第五章 再生
第一節 ロータリー禁止、突然の終焉
1991年の夏。
ル・マンでの歴史的勝利から、まだ数週間しか経っていなかった。広島の技術部には、いまだに祝勝ムードの余韻が漂っていた。
「R26Bのデータ、まだ見返しとるんですか」
「何回見ても飽きんのう。あれは芸術じゃ」
「来年はもっと速うなるで!」
誰もが未来を語っていた。ロータリーは世界一になった。これからは、もっと強く、もっと美しく進化していく——誰もがそう信じていた。
しかし、その希望は突然、無慈悲に断ち切られる。
FIAからの一通の通達
ある朝、国際電話が鳴った。レース部門の責任者が受話器を取り、しばらく黙り込んだ。
「……なんじゃと?」
その声は震えていた。電話を切ると、彼は技術部の会議室へ駆け込んだ。
「みんな……聞いてくれ」
技術者たちが集まり、ざわめきが静まる。
「FIAが……来年からのレギュレーションを発表した」
「それがどうしたんです?」
「ロータリーエンジンは……使用禁止じゃ」
会議室が凍りついた。
「……禁止?」
「なんでじゃ……勝ったけぇか?」
「公平性のため、じゃと……」
誰かが机を叩いた。
「公平性!? ふざけるな! わしらが何年苦労したと思っとるんじゃ!」
「ロータリーは反則じゃない! 正々堂々、勝ったんじゃ!」
「なんで……なんで禁止なんじゃ!」
怒号が飛び交い、誰もが納得できなかった。
技術者たちの沈黙
その日の午後、技術部は異様な静けさに包まれていた。机の上には、R26Bの図面、データ、試験記録が散らばっている。
村山義夫は、アペックスシールの断面を見つめていた。
「……まだ改良できるところが、ようけあるのに」
佐々木修は、燃焼室の模型を握りしめていた。
「もっと綺麗に燃やせる。もっと速うできる。まだ終わりじゃないのに」
井上泰夫は、温度分布図を前に腕を組んでいた。
「熱の余裕もある。耐久性も上げられる。……なんで、終わらせるんじゃ」
誰もが、言葉を失っていた。
寺田陽次郎の怒り
その夜、寺田陽次郎が広島に戻ってきた。技術者たちが集まる会議室に入ると、彼は静かに言った。
「……聞きましたわ。ロータリー禁止」
誰も返事をしなかった。
「ふざけとる。あんな勝ち方したけぇ、怖うなったんじゃ」
寺田は拳を握りしめた。
「ロータリーは反則なんかじゃない。努力して、工夫して、命削って作ったエンジンじゃ。 それを……“禁止”で終わらせるんか」
その声は震えていた。怒りと、悔しさと、悲しみが混じっていた。
山本健一、静かな覚悟
会議室の隅で、山本健一は黙って話を聞いていた。やがて、ゆっくりと立ち上がる。
「……みんな、悔しいのう」
その声は、どこか優しく、どこか寂しげだった。
「じゃがのう……わしらは、やり切ったんじゃ」
技術者たちは顔を上げた。
「ロータリーは、世界一になった。誰も信じてくれんかったエンジンが、世界の頂点に立った。それだけで……十分じゃ」
そう言いながらも、山本の目は赤く潤んでいた。
「禁止されたから言うて、ロータリーが消えるわけじゃない。わしらの心の中で、生き続けるんじゃ」
寺田は静かに頷いた。
「山本さん……わしら、まだ終わりじゃありませんよ」
「そうじゃ。終わりは、わしらが決める」
そして、静かに幕が下りる
翌日、R26Bはガレージの奥に運ばれ、カバーがかけられた。技術者たちは、その姿を見つめながら胸が締めつけられた。
「……ありがとう。お前は、世界一のエンジンじゃ」
誰かが呟いた。
——1991年、ロータリー禁止。
それは、あまりにも突然で、あまりにも残酷な終焉だった。
しかし同時に、ロータリーが“伝説”へと昇華した瞬間でもあった。
第一節RX-7の終焉、そして静かな別れ
1991年のル・マン優勝から数年。ロータリーは世界一の称号を手にしたものの、その未来は決して明るくなかった。
FIAによるロータリー禁止。世界的な環境規制の強化。そして、燃費と排ガスという宿命の壁。
それでも、マツダはロータリーを捨てなかった。RX-7は、FD3Sへと進化し、世界中のスポーツカー好きに愛され続けた。
——しかし、その影では静かに“終わり”の足音が近づいていた。
FD3S、孤高の戦い
1990年代後半。
世界のスポーツカー市場は、大排気量ターボやV型エンジンが主流になりつつあった。
「燃費が悪い」
「排ガスが厳しい」
「ロータリーは時代遅れだ」
そんな声が、世界中から聞こえてきた。
広島の技術部では、FDの改良が続けられていた。
「もっと燃費を良うせんと……」
「排ガスも通らんと……」
「でも、走りは落とせん!」
技術者たちは、まるで綱渡りのような開発を続けていた。
村山義夫は、アペックスシールの材質を何度も試し、佐々木修は、燃焼室の形状を限界まで追い込み、井上泰夫は、冷却と油路を何度も見直した。
——それでも、時代の流れは止められなかった。
販売台数の減少、そして重い現実
2000年代に入ると、RX-7の販売台数は急激に落ち込んだ。
「スポーツカーは売れん」
「燃費が悪い車は、もう時代に合わん」
「ロータリーは維持費が高い」
営業部からは、厳しい声が届き続けた。
ある日の会議。
重役の一人が静かに言った。
「……RX-7の生産終了を検討せざるを得ない」
その言葉に、技術者たちは息を呑んだ。
「終わらせるんですか……?」
「まだ改良できます!」
「まだ戦えます!」
しかし、現実は残酷だった。
「市場が求めていないんだ。どれだけ技術が素晴らしくても、売れなければ続けられない」
その言葉は、誰よりも技術者たちの胸を刺した。
最後の改良、最後の誇り
生産終了が決まった後も、技術者たちは手を止めなかった。
「最後まで、最高のロータリーを作るんじゃ」
「終わるからこそ、妥協はできん」
FD3Sの最終型、6型・7型・8型。それらは、ロータリー技術の集大成だった。
軽量化、冷却改善、燃焼効率の向上、制御の最適化。すべてが“最後の誇り”として磨き上げられた。
試験走行で、若手ドライバーが呟いた。
「……これが、最後のRX-7なんですか」
山本健一は静かに頷いた。
「そうじゃ。 じゃがのう……最後が一番美しい。 それが、ロータリーの生き方じゃ」
2002年、静かな別れ
2002年8月。
RX-7の生産ラインが、静かに止まった。
最後の一台がラインを流れてくる。白いボディに、ロータリーの鼓動を宿したFD。
技術者たちは、その姿を見つめながら言葉を失っていた。
「……終わってしまうんか」
「もっと走らせたかったのう」
「ありがとう……ほんまにありがとう」
山本健一は、最後のFDにそっと手を置いた。
「お前は……世界一美しいスポーツカーじゃ。ロータリーの魂を、よう背負ってくれた」
その声は震えていた。涙が頬を伝っていた。
そして、ロータリーは眠りにつく
RX-7の生産終了は、ロータリーの“時代の終わり”を象徴していた。
しかし——
それは“死”ではなかった。
ロータリーは、眠りについただけだった。いつかまた、目を覚ますために。
技術者たちは、誰も口には出さなかったが、心の中で同じ願いを抱いていた。
「いつか……またロータリーを走らせよう」
「必ず、復活させよう」
「ロータリーは、終わらん」
——RX-7の終焉は、ロータリーの“静かな約束”の始まりでもあった。
第三節 ロータリーの灯を守る者たち
2002年、RX-7の生産終了。ロータリーは、ついに量産車の舞台から姿を消した。
広島の工場では、最後のFDがラインを流れたあと、静寂が訪れた。技術者たちは、まるで大切な友を見送ったかのように、深く息を吐いた。
「……これで、本当に終わりなんかのう」
「いや……終わりじゃない。わしらが終わらせん限り、ロータリーは死なん」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、祈りのように響いた。
“ロータリー班”という小さな灯
RX-7が消えたあとも、マツダの技術部には小さな部屋が残された。そこには、数人の技術者が集まり、ひっそりとロータリーの研究を続けていた。
正式なプロジェクトではない。予算も少ない。会社の方針としても、ロータリー復活は“現実的ではない”とされていた。
それでも——
彼らは毎日、ローターを磨き、ハウジングを削り、燃焼室を見つめ続けた。
「なんでそこまでやるんですか」
若手が尋ねると、ベテランは笑った。
「好きじゃけぇに決まっとるじゃろうが」
その笑顔は、少年のように無邪気だった。
ロータリーを愛した者たちの執念
ロータリー班の部屋には、古い図面や試作部品が山のように積まれていた。
「この燃焼室、まだ改良できるんじゃ」
「アペックスシールも、もっと摩耗を抑えられる」
「冷却も、まだ工夫の余地がある」
彼らは、誰に頼まれたわけでもないのに、ロータリーの改良を続けた。
ある日、若手が言った。
「でも……もう量産車には載らんのじゃないですか?」
ベテランは、少しだけ寂しそうに笑った。
「そうかもしれん。じゃがのう……技術は、続けんと死ぬんじゃ。わしらが続けとれば、いつかまた必要になる日が来る」
その言葉は、静かだが強かった。
RX-8という“最後の希望”
2003年、RX-8が登場した。
13Bを進化させたRENESISを搭載し、ロータリーは再び量産車の舞台へ戻ってきた。ロータリー班の技術者たちは、涙を流して喜んだ。
「帰ってきた……ロータリーが帰ってきたんじゃ!」
しかし、RENESISは新たな課題を抱えていた。燃費、排ガス、耐久性——時代はさらに厳しくなっていた。
それでも、技術者たちは諦めなかった。
「ロータリーは、まだ終わらん」
「RENESISをもっと良うするんじゃ」
「次の世代につなげるために」
RX-8は、ロータリーの“延命”ではなく、“未来への橋”だった。
再び訪れる終焉
しかし、2012年。
RX-8の生産終了が発表された。
「……また終わってしまうんか」
「いや、終わりじゃない。わしらが終わらせん限り、ロータリーは死なん」
その言葉は、10年前と同じだった。
しかし、そこには確かな覚悟があった。
ロータリーを守る者たちの誓い
RX-8が消えたあとも、ロータリー班は解散しなかった。むしろ、以前よりも強い意志を持って研究を続けた。
「水素ロータリーはどうじゃ」
「ハイブリッドと組み合わせたら……」
「発電専用なら、排ガスの問題はクリアできるかもしれん」
彼らは、ロータリーの“新しい生き方”を探し始めた。
ある夜、若手が言った。
「……本当に、ロータリーは復活するんですか」
ベテランは、迷いなく答えた。
「する。わしらが諦めん限り、必ずする。ロータリーはのう……諦めん者のためのエンジンじゃ」
そして、灯は消えなかった
ロータリーは、量産車から姿を消した。レースからも姿を消した。世界中のメーカーが、効率と電動化へ向かう中で、ロータリーは“時代遅れ”と呼ばれた。
それでも——
広島の小さな部屋で、ロータリーの灯は消えなかった。
磨かれたローター。削られたハウジング。試作の燃焼室。そして、技術者たちの静かな情熱。
ロータリーは、まだ生きていた。眠っているだけだった。
——いつかまた、目を覚ますその日のために。
第四節 ロータリー復活への胎動、SKYACTIV-R
2012年、RX-8の生産終了。
ロータリーは再び量産車の舞台から姿を消した。
広島の技術部は静まり返り、ロータリー班の部屋には、使い込まれた工具と古い図面だけが残された。
しかし、その沈黙の奥で—— 小さな鼓動が、確かに続いていた。
「ロータリーは終わらん」——技術者たちの執念
RX-8が消えたあとも、ロータリー班は解散しなかった。むしろ、以前よりも強い意志を持って研究を続けていた。
「燃費が悪い? 排ガスが厳しい? ……そんなもん、工夫すりゃええ」
「ロータリーはのう、諦めん者のためのエンジンじゃ」
彼らは、誰に命じられたわけでもなく、ロータリーの改良を続けた。燃焼室の形状、シールの材質、冷却の流れ、油路の最適化——すべてが“未来のロータリー”のための研究だった。
しかし、現実は厳しかった。量産車としての復活は、ほぼ不可能と見られていた。
転機——「発電専用ロータリー」という新しい道
そんな中、ある若手が言った。
「……走らせるだけがロータリーじゃないですよね」
その一言が、空気を変えた。
「発電専用にしたらどうじゃ?」
「回転を一定にすれば、排ガスも燃費も改善できる」
「ロータリーは小さい。ハイブリッドと相性がええ」
ロータリー班の目に、再び光が宿った。
——ロータリーを“走らせる”のではなく、
——“電気を作るエンジン”として使う。
それは、誰も考えなかった新しい生き方だった。
SKYACTIV技術との融合
2010年代、マツダはSKYACTIV技術で世界を驚かせていた。
高効率燃焼、軽量化、低フリクション——その思想は、ロータリーにも応用できるはずだった。
「ロータリーにもSKYACTIVの魂を入れるんじゃ」
「燃焼をもっと綺麗に、もっと効率よく」
「シールの摩耗も抑えられるはずじゃ」
こうして生まれたのが——SKYACTIV-R という新しい概念だった。
それは、ロータリーの復活を目指す“胎動”だった。
2015年、東京モーターショー——衝撃の発表
2015年10月。
東京モーターショーの会場に、黒いシルエットのスポーツカーが現れた。RX-VISION
その美しさは、世界中のメディアを震撼させた。そして、そのボンネットの下には——
「SKYACTIV-R」
という文字が刻まれていた。
会場がざわめく。
「ロータリー……復活するのか?」
「SKYACTIV-Rってなんだ?」
「マツダ、本気なのか?」
技術者たちは、ステージ裏で静かにその反応を聞いていた。
「……帰ってきたのう、ロータリーが」
誰かが呟いた。
SKYACTIV-Rの正体
SKYACTIV-Rは、従来のロータリーとは大きく異なる思想を持っていた。
≪燃焼効率の大幅改善≫ ≪シール摩耗の低減≫
≪冷却の最適化≫ ≪ハイブリッドやEVとの共存を前提とした設計≫
特に、発電専用ロータリーとしての研究は進んでいた。
「回転を一定にすれば、ロータリーの弱点はほぼ消える」
「小型で静かで振動が少ない。発電機としては理想的じゃ」
ロータリーは、走るためのエンジンから—— 未来の電動車を支える“心臓”へと進化しようとしていた。
そして、確かな胎動へ
2017年、マツダは正式に発表した。
「ロータリーエンジンを発電機として復活させる」
技術者たちは、静かに拳を握った。
「……やっと、ここまで来たのう」
「ロータリーは死なん。わしらが守ってきたんじゃ」
「次は……走らせる番じゃ」
ロータリーは、まだ眠っていた。しかし、その胸の奥では確かに鼓動が始まっていた。——SKYACTIV-R。
それは、ロータリー復活への“胎動”だった。
そして、この胎動は、次の章でついに形となる。
第五節 MX-30ロータリーEV、復活の瞬間
2023年1月。
ドイツ・ブリュッセルで開かれた欧州モーターショーの会場に、ひときわ静かなざわめきが広がった。
ステージ中央に置かれたのは、マツダのコンパクトSUV——MX-30。
一見すると、特別なところはない。
しかし、そのボンネットの下には、世界中のロータリーファンが待ち続けた“あるもの”が隠されていた。
司会者が静かに言う。
「ロータリーエンジン、復活です」
会場が揺れた。
ロータリーが“発電機”として帰ってきた
MX-30に搭載されたのは、ロータリーエンジンを発電専用にしたレンジエクステンダー方式だった。
ロータリーは車輪を直接回さない。代わりに、発電機としてバッテリーに電気を送り、モーターで走る。
「走らせるためのエンジンじゃないんか?」
「いや……これが、ロータリーの新しい生き方なんじゃ」
広島の技術者たちは、静かに胸を張った。
ロータリーは、時代に合わせて姿を変えた。それは敗北ではなく、生き残るための進化だった。
小さく、静かで、振動が少ない——ロータリーの本領
発電専用ロータリーは、従来の弱点をほぼ克服していた。
≪一定回転で動くため、燃焼が安定する≫ ≪排ガスが大幅に改善される≫
≪小型で軽量のため、車体設計の自由度が高い≫ ≪振動が少なく、静粛性が高い≫
技術者たちは、まるで長年の宿題を一つずつ解いていくように、ロータリーを磨き上げた。
「これなら……ロータリーはまだ戦える」
「いや、戦うだけじゃない。未来を支えるエンジンになれる」
その言葉には、確かな自信があった。
復活の裏側——技術者たちの涙
MX-30ロータリーEVの開発は、決して順調ではなかった。
「燃費が足りん……」
「排ガスが基準を超えとる!」
「振動が増えたぞ、なんでじゃ!」
何度も壁にぶつかり、何度もやり直した。しかし、誰も諦めなかった。
ある夜、若手が言った。
「……なんでそこまでロータリーにこだわるんですか」
ベテランは、静かに答えた。
「わしらが諦めたら、本当に終わってしまうけぇじゃ。ロータリーはのう……諦めん者のためのエンジンなんじゃ」
その言葉に、若手は深く頷いた。
そして、復活の瞬間
ブリュッセルのステージで、MX-30ロータリーEVが正式に発表された瞬間——世界中のロータリーファンが歓喜した。
「帰ってきた……!」
「ロータリーが、本当に帰ってきたんだ!」
「ありがとう、マツダ……ありがとう、広島!」
SNSは祝福の声で溢れ、海外メディアも驚きを隠せなかった。
“Rotary is back.” (ロータリーが帰ってきた)
その言葉は、まるで魔法のように世界を駆け巡った
。
山本健一が見たかった未来
MX-30ロータリーEVの発表会を、広島の技術者たちは社内のモニターで見守っていた。
画面に映る“ROTARY ENGINE”の文字。その瞬間、誰かが呟いた。
「山本さん……見とりますか」
別の技術者が涙を拭いながら言った。
「ロータリーは……生きとります。あんたが命をかけて育てたエンジンは、まだ走っとりますけぇ」
その場にいた全員が、静かに頷いた。
ロータリーは、再び未来へ
MX-30ロータリーEVは、ロータリーの“完全復活”ではない。しかし、それは確かな一歩だった。
ロータリーは、走るエンジンから——未来の電動車を支える心臓へと進化した。
そして、技術者たちは確信していた。
「これは始まりじゃ。ロータリーは、まだまだ進化できる」
——ロータリーは、再び未来へ向けて歩き始めた。
——その鼓動は、確かに世界に響き始めていた。




