願い事
*
「ショコラ!」
私も結月も松村くんもいっちゃんも、そして昔からの友達であるモカも、みんなで必死になって崩れ落ちたチョコレートの山をかき分けていく。
あの時のショコラの顔が頭から離れない。恐怖でも驚きでもない、何が起きたのか分からないポカンとした顔。そしてその顔のままチョコレートの下敷きとなった。
ショコラは無事だって強く思っても、涙が溢れてくる。だってこんなにたくさんのチョコレートに潰されたら……。私は他の四人に気づかれないように袖で目をこすった。
「おい! こっちにいたぞ!」
松村くんは更にペースを上げてかき分ける。私達もそっちに移動して必死でかき分ける。チョコの隙間から姿を覗かせる緑の帽子を見失わないように、必死に、必死に。
「俺と松村で持ち上げる間にショコラを引っ張りだしてくれ!」
「せーの!」
「ねえ! ショコラ!」
私がどれだけ大きな声で呼びかけてもショコラの瞼がピクリと小さく動くだけだ。
大丈夫だよね、こんなことで死んだりしないよね。
「ショコラ! お願い返事して!」
「うぅ……」
ショコラが今にも消えてしまいそうなうめき声で返事をした。
血は出ていないのに、こっちまで痛みを感じるほど皮膚は傷ついている。
「ごめんな、みんな……」
ショコラが残りの体力を振り絞り、必死で何かを伝えようとする。今私達にできることは、一言一句聞き逃さないように聞いてあげることくらいだった。
「俺にはな、夢があったんだ……。いつかみんながこの労働生活から開放された時、この国どこからでも見えるくらい高いチョコレートの塔を建てて、みんなでお菓子を『笑顔で』食べるっていう夢だ。楽しそうだろ。でも、それももう無理そうだ」
「無理だなんて言わないで!」
私はショコラの手を強く握りしめた。ショコラは私の手を強く握り返してはくれない。
「でもな、みんなでお菓子を笑顔で食べるっていう所だけは確かに実現したんだよお前たちと共に。モカ、俺の仲間にチョコレートの塔の夢を語り継いでやってくれ。あとはあいつらに任せることにするよ」
ショコラの瞼がゆっくり閉じていく。私の手を握る力が急速に弱くなっていく。
「そ、そんなのヤダよ!」
お願いだから、この手を握り返してよ。こんなの絶対にいやだ!
ショコラの半開きの目は私を視界に捉えているが、もう私を見てはいなかった。
あんなにも長かった蝋燭は簡単に折れて短くなり、すっとその灯火を消し去った。
もうそこにはただの「物」しか残っていない。姿形は何一つ変わっていないのに、何かが確実に変わった。
「こんなのってあんまりだよ……」
「……」
もう誰も何も言わなくなってしまった。
その時だ。
砂と波とが擦れ合うような音と共にショコラの体が金色の粒子に包まれ始めた。その粒子がショコラを包み込んだかと思うと、空に向かって上昇し始めた。ショコラの体は空気に溶けていくように、金の粒子と共に消えていった。
「モカ……。私達どうすればいいの……?」
「僕も分からない。ただ今日のところはもう解散にしよう。僕も一人になりたいんだ……」
そっかみんな悲しいんだ。多分古いつきあいのモカは私達よりもっともっと悲しいんだ。私は頑張ってこの場では泣かないように、泣かないように……。
私たちは登って来た時より思い足あとでお城を降りていく。あの段差を飛び降りて、再び空が見えるところまで出てきた時だった。
「え? こんな塔あったっけ?」
チョコレートの塔がお城の隣に、何万年も昔からそこにそびえ立つように堂々と立っている。
これってショコラの言ってた……。
終わり