第12話:『不穏』は連鎖するもの
宿を出るとガッツが先頭を歩き、トカゲと少女はその後ろについていくことになった。
既に昼を回っていることもあり、陽ざしは暖かく穏やか。街には人々が出歩いている。
焼き菓子の匂い、呼び込みをする店主の声。これだけ見れば何の変哲もない、至って普通な街なのだが、見れば見るほど人々の生活には活気よりも怯えが目立つように感じられた。
違和感などといった生半可なものではなく、明らかに怯えている。お互いがお互いに向ける目線が疑心暗鬼になっていた。どこを見渡しても誰かが集まってコソコソと井戸端会議。
彼らは支部に向けて歩いている三人を見ては口々に言う。
「今度は何かしら?」
「また泥棒か?」
「いや、人攫いの犯人かもしれんぞ」
「それ、前にも言ってたじゃない」
責め立てるような人々の視線に畏縮した少女は、トカゲから借りたフードをこれでもかと深く被っていた。
やがて市街地を抜ける一行は特別な会話があるわけでもなく、トリメルカの保安協会支部に到着。
「少しここで待っていてくれ。話を付けてくる」
ガッツはそう言い残すとカウンターの方へと、のしのし歩いていった。
待機することになったトカゲは暇つぶしにカウンターの反対側にある掲示板を覗きに行く。掲示板には幾つもの張り紙があったが、そのどれもが衝撃的だった。
『レーク村焼失事件:情報求ム』と書かれた張り紙と、それに関係があるのかは不明だが、数えるのが面倒な程多数の行方不明者情報。
「えぇ? うーわ、治安悪ぅ……」
村が丸々焼失したというのは以前ルコールが言っていたためにそこまで衝撃は受けなかったが、人々が次々と失踪していくような世界事情にトカゲはただ絶句。同時に先ほどの街での人々の様子が、嫌でも納得出来てしまうのだった。
「どこの世界も世知辛いねー」
――やっぱ、人身売買、臓器売買はどこに行っても避けられないか。金になるから当たり前なんだけど。
トカゲが呆然と掲示板の前で立ち尽くしていると、ガッツが帰って来た。
「よし、直に話せる許可をもらった。ついてきてくれ」
「はいよ」
ガッツに連れられ、支部の二階に上がる。案内されたのは重厚な木製の扉が建てつけられた、いかにも厳重な管理がされていそうな部屋だった。管理の具合が尋問を受けた部屋とは雲泥の差である。
重い扉を押し開け中に入ると、ルコール支部長は既に上座に座っていた。脇には秘書と思わしき人物も構えている。机の上には湯気を立てるカップがあり、リラックスを誘う香りが漂う。
「こんにちは。どうぞお座りください」
「失礼します」
催促されて高級感のある椅子に座ると自然と背筋が伸びた。これから始まる会談に緊張するトカゲとパーカーを借りている少女。固い空気をルコールが破る。
「受付の者からも軽く話は伺ったのですが、お二人の口からも聞かせていただけますか?」
トカゲは少女の方を見て、どちらが先に話すのかを相談しようとした。しかし少女は石像になったように硬直し、とても話せる状態ではない。トカゲが先に話すことにした。
昨晩のことを全て話す。鞭の女の襲撃、少女が追われていたこと、トカゲが一度死にかけたこと、そして何かの力が覚醒したこと。『ソロモの瞳』だけは少女がどこまで話していいと思っているか分からないため、触れなかった。
話が終わると支部長は両手で頭を抱え、唸り声を上げた。
「……嫌な予感がしますな。おっしゃられた通り、相手が単独犯とも考えにくい。早めに対応せねば、次は何が起こるか分かりません」
ルコール支部長の眉間の皺が深くなっていく。小柄な老人は深く考え込んだまま、少女に問いかけた。
「続いて、お嬢さんの方からもよろしいでしょうか? 追われていたとしたら、その経緯についてご存知なのはご本人様だけでしょうから」
少女は唾を飲み、自身の身に降りかかった災いの全てを伝えようとした。だが真実を告げるとなれば、否が応でも当時のことを思い出す。言えば助けてもらえるかもしれないと思う心はあっても、言えば自分を狙う人間が増えると疑う心もある。深層の奥深くまで根をはべらせた恐怖は、喉にキツく蓋をした。
少女は固まったように動かず、瞳孔も開いたまま。時間だけが刻一刻と過ぎていくのを勿体ないと感じたルコール支部長はやがて話を変えた。
「そういえば、先ほどアニムが発現したと伺いましたが、報告は済まされましたかな?」
「報告?」
アニムにまつわる知識がないトカゲは、突然降られた話題に眉を上げた。
「ええ、国の方から定められた決まりでして。発現者は必ず申告を行うよう、義務付けられているのですよ。少々手続きは煩雑ですが、今のうちにされた方がいいかと」
「分かりました。ちなみに、どこで報告したら?」
「下のカウンターで承っております」
「そうですか。じゃあ、行ってきますね。失礼します」
トカゲは立ち上がると頭を下げて部屋を後にした。自分の背に救援を求める少女の視線が向けられていたことにも気づかぬまま。
扉が閉じた後、ルコール支部長は再び口を開く。
「ガッツ殿も一度席を外していただけますかな?」
「構わんが、どこにいればいい?」
「隣の部屋で待機を」
秘書が無言で頷き、ガッツを先導する。部屋に残ったのはルコール支部長と少女のみ。
ルコールは一人のほうが話しやすいのだろうと思ってトカゲとガッツを退去させたのだが、これが悪手であることは知らなかった。
今日の一言:この話は元々次の話とセットで1話に相当する予定でしたが、文字数が長くなりすぎたため、分割しました。1話あたりの文字数のバランスが難しい。
次の投稿は17:10です。お待ちください。




