第1話:不幸の後には不幸が続く
――ろくでもない世界に、さよならを。
これは、最期にそう言い残した一人の少年の物語である。
♢ ♢ ♢
男たちの高らかな笑い声が路地裏に響いた。
男たちから十メートルほど先、一人の少年が倒れている。色素が薄いのか珍しくクリーム色の髪で、左手の甲にはトカゲのタトゥーが入っている。着ていた白い服とカーキの半袖パーカーは左胸を中心に、血で赤く染まりつつあった。
「ハッ、見ろよ。ザマァないぜ。たった一発ぶっ放しただけで伸びやがった」
微かな火薬の匂いと、刺すような焦げた金属の匂い。それぞれを生死の瀬戸際で敏感になった嗅覚が察知する。
「こんな虫けら一匹に島を荒らされるなんてなあ? とんだ予想外だ」
「ま、誰かに来られちゃ困る。さっさと盗るもん盗ってとんずらしようぜ」
コツコツ、と少しずつ迫りくる足音。強引に腕を引かれ、少年の体は地面から離れていく。心臓を撃たれた少年の体に手を伸ばし、鞄やらポケットやらを物色する男ども。少年は抵抗しようとしたが、体に力が入らずただ重いだけだった。
――ああ、あの頃から既にボクの『歯車』は壊れていたんだろうな。
少年は遠のく意識の中、記憶の濁流に翻弄されるのだった。
♢ ♢ ♢
ボクは裏社会の一員にして、一人の少女の兄だった。親からの虐待が酷く、道端で転べば蹴られ、皿を落とせば灰皿で殴られる。泣けば泣き止むまで殴られ続けるようなのは日常茶飯事だった。ある晩そんな虐待に耐えかねたボクは、当時まだ幼かった妹を抱えて逃げ出した。
行く宛もなくただ逃げたボクは、いつしか都会の路地裏にいた。ただ逃げてきたはいいが、完全無一文だったために、静寂に包まれた世界の隅で、ゴミを漁るネズミのような生活を送っていた。
しばらくそんな生活が続くと幼かった妹は死んだ。いや、殺されたと言った方が適切か。妹は路地裏で停滞した冷たい手によって殺された。ボクは妹を隣に置いたまま、暗い世界を眺めながら、ゆっくりと自らの死を待った。
だがそんな時に偶然出会った裏社会の人たち。その出会いは幸か不幸か、今になっても分からない。
でも、彼らは貧相な身なりで目の死んだボクを見ると、何も言わずに本部まで連れていき、一汁三菜の揃った食事、穴の開いてない衣服、シラミもゴキブリもいない寝床を用意してくれた。
妹の亡骸も彼らの同情故だろうが、きちんと火葬して一緒に弔ってくれた。
彼らは家族らしい家族を全て失って世界に絶望したボクにとっては、新しい希望の光だった。
そして決心した。違法だと理解しながら、その時の恩を返すために彼らの下で働くことにした。日中は汚い金で学校に通って人間のフリを。夜になれば淡々と裏社会の仕事をこなして化けの皮をかぶるための費用を稼ぐ。
ただし、彼らの下で働いていたと言っても大したことはしていない。精々やったのは薬の密売や商品の在庫管理なんか。人を殺したりはしてない。数回だけ拷問染みたことをやったことがあるが、過激なものはそれっきり。高い報酬目当てでボクがやりたいと頼んでも、何故か彼らはやらせようとしなかった。
報酬は仕事が簡単で楽な分、少なかった。学費もそこから払っていたとなると、実際、生きていくには少し厳しい額面だったことは否定出来ない。
だがある時、一つの話題を耳にした。それは近日開催される、裏社会の代名詞ことカジノの案内。いくらか参加金さえ積めば、勝った分の儲けは全て自分の取り分にして良いとのことだった。
上の人の誘いに乗ってカジノに参加することは多々あった。その影響でカジノへの抵抗はなかったし、今回は更に旨い話もある。即座に話に乗り、カジノへ出向いた。
結果は自分でも驚くほどの大勝ち。何かに操られていたんじゃないかと疑うレベルで、ボクの勝ちに傾いていた。あの時の興奮は忘れられないし、一度に大金が手に入った実感もあってか、多少の恐怖もあった。あの時の景色は永劫記憶に残るだろう。妹を失ってから久しぶりに、自分の心が動いた気がした。
そしてその時得た金で、今日は写真の中の妹と一緒に焼き肉でもして、一時的でもいいからあの頃の『兄』に戻ろうかと、そう思っていた矢先の出来事だった。
♢ ♢ ♢
気付けば男たちは去り、路地裏は静寂に包まれていた。痛みは感じない。だが、体は鉛の如く重く、指先や爪先は冷えきった鉄のように冷たい。視界はぼやけ、濁った街灯の光だけが差し込む。耳に入る音はまるでフィルターがかかったように遠い。地面にじわじわと広がる生温かい液体が指先を浸し、脳裏には妹のマユが浮かぶ。
「約束、守れなかったな……」
呼吸は浅く、脈もない。世界は少年を置き去りにして、光も、音も、風も、冷笑するかの如く静かに離れていった。
今日の一言:初めまして! 処女作です。拙作ですが、どうぞお付き合いいただければと思います。
次の投稿は本日12:20です。是非ともご覧ください。




