お嬢様は全容解明を諦める
「それにしても、おふたりの話、長いですねぇ」
アリィシアの言葉に、エリーゼは意を決して便乗した。さっきからものすごく気になっていたのだ。
リューネ姫は、王位継承権第3位。現国王の養女であり、王弟殿下の一人娘である。この国では至高に近い地位にある。そんな彼女が学園内で学生服を着た――本当に学生かは不明だが――男たちに害されそうになったこと自体がとんでもなく異常事態だ。
「お二人の話はいったい何なのかしら。ディール、あなたもあの場所に偶然いたわけではないんでしょう?」
ディールはちらりとリヒャルトを伺い、さらりと言った。
「命令で待機していた。理由は知らない」
「あの男たちは、本当に生徒なのかしら」
「さあ。少なくとも、俺は知らない顔だったな。お嬢様はどうだ」
「……私も知らない顔だったわ」
「ならば、俺にはわからん」
エリーゼは、リヒャルトを見た。
「何か、ご存じですか?」
「詳しくは私も存じ上げません。……エリーゼ嬢、あなたならば、むしろリューネ様にお聞きした方がよいのでは? 旧知の仲でいらっしゃいますでしょう」
「……」
何も話す気はないようだった。アリィシアを見ると、苦笑して肩をすくめられる。これ以上の情報を得ることは無理だろう。
そもそもフェリクス王子とリューネ姫との関係というのは政治的に難しい間柄である。
フェリクス王子もリューネ姫も国王の子供ではなく、国王の姉と弟の子供である。国王には子供がいない。
王子は姉の子供であり、リューネ姫は王弟の娘である。国王は二人を養子とし、第一王子と第一王女としての地位と王位継承権を与えている。
そもそも次の国王が誰かということで、国が王子派と王弟派に分かれているので、フェリクス王子とリューネ姫の立場は微妙だ。はっきり言えば、政敵に近い状態にある。
そのリューネ姫は、「おにいさまが大好きなので、わたくしにおにいさまの悪口を言う輩は許しません」という態度を本当かポーズかわからないが貫いているため、今のところ、二人の間に表だって亀裂はないのだが……。
「それにしても、エリーゼ嬢、あなた、ディールとは昔からの知り合いなのですか?」
「え?」
突然の話題変換だった。
「いえ、やけに気安いようですので、どういう関係かと思いまして。ディールに前に聞いたところ、『命の恩人だ』と聞かされてはいるのですが」
一体、ディールは何をリヒャルト様に言ったのか。
「命の恩人……って」
その話、したのか。幼い自分の暴走を思いだし、エリーゼは思わずディールを睨んだ。
こほん、と空咳をして自分を取り戻す。
「それは、ディールの昔からの大げさな冗談ですわ。私がまだ幼い頃、城下町の路地で馬車でディールをはねてしまって、それを治療したのが縁ですの。人並みならぬ魔力がありましたから、我が家で使用人として仕込もうかとも思いましたが、当時、私の魔法の師匠であったツェツェーリエ殿に見込まれまして、弟子になり、さらに認められて養子になったということですわ。まあ、ツェツェーリエ殿は一代爵位とはいえ貴族ですから、養子入りの際には貴族である我が家が名前だけ貸して後見人という形は取りましたが……それだけです」
「そうなのか、ディール?」
ディールは何も答えず、肩を軽くすくめた。
「ふむ……」
何故かあまり納得していない顔で、リヒャルト様がアリィシアを見る。
しまった、とエリーゼは思った。アリィシアには、昼にもう少し詳しい話をしている。いや、聞かれてマズいことなど何もないのだが……。
「待たせて申し訳なかったな」
「王子!」
ちょうどというべきか、なんと言うべきか、フェリクス王子とリューネ姫が戻ってきたのは、その時だった。
「夜も遅くなってしまったな、待たせて悪かった」
そう言うと、王子はまっすぐエリーゼを見た。そのまま、右手を胸に当てて頭を軽く下げた。
「リューネを救い出す手助けをしてもらって、礼を言う」
王子に礼節の姿勢をとらせて座っているわけにはいかない。エリーゼは慌てて立ち上がり、同じく礼節の姿勢をとった。
「いえ、過分のお言葉でございます」
「これからもリューネのことを頼むよ。リューネの部屋まで一緒に行ってくれるかい? リヒャルトとディールに護らせるから安心してほしい」
リューネ姫は、一般の寮に併設された貴賓者が泊まるための離れ部屋を改装し、そこに住んでいる。建物としては一体だが、入り口がそもそも違う。
とはいえ、離れ側からは寮に入れる仕組みになっているため、これで窓から出てしまったエリーゼは寮に問題なく帰れるということだろう。
「かしこまりました」
「それと」
王子は、エリーゼをじっと見据えて言った。
「おそらく、今日のことについて聞きたいことがあるだろう。しかしエリーゼ嬢、君は、どこまでこの件にかかわる気がある
のかい?」
「……」
エリーゼは、王子の言葉を図りかねて、リューネ姫の様子を伺った。
リューネ姫は不自然なまでにこちらから視線を外している。おそらくは、『関わる必要はない』という意思表示だろう。
――それでは、エリーゼはこの件について、実家であるシュッツナム家のために何かを探る必要はあるだろうか。
――王弟派に何か問題が起きているならば、それを伝える必要はあるだろうけど、エリーゼの役目はリューネ姫の側にいて見聞きしたものを実家に伝えることだ。リューネ姫の不興をかって遠ざけられるのは本末転倒だ――。
エリーゼはゆっくりと口を開いた。
「おそれながら王子、お伝えいただける程度については、お二人の判断に従うことにさせていただければと存じます」
「そうか。それならば、巻き込んでしまい、実に申し訳ないが、しばらくの間、見なかったことにしてほしい」
「そのとおりにいたします」
エリーゼは、膝を折り、頭を垂れた。




