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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター10:「Intrigue&Irregular」
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10-9:「現状と突破口」

 場所は月詠湖の国の月流州。隊の制圧した、野盗達の根城があった森へ。

 野盗達の根城が置かれていた森の中の空間広場。そこに以前には密集し立ち並んでいた、野盗達の住処となっていた掘っ立て小屋のほとんどはすでに撤去されて無く、開けた光景が広がっている。そして先日約束された事態引継ぎのために到着した、この国の兵団の兵達の、各種作業のために動き回る姿が見て取れた。

 そんな光景を見せる空間の一角に、隊が設置した業務用天幕が一つある。

 そしてその内部には数名の人間の姿があり、置かれた長机を間にして、何か言葉を交わしてる。


「――そうですね。これで一通りの要項は、お引継ぎできました」


 その片側、一人の中年男性からそんな言葉が紡がれる。発しつつ、手元のまとめられた羊皮紙に目を落している男性は、濃い色の青を基調とした軍服を纏っている。

 男性は、事態引継ぎのために派遣されて来た、この月詠湖の国の軍の部隊――月詠第12兵団、第1分兵団の指揮官であった。付け加えると、この国で兵団と呼称される部隊は連隊に、分兵団は大隊に値する物であるとの事であった。


「ありがとうございます、アロクスラス中佐」


 そんな大隊に値する部隊の指揮官の男性に、彼の物である名と階級を上げ、そして礼の言葉を述べる声が、長机の反対側から聞こえる。

 その主は、井神であった。

 隊から兵団への事態に関わる各種引継ぎ作業は、今に至ってそのほとんどは完了。そして両者は今この場にて、その締めの確認を行い、そして終えた所であった。

 そこで話が一区切り付くと、井神は背後へと振り返る。


「ハウィットパントさん、長い事待たせて申し訳ありませんでした」

「ああ、いや……大丈夫」


 そして発せられた井神の声に、彼の視線の先から返事が聞こえ来る。

 天幕の片隅には一つのパイプ椅子が用意して置かれ、そこには少し落ち着かなそうに浅く腰掛ける、狼の娘――チナーチの姿があった。

 彼女は、今回の一件での被害者として、引継ぎの上でいくつかの確認を求められ、それに立ち会うために。そして月詠湖の国側から、今後彼女に対して行える保障、対応についての説明を受けるために、この場に同席していた。


「ハウィットパントさん。今回はこんな事になってしまい、なんとお詫びしたらよいか」


 井神に続いて、兵団のアロクスラスがチナーチに向き直り視線を向ける。そして彼は、チナーチに向けて、一番に謝罪の言葉を発した。


「お詫びって……別にあんたらのせいじゃ……」


 アロクスラスから向けられた謝罪の言葉に対して、チナーチ自身は別に兵団に今回の事態の責を求めるつもりはなく、困惑の色を作る。

 しかしアロクスラスは、この地域の治安維持は本来は自分達の管轄である事を話す。そして、であるにも関わらず森に野盗が根付くのを許し、チナーチ達の一行に今回の危害が及んでしまった事を強く謝罪。

 最後にアロクスラスと、その横に控えていた彼の副官の女性兵団兵が、チナーチに向けて頭を下げた。


「よ、よしてくれ……!あんたらに頭を下げられても困るよ……頭を上げてくれ」


 その姿を受け、対するチナーチは慌て狼狽え、アロクスラス達に頭を上げるよう求めた。

 その求める言葉を受けて頭を上げたアロクスラス達は、続けて説明の言葉をチナーチに向けて発し始める。


「我々にできる事はあまり多くはありませんが、いくらかの手配をさせてもらいました」


 アロクスラスが述べ、そして副官が詳しい内容を紡ぎ始める。

 まず一つとして、兵団の駐留する星橋の街の教会へ、国側から話が通してあり、しばらくの間は教会でチナーチの身を客人として置いてくれる事。また、すぐにでも故郷に帰る事を希望するのなら、ギルドから人を雇い、チナーチを送り届けさせる事も可能である事。それらの事が、チナーチに対して説明された。


「もちろん、どちらもあなたの意思次第ですが」

「……」


 最後に付け加えられるアロクスラスの言葉。

 それ等の案を提示されたチナーチだったが、彼女は膝の上で拳を握り考え込んでしまう。さすがに、すぐには決めかねているようだった。


「――まぁ、すぐに決めるというのも難しいでしょう。しばらく考えるのもいいんじゃないでしょうか。その間は、私達の所に居てもらっても構いません」


 チナーチのその様子を察し、そこへ井神が口添えをする。


「……ごめん、そうさせてもらっていいかな」


 チナーチは、ひとまず現状を維持するその案を受け入れ、申し訳なさそうに願う旨を発した。


「すみません。我々からもお願いします」


 続け、アロクスラスからも願い入れの言葉が発せられ、井神は両者に対して承諾の返事を返した。


「ハウィットパントさん、ありがとうございました――さて。最後にですが」


 そこでその一件に関する話は終了。チナーチに対して礼を言った井神は、そこから話題を切り替える言葉と共に、アロクスラスへと向き直る。


「――紅の国の、一件ですね?」


 アロクスラスは、その次に井神から紡がれる言葉に察しを付け、先んじて発した。

 紅の国の草風の村の襲撃の件。そして、その裏にある魔王軍の関与の疑いなど。昨夜から次々に遭遇、発覚した一連の案件。これらはすでに今朝方には、隊から兵団側に対しても、情報として伝えられていた。


「すでに兵団司令部にも上がるよう、伝令を出しました。そこから、軍上層部や政府にも伝達されるでしょう。しかし……」


 そこまで進行状況を伝えたアロクスラスは、しかしそこで苦い色をその顔に浮かべる。


「やはり現段階では、すぐに動くことは難しいだろうな……」


 そしてアロクスラスの言葉の続きを、副官が引き継いで話した。

 事態が発生している紅の国。そして月詠湖の国を始めとする周辺諸国の間にある、簡単ではない国際事情。

 抱えるそれらの事情から、紅の国への各国の介入が難しい物である事は、隊側もすでに村の住民達より聞き及んでいた。

 そしてその事は、その介入の要請先である兵団側からもまた、あまりうれしくはない同様の説明が返されていたのだ。


「これだけヤバい話が色々聞こえて来てるってのに、まだ動けないってのか」


 そんな所へ、井神の背後から、アロクスラスに向けて不服気な色の言葉が飛ぶ。声の主は井上の後ろに立つレンジャーの陸曹。先日の五森の公国の砦での戦闘にも参加した、快活そうな姿が特徴の隊員、波原であった。


「あぁ、歯がゆい話だけど……」


 波原のその言葉に、同様に面白くなさそうな色を見せて返すのは、副官の女。

 彼女は、村襲撃に関しては、現段階では紅の国国内で対応すべき出来事と見なされる事。もたらされた魔王軍に関する情報も、現段階では聞き伝えによる物に限り、これだけでは確度が低く、各国の政府や軍上層部はこれを根拠にした介入行動は躊躇い、ただちにの行動は起こせないであろう事を、説明した。


「……少し突っ込んだ事を聞くが――」


 そこで波原が言葉を発する。

 ここまで隊が見て来た所によると、今回の件の発生以前から、月詠湖の国と紅の国の国境線周りでは、野盗の多発等事件が頻発してるようであった。その発生源を隣国――紅の国と睨み、調査をする事等はしていないのか。その旨を、アロクスラス達に向けて尋ねる。

 この国の軍および政府の水面下の行動に言及するその質問に、情報を開示すべきか考えているのであろう、アロクスラス達は少しの沈黙を見せる。しかし少しの間の後に、アロクスラスは口を開いた。


「――我々も一地域の部隊に過ぎませんので、詳細は知らされていません。しかし、我が国も何らかの探りの手はいれているはずです」

「ただ……そちらもすでに知っている通り、紅の国関係は制約が大きい。おそらくその探りの手も、あまり大きな行動は取れていないのだろう」


 アロクスラスは波原の問いかけを、朧気ながらも肯定する言葉を紡いだ。しかし続け副官は、その行われているであろう調査活動も、芳しくはないのであろう推測の言葉を零した。


「マジでその条約とやらで、周辺各国は雁字搦めか」

「えぇ――」


 それ等の言葉を聞き、波原は呟く。

 そしてアロクスラス達もそれに同調。本来大国同士の衝突を防止し、この地の安定を保つ事が目的であった条約が、このような形で利用されこの地の平和を脅かしている現実に、その顔を苦く変えて見せた。


「――アロクスラス中佐。それでは介入を正当とするには、どのような物があればよいでしょうか?」


 そのアロクスラスへ、井神はそんな尋ねる言葉を投げかけた。


「そうですね……」


 井神のその質問に、アロクスラスは少し考える様子を見せた後に、回答を始める。

 アロクスラスによれば、一つに各国への工作活動が、紅の国主導である事の事実。もう一つに、魔王軍の誘致の事実。

 このいずれかでも、紅の国商議会の関係者――議員等から直接発言として取る事などができれば、それは各国を納得させうる証拠と成り、大国同士の衝突の危険を無くした上での、介入が可能になるであろうとの事であった。

 しかし、そのような事を向こう側が自ら暴露する訳は無く、それを得る事は容易では無い。

 紡いだ説明の言葉が、しかしあまり現実的ではない物である事を理解しているのだろう、アロクスラスはその表情をさらに難しくする様子を見せた。


「成程――」


 そこまでの一連の説明を聞き、呟く声を上げる井神。


「――中佐。その証拠、根拠ですが――私達の方で入手し、そちらへお届けできるかもしれません」


 そして直後に、井神はアロクスラスに向けて、そんな言葉を発した。


「………はい?」


 その言葉に、アロクスラスから懐疑的な声が返される。彼だけでなく、副官や他に控える兵団兵達も、同様の様子で井神の姿へ視線を送っている。


「私達は、そのチャンスを掴んでいます」


 そんなアロクスラス達に向けて、一言返す井神。

 その顔には、微かな不敵の色が浮かんで見えていた。

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