第14話:護衛としての覚悟
支部の地上階は、いつにも増してざわめいていた。
トカゲが階段を上り、一般人用のエリアに入ると壁際には見覚えのある顔が立っている。ガッツにルコール、そしてフードをかぶっている少女。
ルコールはトカゲを発見するなり、脇目も降らずに前進した。トカゲの前へ立つと一呼吸挟んでから、話を始める。
「手続きの方は順調ですか?」
「いえいえ。それが面倒なことに、明日も引き続きやらないといけないみたいですよ」
「それは大変ですね」
クリーム髪に話を聞いたのは切り込みに過ぎない。支部長はトカゲの口が自然と動く流れになると、本題を提示した。
「ところで話は変わるのですが、少しよろしいでしょうか?」
「いいですけど。何でしょう?」
ルコールは話す直前、目線をフードをかぶった少女の方に向けた。
「あの少女のことなのですが……何も話してくれず、名前以外は聞き出せませんでした」
口振りから察するに。少女は結局のところ、ルコールに事実を告げる時に『襲われるかもしれない』『狙われるかもしれない』といった恐怖に圧し負け、何も言えなかったようである。
トカゲは少女の方へ一瞬、チラリと視線を向けた。少女は壁際でトカゲが貸したパーカーのフードを深くかぶり、俯いている。
「そこで貴方にお願いがあるのです。あの子のことを、貴方にお任せしたい」
トカゲは自分が名指しで少女の保護役に選ばれた理由が分からず、眉をひそめた。
現在のトカゲには、尋問の際の返答具合から記憶喪失の疑いがかけられている。保護者として頼るならば、それこそ支部長の背後に立ってるガッツの方が適任だろう。こと戦闘経験にしても、昨晩が初だったトカゲとこれまで幾度となく堕魂を討伐してきたガッツとでは、天と地ほどの差がある。
理解出来ない支部長の発言に、トカゲは耳を疑った。
「……ボクに?」
「ガッツ殿からも聞きました。彼女は貴方だけは信用しているようだと。まだ未解明のようですが、貴方には戦える力もある。彼女を追う輩から守り、そして可能であれば……彼女の口から情報を引き出していただきたい」
支部の長が深々と頭を下げ、トカゲに頼み込む。その光景は事情を知らない第三者から見たら、異様な光景であった。
トカゲは少女の方へ体を向ける。彼女は依然として壁際で顔を覆い隠し、立ち尽くすのみ。
昨晩に続いてトカゲの理性の歯車が一つ、静かに壊れた。
――放っておけないな。元はと言えば、ボクが勝手にマユの面影を重ねたのが始まりだ。今更無責任に見捨てられない。
トカゲの胸の奥で強い感情が鼓動する。目を閉じ、深呼吸してから口を開いた。
「……分かりました。でも、聞き出すことはあんまり期待しないでくださいよ?」
「助かります」
小柄の老人が再び、軽く頭を下げた。
「それから彼女の名前ですが、サクライ・アヤメだそうです。珍しいことにサクライが姓とのことで、アヤメが名らしいです」
何が珍しいのかは分からないため、適当に流す。
「へぇ、そーなんですか。ありがとうございます」
軽く頭を下げ、トカゲは支部長に背を向けた。ガッツと少女アヤメの元へと駆け足で寄る。
「おう、お疲れさん!」
ガッツがトカゲの背中を軽く叩き、いつも通りの豪快な声を出す。
「手続きは難航してるようだが、どうだ? 疲れただろう。この後一杯パァーッと飲みにでも行くか?」
公的にアヤメの保護を任されたはいいものの、トカゲはまだ内心『自分が適任なのか』と迷いを抱えていた。その姿がガッツの目には手続きで疲弊したように映ったように見えたのだろう。彼なりの気遣いだった。
しかしトカゲは断った。
「あー、ごめん。今日は遠慮するよ。折角だけどまた今度で。今はそんなにお金もないしさ」
話を軽く切り上げアヤメと合流したトカゲは、何も言わずにそのまま支部を去っていった。
「お、おう。俺の奢りでも構わんのだが……」
ガッツは離れ行く少年の背を見て、呆然と立ち尽くすだけだった。
♢ ♢ ♢
外の空気は柔らかい陽気を含んでおり、過ごしやすい。午後四時頃の街並みには人々の影が長く伸び始めている。
「この後なんだけど、陽が沈むまではまだ時間があるし、少し寄り道していい?」
「……はい」
アヤメは小声で答えた。一人になることへの恐怖が強いために、断る選択肢はもとより存在しない。
通りを歩く二人には再び沈黙が訪れる。人の声も、夕を告げるカラスの声も、馬車の走る音も聞こえるが、どれもどこか遠い。まるで二人だけ別の世界に迷い込んだようだった。
「サクライ・アヤメちゃん、って言うんだって?」
不意にトカゲが軽い調子で言い出した。
アヤメは名乗っていないのに名を知られている事実を知り、立ち止まる。
「……え?」
「ごめんね。本当はアヤメちゃんの口から直接聞きたかったんだけど、支部長さんから聞いちゃってさ。そのことで話したいことがあるんだけど、大丈夫そ?」
トカゲの歩幅が徐々に小さくなっていく。アヤメに向き合おうとしていることの表れだった。しかしその気持ちとは裏腹に、彼の視線はアヤメに向くことなく、ただ虚ろに前のみを映す。
彼は内心、前世で罪を犯したような人間が一人の命の責任を負うなどいいものか、と疑念を抱いていた。
「急で驚くかもしれないけど、ボク、アヤメちゃんの保護を頼まれたんだよね。傍で守ってやってくれーって。でも、これにはアヤメちゃんの気持ちも大切でさ。自分の身の安全を任せるのが本当にボクでいいのか、確認してもらってもいい?」
アヤメが立ち止まった。反対にトカゲが前進していく中、彼女の瞳に光が宿る。ソロモの瞳、それは真実を現に映し出す。
映ったのは幾つもの嘘偽りに矛盾。けれども今の言葉に関しては『嘘の境界』がない。
――この人は自分を何も言わずに助けてくれた。この人なら、信用してもいいのかもしれない。
「……お願いします」
アヤメが小声で伝えるとトカゲは立ち止まった。振り向きざまに表情を笑顔にすり替え、にこやかに向き合う。
「……そっか。じゃあ、今この瞬間からボクの護衛業が始まりってことで。よろしくね、アヤメちゃん」
先ほどまでの神妙な声とは打って変わって、軽く笑う悪戯な声。アヤメにはその明るさが眩しかったが、同時にどこか痞えるようにも感じた。
――知られたくないこともあるはずなのに。
アヤメは瞳の力を使ったことを後悔した。
今日の一言:メインヒロインの名前が判明するまでに時間がかかり過ぎな気もしますが、『現実ベースならこんなものでは?』と考えた結果です。ということでサクライ・アヤメちゃんをよろしくお願いします。
次の投稿は16:40です。少しだけお待ちください。




