プロローグ Last Seen
レイ:
『ログインした?』
スマホの画面が静かに灯る。
送られてきたのは簡潔なメッセージ。
いつも通りだ。
すぐには返信しなかった。
忙しかったわけじゃない。
ただ、わかっていたから……彼女が本当にどこかへ行ってしまうわけではないと。
ナオヤ:
『いま入った』
三点リーダーが表示される。
消える。
また表示される。
まるで何かを迷っているような……あるいは、何かを待っているかのような。
レイ:
『遅い』
小さく笑みがこぼれた。
それが彼女の口調。
短く、単刀直入。余計な言葉はいっさい無い。
ナオヤ:
『たった五分だろ』
すぐには返信が来ない。
必要以上に長く、その画面を見つめてしまう。
本当は待つ必要なんてないものを、待ち続けているかのように。
そして――
レイ:
『私はもうずっと前からいた』
なんてことのない言葉。
あまりにも普通。
だけどどうしてか、いつも思ってしまう……彼女は、いつも自分より先を歩いていると。
俺はゲームを起動する。
何の疑問も持たずに繰り返される、いつものルーティン。
『[LOGIN]』
リストに自分の名前が表示される。
Dan di bawahnya—
橘 レイ — オンライン
いつも通りだ。
すぐに始めるわけじゃない。
カウントダウンもなければ、明確な誘いの言葉もない。
ただ短い静寂があるだけ……すべてが、そうあるべき通りに動き出す前の。
ナオヤ:
『ダンジョン行く?』
数秒の沈滅。
レイ:
『どっちでもいい』
本当は「どっちでもいい」なんて意味ではない、いつもの返事。
スポーン地点に佇み、待つ。
いつも通りに。
数秒が過ぎ、彼女のアバターが目の前に現れた。
見慣れたキャラクター。
見慣れた動き。
それなのにどうしてか……必要以上にリアルに感じられた。
俺たちは歩き出す。
多くは語らない。
時折、彼女がふと足を止める。
いつもより長く、沈黙が続く。
ナオヤ:
『仕事中?』
すぐには返答がない。
数秒ののち。
レイ:
『うん』
それだけ。
それ以上は深く聞かなかった。
彼女は昔から、根掘り葉掘り訊かれるのを嫌う。
そして俺も……そんな距離感に慣れきっていた。
ダンジョン攻略はいつも通りに進む。
敵、スキル、効果音。
すべてがオートメーションのようにこなされていく。
けれど、その合間に――
ナオヤ:
『今日は長くオンラインにいるんだな』
返事はない。
AFKしているのだろうと思った。
いつも通りに。
だが、数秒後。
レイ:
『今日だけ』
少しだけ、手が止まった。
ナオヤ:
『どうして?』
今度はさっきよりも長い。
いつもより、ずっと長い。
無意識のうちに、返信を待っている自分がいた。
そして――
レイ:
『べつに』
何の解決にもならない答え。
それでも、追及はしなかった。
どうしてだろう……これ以上問い詰めたら、彼女が消えてしまうような気がしたんだ。
たいした会話もないまま、ダンジョンをクリアする。
Dan seperti biasa—
「終わり」の言葉は無い。
「じゃあね」も無い。
ただの空白。
やがて――
レイ:
『もう落ちるね』
その文字列を、必要以上に長く見つめていた。
ナオヤ:
『了解』
簡潔なやり取り。
いつも通り。
おかしなところなんて何ひとつない。
はずだった。
画面を閉じる、その直前。
小さな変化が目に留まる。
名前の横にあるステータスが変わっていた。
Last seen: just now
そのときは、深く考えもしなかった。
だって、あのときはまだ……信じて疑わなかったから。
明日になれば、彼女はまたログインしてくる。
そして、俺はそこで待っている。
いつも通りに。
本作品は以下のサイトにも掲載しています。
・pixiv
・カクヨム
重複投稿による無断転載ではありません。
すべて作者本人による投稿です。




