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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター10:「Intrigue&Irregular」
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10-7:「暗黒の語り手」

今回、変な演出をしています。

 それから二時間後。聴取に使用される天幕には、再びリーサーが連れて来られていた。


(……しつこい奴等だ。……しかし、コイツ等本当に一体なんなんだ?)


 椅子に着席させられたリーサーは、外面では仏頂面を保ちながらも、内心では自分を囲う隊員等を盗み見ながら、考えをめぐらしていた。


(この村の住人ではまずない。だが……この国の警備隊でもなく、月詠湖の兵団とも違う……どこぞの傭兵か?格好に顔立ち、他にも色々と妙だ……糞、思い当たる節がねぇ……)


 自信を捉えたこの組織の正体の、推測を立てるリーサー。しかし納得の行く予測を立てる事はできず、心の中で悪態を吐く。


(……まぁ、なんでもいい。どうせ今日の夜には、傭兵連中の本隊がこの村にまた攻撃を掛ける事になってる。次は総攻撃だ、それまではぐらかせばいい)


 リーサーはしかしそこで考えを変え、そして目の前で何かを話し合っている異質な者達――穏原や隊員等を盗み見る。


(理由は知らんが、こいつらの尋問は恐ろしくぬるい。ただ威圧的に質問をしてくるだけで、拷問の類を行ってくる様子が無い。時間稼ぎは、余裕だ……)


 内心で策を組み立て、その達成が難しくないであろう事を感じ、リーサーは先に光明を見る。そしてリーサーは視線を手元に戻し、時間稼ぎのために、これまで通りの素知らぬ表情を作ろうとする。


「やーぁ」


 ぬっ――と。リーサーの背後から肩越しに、何者かの顔が現れたのはその時だった。


「――ッ!?」


 突然現れ、自分を覗きこんできたその顔と視線。突然のそれと、なによりその顔が酷く不気味で胡散臭い物であったために、リーサーは目を剥き、思わず声を上げかけた。


「御ぉ機嫌よう、良き人よ!気分のほうはいかがかねぇ?」


 その突如として現れた胡散臭い顔の人物こそ、他でも無い旗上であった。

 旗上は、その独特の声色を高らかに張り上げ、リーサーに向けて挨拶の声を投げかけた。


「我々の勝手でご足労願って申し訳ない、まずその無礼を詫びよう。さて、それを踏まえた上で……よければ君とぉ、少し話がしたい」


 そこから旗上は、続けながらリーサーの背後から横に回る。そして必要以上に上半身を屈めて、再度リーサーの顔を覗きこんだ。


(な……なんだ……?この気色悪い男……!)


 背後から音も無く唐突に現れ、気色の悪い顔で気色の悪い言葉遣いをしてくる旗上。その存在を前に、ここまで平静を装ってきたリーサーの表情は、ここに来て酷く歪んだ。


「……何も……知っている事なんか無い、ずっと言っているだろう……」


 旗上のその気食悪さ、異質さに平静を大きく崩されたリーサー。しかし彼はどうにか仏頂面を作り直して、シラを切ろうと試みる。


「おーとっとぉ、そんな邪険な態度をしないでくれたまえ。私の心が悲しみで溢れてしまうよ……!あぁ!そうだね失礼。確かにこちらから君にお話を要求するばかりでは、不公平というものか!よろしい。ならば気分転換も兼ねて、私から君に、ある昔話をお送りしよう」


 だがそんなリーサーを前に、旗上はわざとらしく悲しんで見せる――かと思いきや、次にはそんな提案をリーサーに向けて投げかけた。


「……は?何を言って……」


 唐突な意図の読めないその言葉に、リーサーなんとか浮かべた仏頂面を再び怪訝な物へと変え、視線をわずかに上げる。


「さぁ!お耳を拝借、良き人よォ!ここで我等が顔を合わせたのはただの偶然か、はたまた何かの因果か!この小さな出会いを祝して、この物語をお送りしよう」


 旗上が突然両手を広げて、芝居のような大げさな口調で話し始めたのは、次の瞬間だった。突然の出来事に、リーサーは思わず目を見開いて体を引く。


「はぁぁ……」


一方、リーサーの対面に座る穏原は、心底うんざりした表情で頬杖を付き、そんな旗上を横目で見ていた。


「これからお語りするのは、いつかのどこかの物語!真実か、はたまた風のイタズラが作り出したか御伽噺か!?ある男の一生を綴った物語ぃ!」


 あまり好意的ではない反応をする周囲を意に介さず、旗上はそのお話を語りだした。


「その男はぁ、物心ついた時にはすでに孤独の身。父の背の心強さも、母の腕の中のぬくもりも記憶には無く、知っているのは、身を貫くような風と世間の冷たさだけ!何があったのか、なぜ男がそうなったのかを綴る記録は何も無い。ただその男は、頼るべき者の無い小さな身で、過酷な環境を死に物狂い生きるしかなかったぁ!」


 大げさな口調でそこまで言い切ったかと思うと、今度は一転して声のトーンを落として続きを語りだす。


「男の寝床は路地裏の冷たい地面。物を乞い、ゴミを漁り、汚水をすすって飢えを満たし、小さな命を繋ぐ。幼き身にはあまりに辛い日々……だがぁ、その劣悪な環境の中を男は生き抜いた。死への恐怖……いやぁ、それ以上に自身の居る環境に対する挑戦心のような物が、 男の中に生まれていたのかもしれませんなぁ」


 旗上は穏原に同意を求めるように視線を送る。


(知らんわ……)


 しかし対する穏原は、内心でそんな言葉を呟いた。


「劣悪な環境を耐え抜き、夜を幾度も越え、男は少しづつに成長してゆく。そしてぇ、日々育って行くその身を支えるには、ゴミを漁り、汚水をすするだけではあまりに心許ない!男がその手を次の手段に染めるのに、時間はかからなかったぁ。そうだぁ。男は生活の糧を得るべく、盗みを働くようになったのだぁ」


 旗上は不自然に大げさな歩調で机の周囲を回りながら、話を続けて行く 。


「男が住まうのは罪人に慈悲など与えられぬ社会!盗みの場を見つかり捕まれば、命の保障すら無い危険な綱渡りぃ!だがぁ、今日と言う日を生きるべく、男は危険な領域へと踏み込んだ。ある一軒の家へと忍び込み、食料と思わしきものを手当たりしだいに掴み取り、そして死に物狂いでその場を後にした……」


 一拍だけ旗上は間隔を置く、そして目を見開き、続きを吐き出した。


「なんということだろう!そこで得られたのは、ゴミを漁り得られる食物とは比べ物にならない味!そして暖かさ!男は初めて、満ち足りたと言う感覚を味わった……。そしてぇ……男は同時に、この世の冷たさを再確認したのだぁ!この満ち足りた感覚は、自分達に〝与えられる〟事は今までも無く、そしてこれからも無いだろう。格差、理不尽……それらは男を闇の世界へいざなうには十分だったぁ」


 旗上はそこまで話すと一度、リーサーにニヤリと不気味な笑顔を向けた。


「……」


「そして月日が立った。初めて盗みに手を染めて以来、男はありとあらゆる悪行に手を染めた。生きるべく盗みを続け、時には騙すようになり、そしてぇ……ついには殺すようになったぁ。それは時に自身のために。時には金銭と引き換えに、他人のためでもあった。そう!この世は常に表裏一体、光の世界あれば闇の世界もまたあり。男はいつしか、他者の代わりに手を染める事を、生業とするようになって行ったのだ!過酷な環境で身につけた知識と技術を持って、権を持つものの闇を肩代わりし、何人もの人を時に殺め、時に陥れていった……。皮肉にも苛酷な環境が、男を強く、そして残酷に育て上げたのだぁ!」


 両手を大きく広げて天井を仰ぎ、旗上は大げさに言い放った。


「男は、闇の世界での名声と地位を手に入れた。その一方でぇ、強く育った男の下には、いつしか境遇を同じくする仲間が少しづつが集っていった。生き残るべく集まった、何の縁も無いはずの者たちの群れ。だが、男はそこに集う者たちに感じるものがあった。それはぬくもりだ。幼少期では得る事のできなかった暖かさを、初めて知ることができたのだぁ」


 少し易しめの口調で言い終えると、旗上はくるりと背を向けた。


「……はッ、それでめでたしめでたしか……?」


 リーサーはそう言い、旗上の話を鼻で笑おうとした。


「だがぁ!」


 しかし、その前に旗上は勢い良く振り返り、リーサーの間近まで顔を近づける。


「そんなささやかな温もりの一方でぇ、男はより深い闇の世界へと引きずり込まれて行く!その世界は、どこまで行こうと、どこまで技を磨こうとも、いつ切れるとも知れない綱渡りであることに変わりはなぁいッ!あぁぁッ!なんとも不条理ッ!男が手に入れたぬくもりは、いつその手から零れ落ちるのかも分からないのだぁッ!」


 言い切ると旗上は、目を剥くリーサーから顔を離して、再びゆっくりと机の周囲を回り始め、語りを再開する。


「そして残酷にもぉ、その裁きの日はふいに訪れた……。ある日のことだぁ。男は国の政府の要人から、秘密裏に仕事の依頼を受ける。その国の政府は長年二つの派閥が対立しており、依頼内容は対立する派閥の要人を暗殺することだった。大きな仕事だったが、男にとって困難な物ではなかったはずだった。決行の日は、暗殺対象の屋敷で晩餐会が開かれる夜。男は夜闇にまぎれてその屋敷へと忍び込む。そして屋敷の中庭にて、いとも簡単に暗殺対象の姿を見つけた。多くの人々が晩餐を楽しんでいる中だったが、男にとってその中から対象を見つけるなど容易な事だった。男が陣取るは中庭を見下ろせる屋敷の一室、標的を射抜ける最良の位置から、何も知らぬ獲物に向けて弓を引く。その手を放せば、対象を矢が貫き、息を止めるだろう。そして男は矢を放つべく、指の力を緩める……」


 そこで旗上は、息を吐くようにして静かに言葉を区切る。


「だが!なぁんという事だろうッ!」


 と、思った次の瞬間、台詞とともに旗上は目をくわっと見開いた。そして両手で顔を覆うようにしながら、嘆くように語りを再開した。


「悲しき偶然か、もしくは性悪な運命のいたずらなのだろうか!?次の瞬間、いままでそよ風すら無かった中庭に、唐突に風が吹き込んだのだぁッ!風を即座に感じた男は、目を見開き矢を掴み直そうとする。しかし、時はすでに遅かったぁ!矢は男の手を離れ、空中へと打ち出されていた。そして風はいたずらにも矢を煽り、矢は標的を貫くという己の使命を果たさずに、儚くも地面に突き刺さったぁ……!」


 わざとらしいまでに驚愕に満ちた表情で、旗上は一気にまくし立てる。


「男は息を呑んだ。風が止み、周囲を一瞬の静寂が支配する……。ほんのわずかな時間の後に、女性の悲鳴がその静寂を破った。そして中庭は一転して騒然となる!目的を果たせなかった矢は、逆に仕留めるべく標的に危機を伝える主の存在を敵に知らせてしまったのだ!標的は内部へと引き込み、暗殺の続行は絶望的。それどころか、侵入者を見つけ出すべく衛兵達が屋敷内を駆けずり回り始める!暗殺の舞台は崩れ去り、男はその舞台から逃げ出すしかなかった!」

「……」

「危機的状況の中だったが、男はからくも敵地からの脱出に成功する。幸いにも追撃は無く、男は自らの悪運の強さに感謝しつつ、その場を後にした。もちろん男には、このまま引き下がる気など毛頭無ぁい!次の手を考えつつ、男はアジトへの岐路に着いた。この脱出劇で、最後の悪運が尽きたとも知らずに……」


 不気味な笑みを浮かべたまま、旗上は言葉を溜める。


「翌日、男は雇い主から呼び出される。そして伝えられたのは……〝解雇〟という冷たい一言だったのだ……ッ!雇い主が求めていたのは完璧な遂行人、たった一度の失敗も看過する事は許されなかったのだ!無慈悲に伝えられた言葉に、男は驚愕し、その顔はみるみる青ざめていったッ!通告に対して男は、身元が割れるような証拠は残していない事や、次こそは確実に暗殺を成功させるという旨を、必死で弁明する!だがぁ!悲しくもその悲痛な弁明が聞き届けられる事は無かった!たった一度の失敗により、男は見放されてしまったのだぁ……!」


 わざとらしいまでの悲観的な口調で語りきると、旗上は穏原に向けて問いかけてきた。


「さぁて――三曹殿ォ。彼の運命は大きく変わってしまった。その後、男が一体どうなったのかぁ――三曹殿の予想をお伺いしても、よろしいでしょうかぁ?」

「あぁー……?顧客からの信用を失ったんだろう?その手の仕事から足を洗って、堅気に戻ったんじゃないのか?」


 旗上からの問いかけに、穏原は心底だるそうにそう答える。


「成る程……そうでしょうなぁ、そうであれば――あぁ!そうであれば……ッ!まだ救いがあったかもしれないッ!」


 旗上は自分の身を抱くようにして、嘆くように言葉を発する。


「だが……!男の苦悩と苦痛に満ちた人生は、ここからが始まりだったのだぁ!闇に生きてきた男は、既に数多くの黒い秘密を知ってしまっていた。当然その中には、男が仕事を請け負った者たちの秘密も含まれている。彼等は、男が絶対の仕事人だからこそ、男にその秘密を託したのだ。だがぁ……今回の男の失敗によりその安心にヒビが入った……。もし男が敵対する者の手中へ落ちていたら!あるいは今後、そのような事が起これば!最悪の場合、そのヒビから自分たちの黒い秘密が露見してしまうかもしれない……雇い主たちがそう考えるのは、ごく自然な事……そうだろう?」


 旗上は最後の一言を、リーサーの耳元で不気味に囁く。


「ッ……」


「この先の展開は、君にもわかるだろう?雇い主は男と、さらには男に付き従う仲間たちを……消しに掛かったのだよ!失敗を犯した闇の仕事人に与えられるのは、労いでも慈悲でも無い、暗い死だ!あぁッ、なんと無慈悲なことかぁッ!!」


 旗上は本気で嘆いているかのように叫び、さらに続けてまくしたてる。


「男と、彼の元に集った仲間達は、哀れにも追われる身となった!それから始まったのは、つらく苦しい逃亡の生活だった。彼等はみすぼらしくも、暖かかった住処を捨て、ちりぢりなって必死に逃げた。だが、保身が懸かった元雇い主達の魔の手は、あまりに強力で残酷だった!金と数に物を言わせた追撃の手により、次々と殺されて行く仲間達!そんな中を盗賊は、幼少期からの経験と秀でた自らの力で、必死に逃げ延びた。だが……一度、仮初とはいえ暖かさを知った身に、その生活は苦しく、つらく……寂しいものだったぁ……」


 そして最後は打って変わって、儚げな口調で言いながら、手のひらを胸に当てた。


「逃亡生活は永きに渡り、男の体を蝕んでいった。寒く暗い下水の隅に追いやられた男は、痩せた己の身を抱え、昔の暖かかった時間を思い出す……渇いた口と喉に染み込んでゆく水。胃を満たしてくれるパンの味。凍えて縮こまった身を解してくれる、暖かな暖炉とやわらかな毛布の感触。共に酒を分かち合い、他愛の無い会話を交わし会う仲間。その全ては、すでに彼の届かぬ所にあった……」

(よくやる……)


 語り続ける旗上を、穏原は呆れ顔で眺めていた。


「……ッ……」

「……ん?」


 しかしその時、視界の脇のリーサーが、生唾を飲み込むのが目に映った。


「そして……彼はついに息絶えたぁ……冷たい路地裏で、静かに地面に倒れたのだ。誰に見守られることも無く、最後には何一つ満たされぬまま……結局彼がこの世に残せたものは何一つ無かった!そして、生きた証を残せぬまま、その亡骸は鳥達についばまれてゆき、ついにこの世に彼がいたという事実は、何も残らなかったぁ……これはある男の一生を綴った物語。真実かはたまた御伽噺か、世にも悲しいお話だぁ」


 旗上は物語の最後を、その一節で締めくくった。


「――良き人よ、いかがだったかなぁ?」


 そして、今一度リーサーの顔を覗きこみ、感想を尋ねる。


「……ふざけてるのか?ただ間抜けなコソドロが、ヘマをしてくたばったってだけじゃねぇか……」

「おぉやぁ、なんとぉ!御気に召さなかったか。それはそれは、残念でぇならないよ……!」


 リーサーの吐き捨てるような言葉に、心底、そして大げさに残念そうな口調で旗上は紡ぐ。


「くだらない話は終わりか?いい加減に……」

「そうだぁ!」


 が、そこでリーサーの言葉を遮り、旗上は再び大きな声を上げた。


「ならばこのお話ならどうだろう!」

「ッ……!おい!これ以上は――」

「良き人よ!同胞達よ、今一度お耳を拝借!これは、ある少女の摩訶不思議な冒険譚ッ!」


 リーサーは文句の声を上げかけたが、旗上はそれを遮り、次のお話を優々と語りだした。




 そして一時間が過ぎ、さらに二時間が過ぎる。


「そのキャラバンはついに仲間の死体に手を出したぁ!特に太っている者の肉を切り出し……」


 その間に、旗上はいくつもの話をしていった。


「腐臭と血の臭いに耐えつつ、少年は腐乱死体から金品を漁る生活を続けた!だが、疫病はついに少年へとその牙を向ける……!」


 それらはどれも異常に生々しくて痛々しく、人の不快感を煽るような内容の物ばかりだった。

 そして穏原はといえば、椅子に背を預けて足を組み、酷くしんどそうな顔を浮かべている。この状況はあまりにも酷なので、自分と旗上、そしてリーサーを除く他の各隊員には、数度、交替と休憩を指示していた。


(タバコ吸いてぇ……)


 内心でそんな要望を浮かべる穏原。長時間の不快な話に付き合わされた身の上では、無理も無い自然な感情であった。


「………ッ」


 だが、一方のリーサーの様子はまた違っていた。彼は両手を自分の膝の上で握り、顔を俯けている。そして俯けたその顔には、大量の汗が浮かんでいた。

 旗上の話は、何の覚えも無い人間が普通に聞いただけなら、ただの気色悪い話で終わっただろう。

 ――しかしリーサーは違った。

 聞かされる話の登場人物の境遇は、そのいずれもがリーサーのそれと似通っていたのだ。

そして登場人物達の痛々しい末路は、この先の選択を誤れば、リーサー自身が辿る事になるかもしれない未来だった。

 先のクニの尋問にて旗上は、内容やアプローチの仕方に多少の違いはあったが、ほぼ同様の方法で尋問を実施。対象の不安感を極限まで煽り、そこに付け入る事で情報を聞きだしていた。リーサーと違って余裕の感じられなかったクニは程無くして口を割ったが、残念ながら隊が必要としている情報は得られなかった。だが、旗上はクニから彼等の生活やリーサーの過去を詮索、そこで彼等が苦しい生活を送っていた過去を知り、それを尋問のための作り話に混ぜ込んでいた。


「口封じのために、盗賊の少年はマフィアから追われる身と――!おや……?どうされた良き人よ!なにやら顔色が優れないようだぁ」


 リーサーの状態の変化に旗上は早い段階で気付いていたが、あたかも、たった今それに気付いたかのように、わざとらしく問いかける。


「……」

「その顔、もしや何か不安を抱えているのではないかな?ふむ……私が口を挟む事ではないかもしれないが……あえて、愚かな私に提案させてもらえないか!?心に闇を抱えているのならば、良ければ吐き出してみてはどうだろう!?君の心のわだかまりを、少しでも晴らせるかもしれない!」

「……何も話す事なんて無い……」


 白々しく言う旗上に、リーサーは憎々しそうに答えた。


「そうかね?背負い続けるのは心にも体にも良い事では無いのだが……良き人がそう言うのなら、無理強いはできまい。――では、話を続けよう!少年はマフィアから追われる身となり、何日にも渡って逃走を続けた!どこまでも追って来る死角を振り切るべく、形振り構わぬ逃亡が続け、体は傷つき疲弊して行く。あちこちに負った傷は癒える事無く化膿してゆき、慢心相違の身をより蝕んで行った!」

「ッゥ……」


 休むまもなく、リーサーの不安感は煽られ続ける。だが、リーサーの精神を蝕むのはそれだけではなかった。数時間の尋問により、リーサーは少なくない飢えと乾き、そして疲労感に襲われていた。ただでさえ監禁、拘束されているという状況の中、数時間に渡って蓄積されていったそれらの負担は、リーサーの心身を確実に追い込んで行った


「そして己の限界を感じた少年は、ある決断に至った……ボロボロの足を引きずり向う先。それはマフィアの息のかからない、遠い町の騎士団の砦!己が知る、マフィアの悪行を全て伝えるべく……!」


 旗上はその極限状態のリーサーの前に、一滴の水を垂らしにかかる。


「少年は騎士団の元へ出頭し、全てを打ち明けた……当然、自らも盗賊の見である少年は、そのまま騎士団の元に拘留された。だが、少年により打ち明けられた真実によって、少年を追うマフィア達の悪行が明るみに出た。一度亀裂が入れば、物事はあっというまに崩れ去って行く。少年を追うマフィアも例外ではなく、やがて組織は壊滅に追い込まれたのだぁ!」

「……う……」

「少年を追う者はいなくなった。だが同時に、少年も罪を償わなくてはならなかった。この成り行きは少年の因果だろうか?それとも、神が少年に与えた小さな慈悲だったのか?それは記録には残っておらず、知る事は叶わない。だがぁ、願わくば少年が罪を償い、第二の人生を歩んだ事を願おうではないか」


 旗上はそう言って、その物語を締めくくった。


「――おーっとぉ!最初は前菜の感覚で、短めの話をいくつか紹介させてもらったのだが、思ったよりも時間が過ぎてしまったぁ!」

「……」

「困ったことだ。まだ、聞いてもらいたい物語はたくさんあるというのに!そうだな……抑えておきたいのは、ある貴族の家系に起こった不可解な……」

「……ッ、おい……!」


 その時、旗上の声を遮り、リーサーが声を上げた。


「ん?どうしたのかね良き人?」

「……この後の……俺達の処遇を、どうするつもりだ……?」


 リーサーは言葉を搾り出すように、旗上に向けてそう尋ねる。


「……事が落ち着いたら、君達の身柄は隣国――月詠湖の国、だったかな。そこの警察組織に引き渡す事になるだろう」


 リーサーの質問には穏原が答えた。


「……話す……」

「ん?」

「俺が把握してる事は……全部話す……!だから、その後はとっとと引き渡してくれ……!」


 リーサーは汗だくの顔と険しい表情で、ぶっきらぼうに言い捨てた。それは、極度の恐怖と不安から逃れたいがために吐き出された、保身のための言葉だった。彼の心からは余裕などとうに消え去っていたのだ。


「――あぁ、あぁ神よ!良き人が私に心の内を話してくれると申し出てくれた!なんたる感激!私の物語が、良き人の心を開いてくれたのだぁ!」


 リーサーの言葉を聞いた旗上は、不自然なまでの感激の言葉を発しながら、天井を仰ぐ。


「あー、それは良かったな……」


 そのしらじらしい姿に、神ではなく穏原が皮肉たっぷりの口調で答えた。

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