13-7:「応報の第一エンピ」
今話はグロテスクな描写が多分にあります。
これより、血で血を、不快で不快を洗うような展開となっていきます。
草風の村。
「い、井神一曹!」
指揮所として使われている業務用天幕内へ、帆櫛が慌てた様子で飛び込んで来た。中にいた井神と小千谷は、怪訝な表情で彼女を迎える。
「どうした?」
「谷へ展開中の長沼二曹から緊急の連絡です!《強力な敵性存在との接触により、死傷者が発生。小隊は危険な状況にあり。至急ヘリコプターによる支援を要請》とのことです!」
「何だと!?」
その言葉を耳にした小千谷が目を見開く。
「続けます、《対象と接触したのは前方に展開中の観測班。観測班からの通信によれば、敵は銃弾を剣で弾く等、人間離れした身体能力でこちらを撹乱して来るとのこと。直、その通信を最後に、観測班との交信は途絶》……あちらはかなり危険な状況にあるようです!」
早口で右手に握ったメモ書きを読み上げた帆櫛。その内容に、天幕内の空気が一気に張り詰めた。
「なんてこった……分かった、すぐに飛ぶぞ!」
小千谷は机の上に置いてあるパイロット用ヘルメットを手に取り、業務用天幕の出口へ向かおうとする。
「小千谷二尉、ヘリは出せません」
だが、直後に発せられた井神の言葉に、小千谷は足を止め、驚き振り返った。傍らでは、帆櫛が同様に驚愕の表情で井神を見つめている。そして当の井神はといえば、普段と変わらぬ表情で、小千谷を見つめ返していた。
「井神さん、何を言って……!?」
「銃弾すら剣で弾くような人間離れした身体能力――それはおそらく勇者に類する存在です」
「分かってる!俺も真っ先にソレを思い浮かべたさ!傲壽陸士長の以前の報告と特徴が似てる。それが部隊を襲ってるって言うんだ、今すぐに飛ばなくてどうするッ!」
「小千谷二尉、落ち着いて下さい」
捲し立て訴える小千谷に対して、井神は静かに口を開く。
「今、ヘリコプターで出撃しても下手をすれば――いえ、おそらく低くない確率で撃墜されます」
「ッ……!」
発せられた言葉に小千谷は息を飲んだ。
「〝勇者〟。こちらの世界の特殊能力、いわゆる魔法で身体を大幅に強化されている人間。その腕力で扱われる武器は、大型生物や建造物を易々と切断。脚力は一度の跳躍で優に100メートルを超えることが可能――」
以前、報告で上がった勇者に関する詳細を、淡々と口する井神。
「ヘリコプターによる地上支援を行う場合、原則として低高度で低速度を維持しなければなりません。そして夜間飛行ともなれば機動は大きく制限されます。大型機であるCH-47Jは特にです」
ヘリコプターパイロットである小千谷ならば、当然知っているであろう事を、しかし井神はあえて言葉に口にしてゆく。
「ッ、バケモノが暴れまわってる状況で、ヘリは的も同然って事か……」
低空域を主な活動の場とするヘリコプターは、地上からの火砲等による攻撃には脆弱な側面を持つ。勇者の存在は天敵である対空火砲に匹敵、あるいは凌駕する程の脅威と考えても極端ではなかった。
「で、でも!それなら脅威への対応はどうするんです!」
帆櫛が狼狽した様子で尋ねる。脅威存在に対して何らかの対策を取らなければ、谷に展開する部隊は危機から脱せず、大損害を被ることになる。
「いいですか?」
その時、天幕に内に新たな声が割り言った。声のしたほうに目を向ければ、ちょうど天幕入口をくぐった、82式指揮通信車操縦手の鬼奈落の姿があった。
「展開中の部隊から無線連絡の追送が来ました。指揮所天幕から応答しないようだったので、指揮車のほうで取ったんですが」
「内容は?」
「ヘリコプターの支援要請を取り下げるそうです。部隊は別手段による脅威排除を試みるとの事」
「何……?」
鬼奈落の発したその報告内容に、小千谷が眉を顰める。
「おそらく、向こうでもヘリコプターと脅威存在の相性の悪さに気がついたんでしょう」
「でも別手段って、向こうはどうするつもりなんでしょう……?」
「直接聞いてみるのが早いな」
帆櫛の発した疑問に対して、井神は言いながら天幕の出口へと向かった。
「ぶぎぇッ!?」
「え――ぎょぶぉッ!?」
――誉の膝とつま先に、女共の顔面がひしゃげる感触が伝わる。
誉の膝がセミショートの女の、そして数コンマの差で戦闘靴のつま先がロイミの顔面にそれぞれめり込み、今までの嘲笑から一転、二人の女から動物のような悲鳴を上がる。
鈴暮を足蹴にする二人の女の顔面に、一切の遠慮容赦なく叩き込まれた誉の脚撃。その衝撃は命中してなお衰えず、そのまま二人の女を鈴暮の体の上から退け、地面へと叩き付けた。
「ぐぇッ!?」
「ぎぎゃッ!?」
受け身も取れずに地面に叩き付けられた二人の女から、再び奇妙な悲鳴が上がった。
――ロイミ達に誉の脚撃が叩き込まれるほんの数秒前。
匍匐前進でギリギリの距離まで接近した誉は、迫撃砲弾の着弾音に紛れて突貫を慣行。傍らに立っていた長い髪の女は、突貫して来る誉の姿にいち早く感づいたが、誉の対応はそれよりもさらに早かった。彼は事前に拾っておいた岩を、長髪の女の横っ面に叩き付けて牽制。長い髪の女を地面に屈させてやり過ごした。そして誉は敵傭兵達の中に割って踏み入り、跳躍。女達に凶悪なまでの一撃を叩き込んだ――
先に無力化され、地面に蹲り悶えていた長い髪の女の元へ、ロイミとセミショートの女が新たな犠牲者として加わる。脚撃によって二人の女を鈴暮から退けた誉は、そのまま自身も鈴暮の体の上を飛び越え、反対側へと着地。
「おごほッ!?」
その際、セミショートの女は誉に腹を踏みつけられた。
「……っ」
二人分の体重から解放された鈴暮の体は、勢いにひっぱられて真横に倒れ込む。
「鈴暮、辛抱しろ!」
誉は倒れた鈴暮に向けて叫びながら、セミショートの女の腹を足場にして踏ん張り、体を半回転させる。同時に片手に持っていたエンピを、半回転の勢いを利用して引き寄せ持ち直すと、持ち直したエンピを左脇を通して後ろへと突き出した。
「ぶぎぇッ!?」
誉の背後でまたも悲鳴が響く。背後には長い髪の女が立っており、彼女の顔面に突き出したエンピの先端が突き刺さっていた。
投げつけられた石の直撃で一度は怯んだ長い髪の女だったが、彼女はすぐさま体制を立て直し、襲撃者である誉に切りかかろうとしていた。しかし誉の動きはそれよりも一瞬早く、長い髪の女はエンピに顔面を貫かれることとなった。前歯がいくつか飛び、二つの唇は四つに割れる。鼻は取れかかり、左目も飛び出している。先ほどまで嘲笑を浮かべていた女の顔面は、見るも無残に真っ二つだ。
「――!?ぎゅぅーーッ!?ふぎゅぶぅぅッ!?」
そのままエンピに突き倒され、再び地面に転倒した長い髪の女は、まるで抽象絵画のようになった自分の顔を、両手で抑えて転げ回り出した。
「……ッ!」
一方、それと入れ替わるように、地面に叩き付けられたロイミは顔を、身を起こしていた。戦闘靴のつま先が叩き込まれた顔面には泥と靴墨が付き、二つの鼻の穴からは鼻血が垂れている。幼いながらも妖艶な雰囲気を醸していた顔立ちは、見る影もなくグチャグチャになっていた。
(なによ、これ――)
突然自身を襲った暴力に、ロイミは怒りを覚えていたが、それ以上に困惑していた。
彼女は先ほど周辺に、敵対する者を無力化する魔法、プリゾレイヴ・ガーデを発動したばかりだ。この魔法の発動下では、彼女らに敵意を向ける者は、攻撃どころか動くこともできないはずだった。だが、今しがた夜闇に紛れて現れた敵は、彼女たちに強力な一撃を加えてきた上、悠々と動き回っていた。
(ッ……岩よ、鋼よ、鏃となりて牙を向け……!)
疑念は解けずとも、怒りは沸き上がる。ロイミは攻撃魔法を放つべく、小声で短く詠唱。
「この野良――!」
そして罵声と同時に手をかざし、目の前の敵に向けて魔法を放つ――
「べぎゃッ!?」
が、その前に彼女の横面を衝撃と鈍痛が襲った。誉のエンピによる一撃だ。
長い髪の女を撃退した誉は、自分の背後へ突き出したエンピを、折り返し動作で前方へと振り出していた。振り出されたエンピの底面は、ロイミが魔法攻撃を放つよりも早く、彼女の横面に到達。エンピによるビンタをもろに受けたロイミの顔は無様にひしゃげ、彼女はまたしても奇妙な悲鳴を上げながら、その身を吹き飛ばされるハメになった。
「……え……?」
女達が蹴散らされてゆく傍らで、リル少年はと言えば、未だに状況に対する理解が追いつかずに、目の前の光景をぼんやりと眺めていた。
「――ロ、ロイミ!?」
しかし、主であるロイミは二度目が悲鳴を上げたとき、少年の意識は現実へと引き戻される。異常事態に気付いたリルは、慌ててロイミの元へ駆け寄ろうとした。
「ぐふぅッ!?」
だがその前に、彼の腹部に鈍痛が走る。誉が駆け出そうとしたリルンの腹目がけて、蹴りを叩き込んだのだ。蹴とばされた少年は、地面に突っ伏し呻き悶えることとなった。
「――ッ、ハァ、ハァ……おい、鈴暮ッ!」
一時的ではあるが敵の無力化に成功した誉は、鈴暮の名を叫び、彼の方へ視線を移す。
「鈴――ッ!?」
横たわる鈴暮の体を目にした誉は、言葉を失った。暴行を受けたのか、あどけなさを残す顔には、いくつもの傷や痣が見える。そして体には鞭の跡や足跡。上衣はところどころか切り裂かれたかのように破け、その下に見える鈴暮の地肌は、痛ましく赤い筋が走り、一部は血が滲み出ていた。
ブチ、っと、誉は自分の頭で何かが切れる音を聞く。
そして全身の血液が頭に登っていくような感覚。ここまで堪えて来た彼の怒りが、鈴暮の痛ましい姿を見た瞬間に、一気に決壊した。誉は、鈴暮を痛めつけた人間の一部であろう、背後の女達へと振り返る。するとその中の一人であるセミショートの女の、這って逃げ出そうとしている姿が目に映る。次の瞬間に誉は、女の脚目がけて、おもむろにエンピを突き下ろした。
「――!?ぎゃああああッ!?」
ザクリと、エンピの先端が女の膝裏に深々と突き刺さる。哀れにも最初の得物となったセミショートの女は、自身の片足に走った激痛に悲鳴を上げた。しかし誉はそれを気にも留めず、怒りに任せてエンピに踵を降ろし、体重を加える。そしてブツリという感触を足裏に感じながら、女の片足を切断した。
「ひ――ひぎッ!?」
さらにセミショートの女は、誉に蹴とばされて強引に仰向けにさせられる。
「や、やべろよぉッ!こんな事してタダで――もごぼぉッ!?」
女はぐちゃぐちゃになった顔で何か喚きかけたが、突如、彼女の口に捻じ込まれ異物がそれを封殺した。捻じ込まれた異物の正体は、他でもない今しがた切断された彼女自身の片足だ。そしてそれは皮肉にも、先ほどリルンに舐めさせていた方の足だった。誉がセミショートの女の口目がけて、切り落とした片足のつま先を思いっきり捻じ込んだのだ。
「もぉッ!?ぼご!?」
何か起こったのか理解できず、セミショートの女は苦しさに目を白黒させてもがく。誉はそんなセミショートの女の頭部を鷲掴みにして押さえつけると、捻じ込んだ片足をさらに強引に深くへと押し込んだ。
「ぼぎょこほッ!?」
女の口からおかしな声が漏れ、同時に誉の手に妙な感覚が走る。すでにいっぱいの口を強引にねじ広げられ、女の顎が外れたのだ。
「おぼ……お……」
捻じ込まれた足つま先は喉の奥まで届き、セミショートの女の口を完全に塞ぐ。自身の片足を口に詰め込まれ、白目をむき、口のわずかな隙間と鼻からよだれ鼻水を垂らし、ぴくぴくと痙攣する奇妙な物体と成り果てたセミショートの女。
「ッ――足がさみしけりゃ、てめぇでしゃぶってろッ!!」
誉はそんな女に向けて吐き捨てると、とどめに女の頭部をおもいっきり踏みつけた。振り下ろされた脚撃は、ゴキリという音とともに、女の首を本来ならありえない角度まで捻じ曲げた。
「こきゅぽ」
自身の足を咥えたままの女の口の隙間から、小さな音が漏れ出る。声なのか、溢れる出る唾液により発生した音なのかは分からないが、それが女が人生で発した最後の音となった。
「ぎゅぅぅぅッ!?いぶぎゅぅぅッ!!」」
一方その側では、顔面をエンピで突き割られた長い髪の女が、呻き声をあげながら、もがき回っていた。誉はセミショートの女の体を離れて、長い髪の女に近づく。そして女の後頭部目がけて、エンピの先端を突き下ろした。
「ずびゅぃッ!?」
長い髪の女から叫び声らしき声が上がる。エンピの先端は女の後頭部に突き刺さり、後頭部がつむじに沿ってばっくりと縦に割れた。女の体は数回ほど大きく痙攣したが、それを最後に後に動きを見せなくなる。長い髪の女が絶命した証拠だった。
長い髪の女の無力化を確認した誉は、女の頭からエンピを引き抜き手繰り寄せると、残る魔女ロイミへ止めを刺すべく身をひるがえす。
「ッ!」
だが振り返った誉の目に映ったのは、ロイミの体を抱きかかえ、今まさにその場から逃走しようとしている、少年リルの姿だった。
「お前!動くなァッ!」
急所を狙って蹴飛ばしたはずだが、入りが甘かったらしい。内心で舌打ちをしながら、誉は怒号を発して、逃亡を阻止するための牽制を試みる。そして二人を捕縛するべく間合いを詰めようとした。しかしその前に、先の傭兵達と同様の跳躍力でリルは上空へ飛び上がり、ロイミを連れて飛び去ってしまった。
「おいッ!――野郎、逃げやがった!チクショウがァッ!!」
飛び去って行った敵に向けて、誉は血走った目で睨みつけながら叫び散らす。そして感情が突き動かすままに、魔女にとどめを刺すべくその後を追いかけようとする。
「……センパイ……!」
だが、足元から聞こえた声が誉を呼び止めた。
「ッ!鈴暮!」
声の主は他でもない鈴暮だ。彼はダメージの癒えぬ痛ましい体で、無理矢理起き上がろうとしていた。
「おい、大丈夫か!?あぁ、ひでぇ……ッ!」
鈴暮の声とその姿を目の当たりにし、誉の頭はようやく少しの冷静さを取り戻した。無理に起き上がろうとする鈴暮を留めて、彼の体を支える。そして傷を確認しようとしたが、その前に鈴暮が口を開いた。
「俺は大丈夫です……それより連中は対岸に向かって行った、狙いはたぶん第2攻撃壕です。あっちには策頼センパイも……伝えないと!」
「あぁ分かってる、俺も見た。……ッ、とりあえず観測壕まで行くぞ」
誉は鈴暮の体を両腕で抱え上げると、観測壕のあった方に向けて走り出した。




