20-10:「傷跡」
場所は再び作戦の展開されている、紅の国、凪美の町へ。
先程まで上空を覆っていた鳥獣グルフィの大群は、その大半がF-1戦闘機により撃墜された。F-1の攻撃をかろうじて逃れたグルフィも、展開隊の対空攻撃や、警備隊の迎撃により墜とされた。
わずかに残ったグルフィもあったが、それに跨るエルフ達は戦意を喪失し、逃走を開始。
凪美の町の上空は、再びその広さを取り戻した。
「――危機を、脱したようだな」
車輛隊の傍らで、長沼は上空を仰ぎながらそんな言葉を零し、そして安堵の息を吐いた。
「しかし――今度は基地とはな」
続き長沼は、どこか呆れにも近い様子で、言葉を紡ぐ。
宿営地のあるスティルエイト・フォートスティートに航空隊の基地が転移、出現した旨についても、展開隊の元にも一報が送られていた。
そしてF-1戦闘機は先程町の上空を離脱。フォートスティートの方向へと飛び去って行った。
「長沼二曹」
そんな様子を見せていた長沼の元へ、傍にいた峨奈より声が掛けられる。峨奈は視線で一方向を示し促しており、長沼もそれを追う。その先、水路に掛かる橋の向こうの城門より、こちらへ歩いてくる数名の人影が見えた。
その先頭を歩いて来るのは、他でもない制刻。
そしてその後ろには、先に長沼も相対したディーケッツ始め、数名の警備兵が。そして中央には、警備隊長のポプラノステクの姿があった。
「長沼二曹」
「陸士長」
制刻と長沼は相対し、軽く敬礼を交わす。
「こっちのおっさんが、ここの頭です」
そして制刻は不躾な言葉と共に、背後のポプラノステクを促し紹介した。
「凪美の町。警備隊長の、ポプラノステクです」
前に出てきたポプラノステクは、先んじて警備隊式の敬礼をして見せ、そして自らの身分を名乗る。
「日本国陸隊。展開隊指揮官の、長沼二等陸曹です」
それに対して長沼も敬礼をし、そして名乗り返した。
「停戦の申し出、大変に感謝いたします。私達としても、これ以上の戦闘を回避でき、うれしく思います」
「いえ」
続け長沼は、警備隊からの停戦の申し出に対する、感謝の意を示す言葉を送る。しかし対してポプラノステクは、真顔で端的な一言をまず寄越した。その様子から、彼が内心複雑な思いでいるであろう事は、容易に想像ができた。
「――今回の騒動の原因が、私たちの側にある事は重々承知しています。それに、この町は、あなた方に窮地を救われた。――しかし、私たちは互いに殺めあい、犠牲を出してしまった」
続き、そう言葉を紡ぐポプラノステク。
「えぇ。決して軽い物ではなく、簡単に乗り越えられる物では無いことは、我々も理解しています。すぐに歩み寄る事には、大きな抵抗をお持ちでしょう」
それに長沼も、相手の心情を汲んだ言葉を返す。
「――ですが、まずは今、私達の協力を受け入れていただけませんか?これ以上、犠牲を増やさないために。これから救える命を救うために」
しかし続けそう言葉を紡ぎ、ポプラノステクに向けて訴えた。
「……分かりました。受け入れましょう」
ポプラノステクはほんの少し、考えるような姿を見せたが、程なくして顔を起こし、長沼の言葉を受け入れた。
警備隊本部古城の内部。警備隊の指揮所。
警備隊の中枢であったその空間は、今は凄惨な光景へと姿を変えていた。
その床に横たわるは、多くの警備兵の亡骸だ。
その全てが、その身に切り裂かれたような傷を作っている。彼等彼女等は皆、町の敵となったエルフの女マイリセリアと相対。マイリセリアを相手に果敢に戦い、そして命を落としたのだ。
今は、駆け付けた警備隊の一隊が、指揮所内を駆け回り、生き残った者がいないかを必死に探している。
「……」
そんな中、端の一角に佇む、大小の人影があった。
副官のヒュリリと、オークのヴェイノだ。二人もまたポプラノステクより許可を得て、この場へと駆け付けていた。
その二人の視線は、足元に落とされている。
そこにあったのは、町長ルデラの亡骸であった。
ルデラは彼もまた、ヒュリリ達伝令に出た者のために時間を稼ぐため、マイリセリアに対して最後まで抵抗を貫いたのであった。
「父さま……」
すでに分かっていたことではあったが、それでも最愛の肉親の亡骸を前に、ヒュリリのショックは計り知れなかった。
ヒュリリは父の亡骸を前に、両膝を着く。そしてルデラの上半身を手繰り寄せて、自らの膝の上に乗せると、その両腕で父の身体を抱きしめる。
そして、顔を伏せて大きな泣き声を上げた。
「……」
背後のヴェイノは、少しの間それを見守っていた。
「――」
しかしそれから、その厳つい顔を毅然とした物と変え、その巨体で直立不動の姿勢を取る。そして警備隊式の敬礼動作をし、ルデラの亡骸へと示した――
町の上空から、エルフの操るグルフィの群れが、一掃されたこと。
隊と警備隊の間で、戦闘停止の合意が成された事。
これらから、凪美の町を舞台とした戦闘行動は、その全てが停止終結。隊と警備隊はその行動を、負傷者の発見救護を始めとした、各種救助行動へとシフトさせていた。
隊の隊員と、警備隊警備兵が急かしく動き駆け回る姿が、本部古城を中心に町の各所で目立ち始めた。
隊と警備隊の間には、当然の如く未だに、疑心や警戒の色が漂っていた。
当然の事でもあった。つい先ほどまでは、互いに戦い殺し合いをしていたのだから。
しかし、町の各所で傷つき、そして助けを求める人々の姿。それが疑心や警戒よりも前に、隊員や警備兵達の意識の前に立ち、彼らを動かした。
そして救助活動が進むにつれ、いつしか隊と警備隊は、協力してそれに当たっていた。
本部古城より少し離れた地点の、町の一角。
路上に一台の馬車が停まり、そしてその傍に二名ほどの警備兵と、一名の陸隊隊員の姿がある。そして彼らの手で今まさに、馬車の上に怪我を負った町人が乗せられている。
隊員の方は、ロシア系陸曹のウラジアだ。
彼と警備兵達は、協同で生存者、負傷者の発見回収に当たっている最中であった。
「――乗せたぞ!出す準備を」
「は!」
怪我人の町人を乗せると、警備兵の内の一人が発し上げ、もう一人が答えながら御者席に移り、馬の手綱を取って掴む。
「お願いします」
その様子を見送りながら、ウラジアは馬車上の警備兵に、そう声を発する。
「あぁ、任せてくれ――よし、出せ。南東区のハスハ先生の診療所だ!」
警備兵はウラジアの言葉に了承の旨を返すと、御者席の警備兵に馬車を出すよう発する。そして馬車は馬に引かれて進み始め、その場を発って行った。
「……」
怪我人の町人を警備兵達に託して見送ったウラジア。彼はそこから、周辺に視線を向けた。周辺の町路上では、他にも何名かの警備兵が急かしく行きかっている。
そして道の端には、そこに停まるまた別の馬車があった。その上に見えたものに、ウラジアはその顔を悲観の色に染める。その馬車に乗っていたのは、回収された犠牲者の亡骸であった。
亡骸はその馬車上に乗せられたものに留まらない。周辺の各所には、一連の騒動の犠牲となった人々の亡骸が見えた。現状、生存者の発見救護が優先され、亡骸の回収には手が行き届いておらず、犠牲となった人々の遺体は、その多くが未だ地面に横たわったままとなっていた。
遺体は、町の住人のものもあれば、警備兵のものもある。警備兵の遺体に関しては、それが隊との戦闘の犠牲となったのか、それともエルフの襲撃の犠牲となったものなのかは、ここに来て最早、一見しただけでは判別できなくなっていた。
「……もっと早くに停戦が通っていれば……こんなにも犠牲を出さずに済んだのではないのか……?」
周辺に広がる痛ましい光景を前に、ウラジアはそんな言葉を零す。
「戦闘、戦争なんてそんなモンだ」
そんなウラジアに、背中より声が掛かった。どこか冷たく、若干嘲るような声。
「立場、有り方の違い。状況の遅れ、行き違い――くだらん理由で戦いは起こり、そして望むようなタイミングで終わる事なぞ無い」
ウラジアが振り向けば、背後には香故の立つ姿があった。香故は発し並べながらも、その独特の冷たい眼で、つまらなそうにウラジアの方を見ている。
「〝もしも〟など在りはしない。無駄な事に脳のリソースを割くのは、やめるんだな」
香故の言葉は、正しくはあるのだろう。しかしその内には、棘が多分に含まれていた。投げつけられた不快な言葉に、ウラジアは香故を睨み返す。両者の間に、不穏な空気が漂う。
「――班長!四耶三曹!」
しかしそんな所へ、二人の名を呼ぶ声が割り込んだ。
香故が緩慢に振り向き、ウラジアが香故の肩越しにその先を見る。そして二人の眼は、視線の向こうよりこちらに駆けてくる、町湖場の巨体を見止めた。
「この先の十字路で、怪我人が多数。そっちに人が欲しいそうですッ」
駆け寄ってきた町湖場は、二人に伝達事項を告げる。
「――だそうだ、行くぞ」
それを聞いた香故は、視線を戻してウラジアに、変わらぬ含みのある言葉で促した。そして香故は身を翻し、先んじて歩んでいった。
「……」
そんな香故の背中を、少しの間睨むウラジア。
「……だ、大丈夫すか?四耶三曹?」
「……あぁ、すまん」
しかし町湖場に心配と怪訝の言葉を向けられ、ウラジアは睨む姿勢を解いて返す。
「大丈夫だ――行こう」
そして意識を切り替えて、町湖場に促し、ウラジアも要請のあった現場に向かうべく歩み始めた。
町の各所で救助作業が本格化した頃。
隊の車輛隊からは、2輛の大型トラックが草風の村に戻るべく発った所であった。
これは第二派であった。
これより前にすでに第一派として、これまでの戦闘で負傷した隊員。そして救助された町の住民や警備兵の中でも、草風の村で展開している病院設備での治療が必要と判断された、緊急性の高い重傷者。そういった人々を乗せた車列が、先んじて草風の村に向けて発っていた。
今より発する第二派に乗せられているのは、作戦の初期段階で制圧された娼館モドキより拘束され、ここまで連れまわされた施設の関係者達だ。
隊と警備隊側の調整により、娼館モドキの関係者達の身柄はそのまま隊が預かり、状況の落ち着く目途が立つまでは、隊がその監視下に置く事となった。
そんな拘束者達を乗せた2輛の大型トラックは、町を出るべく城門を目指して、町路を徐行に近い速度で走行していた。
「――ん?」
2輌の内の先頭に位置する大型トラック。そのキャビンの助手席側に座す陸曹隊員が、進行方向の先。町路の脇に佇む人影を見つけたのはその時であった。
それは一人の警備兵だった。
町の中心部から外れ、救助活動の動きも比較的散漫であるその一角で、佇むその警備兵は良く目についた。さらに大型トラックが近づくにつれ、警備兵のその姿は明瞭になる。警備兵はその腕に、人の――子供の身体を抱き上げて抱えていた。
陸曹はそれが、負傷した子供の搬送途中なのかと思った。しかし、すぐにそれが違うと気付く。
警備兵の抱える子供は、その頭をだらりと力なく垂らしていたから――警備兵に抱えられた子供は、すでに息絶えていた。
「――おい、止まってやれ」
見えたその姿光景に、陸曹は表情に微かな悲し気な色を浮かべながらも、運転席でハンドルを操る陸士隊員に告げる。
「えぇ」
陸士隊員はそれに同様の様子で返し、ゆっくりとブレーキを踏む。徐行速度であった大型トラックはそれにより速度を落とし切り、緩やかに停車した。
目先で停車した大型トラックに対して、町路の脇に立つ警備兵は、一度視線を向けて来た。――陸曹等から見えたその彼の顔。そこには、静かな悲しみの色が浮かんでいた。
その警備兵はその視線をトラックからすぐに外した。そして子供を抱えて、トラックの前を静かに、ゆったりとした動きで横切って行った。
警備兵がトラックの前を通り過ぎた後に、大型トラックは再びゆっくりと走り出す。
「……」
陸曹がバックミラーに視線を向ければ、そこに、警備隊本部の方向へ歩き去ってゆく、警備兵の後ろ姿が移った。陸曹は少しの間、その悲し気な背中をミラー越しに見つめていた――




