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YOUR LAST SEEN 『ユア・ラスト・ログイン』  作者:
Arc 3 : READ

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第43章 最後の24時間

[SERVER MIGRATION COUNTDOWN: 23 HOURS, 59 MINUTES, 58 SECONDS]


 開発者用ダッシュボードの隅で、血の色の数字が静かに領域を削り取り続けていた。

 旧サーバー(レガシーノード)の完全消去が執行される、最後の二十四時間。明日あすの夜のこの時間帯、メモリエリア『Node 2026』に蓄積されたすべてのトランジットメモリは強制再起動リブートされ、基幹データベースの歴史から永久に抹消デリートされる。

 俺は夕刻から一度として、この使い古された作業椅子から上体を起こしてはいなかった。

 限界スペックを超えてローリングの絶叫を上げ続ける冷却ファンが、深夜の暗室に吐き出し続ける異様な熱気。それは四畳半のおりんだ空気と混じり合い、呼吸のプロトコルを冷たく圧迫してくる。マグカップの底で干からびたインスタント珈琲コーヒーの乾いた残渣ざんさの臭いが、 回路の焼き切れるような焦げ臭さと共に、重く部屋の隅へと沈殿していた。


 カタ、カタ、カタ。


 黒いキーボードを叩く指先のテンポは、これまでになく重く、なまり始めていた。

 普通のテキストデータは完全に遮断デリートされ、アバターの座標ベクトルを用いた一進数のモルス符号すら、防衛プログラムの監視アルゴリズムに手口を暴かれつつあった。

 俺に残された最後のシステム上の裂けグリッチは、この老朽化したオンラインゲームのアーキテクチャの底に眠る、ただ一つの機能だけだった。

――インゲーム・メールシステム。


 私書箱メールのプロトコルは、ライブチャットの仕様とは決定的に異なる暗号化レイヤーで保護されていた。

 送信されたパルスはリアルタイムで同期ハンドシェイクされるのではなく、一度データベース内部に静的なテキストファイルとして格納され、それから宛先の座標へと流れていく。もし俺が、一年前の『Node 2026』のメールゲートウェイをハッキングし、システムの数式を強制書き換え(オーバーライド)することができれば――二〇二七年の俺の私書箱を、一年前の彼女の時間軸へと先行して連結させ、彼女が過去の暗室でタイピングしている「遺言」の生データを、直接こちら側へ吸引スニッフィングできるはずだ。


`[SYSTEM: INITIATING DATABASE OVERRIDE]`

`[GATEWAY: IN_GAME_MAIL_BUFFER_SECTOR]`

`[STATUS: TUNNELING TIME SELISIH (-31,536,000 SECONDS)]`


 メインモニターの液晶が激しく明滅をはしらせ、数十行の黄色いエラーログを垂直に出力した。過去のタイムスタンプを持つ無効なユーザーIDを検知し、中央システムが俺の介入を拒絶しようと警報アラームを起動させたのだ。

「頼む……一度だけでいい、繋がれ」

 直哉は指先が白くなるほどの圧力で木の天板の端を強く握り締め、喉の奥で息を詰めた。

 理線の命令を介さないまま、生のデータパッケージ(インジェクションスクリプト)をメールデータベースの防壁へと 穿うがち込んでいく。

 ノートパソコンの画面が、三秒間近く完全に硬直フリーズした。筐体きょうたいの奥から響く電子のきしみはさらに鋭利な重低音を立て、無理やり過酷な負荷をかけられた回路の悲鳴が、深夜の暗室に冷たく響き渡る。


㠪して、右側のセカンドスクリーンに、新しいターミナルウィンドウが自動開帳された。

 そこに出現したのは、システムが更新を止めて久しい、骨組みだけの硬質なデザインをした旧式の私書箱のインターフェース。


`[INBOX]: 1 UNREAD MESSAGE DETECTED IN PEER BUFFER`

`[FROM]: Tachibana Rei`

`[TIMESTAMP LOCK: MAY 14, 2025]`


 心臓が、不快な重低音を立てて狂ったような速度で跳ね、胸の真ん中が目眩めまいのするような熱に浸されていく。

 成功だ。俺の穿ち開けた仮想のトンネルは、ファイヤーウォールの検閲を出し抜き、一年前の橘レイが、あの電力供給を絶たれる直前の暗室で送信ボタンを叩いた( 差分)の生データを、過去の待機列キューの底から引きずり出すことに成功したのだ。


㠪れは、確かにそこにあった。

 直哉は、激しく振動を奔らせるマウスを握り締め、その未読の通知領域へとカーソルを滑らせていった。

㠪のインクの意味を暴き出すために、もう現実リアルのブラウザの底を あさる必要もなければ、過疎化したフォーラムの憶測を読み返す必要もない。彼女の遺言タイムカプセルは、いま、俺の目の前で、二進数の確実なパルスとなって、システム内部の数式へと変換ハンドシェイクされる瞬間を待っている。


 両手で頭を抱え込むようにして、直哉は液晶の底で淡く発光する『Tachibana Rei』という四文字の形状をじっと見つめ続けた。

 残された時間は、わずか二十四時間。

 俺がこのメッセージの座標をクリックし、そのステータスを『未読(Unread)』から『既読(Read)』へと反転させた刹那せつな――サーバー時間のエントロピー暗号は、俺たちの交わしたすべての因果律をロックし、二度と元の形には戻らない確定コードとして、永遠に固定(凍結)することになる。


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