど、飼い猫が看護の甲斐なく死んでしまった直後だったということもある。
「まあ! 平民とはいえ、ツェツェーリエ殿に見いだされるくらいの才能ですもの。あなた本当に良い目をしていたのねぇ」
ツェツェーリエは、下級貴族の出であり、兄弟がいるため爵位を継げない程度の貴族だったが、高い魔力と独創的な魔法で、若いうちから魔導士として高い評価を得ており、最年少で一代爵位を与えられている。
「ディール=リントの能力であれば、本人自身も早くに一代爵位を与えられるでしょうし、ツェツェーリエ殿の爵位も継げば、何代か後には新たな貴族家を起こすことも認められるかもしれないわね」
「そうですね」
この国、レーデンブルグは、西の王国と東の帝国という両大国に挟まれている。国としては古い歴史を持つが、そもそもが両大国が直接衝突しないための緩衝地として危ういバランスで独立が成り立っている小国である。また、それぞれ山脈で隔てられてはいるが、北の共和国と南の古王国に挟まれており、東西と南北を結ぶ街道、東西を結ぶ大河の運送により、交易と商業で栄えた土地だ。
街道の利権を守るため、貴族は武装し、戦える力を持つことが義務づけられた。現在の魔法文明のもとでは、それは『戦える魔力を持つ』ことと同義である。
貴族であるからには、魔法が使えないとならないし、魔力の強さや所持する魔道具の強力さがその実力を示すこととなる。逆説的には、魔力を全く保持しない子孫ばかりであれば、爵位を剥奪されることすらありえるのだ。魔道具も、魔力がなければその威力を発揮しないのだから。
だから、平民であっても、魔力の強い者がいれば部下に抜擢したり、血族の傍流に婚姻で取り込むなどすることはよくある。さらに、より高い功績を上げれば、一代限りの爵位を貰うこともありえる。
一代限りの爵位をもらった貴族は、自分だけでその爵位を終わらせることもあるし、その子孫や養子が同じく魔導士や魔道具士として功績を上げれば、王室の了承を得てその爵位を譲ることが許される。
生粋の貴族と違い、条件なしでの爵位譲渡ではないが、5代続けば、ほぼ伝統的な貴族と同様の扱いを受けるようになる。
ツェツェーリエがディールを養子にしたのも、王子がディールを抜擢したのも、そういった制度によるものであった。
「あなたの家は、あなたの弟が跡継ぎだし、妹も二人いるのでしょう。あなたが家を継ぐことはないでしょうし、家格が違いすぎるとはいえ、うまくすれば結ばれることも不可能ではないわよね。一生修道院で終えるよりはきっといいわ。あなたの事情でも、養子をとるという方法もあるし、一代爵位持ちは、養子の方が多いものね」
エリーゼは反論を諦めた。そういえばリューネ姫はロマンス小説が好きなタイプであった。そして比較的思いこみが強い。
「こんな近くに、こんなロマンスがあるなんて……。エリーゼ」
「は、はい」
「わたくし、あなたを応援するわ」
「……ありがとうございます。その、このことは」
「もちろん、誰にも言わないわ! きっと、ううん、間違いなく、家には言っていないことでしょうから! そうね、ディール=リントが間違いない才能を持っているとしても、一代爵位を得るのも貴族位を承継するのも、すぐ、というわけではないものね。それまで……修道院で待つ、というのもありよね」
うふふ、とリューネ姫が上品に笑う。もうすっかりロマンスを作り上げて、それに夢中になっているようだ。
――もしかしたら、今夜の恐怖を忘れるために、現実逃避として『楽しい話』をして気晴らしをしたかっただけかもしれない。
ならばそれはそれでいい、とエリーゼは思った。
エリーゼとしては、縁談が来るわけでもない身である。リューネ姫一人で楽しむ分には、他人に言わなければ問題はないだろうと思い定め、誤解を解くのは諦めた。
まったく、散々な一日だったと、エリーゼは身体の芯から疲れを感じた。
早く部屋に帰って寝たいものである。




