ハインツの回顧2
そんな状態で美しく着飾ったフローレンスを見た時は、表情には出てないと思うが、このままどこへも行かずに自宅へ連れて帰りたくなった。
もちろんそんな事をしたら2度と会って貰えない。薔薇を買って行って本当に良かった。そんな邪な気持ちが消えたからだ。
劇場でも誰にも見せたくなかった。逃げようとする手を繋ぎ、そのままずっと見つめて居たかった。もちろん、この後食事に付き合って貰うのも予定に入れている。
夕食は大変喜んでいたと思う。小さな口で、もごもごと食べている姿は子ウサギのようで可愛らしかった。このまま2人で一緒に家に帰れたらな。と思ってしまった。
楽しい時間は瞬く間に過ぎ、馬車の中で次の約束を取り付けたかったが叶わなかった。
次に会えたのはしばらく経ってから。父親の約束を横取りした感じだ。自分がフローレンスを迎えに行く。昼ごはんは要らないと告げると苦笑いしていた。
フローレンスを迎えに行くと、あのマリーと言うメイドのセンスが良いのだろう。フローレンスは可愛らしさの中にあどけなさが少し残るコーディネートをしていた。
前回同様このまま家へ連れて帰り、――――今度は自分の部屋へ連れて入りたくなったが、2度と会えないのは困るので我慢した。なんだかんだで溺れているのは自分だけなのだ。
――――ただ帰りの馬車でやらかしてしまった。
自分から少しずつ距離を置こうとするフローレンスに、恐怖から無理矢理口づける凶行に及んでしまったのだ。あの怯える表情を見た瞬間、自分の中の劣情に火がついてしまった。
静かに泣いているフローレンスを見て正気に戻った。
――――私はなんて馬鹿な事を。でも、その後の話の中でフローレンスは、はっきりとこの先に進む事を拒絶したのだった。
フローレンスはとても頭のいい女性だと思う。本人は謙遜しているが、亡くなられた祖母はフローレンスに大切な事はしっかりと教えて逝ったのだろう。
本人の言葉は決して多くはないが、きちんと整理されていて話していてとても心地よい。簡潔であり無駄な言葉がないのだ。
それでは確かに社交は向かないが、別にさせなければ良いだけだ。
時間がかかるがフローレンスの言葉を理解した上で、少し作戦を練ることに決めた。もちろん彼女の動向は探っておくことも忘れなかった。
しばらくしてから彼女が家から出たことを知った。行き先がグラナダの教会でのボランティア活動と分かった時は実に彼女らしいと思った。
さあ、この間に私も動こう。
陛下の特効薬については先日やっとそれらしい効能を発見した所だ。あのフローレンスを悩ませているアンリエッタという妹も遠くへやってしまいたい。話の流れから幾つか縁談が来ている事は知っている。
シシリー辺境伯の所の薬草が確か王家に献上されてたな。それを上手く利用させて貰おう。
一般国民が良く読まれている新聞の記者達に、故意にシシリー辺境伯の薬草の事を誉め、その効能を多少大げさに記者たちに伝えておいた。
さあ後は勝手に物事が動き出すだけだ。これで恐らくあのアンリエッタとかいう妹が出てくるはずだ。
時間の経過とともに、思った通りサフィノワ伯爵家の周辺が騒がしくなっているようだ。このタイミングで父にサフィノワ伯爵に連絡を取らせ、シシリー辺境伯と連絡を取るように引き合わせ顔を繋いだ。
この3人の話し合いの結果、母親付きでアンリエッタはあの家から出た。あの親子は実に欲望に忠実そうだからな。
さりげなくシシリー辺境伯のご子息にアンリエッタを誉めて置き、これでシシリー辺境伯の地盤が固まったと思わせる事に成功した。あの辺境伯の息子も中々の野心家だ。王家相手に商売をしているだけはある。
これで恐らくアンリエッタは辺境伯の領地から出ては来ないだろう。若干王家の名前を利用した事で心苦しいがこれもフローレンスを手に入れるためだ。
あの馬車の時にあのような結果になってはいるが、あの馬車での言葉は裏を返せば、フローレンスは私を嫌いではないとはっきり言い切ったような物だ。
それを逆手に取り話を進めて行こう。
グラナダにいるフローレンスに新聞記者が行かないように、新聞社に圧力をかけておくのも忘れない。私の計画の邪魔になる者は、完全排除しておかなければいけない。
しばらく周辺を泳がせながら陛下の容態を見ていた。無事に薬が体に合って来たようで体調が上向き始めた。この様子なら夏には少しづつ公務に復帰出来るだろう。
そしてシシリー辺境伯のご子息とアンリエッタの婚約が調ったことを知った。やれやれだ。
陛下の体調が良くなって来たので、勤務が家と王宮の往復に戻った。ある日父から仕事の帰りでいいから肥料を買ってきて欲しいと頼まれた。
家令が自分が行きます。と言っていたが気分転換も兼ねて自分が行くことにした。
フローレンス程ではないが私も植物を見るのは好きだ。結構見て居られるし、もう少し時間が取れるようなら、自分も庭作りを始めたいと思っている。
そこで久しぶりにフローレンスを見かけた。
ただ余りいい状態ではなかった。彼女はこの地方の男爵の子息に絡まれていたのだ。フローレンスの細い手首を掴んでいるその手を、駆け寄り即刻切り落してやりたいと思ったが、さりげなく近寄ることにした。
フローレンスは涙ぐんでいた。そんな姿ですら私の心をざわつかせる。男爵家のその男は脅すとさっさと謝って立ち去った。ふとフローレンスの手首を見てみると赤くなっていた。
手持ちの薬を塗ってやり、傍にいた侍女に薬を手渡すと、落ち着きを取り戻したのか、フローレンスがハインツを見つめて一連の感謝を伝えて来た。




