21-2:「弔い。そして――」
紅の国の、凪美の町で行われた、邦人回収作戦。
そしてその最中に起こった、航空隊豊原基地の新たな転移。
これ等の大きな出来事が巻き起こったその日から、二日の日数が経過した。
紅の国内で戦いの舞台となった、草風の村及び凪美の町。両町村が負った傷は、わずか数日で癒える物では到底なく、今もそれぞれの町村では、戦いの処理作業が続いている。そして隊もそれ等を支援するため、引き続き草風の村への駐留。及び凪美の町への人員装備の派出を続けていた。
そして同時に、スティルエイト・フォートスティート敷地内に新たに出現した、豊原基地の掌握も未だ完全ではなく、航空隊隊員を中心に各種作業が行われている。
そんなように、各地各所は未だ必要とされる行動作業に追われている。
しかしその一方。その日、豊原基地ではある祭儀が行われた――
「――捧げーー、銃ッ!」
豊原基地の滑走路に隣接する駐機場区画。
そこに陸隊の各隊、及び航空隊の各部署各隊が、部隊ごとに整列してる。
その内の、小銃をその手に保持し、〝立て銃〟の姿勢を取っていた各隊員が、掛けられた号令に呼応。一斉に銃剣の着剣された小銃を、各々の身体の前に持ち上げ、捧げる姿勢を取った。
彼らが小銃を捧げる対象。
それは――駐機場に並べられた、8つの棺。
その棺に収まるは、ここまでの戦いで命を落とした、8名の隊員の亡骸であった。
・第54普通科連隊
穏原 応功 三等陸曹
崖胃 登遠 三等陸曹
・第21施設大隊
麻掬 早道 三等陸曹
誉 青地 陸士長
宇桐 来奈 一等陸士
鈴暮 琴人 一等陸士
・第21後方支援連隊
美斗知 翠星 陸士長
祝詞 読 陸士長
以上、8名の殉職者。
彼らの亡骸を収めた棺が、配置していた隊員等の手により、控えていた車輛へと乗せられてゆく。
今この場で執り行われているのは、彼らの棺の出棺式――葬儀であった。
彼らの亡骸はこれより、この世界で火葬を行っている葬儀屋の元へと運ばれ、荼毘に付される。そして隊の元で、遺骨は厳重な管理下に置かれる予定だ。
元の世界へと戻り、亡くなった彼らの家族、あるいは親しい者の元へと返されるその時まで――
豊原基地で殉職者の葬儀が行われた日を境に、これまで日本国隊が巡って来た各地で、葬儀が行われた。
月詠湖の国、月流州。星橋の町。
町にある教会で葬儀が行われ、教会内の葬儀堂には、複数の遺体が棺に納められ並んだ。
亡骸は、野盗に襲われ犠牲となった、狼娘チナーチの仲間。エルコー、ニナム、セート。
他、野盗の犠牲となった人々のものであった。
「エルコー、ニナム……セート……」
棺の前には、泣き腫らした顔でその場に佇む、チナーチの姿がある。
「……」
「チナーチさん……」
その背後には、水戸美。そしてファニールとクラライナの見守る姿があった。
彼女等は、戦いの舞台となった凪美の町を後にし、隊の手でフォートスティートまで後送されて来た所で、チナーチと再会した。始めは再開を喜びかけた水戸美達であったが、彼女達はすぐにチナーチの様子が何か変わっている事に気付く。
そして隊からチナーチと一行に起こった事態を告げられ、水戸美達は驚愕。そしてファニールとクラライナは、その下手人に対して激高した。
しかしその下手人である野盗達は、すでに隊の手により亡き者となっている事を同時に知らされ、彼女達は自分達にできる残された事が、チナーチに同情し寄り添う事だけだと知る。
そして今日この日、行われた葬儀に参列した水戸美達は、チナーチの深い悲しみに囚われた姿を、見守るしかない事に歯がゆい思いを感じていたのであった。
先日、月歌狼の傭兵団との戦いが行われた、草風の村~凪美の町を繋ぐルート上の谷。
そこでは、隊と傭兵団の代表が再び接触。隊側が回収収容し救護手当を行った傭兵の、引き渡しが実施された。
「バンクスさん。再び出向いていただき、ありがとうございます」
「いや」
隊側の代表は長沼。傭兵団側の代表は、衛狼隊長バンクス。
両社は相対。長沼は敬礼動作をし、バンクスもそれに会釈で返し、そして二人は言葉を交わす。
長沼の背後では、大型トラックより生存者である傭兵達が。そして一名分の亡骸を乗せた担架が、隊員の手により降ろされている様子が見えた。
「申し訳ない。一名、戦いのあった日の内に、息を引き取られました」
「そうか……」
長沼の重々しい口調での言葉に、バンクスは短く返し、少しの間沈黙が空間を支配する。
「バンクス隊長」
そんな所へ、バンクスを呼ぶ声が掛かる。その主は生存者の一人、エスティルという女傭兵だ。
「彼等は最後まで、アレナの命を救おうと懸命になってくれたわ」
エスティルは、隊員の手により傭兵達側の馬車に乗せられる遺体を見ながら、バンクスにそう告げる。
「そうか――」
その言葉に、バンクスは静かに答える。
「……犠牲になった仲間の事を置いて、アンタ等と和解する事は、おそらくこの先も難しいだろう」
バンクスは、長沼に向けて言葉を紡ぐ。
「――だが、アンタ等が最後には、散っていった仲間に敬意を払い、尽くしてくれた事に――その事には、感謝したい」
そう紡ぎ切ると、バンクスは長沼に向けて敬礼動作を行った。それは、かつて彼が出身の国で属していた、軍の礼式に基づく物であった。
「我々は、できる事をしたまでです」
それに対して長沼も、一言と共に敬礼の動作を返した。
凪美の町では、隊と警備隊との戦闘。そしてエルフの操るグルフィ軍団の襲撃により、多くの犠牲者が出た。
その葬儀、追悼が、警備隊と町の人々の手により、その日行われた。
「気を付けーッ!」
警備隊本部古城の敷地内の、正面玄関前の広場で、号令の声が木霊する。それに呼応し、整列していた警備隊の一隊が、一斉に姿勢を正す。
整列した一隊の前には、数十にのぼる棺が並び置かれていた。
「敬礼ッ!」
そして敬礼の号令が掛かり、警備兵達は一斉に敬礼を動作を取り、並ぶ棺に向けて捧げた。
「……」
整列した一隊の傍には、ポプラノステクやヒュリリ。ヴェイノの姿もあった。彼等は、それぞれの面持ちで、葬儀の進行を見守っていた。
やがて警備兵達の敬礼は解かれ、警備兵達はそこから出棺の準備へと取り掛かってゆく。
「――ここまでだ。行こう」
その様子を少し見守った後に、ポプラノステクは他二人に発し、身を翻す。彼等には、まだやらねばならない仕事が山ほどあった。
「あぁ」
ヴェイノもそれに答え、二人はその場を発とうとする。しかし、ヒュリリだけは動く様子を見せず、出棺の様子を頑なに見守っていた。棺の中には、彼女の父であり町長の、ルデラの亡骸もあったからだ。
「ヒュリリ」
「――!、すみません」
ポプラノステクに呼びかけられ、ヒュリリは慌て身を翻してポプラノステクに続こうとする。
「そうじゃない――町長の元にいてやれ」
しかしポプラノステクは彼女の行動を差し止める。そして、そう促す言葉を発した。
「!――すみません、ありがとうございます」
その言葉を受けたヒュリリは、少し申し訳なさそうに返すと、出棺の始まった棺の方向へ、走って行った。
「ヴェイノ、行こう。あいつの分の仕事もしてやらないと」
「あぁ」
ヒュリリの背中を見送った後に、ポプラノステクとヴェイノは、警備隊本部古城へと戻っていった。
草風の村でも、襲撃により亡くなった村の人々の葬儀が行われた。
村のはずれに埋葬地が設けられ、これから埋葬される犠牲となった人々の亡骸に、近しい人々が花を手向けている。
そんな中に、井神の姿があった。彼は隊を代表して葬儀埋葬に参加。亡骸の一つ一つに花を一凛づつ手向けて回り、今しがたそれを終えた所であった。
そして井神は埋葬地を一望できる地点から、亡くなった人々に向けて敬礼を向けた。
「――」
それから少しの間、神妙な表情で一帯を眺めていた井神。
「イノカミさん」
そんな井神に、背後から声が掛けられた。
振り向けば、そこにこの草風の村の村長、セノイの姿があった。
「村を救っていただいたばかりか、亡き者達の弔いにまで手を貸していただき、本当に感謝しております」
セノイは感謝の言葉を紡ぎながら、井神の横に並び立ち、埋葬地を眺める。
「いえ。私たちは、できる事をしたに過ぎません」
対する井神は、最早決まり文句となっている言葉を紡ぐ。
「それに――まだ、終わっていないのでしょう?」
そして続き井神は、セノイに向けてそんな言葉を発した。
「えぇ――」
それにセノイも静かに返す。
村に差し向けられた傭兵団が撃退され、そして紅の国商議会の企みの活動拠点であった凪美の町が、商議会の方針より離反した事により、草風の村の当面の脅威は去った。
しかし、中央府商議会は依然として健在であり、中央府が今後もこの村、及び存在の発覚した隊に向けて、何らかの対応策を差し向けてくる事は明確であった。
「相手の行動の前に、先んじて何らかの手を打ちたい所です」
「まだ、手を貸していただけると?」
井神の発したその言葉に、セノイは少しの驚きの様子を見せて返す。
「私達は訳あって、隣国――月詠湖の国の領地内の拠点から、容易に動くことができなくなりました。そうなった以上、私達にとってもこの国の政府の企みは、対応しなければならない脅威なのです」
井神は、そのセノイに対してそう説明の言葉を紡いだ。
「事情がおありなのですね――分かりました。助けてばかりの我々が何をと思われるでしょうが、微力ながらご協力させていただきます」
「とんでもありません、ありがとうございます」
セノイからの協力の申し出を、感謝と共に井神は受け入れた。
「井神一曹ッ!」
そんな所へ、張り上げられた声が割り込んだ。
井神とセノイが声に振り向けば、村の方より一人の陸曹が駆けてくる姿が見えた。
「どうした?」
息を切らして駆けこんで来た陸曹に、井神は尋ねる声を掛ける。
「て、定時巡回に出た2分隊が……!えらいモン見つけて連れ返ってきました……!」
問いかけに、陸曹は荒んだ息を答えながら、そんな言葉を発して寄越す。
「えらいモン?」
「と、とにかく来てください!」
陸曹に促され、井神は訝しみつつもその場を発った。
「あれは――!」
村内を抜け、村の反対側へと到着した井神。
その周辺には複数名の隊員の姿があり、彼等は一様に、何やら驚く様子でから延びる轍の先を眺めている。
そして井神も、その隊員等同様に、驚き目を剥く事となった。
視線の先、轍の向こうに見えた物。それが、〝装甲車輛〟の隊列であったから。それ等はもちろん、先に転移して来た井神の保有する物とは、また別の一隊であった。
「あの編成、まさか――」
見えたその編成から、井神は現れた装甲車輛隊列の正体に思い当たるフシがあった。
「ウチの中隊(54普連、2中隊)の、装甲車隊かと」
そして追いついてきた陸曹が、その正体を発する。
現れた装甲車輛の隊列は、井神等の所属である第2中隊の編成下にある、装甲車輛を一括して運用する〝装甲車隊〟の可能性が極めて高かった。その装甲車輛の隊列は、程なくして先導の小型トラックに導かれ、村の元へと走り込んで来た。
井神はその内訳を掌握すべく、目を凝らす。
隊列の先頭に位置し、最初に走り込んで来た装甲車輛は〝93式装甲戦闘車〟。
これは89式装甲戦闘車の簡易型であり、誘導弾発射機を撤去し、代わりに主砲として90㎜低圧法を搭載した物だ。これが1輌。
続き姿を見せたのは、〝76式装甲戦闘車〟。
73式装甲車の発展型で、車上に巨大なターレットリングを増設。そこに30㎜リヴォリヴァーカノンを主砲として搭載した車輛だ。これが1輌。
さらに73式装甲車が1輌。
装甲車隊の支援車両である、旧型73式小型トラックや、73式中型トラック等が数輌づつ、続き姿を現した。
「井神一曹ですか!」
そんな現れた装甲車輛隊列を視線で追っていた井神に、頭上より彼を呼ぶ声が聞こえ来た。声を追いかけ視線を上げれば、先頭で走り込んで来た93式装甲戦闘車の砲塔上より、いままさに飛び降りんとする隊員の姿が見えた。
「芹滝三曹か!?」
その隊員は、井神も知る人物であり、井神はその名を呼んで返す。
芹滝と呼ばれた隊員は93式装甲戦闘車より飛び降りると、戸惑う様子で周囲を見渡しながら、駆け寄って来た。
相対、互いに軽く敬礼を交わし合う井神と芹滝。
「一体どうなってんです……?突然上空に閃光が瞬いたかと思ったら、周りの景色が一変してて……第2分隊と合流できたと思ったら、ヤツらはここが異世界だなんて言う――」
そして芹滝は、そこから堰を切ったように、困惑の様子で言葉を捲し立てた。
「落ち着け――と言っても苦な話か……」
そんな芹滝の気持ちを汲み取り、そして井神は新たに現れた彼らに、どこから説明すべきかと思考する。
「井神一曹ッ!」
しかしそんな所へ、またも井神を呼ぶ声が、背後より聞こえ来た。振り向けば、一人の陸士が駆けてくる姿が見える。
「今度はどうした?」
「指揮所に来てください!基地から――小千谷二尉から急ぎの連絡が入っています!」
「ッ!すまない芹滝三曹、少し待っていてくれ!」
井神は芹滝に断り、そして身を翻して指揮所へと駆けた。
指揮所として用いられている、村の空き倉庫へと戻った井神。
開け放たれていた扉より内部に駆け込めば、長机に置かれた大型無線機の周りに、本部要員の算域を中心に、数名の隊員が集っている姿が見えた。
「――あぁ、井神一曹が見えられました。代わります――井神一曹」
算域は手にしていた無線機のマイクに向けて発すると、視線を起こして井神に促す言葉を寄越し、そして無線を差し出してきた。
「すまん――代わりました、井神です」
井神は差し出されたマイクを受け取り、大型無線機の前に立つと、マイクに向けて発し送った。
《井神さん、小千谷だ。偵察に飛ばしたT-4が、大変な物を見つけて来た……!》
無線機からは、少し急いた様子がらしい、小千谷からの声が流れ聞こえてくる。
その日、新たに転移してきた豊原基地からは、周辺の偵察掌握のために、連絡機として基地に配備されていたT-4が飛んでいた。
《護衛艦だ!この土地から東にある内海で、護衛艦が見つかった!》
「護衛艦――ですって?」
《そうだ!T-4からの通信に応じ、第64護衛隊、CG-211〝かまくら〟を名乗っているそうだッ!》
驚きのその報に、井神は返す言葉がすぐには浮かばず、一瞬沈黙してしまう。
《……井神さん?》
「ッ――いえ、すみません。では、その護衛艦の正確な位置を特定し、接触を――」
呼びかけの声に意識を取り直し、無線に向けて発そうとした井神。
「井神一曹!」
しかしそれを遮るように、背後から井神を呼ぶ声が飛んだ。
「ッ――小千谷さん、待ってください――今度はなんだッ?」
それを受け、小千谷に断りの言葉を送ってから、振り向き尋ねる井神。先程から数えて三度目の呼びかけに、流石にその顔は少し険しくなっていた。
「無線から、通信が……!」
井神に呼びかけたのは、別の長机でまた別の無線機に着く陸曹。
耳を澄ましてみれば、確かにその無線機からは、雑音とそして音声が流れ聞こえていた。井神はその無線機の方へと向かい、そして注意深く聞き耳を立てる。
《――応答せよ……ちらは……77戦闘団……》
「!」
そして次に井神が捉えたのは、そんな音声であった。
《繰り返す……こち……第77戦闘団。どこ……聞こえてい……か……!》
続き聞こえた音声。それは、雑音混じりの掠れた物ながらも、はっきりと無線の向こうの存在の、正体を告げて来た。
「77戦闘団……77普連か!?」
その通信音声に、井神の隣で陸曹が驚きの声を上げる。
そして立て続いたそれまでの報に、指揮所内にいた各員が騒めき始める。
「ッ――」
そんな各々の声を背後に聞きながら、立て続いた驚愕の事態に、井神は思わず天を仰ぐ。
「これが、〝ウェーヴ2〟か――!」
そして、間違いなくこれ等の事態の元凶であろう、件の作業服と白衣の人物の姿を思い返しながら、そう言葉を零した――




