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銭将軍秀忠、金庫番からの成り上がり  作者: エピファネス
第3章 上方人質編

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第19話 狂気の威光と月明かりの毒姫君

[日間] 歴史〔文芸〕ランキング(すべて)の11-12時集計において、なんと1位に押し上げて頂きました!


これも全て皆様と愛らしい秀忠様のおかげです。


この1位を記念して本日も2度目の投稿させて頂きます。

(在庫の消費も著しいですが)


嬉しい悲鳴を上げつつ、今後も皆様に楽しんでいただける作品を作っていきたいと思いますので、イイねやブックマーク、★ ★ ★ ★ ★評価にて応援して頂けると幸いです!


 時間は少し遡る。

 天正十九年(一五九一年)十二月。京都・聚楽第。

 絢爛豪華を極めた大広間は、熱狂と狂騒に包まれていた。


 愛息・鶴松を失った悲痛を力ずくで押し込めるように、関白を辞した豊臣秀吉は、酒盃を高く掲げて大声を張り上げていた。


「皆のもの、聞け! わしは関白の職を甥の秀次へ譲り、太閤となった! これより我が眼光は、日ノ本のみならず明国、天竺インドへまで及ぶ! 朝鮮を平らげ、北京に太閤の城を築くのだ!!」


「太閤様、万歳! 新関白様、万歳!」


 群がる大名たちの歓声。だが、その裏で居並ぶ公家衆の顔は引きつり、激しい屈辱に震えていた。

 千年続いてきた藤原氏の摂関職を農民出身の豊臣家に私物化され、関白の安売りを見せつけられているのだ。平伏しながらも、腹の底では「成り上がりの狂宴」「浅ましい」と冷ややかに蔑んでいた。


 その饗応の片隅で、十二歳の徳川秀忠は、冷徹にその光景を観察していた。


(太閤殿下は正気を失いかけている。無理もないか、三歳の息子を失い、唯一苦言を呈することが出来る大納言様も既におられん。そして公家どもは矜持を踏み躙られていて、豊臣を激しく憎んでいる……)


「若様、冷泉家および二条家への『四天王寺お救い金(無利息融資)』の手配、完了いたしました。公家衆の台所事情と朝廷の内部情報は着々と我が手に集まってございます」


 影から聞こえる土井松千代の囁きに、秀忠は小さく頷いた。秀吉の寄進だけでは困窮する公家たちに四天王寺の資金を融通し、朝廷の「本音」を買い叩く——裏の工作は着々と進んでいた。


 祝宴も(たけなわ)となってきたこともあり、厠へいくために喧噪を離れ、秀忠が静かな廊下を歩いていた時のことである。


 庭園を見下ろす渡り廊下の陰に、月明かりを浴びた重厚な着物を纏った一人の美女が佇んでいた。

 茶々である。


(……浅井長政と、お市の方の娘)


 透き通るような白い肌と、どこか物憂げに傾けられた首筋。月光を浴びたその姿は、息を呑むほどにあでやかであり、同時にこの世の者ではないような危うい寂しさを纏っていた。


 鶴松を亡くし、秀吉の関心が新関白の秀次へ移ったことで、大坂城内での立場を失いかけている哀しき側室。だが、秀忠はその美貌の奥にある「異様な気配」を見逃さなかった。


 茶々の胸中には、幼い頃の凄絶な記憶が焼き付いていた。

 父・長政を討たれ、母・市とともに落ち延びた日々。そして北ノ庄城が炎に包まれる間際、母が血を吐くように耳打ちした遺言。


『茶々……あの猴(秀吉)に媚びてでも生き延びよ。そしていつか、あいつの愛する豊臣を、我が織田の血によって内側から塗り替えておやり』


 さらに傍らでは、乳母の大蔵卿局が毒の蜜を注ぎ続けていた。


『茶々様、お市様の無念を果たせるのは貴方様だけ。妹の江様たちは過去を忘れ、それぞれの嫁ぎ先で生きておられます……お可哀想な茶々様。されど、この大蔵卿もお側におりますゆえ、決して諦めてはなりませぬ。茶々様はまだ、若ぅございます。また子を成せば日輪はまた茶々様を照らしましょう』


 お市の呪縛、そして乳母の野心。腕の中で冷たくなった幼子・鶴松の温もりを忘れられぬまま、精神の拠り所をなくして弱り果てていた茶々は、暗い情念と深い虚無の渦の中に孤立していた。


「……誰です」


 ふわりと甘い香を漂わせ、気配に気づいた茶々が振り向く。その瞳には、光のない暗い炎が宿っていた。


「これは茶々様。徳川家康が息、秀忠にございます。あまりに美しい月夜でしたので、涼んでおりました」


 秀忠は自然な所作で頭を下げた。普通の男なら、その高貴な美貌と豊臣の寵姫という威光に気おされるところだ。だが、秀忠の眼差しはあまりに静かで、そしてどこか遠くを見通していた。


「……私の顔に、何か書いてあって? 子を失い、太閤様に捨てられかけた、哀れな女だと嘲笑いに来られたのですか」


 自嘲気味に、冷たく吐き捨てる茶々。その赤い唇がかすかに震えているのを、秀忠は見逃さなかった。秀忠はふっと柔らかく、だがどこか寂しげな笑みを浮かべた。


「滅そうもない。ただ……天下の誰もが太閤様の狂騒に酔いしれる中、貴女様だけが、この豪華な城の底にある『孤独』と『血の匂い』を誰よりも深く知っておられるように見えたのです」


「……なっ」


 茶々の息が止まった。

 秀吉は自分を「亡きお市の面影を残すコレクション」としか見ていない。大名も奉行も「太閤の寵姫」という記号として自分を扱う。


 自分がどれほど傷つき、どれほど恐ろしい暗闇を抱えて生きているか——その魂の核心を、目の前の十二歳の少年が、ただ一人真っ直ぐに見抜いたのだ。

 秀忠は静かに言葉を重ねる。


「……おいたわしい。この絢爛たる爛れた城の中で、お一人で立ち続けておられることが。ですが明けぬ夜はなし。気を確かに持たれませ」


 胸の奥を直接掴まれたような激震。

 弱り切っていた茶々の心に、その言葉は深く、あまりに深く突き刺さった。恋などという生易しいものではない。己の存在そのものを理解されたという、恐怖に近い救い。


(この男……この少年は……私を、人間として見ている……)


 だが、秀忠の瞳の奥にある冷酷な光に気づいた瞬間、茶々の背筋に冷たい戦慄が走る。


(……いや、違う。この者は私を理解した上で……私の中の毒を、冷徹に観察しているのだ)


 救われたという想いと、すべてを見透かされたという屈辱。二つが混ざり合い、茶々の胸の中で凄絶な執着へと変貌していく。


「……お上手なこと。私を惑わすつもりですか、徳川の若君」


 茶々は震える手で着物の袖を固く握りしめ、冷たい笑みを張り付けた。


「ですが……覚えておくことですわ、秀忠様。私という女に関わったものは皆不幸になる……この出会いを後悔なさらないとよいのですが」


 白いうなじを翻し、背を向けて去っていく茶々の後ろ姿を、秀忠は無表情で見送った。


(……あの女は豊臣を愛してもいなければ、守る気もない。自らの血と引き換えに、豊臣を内側から食い破る毒蛇だ。……利用できる)


 秀忠の計算通り、豊臣政権は「尾張派(武断派)」と、茶々・三成率いる「近江派(奉行衆)」の二つに激しく割れ始めていた。


 明けて天正二十年(一五九二年)春。

 秀吉の命令により、西国の大名たちが続々と九州・名護屋城へと集結し、あの泥沼の「唐入り(文禄の役)」へと突入していく。


 太閤の狂気が外征で天下を疲弊させ、内では茶々という毒が豊臣をむしばみ、その軍資金と兵糧の命脈は、四天王寺(秀忠)の黒い手の中に落ちていくのだった。

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


続きが読んでみたいと思えましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



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