第2話:続く不幸の後には、僅かな希望?
「……きろ……起きろ」
誰かの呼ぶ声に反応して、クリーム色の頭髪の少年は体を起こした。
その瞬間に視界に映りこんだ景色は、先ほどまでいたはずの路地裏ではなかった。壁はトランプのようなカードで、床は赤と黒の市松模様で構成される空間。
奇妙な空間に立つ人物もまた、目を疑うような奇妙な存在だった。
ソイツは一応人型なのだが、全身の黒い姿をはじめに、色々と珍妙な恰好をしている。
頭部は金の下皿天秤の形状で、背中には木の枝のような羽が生えている。羽には至る所に宝石のような何かが垂れ下がっている。手首にはサイコロのブレスレット、首元にはカードのネックレス。下半身はなく、宙に浮いている。
その姿を見た少年は絶句した。得体の知れない『何か』に出会ったことで、死んだことさえも忘れるほど衝撃を受けていた。
「何だ、やっと目覚めたかと思えば、人をそんなにジロジロと見つめて」
顔がないソイツは、どこにあるのか分からない口から声を出す。その声は低いのだが何を言っているのかは鮮明に伝わってくる。どこか浮世離れした声に感じられた。
続けてその声は、既に過去のものになった事実だけを淡々と告げる。
「お前は死んだ。先ほど心臓を撃たれて、な?」
「ほーん。なんとなーくそんな気はしてたけどね」
少年はいとも簡単に殺された自分に対して、呆れたように溜息を吐いた。彼は立ち上がると、おもむろに黒い人物を観察し始めた。
「どうした、そんなにオレが不思議か?」
黒い人物は自分を見つめて離さない少年を疑問に思う。
カーキのパーカーの少年は黒い人物の声を聞いて、ハッと我に返った。
「あ、ごめんね、いきなりガン見しちゃって。死んだ後にも意識があるのが不思議でさ。まあ、まずは初対面なんだし自己紹介しないと。ボクの名前は――」
少年の名前が出る――直前で、黒いモヤのヤツが口を挟んだ。
「よい、お前のことならば知っている。その名はもう捨てたのだろう? だったら今のお前を呼ぶのなら、コチラの方が相応しいだろうな。《コードネーム:トカゲ》」
「……は?」
――初めて会ったはずなのに、コイツは名前のことを知っている?
少年、もといトカゲは目の前に立ち塞がる黒いヤツが不気味でならなかった。名乗ったはずのないコードネームまで知られていることを、気味悪く思う。
戸惑うトカゲを目にしてか、黒い彼は自らの身分を口にし始めた。
「オレはソロモ……とでも名乗っておこう。今は訳あってこの世界にいるが、普段は別の世界を観ている」
「別の世界の観察者……要するに、神様か何かってことでいいのかな?」
「人間の間ではそのように呼ばれている。尤も、オレはオレ自身を『神』相応とは思っていないがな」
『神』と信仰される存在を目にしてもトカゲは至って冷静だった。本来であれば疑心暗鬼になって問い詰めるか、言葉を失うか。しかしトカゲは例外だった。
ソロモは例外を見つけると、嬉しそうに頭の天秤を揺らした。
――やはり、オレの目に狂いはなかったようだ。
少しの沈黙の後、ソロモはターゲットに決めた男に話しかけた。
「そんなオレから一つ話があってだな。やや唐突な話になるが、お前はまともな人生を歩んでみたいとは思わないか?」
「いきなり何の話さ。まるでボクの人生がまともじゃなかった、みたいな言い方してくれちゃって。今から転生ものの御伽噺でもするつもり?」
「オレが普段観測している世界になら、お前を案内してやれる。その世界はこの世界とはそこまで変わらんし、お前のような順応性の高いやつならば問題はなかろう。行ってみたいとは思わんか?」
「悪い話じゃないけどさ、なんか、どーにも都合が良過ぎない?」
トカゲはそんな言葉で誤魔化しながら、選択を眺めていた。
――何だって、転生? やっと死んだと思ったのに? 別に転生したいとか考えたこともなかったんだけど。でもだからと言って、断る理由もない。どうしようか。
トカゲの結論はいつまで経っても返って来なかった。
だが自負していないとはいえ、ソロモは神。ソロモは彼の迷いを見抜くと、更に話を続けた。
「人生など、己のやりたいようにやれば良かろう。今世ではそれが出来なかったのなら、やってみるがいい。安心しろ。お前なら出来る」
言葉を聞いたトカゲは、ソロモに疑いの目を向けた。
だが食わず嫌いというのは勿体ない。折角ただでもう一度挑戦出来るのなら、賭けてみるだけ賭けてみれば良い話である。
トカゲは散々迷った果てに、溜息を吐いて答えてみせた。
「分かったよ。……本当に、この世界とそこまで変わらないんだよね? 色々と」
「ああ、それは保証しよう」
正直に言えば、ソロモの話はどこか胡散臭い。何を基準にしてこの世界とさほど変わらないと言い切れるのか。しかしトカゲ本人には判断材料がなかった。
「いいよ、もう一回くらい人生送ってやろうじゃないの。次こそはまともな生き方が出来るんだろーね?」
「それはお前次第だが……では、始めよう」
ソロモは彼の言葉を聞くと、嬉しそうに返した。その後自身の体をトカゲの体に纏わせるように絡みつかせる。彼はトカゲの体に溶け込むと、内から語り掛けた。
「お前は心臓を失っているようだ。オレの心臓を貸そうではないか」
トカゲは言葉が聞こえるのと同時に、胸に暖かみが宿るのを感じ取った。久しぶりに自分の胸の奥に鼓動を感じる。
こうして、トカゲというコードネームを持つ少年の人生の、第二幕が始まるのだった。
今日の一言:主人公トカゲの名前は既に決まっています。ですが、本人が言いたくなる時まで待ってあげてください。彼は不器用で人付き合いが苦手なので。
次の投稿は本日12:30です。どうぞご覧ください。




