お菓子は幸せを運びます!
~序章~
〈前編〉
私ね、やっぱりお菓子の国は幸せの国であるべきだと思うんだ。甘い匂いでいっぱいのキラキラした世界。皆が憧れるふわふわの場所。幸せで満たされた明るい風。すべてが私を受け入れてくれる。現実では、群れをはぐれた鳥よりも、梢から落とされた木の葉よりも、よるべのない不安なときでもここに来れば少しの間だけ色んなことを忘れることができた。
小学生の時に担任の先生が「幸せとは何か」というお題で私達に自由に発表させる授業をした。寝ることとか、ご飯をお腹いっぱい食べることとかそんな意見しか出なかったような気がする。今思うとその論題は小学生にとってはあまりに抽象的だった。多分高校生に同じことをさせても中身のある話し合いになるかわからない。
今改めて幸せって何だろうと思ってみると、ホントに何だろう。皆が笑えば幸せかな。誰かと手を取り合えたら幸せかな。中学生になってもその答えは見つからない。
でも、ほんの少しだけ、分からないなりにも分かってきたような気がする。
ホントの幸せって皆が誰一人欠けずに生きてることなんじゃないかな。何か特別なことが起こらなくても、話題が見つからなくて何も話さなくても、みんなが一緒にいることが何よりも幸せなんじゃないのかな。
だからね、誰一人と欠けたらダメなんだ。
失ったらダメだったんだ。
~本章~
*
もうあれから一ヶ月くらい私達はお菓子の国に行っていない。理由はあの場所が怖くなったからなんて、単純なものじゃなくてもっと複雑だと思う。これが原因と言えるものがはっきりしなくて自分でもよく分からないくらいだけど、私達四人ともあの場所にもう一度行こうと言い出せる雰囲気ではなくなっていた。ただ、時折みんなが見せる日常の言動の中に、山積みとなった問題から逃げ出してきた後悔と先の見えない不安が感じ取れることがある。私は決してあの場所を忘れたわけでもないし、きっとこれからずっと忘れることはできないだろう。でも忘れられたらどれほど楽かなって考えてしまう。
ショコラがいなくなってお城を降りた私達はそこにあるはずもないものを見た。今考えてもどうしてか分からないけど、なぜかモカが夢見ていたチョコレートの塔がそびえ立っていた。それからのことは全然覚えていない。早くこの状況から逃げ出したくて自然と早歩きになっていたからなのかもしれないが、気付けば家にいた、というくらい時間が過ぎるのが早かったことだけは覚えている。
でも私達はこうして逃げ出してしまったから余計に苦しい思いをしている。一人残されたモカのことだ。旧友を失い、そして少なくとも話し相手ぐらいにはなっていたであろう私達にも逃げられて再び労働の毎日。かわいそうなんてものじゃない。それでも私達はあそこに戻ろうに戻れない。
一ヶ月という期間、現実から逃げ続け今更戻ったところでモカは私達を許すのだろうか。そう思うと怖かった。でもそのことを言い訳にしてまた遠くへ逃げようとしている自分がいることのほうがずっと怖かった。
今日も私の意識は授業になんて向くはずもなく、ふと時計を見ると給食の時間になっていった。
「琴音、これあげる」
今日は珍しく献立にはゼリーが入れられていたのに、結月は私の机にそれを置いた。
「食べないの?」
「うん」
「お腹痛い?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「あ、そっか。わかった食べるね」
「ありがと」
「気にしないで」
結月はあれからずっとこんな調子。きっとお菓子に関わるものすべてが結月を暗い気持ちにしてしまうのだろう。私もそうだったけど、笑顔だけ作ってゼリーを受け取った。結月の目はきっと私の内心まで見えているのだろう。でもお互い何も言わなかった。
私達はまたお菓子の国から遠ざかろうとしてしまった。
*
偶然暖かくなった日を春だと勘違いして、寒さで元気がなくなった草の中、黄色い花を高く大きく咲かせる菜の花がニュースで流れたりするこの頃。今年の冬は寒かったから、こういった春の便りが届くのは例年より少し遅めだった。秋とは逆で雨が降るたびに髪を揺らす風は暖かく、柔らかくなっていく。横髪を耳にかけると頬で季節の移ろいを感じられる。
寒暖を繰り返しながらも、春がもうすぐそこまで迫っているのだ。
そして、そろそろ中途半端な今の状況をどうにかしなければならないと思い始めたのもこの頃である。
学年末のテストが終わり、春休み。みんな勉強から開放されたからか、いつもより部活には熱が入っているようだった。たまに訪れる休みの日を惜しむほどに。私もいつもはそうなのだが、今回は休みが嬉しい。
今夜、私は琴音の家にいる。
「琴音、お風呂先にもらったよー」
「じゃあ、私も入ってくるね」
昔から親同士が仲良しだったので、お泊りは日常茶飯事のことだった。昔から仲の良さは変わってないけど、流石にお風呂はもう一緒に入らないよ。中学生二人なんて狭いし。あ、別に琴音の家が狭いとかそういうこと言ってるんじゃないから!
琴音の部屋でおとなしく座っているのも飽きてきたので、引き出しとか開けずに見える範囲で部屋の中を物色しようと思い立ち上がった。
琴音の部屋は久しぶりだったけど、イルカのぬいぐるみとか、私が誕生日にプレゼントしたちっぽけなオルゴールとか何も変わらないものが数多くあった。
ふと窓際の勉強机の近くの壁にかけてあるコルクボードに貼ってある絵が目に入った。近づいてみると、そこにはお菓子の世界が、決して上手ではないけど丁寧に描かれている。紙の隅には一昨日の日付が描かれている。
そっか、琴音もだったんだ。
勉強机の上からは、その時使われたと思われる色鉛筆と数枚のコピー用紙が私をじっと見つめている。
私も、ちゃんと向き合わないといけないのかな。
お絵かき道具を部屋の真ん中のちゃぶ台に持っていって、鉛筆を手にとった。何から書こうかな。
大きなプリンを描くことに決めて、色鉛筆を走らせる。けっこういい形になってきた。でも、さっきからなんだか眠たいかも……。
*
あー、結月が部屋で待ってること忘れて長風呂しちゃった。温かいレモンティーでも入れていってあげるか。
「結月ー、両手塞がってるからドア開けてくれないー?」
「……」
ふてくされてるのかな、やり方がかわいいんだから。
開けてくれそうもないので、隣の母の部屋の机にレモンティーを置いて、ドアを少しだけ開け、また戻ることにした。
「もー、結月ーごめんってばー」
「……」
あ、そういうことか。
とりあえず気持ちよさそうに寝息をたてる結月の肩に毛布をかけてあげた。眠くなるまで何してたのかなと、机を見るとプリンが少しだけ描かれている。
結月を眺めて、暇になったらちょっと立ち上がって部屋を一周。でも、そんなことをしてたら私もなんだか眠くなってきたような……。
その後、先に目覚めた結月が寝ている琴音に気づき、毛布をかけて、眺めていると自分もまた眠くなってきて……と繰り返して不思議な夜になった。
春の夜にレモンの酸味がふわっと漂い、なんだか不思議な心地よさを覚えるお二人さんであった。
「冷たくなっちゃったね」
私は何回も起きたり寝たりを繰り返して、もうすっかり目は醒めていた。時計はすでに夜中の一時を指している。
「でも美味しいからいいよ」
「まぁ、そうだね」
冷たいながらもほのかな甘味と酸味が効いたレモンティーは、机に突っ伏して寝た体の違和感をその爽やかな香りでさっと吹き払ってくれるようだった。
正直言って眠たくなかったが、あまり夜遅くまで起きていると体調を崩すので布団を敷くことにした。
「押入れから布団出すから、広げていって」
「じゃあ、一枚でよくない?」
「どうして?」
「布団敷くのって面倒くさいし」
「結月は変なとこで面倒くさがりなんだから。てか、二人で一緒に寝るなんて恥ずかしいよ……」
「ちっちゃい時はそうしてたんだから気にしない気にしない!」
そう言うと結月は勝手に押入れから一組だけ布団を出して、見事な手さばきで部屋の真ん中に布団を敷いた。
「あっ! ちょっと待ってよ。まだ一緒に寝るって決まったわけじゃ……」
「ほら、琴音」
結月は布団に滑りこんだかと思うと、掛け布団の片側を上げ、敷布団を叩いて私を上目遣いで見つめてきた。
「何がほらよ。布団もう一枚引くから手伝って」
「ねえ、琴音は私と久しぶりに一緒に寝るのが嫌?」
「別に嫌ってわけじゃないけど」
こう出られると、もう私の負けは決まったようなものだ。でも確か結月って……。まぁ、思い出せないなら何でもないか。
「分かったよ、一緒に寝ればいいんでしょ」
「じゃあ琴音。ほら」
「もう!」
狭いと思っていた布団も入ってみると意外と快適で、まだ少し寒さが残る春の夜にはちょうど良い温かさだ。さっきから結月は変なテンションなので、枕は離し気味だが。
「お菓子の国のことなんだけど……。琴音、もう一回行こうよ」
私はこの時、今まで抑えこんできていた蓋が風に吹き飛ばされたような気がした。今まで閉じ込めていた想いが開放されて、どんどん溢れるように出てくるような気がする。
気がつくと私の目からは涙がこぼれていた。
「え! 琴音どうしたの?」
「ごめんね……。私もずっとそう思ってた。それなのにずっと逃げてた。モカやショコラのことも、お菓子の国のことも、関わらなければそれで良いやって現実から逃げてた。私はお菓子の国なんて知らないって思えば、ショコラのこととか全部なかったことにできるんじゃないかって思ってた! 忘れられたら、忘れられたらどんなに楽かってそんな最低なことも思ったりした! 何回も何回も……」
結月は私の背中をトントンと優しく叩いてくれた。
「ごめんね琴音。私も自分のことで精一杯で琴音のこと全然気にしてあげられなかった。琴音は私達三人より、ずっと多くお菓子の国に行ってるんだもんね。そりゃ辛いに決まってるよ。ごめんね、気付いてあげられなくて……」
結月は言葉を選ぶように更に続けた。
「忘れられるわけなんてないよね。だって、あそこは私にとっても琴音にとっても幸せな場所なんだもん。あんなに楽しい世界忘れられるわけないんだよ。ね、だからさもう一回行ってみない? もしかしたら何か変わってるかもしれないよ」
「でも……」
「でも?」
結月は優しく問い返してくる。
「こんな私がもう一度行ってもいいのかな」
「いいんだよ?だからね、今度みんなで行こっか」
「うん。ごめんね結月。心配かけて」
また涙が溢れて枕に落ちた。
「こういう時はありがとうって言ってくれた方が嬉しいな」
「あっ、そうだね。ごめ……、ううん。ありがとう」
「どういたしまして」
「でも、どうして私がお菓子の国にもう一度行きたいって思ってること分かったの?」
「だってねぇ、あそこにあんな可愛い絵が貼ってあったらねぇ」
あ、外すの忘れてた……。
「恥ずかしい……。もう寝よ!」
恥ずかしいのと涙目になってることが相乗して早く電気を消したかった。
「はいはい」
電気を消して私達は真っ暗な天井を見つめた。私は結月にバレないようにそっと涙を手の甲で拭った。
「今日はホントにありがとね結月。結月が友達で良かったよ」
「好きって素直にいいなよ」
「……」
せっかくカッコ良かったのに。
「冗談だよ。私も琴音が友達で良かった。それじゃあおやすみ」
「うん。おやすみ」
「すぅ……すぅ……」
って結月寝付くのはやっ!
まだ三分も経ってないよね。変なテンションだったから疲れたのかな。まったく……。
私も早く寝よう。
もう三時をまわり、夢も山場を迎えてきた頃だった。
「うにゃっ!」
イタタ……。何?
何かが私の顔を直撃したので、私は夢の世界からこっちの世界へと強制送還された。怖いもの見たさでおそるおそるその何かに手を伸ばすと、それは結月の腕だった。
あっ! そういえば結月って寝相悪かったんだ。
やっぱり、別々に寝たほうが良かったかも。
もう一度同じことが起こらないように、結月の手を布団の中に深く押し込んだ。
安心したのもつかの間、結月はまた腕を布団の外に出そうとした。私はとっさに手を握って、繋がれた手ごともう一度布団の奥に押しやった。
結月がおとなしくなっても手は離さなかった。
まどろみかけた意識の中で結月が私の手を握り返してくれたのを感じた。
そして、そのまま夜は沈んでいった。
春が風に乗ってやってきた。出会いと別れの春が。
でも、春は気付きの季節でもある。
草むらが息吹を取り戻し、風には暖かいお日様の光を受けた土の香りが僅かに混ざる。そんな小さな気付きがたくさんある季節。
春が風に乗ってやってきた。喜びと悲しみの春が。
でも、春は美の季節でもある。
桜は満開と同時に散り始めて、私たちは悲しさを覚える。でも悲しいから美しい。儚いから美しいのだ。日本人の根底に流れる美の意識はその背景に悲しさを持ち合わせている。
結月、私とずっとずっとずーっと友達でいてね。
友情の花ほど繊細なものはないけど、それはいくらでも大きくなるし、永遠に枯れやしない。
悲しいことも、苦しいことも一緒に乗り越えて、乗り越えた分だけ花は艷やかになっていくから。
お菓子の国に行こう。向き合わなきゃならないんだ、解決しなきゃならないんだ。
〈後半〉
*
「琴音! あの小さいお菓子の国の正体
が分かったんだ!」
「え!?」
久しぶりに私達はお菓子の国に行った。ずっと放ったらかしにしていたのに、モカは前と変わらない態度で私達に接してくれた。
前来た時より入口付近のクッキーが減っていたように思うのは気のせいだろうか。
それよりも、今気になるのはモカの話の内容だ。
「どういうこと?」
「話すと長くなるんだけど……」
モカの話を要約?(使い方あってるのかな)するとこういうことだ。
私達が以前見た、チョコレートのお城の中にあるこの国の立体模型。あの模型を壊すと、壊された場所で実際に何かが起こる。ショコラはお城の模型を壊して、実際に崩れてきたお城に潰されてしまった。そして、その後ショコラの夢であった、チョコレートの塔が建っていた、ということだ。
「うん……。それで? その後何が分かったの?」
「実はあの後ショコラと同じことをした妖精が二人いたんだ」
「え? いつ?」
「君たちがしばらく来なくなってた時期だよ」
「それはごめん……。ほんとうにごめん」
「いや、別に責めてる訳じゃないからね」
モカは更に続ける。
「それで、二人ともショコラと同じようにお城の頂上の破片に潰されて光になって消えていったんだ。片方は生きることに絶望していたけど、もう片方はこれ以上空からクッキーが降ってこないように願って死んでいった」
まさか……。
「ねえモカ。クッキーの量が少なくなっていたのって、もしかして」
「ああ。そのもしかしてだよ。あいつが死んでからはクッキーは降ってきていない。だから僕達妖精はあの模型のせいで死んだら願い事が叶うと結論づけた」
そんなこと信じられないけど、信じられないことでも起こってしまうのがこの世界なのだ。
「それで僕は決めたんだ」
*
お菓子の国はまた私達を悲しませるの?
琴音は頑張って弱い自分と別れて、ここに来たっていうのに、どうしてずっと幸せだといけないの?
私達にもはやモカを止める権利はなかった。今までずっと、休みなしに空から降ってくるお菓子の整備をしてきたモカたちの苦しみを、言葉では理解できても私達がその本質にたどり着けることはないだろう。だって経験してないんだから。
だからこそ、モカは決意したんだ。
『それで僕は決めたんだ』
『何を?』
琴音が不安そうに尋ねる。
『僕が空からお菓子が降ってこないように願い事をする。そしてそのままお城に潰されたらこの世界は、妖精は永遠の幸せを得ることができる。だから僕はみんなのためにこの命を捧げようと思う』
モカの言葉の意味を理解しようとしても、突然の事態に頭が回らない。
その時だった。
パチン!
琴音が大粒の涙を流しながら、モカの頬を強く叩いた。
『なんで……なんでそんなこと言うの! 命なんて捧げるものじゃない! 自分の……自分の命は自分で最後まで生き抜かなきゃダメ!』
『分かってる』
『わかってない!』
『分かってるよ』
『わかってないの!』
『頼むから止めないでくれ。それにこれは僕達妖精の問題だ。君たちには関係ない』
モカが冷たく言い放った。
『どうしてそんなこと言うの……。私はずっとモカのこと友達だと思ってたのに』
『友達だからこそ止めないでくれと言っているんだ』
琴音はもう何も言わなくなってしまった。そしてその場に座り込んでしまった。
モカはそんな琴音を見て、一瞬後悔したような表情を見せたが、すぐに振り返って、チョコレートのお城の方向に走っていた。
『ほら行くよ琴音! 友達なんでしょ?』
*
いやだ、いやだ、いやだ!
モカまで死んじゃったら。もうわたし耐えられない。神様、お願いだからモカを止めて!
プリンの丘を経由しなければチョコレートのお城へは驚くほどすぐ着いた。
お城は前来た時のような美しさを失い、頂上付近は至る所が崩壊していた。最上階の小さな部屋も例外なくボロボロに崩れ、全方向から中を望める姿となっていた。
その丸見えとなった屋上の机付近に揺れるオレンジの帽子を見つけた。
「モカ! おねがいだから! 降りてきて!」
「本当にすまない……」
あれ、確かこのお城って簡単に入っていけたはずだよね。段差を乗り越えて、階段を登ればモカの元へたどり着けるはず。
「ちょっと待ってて!」
私たちは入り口へと駆けていった。
「僕には僕の使命があるんだ!」
モカが叫んだと同時に入口付近のチョコレートが大きく崩れ、お城は完全にモカの籠城となってしまった。入口付近の模型を壊したのだろう。
もうモカを力づくで止めることもできなくなってしまった。
「モカー!」
もう泣いて叫ぶことしかできなかった。涙とか鼻水とかが溢れてきて、なにがなんだかわからなくなってもモカの名前を呼び続ける。
「……」
「返事くらいしてよ……モカ……」
「僕も、僕も君たちともっと一緒にいたい。もっと君たちの世界のことを教えて欲しかった。もっといろいろな気持ちっていうものを教えて欲しかった。でも、僕達妖精はもう疲れたんだ。毎日毎日同じことをして、この世界がお菓子で満タンになってしまうんじゃないかって心配してまた次の日がやってくる。僕達はこの上ないチャンスを手に入れたんだ。僕が死ぬだけでこの世界から苦しみがなくなる。理解してほしい」
「理解したくないよ……」
「それでもだ。大丈夫、少しの間のお別れになるだけだ。またどこかで会えるよ。だから、その時までこれを持っていてくれ琴音」
そういってモカは私達に青い玉がついた首飾りを投げてきた。
「まって! おねがい! 待ってよ!」
「僕は決めたんだ。それじゃあさようなら。最後に話したのが琴音でよかったよ」
オレンジの帽子は机に更に近づいていった。
どうすればいいんだ。私達も妖精も誰一人悲しまない結果となるには……。
誰一人悲しまない……?
誰一人……。
!!!
「モカ! お菓子が空から降って来ることがなく、妖精誰一人悲しまない世界になるようにお願いして!」
モカの足がぴたっと止まった。
「どういうことだい?」
「そのままの意味!」
「僕の願い事とほぼ同じことを言ってるから、琴音を信じよう。それじゃあ本当にさようなら。」
でも、もし私の想像通りならなかったらモカは死んじゃう。そんなことになったらもう……。
でも、モカも死にたくなんてないはずだ。私は両手を前で組み必死で祈った。死ぬことがモカの賭けなら、これは私の賭け!
大きな音を建ててお城は崩れていく。大きな瓦礫はモカを閉じ込めてしまった。
そして、その中心部からショコラの時と同じように金色の粒子が空に向かって昇り始めた。でも、前とは違って粒子は空のある一点でとどまり続け、すべての粒子が集まったかと思うと、弾けるようにこの世界中へと散りばめられた。
嘘……。私の賭けは間違っていたの……?
ただ、そこに立ち尽くすことしかできなかった。
〈終章〉
「カンパーイ!」
私が水筒に入れて持ってきたレモンティーをみんなで飲む。ただそれだけのことなのに、すごく嬉しいのはなぜだろう。
「モカとショコラは初めてだよね」
二人共初めての紅茶を不思議に思いながらも、美味しそうに飲んでいる。
机には数多なるお菓子が並び、みんなでそれを囲んで食べたりお話したり。
そんなことがとても楽しい!
"みんな"でいることがとてもとてもとーってもうれしい!
お城が崩落してから数日後、どうしても賭けを諦めることができなかったので再びこの世界を訪れたのだった。
「琴音!」
「モカ! ショコラも!」
「本当にありがとう琴音」
「ううん、私も本当にとっさの思いつきだったし」
「その思いつきのおかげで僕達は生きているんだよ!」
「ホントに良かった。あっ! みんなも呼んでくるからちょっと待ってて 」
こうしてお菓子パーティーを開いている。この世界に負の感情なんてもうない。みんなが幸せになったんだよ。
地面に敷いたブルーシートを吹き上げる風は以前に増して強く、爽やかになっていた。
本当の幸せってなんだろう。
何でも買えるだけのお金を持っていることかな?
何でもできる権力を持っていることかな?
ううん、絶対そんなんじゃない。
私ね、友達と過ごす時間が何よりも幸せなんじゃないかなって最近思うんだ。
一緒に授業を受けたり部活をしたりする普通の友達も、お菓子の国で出会った不思議な友達もみんなが誰一人欠けずにいるから、誰一人残らず幸せなんじゃないのかな。
願い事はそういう意味。
ここに大きな大きな友情の花が咲いたよ。
私達みんなの個性の色で咲く花が。
おしまい




