13-9:「大事な人よ、それ以上悲しむな」
時系列は数分遡る。
第21観測壕跡の東側、先に剣狼隊の傭兵達が駆けあがって来た場所と、だいたい同じ位置。
崖際から、制刻の醜悪な顔が、ぬっと姿を現した。
その形容し難い気味悪さは、先に誉が崖際から腕を現した時のそれをはるかに上回り、この場に誰かがいて制刻に直面していたら、人によっては気を失っていただろう。
「近場に敵はいねぇ、上がりな」
周囲を確認し、制刻は崖下に手招きをしながらよじ登る。さらに続いて制刻の後ろから、鳳藤、竹泉、多気投が上がって来た。制刻率いる先行班は、阻止砲撃のスモークに紛れ、敵を掻い潜り谷間を横断。険しい崖をよじ登り、第21観測壕のある対岸にたどり着いた所だった。
「なんつーとこ登らせやがる!道中は敵の真ん前を横断させるわ、無茶もいいとこだぜ!」
「声を抑えろッ。見つかったらどうするッ」
「チッ」
行程に対する苦言を吐き散らす竹泉だったが、鳳藤に声の大きさを指摘され、小さく舌打ちする。
「おい所で自由、どういうこったよ?来る途中で、頭上をピョンコラピョンコラ飛び交ってんのが何匹も見えたぞ!まさかあれが全部その勇者とやらだ、っつーんじゃねぇだろうな?」
「そんなにゴロゴロ居るモンじゃねぇとは聞いてるがな。とにかく、ヤバそうな奴は全部釣り上げて引きずり回すんだ」
「勘弁してくれ……」
竹泉の皮肉交じりの愚痴を聞き流し、先行班は観測壕の方向へ静かに接近する。
「いたぞ、あれだぁ」
数十メートル進んだところで、制刻が進行方向を指し示す。第21観測壕の塹壕跡と、その周囲に佇む複数の人影が見えた。 先行班はやや窪地になっている場所へ入り、身を隠す。
「竹泉、暗視眼鏡で壕の様子を確認しろ。剱と投は周囲を見張れ」
鳳藤等に命ずると、制刻はインカムのスイッチを入れて話し出す。通信の相手は西側に待機している増援分隊だ。
「ジャンカー1ヘッド、こちらエピック。観測壕の正面に到着した。周辺に敵影を多数確認、現在脅威対象を特定中」
《了解、こちらも目視域に到達した所だ。合図があったら突入する》
短いやり取りを終えた直後、通信に別の声が割って入る。
《L1長沼よりジャンカー1、エピック、各ユニットへ。今しがた、一瞬だけスナップ21との通信が回復したが、その直後に再度途絶。第21観測壕にはまだ生存者がいる、そちらから何か見えるか?》
《なんですって?……こちらからは確認できません》
「また、よくねぇ話だな」
長沼からもたらされた報に対して、制刻は言葉をこぼす。
《ッ、了解。可能な限り回収を急いで欲しい……しかし、決して無茶はするな。特にエピック。緊急事態のため、君らに危険な役割を任せてしまったが、敵の能力は未知数だ。現在迫撃砲隊の再照準を急がせている。諸君等は脅威の引き剥がしに成功したら、逃げに徹して交戦は極力回避しろ、いいな?》
「了解」
長沼の声に端的に答え、制刻は通信を切った。
「こりゃすげぇ、色々突き出て是非ともご遠慮願いたい状況になってやがる」
傍らでは竹泉が呟きながら、暗視眼鏡越しに壕の様子を伺っている。
「敵は?」
「壕の周りに10匹から15匹。さっき相手にした奴等とずいぶん様子が違うな、揃いも揃って趣味の悪ぃ恰好してやがる。おまけにこの状況で、なんぞ和気あいあいとじゃれ合ってやがる様だぞ」
「そいつぁ気持ち悪ぃ。でぇ、勇者は?」
「目星は何匹か付けたが、まだ確定できねぇ。――待った!」
竹泉が突如、険しい声を上げる。その直後、周辺にいた敵影が次々と飛び立ち、谷の東側へと飛び去って行った。
「飛んでいきやがった……退却するつもりなら、ありがてぇんだがよぉ」
「再攻撃のために、再編する気かもしれねぇ。モタモタしてらんねぇぞ」
言いながら、制刻は自身も暗視眼鏡を構えて覗く。
「数匹残ったか。その目星をつけた奴等はどうなった、今ので全部失せてったか?」
「待てや、ちょうど本星だけ残りやがった。あのアホ程でけぇ剣を担いでる奴が見えるか?」
「あぁ、分かりやすいな。アレか」
塹壕跡に残った人影の中に、非常に目立つシルエットが一つあった。その人物は、本人の倍以上の全長はあろうかという巨大な剣を片手で担ぎ、他の敵影と何かを話している。
「どうにもありゃ女だなぁ。不思議な世界で巨大な剣をぶん回す、つおーい女ってか?うっえ、やだやだ……!」
汚れた排水溝でも目にしたかのように表情を歪め、悪態を吐く竹泉。だがその直後、彼の目は大剣を持つ人影が、手にした得物を振り上げる姿を捉える。
「――まずいぞ!」
その動きの意図を察した竹泉は、表情を険しくして声を上げた。
「ありゃなんかを狙ってやがる、生存者か!?――おい自由!奴を引き剥がすって、具体的にどう――」
《――ゲェェーーィリヴゥェェーンおぉーんなーァッ!!こーこまーでおーいでーェッ!!フォーーーォウッッッ!!!》
竹泉の声は、突然の爆発的なまでの怪音に遮られた。
「――んな……?」
突然の事態に竹泉は、そして背後を見張っていた鳳藤も、真ん丸にした目を音の発生源へと向ける。
そこに隠れ蓑にしていた窪地から乗り出し、立ち構えているの姿が多気投あった。不気味なまでの笑みを浮かべている彼。その手にはなぜか、異音の原因と見られるスピーカーメガホンが握られ、挑発行為なのか左腕をグルグルと盛大にぶん回している。
「――なにを超絶やらかしてんだ、お前ぇはぁッ!?」
「なんじゃ?奴の注意を引き付けんだろぉ?」
竹泉は多気投の突然の行動に怒鳴り声を上げたが、当の本人は悪びれもせずに疑問の表情を浮かべる。
そんな彼らをよそに、制刻は暗視眼鏡で塹壕跡の観測を続けていた。突然の怪音に、他の敵影がうろたえる様子を見せる中、大剣を持つ勇者と思しき人影だけは、その大剣を片手で易々と振り回して構え直すと、こちらにその顔を向けた。
「まぁいい、釣れた」
制刻は脅威存在の意識がこちらへ向いた事を確認すると、シレっと一言口にする。
「鬼ごっこの始まりだぁ。行くぞぉ!」
「え――おわぁッ!?」
制刻は口論を続ける竹泉と多気投に向けて言い放つと、呆気に取っられて静止したままの鳳藤の首根っこを掴み、反対方向に駆け出した。
「ゲボがぁッ!これだぜ、いつも碌に物事が進みゃしねぇッ!」
「ハイにして行かねぇとなぁッ!」
竹泉等はそれぞれの感情を言葉にしながら、制刻等に続いた。
「隊長!……行ってしまわれた」
クラレティエが現れた人影を追いかけてゆき、塹壕跡には数名の傭兵が残された。
「とてつもない気迫だった、かなり怒ってたな……」
飛び立つ間際にクラレティエが発していた怒気に、顔を青くする傭兵達。
「まったく、今回の敵は隊長を怒らせる奴ばかりだ。腹立たしいが、それ以上に愚かな奴等だと思うよ……」
「どうせすぐに隊長の餌食だろうしな。そう思うと、敵がちょっとかわいそうにも思えてくるけどな」
「まぁな……とにかくコイツに止めを刺して。俺達も他のみんなと合流しよう」
会話を終えると、傭兵の一人が剣を引き抜く。そして誉に止めを刺すため、彼の体に近づこうとする。
「――ごッ!?」
だがその傭兵が突如悲鳴を上げ、そして突き飛ばされるように地面に倒れた。
「な!?お、おい――ぐぶッ!?」
「ぐほッ!?」
立て続けに、周辺にいた傭兵達が次々と悲鳴を上げて倒れてゆく。ものの数秒で塹壕跡周辺に立つ者はいなくなり、パラパラと雨の降る音だけが辺りを覆った。
しかしその雨音もすぐに、聞こえ出した別の異音によりかき消される。
ギャラギャラという鉄同士がぶつかり合い擦れ合うような音が、雨音をかき分けるように近づく。その異音に交じって、濡れた地面を踏み進む複数の足音がする。そして西側の暗闇から四人分の人影が現れた。現れた四人は周辺に展開し、立膝を着いて身を低くし、周囲を観察する。
「――処理完了ッ!」
四人の先頭に立っていたのは、冷たい瞳が特徴の三曹、香故だ。
彼は暗視眼鏡越しの目で、周囲に敵が残っていない事を確認すると、構えていた小銃の銃身を下げて声を上げた。
聞こえ来ていた異音は大きくなり、雨音に代わって完全に周囲を支配する。そして香故等に続いて、暗闇の中から施設作業車が姿を現した。ライトを点灯させていないため、そのシルエットは暗闇に溶け込み全形ははっきりと見えない。まるで夜闇から現れた異形の亡霊のようだ。施設作業車の両翼にはそれぞれ二人ないし三人の隊員が随伴しており、それぞれの方向を警戒している。
第21観測班回収のための増援分隊の到着だ。
「香故」
随伴している隊員の中から、峨奈先んじて香故等に駆け寄って来た。
「敵の処理は完了。周辺に残敵見えず」
香故は駆け寄ってきた峨奈に報告を上げる。
「よし。1組は二人づつ正面と左翼に展開、引き続き周囲を警戒しろ」
「了」
指示を受けた香故は次の行動に移る。峨奈は振り返り、後ろにいる随伴隊員等に向けて指示を送る。
「3組、周辺を捜索!第21観測班の生存者を探せ!」
施設作業車に随伴していた隊員等は、周辺に散会して捜索を開始した。
《1ヘッド、ハノーバーだ。当車はどこに位置取ればいい?》
峨奈のインカムに声が入る。通信の相手は、施設作業車車長の永戸だ。施設作業車の車長用キューポラに、ジェスチャーを送る当人の姿が見える。
「ハノーバーは塹壕の直前まで前進、正面を警戒監視願いたい」
《了解、1ヘッド。前進する》
峨奈が無線越しに施設作業車へ指示を出すと、施設作業車は前進を始める。施設作業車の車長の手には65式9mm短機関銃が持たれ、車長用キューポラの上から周囲を警戒している。さらに施設作業車の車体中央にあるスペースには、対空マウントに取りつけられた12.7㎜重機関銃が搭載され、操作要員の隊員等が上空を睨んでいた。
「どうなってんだ、これは……」
観測壕周辺の様子は、彼が壕を構築した際に見た景色と一変していた。信じがたいその光景に、周囲を見渡しながら困惑の声を漏らす峨奈。
(……!?あれは……!?)
しかし次の瞬間、さらに衝撃的な光景が彼の目に飛び込む。周辺に乱立した鉱石柱の一つ、その先端に貫かれているのは、人のシルエットだ。
「おいッ!あれみろ、誰だ!?」
他にも人影に気づいた者がいたらしい、峨奈に代わり、誰かが怒号に近い声を上げる。
「――!誰か、回収に行け!」
驚愕に一瞬身の固まった峨奈だったが、その声に我に返り、指示の声を張り上げた。
「あんな所に……どうやって――!」
「爆薬だ、あの柱を爆破して倒してでも回収しろ!――他は!?報告しろ、生存者はいないのか!?」
張り上げ命じ、そして自身の内に沸き起こった嫌な感情を振り払うように、生存者の有無を周辺の隊員に問う。
しかし――〝麻掬三曹の体が真っ二つに切り裂かれている〟、〝祝詞士長の体から首が落ちている〟。彼の耳には、耳を塞ぎたくなるような報告ばかりが怒涛の如く押し寄せる。
そして峨奈は思わず言葉を漏らした。
「悪夢か……」
「――嘘だろ」
塹壕跡から少し行った所で、策頼が佇み、足元に目を落としている。
第2攻撃壕放棄により、一度後方へ後退した策頼だったが、同郷である誉や鈴暮の身を案じ、無理を言って増援分隊に加わりこの場に駆け付けた。そして策頼が見つけたのは、目を見開いたまま、首周りを血で染めて横たわる鈴暮の姿だった。
「鈴暮?おい――鈴暮ェッ!!」
策頼はまるで喰らい付くかのような勢いで、身を屈めて鈴暮の体を抱き上げる。
「鈴暮!しっかりしろ、鈴暮ッ!」
鈴暮の体に向けて、彼の名を何度も必死に呼びかける策頼。しかし鈴暮が声を返すことは無く、彼の頭は策頼の腕からこぼれ、力なくだらりと垂れる。
「鈴暮――冗談じゃねぇぞォッ!」
変わり果てた姿となった友人の姿に、策頼は顔を伏せて嘆きの怒声を上げた。
「いた、息がある!」
その時、背後から別の隊員の声が上がり、策頼は顔を起こす。
「21施設の誉士長だ!ひどい傷だぞ、衛生隊員!」
「――!誉ッ!」
誉の名を聞き、策頼は鈴暮の体を抱きかかえたまま立ち上がり、身を翻す。塹壕跡では、ちょうど誉の体が、塹壕の底から引き上げ出された所だった。
「誉!誉ッ!」
策頼は誉の体を引き上げた隊員をかき分け、彼の傍へと駆け寄る。
「………策頼か?」
「誉――!」
かき消えそうな声と共に策頼へ視線を寄越した誉。一方、策頼は誉の姿に目を剥いた。
誉の腹部には巨大な傷が見え、そこから染み出る血液で、誉の迷彩戦闘服は赤黒く染まっていた。
「ッ――衛生隊員ッ!まだかッ!?」
あまりにも痛々しい姿を目の当たりにした策頼は、衛生隊員の到着を急かす怒号を上げた。
「ここです、ここです!」
ちょうどすぐ傍まで来ていた衛生隊員の着郷と出蔵が、怒号への返答と共にその場に駆け付ける。
「急げ!誉がッ!」
「落ち着け!出蔵、傷の確認を確認するぞ。服を切れ」
掴みかかる勢いの策頼を落ち着かせ、着郷と出倉は処置を開始する。
「がんばれよ誉!大丈夫だからなッ!」
「策頼……俺より、鈴暮は……?」
誉は二人にとって共通の後輩である、鈴暮の身を案ずる言葉を発しかける。しかし言いかけた誉の目に、策頼の膝の上で横たわる鈴暮の姿が映った。20代前半とは思えない、人懐こく可愛らしい少年のような顔が、目を見開いたまま口周りや喉元を己の血で染めていた。
「そうか……鈴暮、悪かったな……」
鈴暮が先に逝った事を知った誉。彼は、策頼の膝上で横たわる鈴暮に向けて一言声を投げかけると、腕を伸ばして鈴暮の頬を優しく撫でた。
「左上臍部に縦15㎝以上の刺創、右わき腹に切創。他、体中に多数の擦過傷です!」
「上臍部の刺創だ。これが腎動脈を切断してる……搬送前にここを止血する、抗菌剤よこせ!」
着郷と出蔵が止血作業に取り掛かる様子を聞きながら、誉は策頼に顔を向けて口を開く。
「……策頼、聞いてくれ。敵について、伝えとくことがある……」
「よせ!もういい、喋るなッ!」
策頼は怒鳴り声に近い声で、誉が話すのを止めようとしたが、誉は構わず口を動かした。
「敵にとんでもない身体能力と、破壊力を持ってる奴がいるのは伝えたな……それが今飛び立ってった女だ。それとは別に……危険な魔法を使う女のガキがいる。離れた場所から相手の首を切断したり、洗脳まがいの事までして来るふざけた奴だ……。武器の祝詞の首を落としたのはそいつだ。それだけじゃねぇ……奴等鈴暮を洗脳して、取り巻き共々いたぶってやがったんだッ!」
「んだと……!?」
伝えられた衝撃の事実。
策頼は己の膝の上に横たわる鈴暮の体に目を落とす。そして鈴暮の体中にできた傷を、その言葉と共に再確認した時、自身の体中にグツグツとした何かが一気に広がるのを感じた。
「取り巻きは潰したが、そのガキ自身は殺し損ねた……策頼、奴等は攻撃の前に呪文みたいなのを唱えてた、たぶんそれがトリガーだ!奴らに喋らせるな……ッ!」
言い終えた誉は、力なく後頭部を湿った地面へ落とす。伝えることを伝えきった事で気が緩んだのか、彼の意識はいっそう朦朧と霞み出した。
「鈴暮……おれも、すぐに逝く……。策頼、先に逝って待ってるわ……」
浅く苦し気な呼吸を繰り返しながら、誉は掻き消えそうな声で言葉を放つ。
「何を冗談を言って――誉?おい、誉ッ!?」
「――まずい!」
誉の意識が明瞭でなくなり、周りの声への反応を示さなくなる。危険な状態だと判断した着郷が、飛び掛かる勢いで心臓マッサージを開始する。
「誉士長!聞こえますか?誉士長ッ!」
怒声に近い声で呼びかけながら、心臓マッサージの動作を繰り返す着郷。しかし、普通ならば痛みを感じる程の圧を体に掛けられていながら、誉は反応を示さず、彼の眼は中空を向いている。
「誉ッ!しっかりしろ、誉ェッ!!」
「ぁ……」
刹那。
誉の口がわずかに開いた。何かを言いかけながら、その右手を緩慢な動きで、暗闇の広がる真上へと伸ばす。
「……じいちゃん、ばあちゃん……もっぺんだけ、会いたい……よ――」
嗚咽混じりのか細い声で紡がれたその言葉。それは誉にとって、親も同然だった祖父母に向けられた言葉だった。
「―――!」
策頼を始めその場に居た全員が、誉のその姿に目を見開き、言葉を失う。
誉が伸ばした手は虚空を掴み、重力に引かれて力なく倒れようとする。その寸前、策頼がとっさにその手を握って掴んだ。
掴み支えた誉の手を、両手で包んで強く握りしめる。
「―――あぁの塵屑共ォ―――ッ!!」
そして策頼は、敵が飛び去った方角を、比類なき禍々しい顔で睨みつけた。




