第4話:命のやり取りはギャンブルと同じ
「どうにかお願い出来ないか! せめて同行者の紹介だけでも!」
隣の窓口から怒鳴り声が響いた。
トカゲが視線を向けると、赤い髪に赤い鎧、そして右肩と右腰に、合わせて二振りの剣を携えた大柄で屈強な青年が立っていた。
「一昨日までネスは元気だっただろう! どうしたと言うのだ!」
「そ、そのお方なら……その、現在病院に……」
窓口の気弱そうな若い女性がおどおどして答える。青年は一瞬息の呑んだが、すぐに苛立ちを滲ませて怒鳴った。
「ならば、代わりの奴は! 一人ぐらいいないのか!」
「申し訳ありません、今は動ける方が……」
女性の声が震える。女性は畏縮したのか、『申し訳ありません、申し訳ありません』と、ただ頭を下げるばかりだった。
青年が舌打ちをした時、事態を見かねたルコールが歩み出た。
「何かお困りごとでしょうか?」
「……支部長か。誰でもいい、紹介してくれ。一人では行けんのだ」
青年は苛立ちを隠さずに言い放つ。
「ご依頼のお話でしょうか? 詳しく伺っても?」
聞けば彼は一昨日、ある討伐の依頼の申請を済ませていたらしい。だがその仕事は命の危険性を伴うらしく、法によって単独での出動が規制されているとのこと。けれども、不幸なことに当初同行予定だった人物は、この短い間に脚を怪我し、役目を果たせなくなってしまったのだという。
「彼女の言った通りです。今動ける人員はいません。堕魂の討伐は人手が足りず、非常勤の者は例のレーク村の捜査に出払っております」
「そんなことを言ってる間に、誰かが喰われるかもしれんぞ。代役が一人もいないわけがないだろう」
両者共に間違ったことは言っていない。そのために双方引くことがなく、むしろ対立は深まる一方。
トカゲは少し考えると、溜息を吐いた。
「……割って入ってごめんなさい。すこーしいい?」
赤髪の青年、支部長の視線がトカゲに向けられる。
トカゲは赤髪の青年をじっと見つめると、話を切り出した。
「ボクはここに来たばかりで、仕事を探してる。で、貴方は同行者を探してる。ここまではいい?」
「……何が言いたい?」
「ボクが同行者として行くのはどうかなって。ルコール支部長、この人の同行者をしたら報酬は出ます?」
「出るには出ますが、危険が伴います。下手をすれば死ぬ可能性も……」
トカゲの突然の提案に、ルコールは眉をひそめた。
「でもそれは、この男性だって同じ話でしょう」
トカゲは真剣な眼差しで言い放った。
「依頼内容が危険だったとしても、結局のところ誰かが行かなきゃならない。だったら誰が行こうと変わらないんじゃないですか?」
「内容が内容です。適任者というものがある。この仕事には最低限の戦力が問われます。貴方は……聞いた限り戦える力もないでしょうし、そう簡単に行かせられるものではありません」
赤髪の青年が口を挟む。
「戦う力なら俺で事足りるだろう」
「じゃあ、同行者の仕事内容を伺っても?」
トカゲは戦力の確認が出来た上で、ルコールに問いかけた。ルコールは少し悩むような素振りを見せる。
――このまま正直に答えたら、この男は行くだろう。だが素性も分からぬ人間を監視役として送り込んでよいものか。
数秒の思考の末に、ルコールは結論を導き出した。
「この場合でしたら、この男性の監視と男性が依頼中に負傷した場合の避難補助をやっていただくことになります」
許可が下りたことを確認したトカゲの顔に、ニヤリとした笑みが浮かぶ。
「りょーかいです。流れ的には不要な気もしますけど、特別な技能や免許は必要ですか?」
「いえ、そちらは不要ですが……」
「ならオッケー。ボクに行かせてもらってもいいでしょうか?」
ルコールは何も言わなかった。代わりに口を開いたのは赤い青年だった。
「少年、本気で言っているのか?」
「ここまで言って『行きません』なんて言うとでも?」
「そこに命が懸かっているとしても、か?」
トカゲは再度ニヤリと笑った。その瞳には命すら簡単に投げ出しそうな危うさがある。
「賭け事は慣れてるもんでさ。命を賭けようってんなら、尚更ね」
トカゲの言葉を聞いた青年は豪快に笑い出し、右手を差し出してきた。
「面白い……気に入った! 俺の名はガッツ・ライン・パルヴィス。長いからガッツと呼んでくれ!」
握手は力強かった。これが戦力となるのならば心配はいらないだろう。トカゲはそう思っていた。
ガッツはトカゲの手を離すとカウンターを向き、窓口の女性に深々と頭を下げた。
「さっきは声を荒げて悪かった。どうか、許してはもらえないだろうか?」
ガッツの謝罪が終わると、二人はすぐさま任務の場所へ。
♢ ♢ ♢
依頼の現場は都市から離れた、開けた平原だった。足元には踝に到達する程度の草が生えている。
涼しい風が吹けば、草花の香りが心地よい。日向ぼっこや昼寝にはうってつけの場所だった。
「いいか、もう一度確認しておくが、標的は『堕魂』だ。今回の個体は四足で、見た目はゴキブリのようらしい」
「サイズは?」
「人間と大して変わらんそうだ」
「チェ。もっと可愛げのあるやつが良かったなー」
ガッツは笑いながら剣の一本を肩に担ぐ。
「俺が前に出るからトカゲは後方を見てくれ。戦闘になったら下がるように」
「りょーかい」
歩きながら、トカゲは軽く質問を投げた。
「堕魂って、何なのさ? 戦うとか何とか言ってるけど、そんな獰猛なものなん?」
「まあ、獰猛だな。読んで字の如く堕ちた魂なんだと。俺も詳しいことは知らんが、輪廻転生の輪から外れ、凶暴化した地縛霊的なものらしい」
「詰まるところ?」
「……要は人を喰う化け物、ということだ」
ガッツの投げやりな回答にクリーム髪の少年はニヤニヤ笑う。
「人間以外にも食べるん?」
「喰うには喰う。堕魂は、喰らった魂の姿に近付き、その分だけ知性も身体能力も身に着けていく。だからこそ、知性を身に付けるために人間が襲われやすいのだろうな」
「その堕魂とやらも、中々に好き嫌いさんで」
説明を聞いただけではイメージが湧かなく、トカゲは軽口を叩いた後は黙々と草を掻き分けて歩き続けた。
その後しばらく探索を続けたが、堕魂らしきものはいつになっても現れなかった。
陽が傾き始め、ガッツがぼやく。
「中々見つからんな。もう少し探してダメなら今日のところは撤収だ」
その瞬間、足元の地面に亀裂が走り、沈んだ。地面の割れ目からは、何か血のような匂いが漏れ出ている。
「下がれッ!」
ガッツの声と同時に、地面を破って『何か』が飛び出した。人の顔を貼り付けた虫のようなもの。四本の脚で這いながら、獣のように唸る。
その正体は、探し求めていた堕魂だった。
ガッツは冷静に二本の剣を抜く。噛みついてきた口を右の刃で受け止め、左の剣で力任せに首を刎ねる。しかし外骨格が堅かったのか、斬り落とすには至らなかった。
「クソッ」
ガッツは舌打ちを挟むと剣を弾いた。深く息を吸い込み、右の剣を居合の如く構える。
次の瞬間、刀身が赤い炎を纏った。
「はぁあああ!」
燃え上がる刃が弧を描く。刀身に纏った業火は一瞬で標的を焼き尽くし、見事消し炭にした。
風が熱をさらっていく傍ら、ガッツは剣を鞘に収めながらトカゲに歩み寄った。
「これで一件落着、だな。被害が出る前に対処出来て良かった」
しかし、トカゲの頭の中はそれどころではなかった。ガッツが突如として出した炎が頭から離れなかったのである。
「あのさ、ガッツ?」
「うむ?」
「さっきの炎、何?」
「あの炎か? あれは俺のアニムだ」
トカゲの頭上に疑問符が浮かぶ。『アニム』という単語自体は尋問された際にも聞いたが、当時は意味が分からなかった。
「アニムって、何?」
「学説上では、アニムとは特殊な魂だけが持つ力と解釈されているらしい。まあ、魂云々など調べようがないから研究は進んでおらんがな」
話に区切りがつくと、トカゲは辺りを見渡した。
「そうだ。回収するものとか、ないん?」
「うむ。依頼された段階で奪われたものがあれば探すが、今回は特に無いな」
「そっか。じゃあさ、剥ぎ取れる部位とかは?」
トカゲは至って真剣に言ったはずだったが、それを聞いたガッツは豪快に笑った。
「物騒なことを言うな! 面白い冗談だ!」
「いや、冗談じゃないんだけど」
その言葉を聞いたガッツは不思議そうな顔をしたが、すぐに納得したような顔を見せた。
「そうだったな、お前は記憶喪失だったと聞いている。知らんのも無理はない。堕魂も魂であって、浄化されれば自然と消えるんだ。ほら」
ガッツが先ほど堕魂を倒した場所を指差す。彼の指先には空しか残されていなかった。
「もういないだろう? 死体処理がない分、動物を狩るよりもずっと楽だ」
ガッツはまたもや豪快に笑った。
二人は平原を後にした。燃えた土の匂いを風が攫い、空は黄昏に染まっていた。
今日の一言:『アニム』という超能力の類いのものの語源は、ラテン語で『魂』を意味する『Anim』です。
次の投稿は15:20。少々お待ちください。




