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第34話:酒の席では『予想外』がよく起こる

 (くすぶ)られた肉の匂いと酒の甘い香りが漂う部屋の中で、三人は一つの粗削りな木製長方形のテーブルを囲っていた。配置は片側にガッツ、向かい合うようにトカゲ、その左にアヤメである。

 トカゲは注文を尋ねに来た店員が厨房に戻っていったのを確認すると、目の前の大男にわざとらしい笑みを浮かべながら問いかけた。


「ねー、剣士君」

「何だ?」

「ここってさ、宿じゃないよね?」

「ああ、見ての通りだ」

「……だよね」


 一拍挟まる。トカゲは貼り付けた笑みを壊し、声を一段大きくした。


「いやいや、何だいここ《月泡楼(げっぽうろう)》って? どう見ても飲み屋じゃん。ボクさ、宿探すって言ったよね? 話聞いてた?」


 店内を見渡すために、ぐるりと視線を滑らせる。

 壁際には棚に綺麗に収められた、半ば装飾代わりにもなっている酒瓶と樽。各テーブルの上には無駄にお洒落に気を遣ったような、ふんわり花の香りのするキャンドルが置かれている。


「宿の要素はどこ行った? これじゃ『寝る』にしても酔い潰れて寝ることしか出来ないって」


 言いたかったことを全て吐き出したトカゲを前にすると、ガッツは突然腕を組んで笑い出した。何の変哲もない天井を仰ぎながら笑うガッツの奇行を目にしたトカゲが、引き気味に言い放つ。


「今度はどーしたのさ?」

「いいリアクションだぞ、トカゲ。やった甲斐(かい)があったものだ!」

「はぁ?」


 困惑して頭上に疑問符を浮かべたトカゲに、ガッツは笑い交じりで説明してみせた。


「まあドッキリというやつだな。ここ数日色々面倒だったろうと思って、その(ねぎら)いというわけだ」


 予想もしていなかった展開にトカゲが溜息を吐く。


「なら一言そう言ってくれりゃ良かったのにさ。いい性格してるよ、まったく」


 トカゲがアヤメの方を向き『ねー?』などと賛同を得ようとする。アヤメは笑って中立を保つ。二人のやり取りが穏やかな日常に戻り始めると、ガッツはまたもや豪快に笑った。


「バレてしまってはドッキリとはいかんからな」


 少し空気が和むと、ガッツは向かいの男女に交互に視線を移した。


「ところで何も聞かずに注文まで済ませてしまったが、一応年齢確認だけしておくか。お前たち、いくつだ?」

「十九です」


 アヤメは即答。一方でトカゲは両手を開き、ガッツの方に向け、否定するような素振りをした。


「十七。悪いけどボクはまだ未成年だから、飲酒は――」


 トカゲの言葉を聞いたガッツとアヤメの視線が集中する。トカゲは二人から向けられた奇妙な視線に気づき、言葉を中断した。


「……何? どーかした?」

「うむ、十七であれば成人済みのはずだが」


 ガッツの言葉を聞いたトカゲの脳内に浮かんでくる『常識』。トカゲはハッとした。彼の脳裏に出てきたのは、彼の内に存在する()()()()である。


 ――ソロモ、アイツは確かに『この世界は日本と大差ない』と言っていた。でも、いざ蓋を開けてみればその言葉は全く嘘。なら、今回も違うパターンか。


 トカゲは記憶喪失というレッテルを意図的に使い、異世界からの来訪者であることを隠しそうとした。記憶がない、と言えば並大抵のことは誰かが教えてくれる。トカゲにとっては都合のいい言い訳なのだ。


「ごめん、ボク忘れちゃってるみたいなんだけどさ、成人年齢って?」

「十六だ」

「あれ、そうだったっけ?」


 トカゲがとぼけて事態は収束する。その後はテーブルの上に視線をやり、注文の品が届くのを待った。

 しかし、先ほど避けて通ることが難しい話題が挙がったばかり。我慢しきれなくなったトカゲとアヤメは息の合った動きで互いの方を見ると、驚嘆の声を出した。


「ってか、そうじゃなくて! ええ? アヤメちゃん、いや、アヤメさん? って、ボクより年上だったの?」

「そこは私も驚きました」


 困ったように視線を泳がせるアヤメ。会話も弾むようになり安心したのか、珍しくフードを外していた。


「その、てっきりトカゲさんは十九歳(同い年)か、それより年上の方なのかと。立ち振る舞いとかも落ち着いてて結構大人っぽかったですし」

「ね。ボクもアヤメちゃんとは十七歳(同い年)くらいかと思ってたんだけど」


 目を丸くし合う二人にガッツが首を突っ込んだ。


「何だお前たち、あれだけ一緒にいてまだそんな話もしてなかったのか?」

「うーん、まあ。別に話す必要性も見当たらなかったしさー」


 口を動かす一方で、トカゲは再度視線をアヤメに戻す。


「それよりも今まで軽率に『アヤメちゃん』なんて呼んでごめんね。なんなら、この話し方も直さないと……」

「いえ、それはそれでもう慣れちゃいましたし、このままで……」


 テーブルの上で談笑が盛り上がっていると、先ほどの、少し後頭部の禿()げた店員がトレイに三つのグラスを掲げてやって来た。ガッツが召喚した卓上の主役のお出ましである。


「お楽しみのとこ邪魔するぜい。ご注文の《月泡》三点だ」

「おお、ありがとうな。今日は随分と提供が早いではないか」

「そりゃあな。あんだけ物騒事があった後だ。そら客足だって遠ざかるだろうよ。普段なら満席で大忙しだってのに、あの日以来とんと空気しかいねぇ。おかげで商売落ち込んでんだ」


 この店員が言う通り、店内は閑散としていた。テーブルは全部で十席ほど用意されているが、現在人が座っているのはガッツたちが座っている席を含めた上でも、僅か三席に過ぎない。


「災難だな。だが安心しろ。今日は俺たちが少しでも貢献してやるから」

「そいつぁありがてえ。初めましての顔ばっかだが……まあ、ゆっくりしていけよな!」


 会話の最中、いつの間にかグラスはテーブルに移っていた。店員は笑って話を終えると、その後頭部で光を弾き返しながら厨房へと去っていった。


「やけに仲いいんだね」

「アイツは元々支部の職員仲間だったんだ」

「旧友さんねー、納得」

「数年前アイツは支部を去っていったんだが、それから個人で月泡楼(この店)を経営し始めてな。それ以来、ここにはよく通っている」


 トカゲはグラスに目を向けた。グラス下方には何か白い液体、上方には黄色い液体が注がれている。


「……綺麗ですね」

「ね、空みたい」

「月とそれに重なった雲を模した泡、故に《月泡》だそうだ」


 商品の成り立ちを自慢げに語るガッツからは、店員との仲の良さが伺える。看板商品の生い立ちまで知っている人間は、世界中を探しても少ない。


「アイツがアニムを使って発酵させた酒だ。旨いぞ」


 ガッツがその場を取り仕切って、真っ先にグラスを手に取った。続くようにトカゲとアヤメもグラスを握る。


「よし、準備は整ったな?」

「勿論」

「今日は俺の奢りだ! 酔うまで飲め!」


 二本のグラスが高く掲げられ、テーブルの上でチン、と音を鳴らした。少しだけ遅れて、低めの位置から控えめにもう一度グラスがぶつかる。


「乾杯!」

「かんぱぁーい」

「……乾杯」


 ガッツは豪快に喉を鳴らし、アヤメは少しずつ口に含んでいく。トカゲは一口だけ飲むと、後は様子見。

 戦場を生き延びた三人の晩餐は、こうして幕を上げるのだった。

今日の一言:オーナーのアニムは「腐敗と発酵を操る」ものとなっています。やろうと思えばヨーグルトや納豆も作れます。支部職員を退職したのは、堕魂との戦闘では役に立ちにくいのに戦わされるためでしょう。

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