第17話 慈悲の伽藍と闇の金嚢
[日間] 異世界転生/転移〔文芸・SF・その他〕ランキング - 連載中2位となりました!
また、ブックマーク100件突破を記念して本日2度目の投稿させて頂きます。
今後も皆様に楽しんでいただける作品を作っていきたいと思いますので、イイねやブックマーク、★ ★ ★ ★ ★評価にて応援して頂けると幸いです!
天正十九年(1591年)一月。
大和豊臣家の当主・豊臣秀長が病没した。その直後、豊臣政権の中枢を揺るがしたのは、旧秀長領における膨大な蔵入地と検地帳の引き継ぎ作業であった。
大和だけでなく、紀伊、和泉にまたがる複雑きわまる直轄地の徴税と利権。誰もが頭を抱えるこの大事業を、わずか数週間で完璧な「複式帳簿」として整理してのけたのは、十二歳(数え)の秀忠であった。
「――見事だ、秀忠!」
大坂城の大広間。報告を受けた関白・豊臣秀吉は、破顔一笑して膝を叩いた。
「小一郎が遺した膨大な領地の金穀、一石一銭の狂いもなく弾き出してみせたか! 奉行所が半年かかっても終わらぬと泣きついておった仕事を、まさかお主がやり遂げるとはな。望む褒美を何でも申してみよ。金か、領地か、刀か!」
大広間に居並ぶ大名や奉行たちが息をのむ中、平伏していた秀忠がゆるりと顔を上げた。その瞳には、子供とは思えぬ深い静寂が宿っていた。
「殿下。恐れながら、金も領地も望みませぬ。ただ……信長公の戦火によって焼失し、荒廃したままとなっております『四天王寺』の復興事業を、私にお任せいただきたいのです」
「なに……? 四天王寺の復興じゃと?」
秀吉が意外そうに目を丸くする。秀忠は滔々と言葉を続けた。
「四天王寺は、かつて聖徳太子様が『悲田院』『施薬院』を建てられ、孤児や病者、貧しき者を救われた慈悲の聖地でございます。
しかるに現在、大坂の街には職を失った浪人や乞食が溢れ、治安を乱しております。私は、豊臣家から四天王寺再建のための『初期造営費(頭金)』をいただき、その境内にて困窮する者たちを作業員として雇い入れたく存じます。
彼らに仕事と糧を与え、大坂の街から貧民を消し去り、さらには四天王寺が自立して稼ぎ、二度と豊臣家にたからぬ仕組み(商業・金融の自給自足を認める免状)を作ってみせまする」
「ほほう……貧民を救い、寺を再建し、さらに将来の豊臣家の財政負担まで減らすとな!」
秀吉の顔に、感心の色彩が広がっていく。秀吉自身、貧民から成り上がった男だ。「貧民救済」と「聖徳太子の威徳」を合わせた提案は、彼の琴線に強く触れた。
だが、その時――。
「お待ちくだされ!!」
列から鋭い声が響き、一人の男が踏み出してきた。奉行衆の筆頭、石田三成である。三成の目は冷たく冴え渡り、秀忠を射抜いていた。
「殿下、騙されてはなりませぬ! これは徳川による恐ろしい謀略にございます!」
「何だと、三成?」秀吉が眉をひそめる。
三成は秀忠を指差し、怒涛の如く論理を叩きつけた。
「第一に! 大坂城の目と鼻の先で数千規模の乞食や浪人を集めて作業員と称するなど、正気の沙汰ではございません! 荷揚げ屋や職人と偽り、大坂の膝元で『徳川の手先となる兵・工作員』を養う企てにございます! もし彼らが内で蜂起すれば、大坂城の喉元に刃を突きつけられるのも同然!」
「……」
「第二に! 寺社に独自の商業や貸金(金融)の免状を与えれば、豊臣家の検地と過所(通行税)の統制から脱する『独立勢力』が生まれます! 殿下が苦心を重ねて解体された割拠勢力を、秀忠様は徳川の金と権益で復活させようとされているのです! 豊臣家の蔵に入るべき利益が、徳川に吸い取られますぞ!」
まさに正論。秀忠の真の狙い(裏経済ネットワークの構築)を完璧に見抜いた、三成渾身の難癖であった。大広間には緊張が走り、誰もが息を殺した。
しかし、秀忠の表情はピクリとも動かない。
秀忠は哀しそうな、どこか気遣うような眼差しで三成を見つめると、静かに口を開いた。
「三成殿。では、お尋ねいたします」
「何だ!」
「三成殿は『乞食や浪人を集めるな』とおっしゃる。ならば……今この瞬間も路地裏で凍えて死んでいく子供たちや、餓死しそうな老人たちを、このまま野垂れ死にさせろとおっしゃるのですか?殿下のご威光の最も強い、この大坂の地で?」
「なっ……! 私はそのような論点のすり替えを――」
「もし奉行所の予算と人手で、彼ら数千の貧民全員に家と食事を与え、正当な職に就かせることができるのなら、私の提案など即刻取り下げます。三成殿、奉行所の名において、彼ら全員を救っていただけますか?」
「ぐ……っ!」
三成の言葉が詰まった。豊臣家の現在の財政と奉行所の威光で、数千の貧民を恒常的に養うことなど不可能なのだ。
「それに」と秀忠は畳みかける。
「『寺社が不正をして豊臣家の利益を奪う』とご懸念ならば、四天王寺が行う金融と商業の帳簿監査は、すべて三成殿ご自身にお任せいたします」
「……何だと?」
「四天王寺の帳簿は、すべて私が考案した『複式帳簿』で正確に記させます。毎月、三成殿に提出いたしますゆえ、一文でも怪しい金があれば、即座に豊臣家がお取り立てください。裏など一切作りませぬ。いかがでしょうか?」
帳簿の完全開示。これを出されては、数字と監査を重んじる三成の追及の刃は完全に折られた。
秀吉の顔が、怒りで真っ赤に染まった。怒りの矛先は、秀忠ではなく三成へ向かっていた。
「三成!! お主は己の仕事が増えるのを嫌がり、この幼き秀忠の美しき慈悲の心を疑うのか!豊臣家が 貧民を救い、聖徳太子の寺を蘇らせるというのだ!そもそも大和のことも四天王寺の復興も、本来はお前ら奉行衆の仕事ぞ?秀忠が進んで請け負うというだけでなく、証拠に帳簿までお前に見せると言っておるのだぞ! それをこれ以上難癖をつけるなら、お前が大坂の乞食全員を養え!」
「っ……! 申し訳ございません……! 浅慮でございました……!」
三成は悔しさに唇を噛み締め、深く頭を下げて引き下がるしかなかった。
秀吉は満足そうに頷くと、直ちに右筆に書面を書かせ、朱印を押した「御免状」を秀忠に手渡した。
『四天王寺復興の頭金として豊臣家より資金を出す。境内における雇傭、商業、ならびに貸金事業の自由を認め、豊臣家の過所・免税を認める』という、破格の特権状であった。
それから数日後。四天王寺の境内。
信長の焼き打ちによって荒廃した大伽藍の跡地には、すでに数十基の仮設作業所と物流倉庫が爆速で立ち並んでいた。
昨日まで路上で倒れていた貧民や浪人たちが、温かい粥を腹に収め、生き生きとした顔で資材を運んでいる。
「ふふ……三成殿は真面目すぎるのだ」
伽藍の影で、秀忠は朱印状を懐に収めながら、冷ややかな笑みを浮かべていた。
その隣には、四天王寺の幹部僧侶と土井松千代(利勝)、伊賀、風魔の頭領がひそかに控えている。
「秀忠様、表の帳簿は三成殿の目に耐えうる完璧なものを作成しております。ですが……」
松千代が声を潜める。
「ああ、分かっている」と秀忠は頷いた。
「三成殿に見せるのは、四天王寺の『表の慈善事業』の帳簿だけだ。四天王寺を巨大な『表の窓口』とし、利息の半分は復興に回し、残りは我らで運用する。貸した金の回収は伊賀と風魔のうち、負傷して忍び働き出来ないものや、下忍になったばかりの者を組み合わせてやらせよ。若い者に経験を積ませつつ、負傷者にも食い扶持をつくってやれるだろう。
大和で手に入れた寺社の情報では、他の寺社の懐事情も三成らの検地によって大分逼迫しているようだ。四天王寺を拠点としたこの事業により、利息が寺社にも我らにも入ってくるという訳だ。……表が美しければ美しいほど、裏の闇は見えなくなるものさ」
秀吉が出した初期造営費(頭金)は、表向きは四天王寺の復興事業と貧民雇用に使われたが、その物流と信用を担保にして、四天王寺を傘下に収めた『秀忠寺社(闇)金融ファンド』が密かに誕生したのだ。
「四天王寺が貧民を救い、自立したという噂を聞けば、検地で困窮した全国の寺社が『我が寺も救ってほしい』と頼み込んでくるだろう。それらすべてを我らの金融網に組み込む」
秀忠は、寒風が吹き抜ける大坂の街を見下ろした。
数年後には、秀吉による大規模な大陸侵略――「文禄の役」が控えている。渡海に巨額の軍資金を要し、途方に暮れた全国の大名たちが、この「四天王寺ファンド」へ金を借りに群がってくる未来が、秀忠にははっきりと見えていた。
「文禄三年(1594年)――あと三年で、この四天王寺の見事な伽藍を完成させよう。……その時、天下の大名どもはすべて、僕の借金漬けになっているはずだ」
十二歳の神童は、西日に照らされる境内で、悪魔のような微笑みを浮かべるのであった。
数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。
続きが読んでみたいと思えましたらブックマークやイイネをお願いします。
また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。
執筆のモチベーションが大いに高まります!




