10-6:「聴取」
草風の村の中心部に展開された避難区域から、少し離れた一角に一つの業務用天幕が設営されている。意図して避難区域より離れた場所に設営された天幕。その内部には数名の人間の姿があり、そして中心では置かれた長テーブルを挟んで、双方に置かれたパイプ椅子に座する、二人の人物が相対していた。
「……どうしても話す気はないのか?」
その片方は、装甲戦闘車車長の穏原。
彼はパイプ椅子に座して長テーブル上に肩肘を付き、そして自身と相対するもう一人の人物に、冷たい視線と言葉を投げかける。
「……何をだ?」
穏原の言葉に対して、しかしそのもう一人の人物から冷ややかな一言が返される。
返したその人物は、商議会に雇われる盗賊兼傭兵の青年――リーサーであった。
正しく言えばリーサーの方に関しては、その両腕に手錠を嵌められ拘束された上で、椅子に座らせられている状態であった。
「先程から聞いている通りだ。君達の身分、行動目的、そして背後にいる組織人物。私達は、君が知ってるであろう情報を欲している」
そのリーサーの一言に対して、穏原は問う言葉を紡ぐ。
今朝方、自由等の手により捕縛拘束されたリーサー。彼は、草風の村襲撃や商議会の思惑同行について、加担しそして何らかの情報を持つ重要参考人と判断され、今現在こうして聴取を受けている真っ最中であった。
そしてその尋問の役割を担う事となったのが穏原。
本来ならば警務科警務隊等の然るべき部門部署の隊員の担う役割であったが、生憎この世界に飛ばされて来た部隊の中に、該当の隊員は居合わせていなかった。
そこで、主要陸曹の中で丁度手の空いていた穏原が抜擢された。穏原は先、日野盗達の根城を制圧した際に、身柄を確保した野盗に対して、簡易ながらも行われた聴取のその主導を取っており、その事を半ば無理やり実績とされての人選でもあった。
「そんな事を聞かれても困る。俺達は、ただ通りがかっただけなんだ」
しかしそんな事情の穏原の問う言葉に、対するリーサーは目に見えた白々しい様子で、そんな答えを返す。
「見え透いた嘘を吐くな。君達が明らかな偵察行動の姿勢を見せ、そして〝傭兵〟の言葉を口にしていた事は報告で聞いている」
「何の事だかさっぱりだな。あんた等の人間が、聞き間違えたんじゃないのか?」
穏原の続けての問いかけにも、とぼけた態度で返すリーサー。
「君……いつまでもそんな嘘が通用すると?」
そこへ今度はリーサーの横に立っている陸士長から声が飛ぶ。監視、不測事態対処、及び穏原の補佐の役割を担う隊員だ。
「通用も何も、知らない物は話せない」
だがその陸士長の言葉にも、リーサーはそう返すばかり。
「………」
そんな様子のリーサーを前に、難しくしていたその顔をさらに苦くする穏原。
少し前から始められた聴取だったが、しかし穏原等の問いかけに対してリーサーはこのような、はぐらかし知らぬ存ぜぬの態度を一貫し微塵の情報も吐き出す様子を見せなかった。
「終始、あの様子です」
「そうか」
聴取が行われている業務用天幕の外。天幕の出入り口の隙間から、内部の様子を覗き見ながら言葉を交わす、隊員等の姿がある。
一人は見張りの陸曹。もう一人は、今現在この草風の村での活動の指揮主導を任されている、長沼だ。
「埒が明きません。多少なり、荒い手段を取る必要性もあるのでは?」
天幕内で行われている、お世辞にも芳しいとは言えない聴取を前にして、陸曹は長沼に向けてそんな進言の言葉を発する。
「ダメだ。拘束無力化した者に対して、暴力行為を手段として取る事は看過できない」
しかし陸曹のその進言を、長沼は静かな、それでいて毅然とした口調で却下した。
「ですが今の調子ですと……本当に何も先に進みませんよ」
長沼のその言葉を受けた陸曹は、少し困ったような口調で返しながら、再び天幕の内部を覗き見る。
「――っと、お疲れ様です」
そんな所へ、長沼等の背後から声が聞こえ来る。長沼等が振り向けば、そこに一人の陸士が立っていた。
「あぁ、どうした?」
陸士が言葉と共に寄越した敬礼動作に、長沼等は同様に返しながら、その陸士に用件を問う。
「えぇ。確保した内の、気を失っていたもう一人が目を覚ましたので、その事を知らせに」
問いかけに陸士はそう返す。
陸士の言葉が示すのは、今朝方に自由等がリーサーと共に確保捕縛した、リーサー配下の少年の事だ。
「なので、失礼します」
陸士は長沼等に断ると、その横を抜けて通り、天幕内へと立ち入る。
そして内部の穏原の傍まで近寄り、今のその件を伝えるのでろう、穏原に耳打ちする様子を見せた。
「――了解、連れて来てくれ」
「は」
陸士から耳打ちを受けた穏原は、その陸士に向けて頼み返す。指示を受け、陸士はすぐさま身を翻して天幕を出て行く。陸士のその姿を見送った後に、穏原は対峙するリーサーに向き直る。
「君の相方が目を覚ましたそうだ。――交代だ、少し自分の立場を考えてみるんだな」
そしてリーサーに向けて、冷たい表情と言葉で投げかける穏原。
しかしリーサーは、つまらなそうな表情を作って見せるのみであった。
村を通る道を歩く、数名の隊員の姿がある。
讐に旗上、他数名の、先に輸送ヘリコプターによって到着した隊員等だ。
増援として到着した彼等は、指定された部隊へ合流、再編成を行うために、村の避難区域へ向かっている最中であった。
その讐等は、避難区域へと向かう途中で、道の反対側より現れ来た別の一隊とすれ違う。その一隊を構成する数名の隊員等は、皆一様に警戒の姿勢を見せている。そして一隊の縦隊の中心には、隊員等とは違い姿格好の人間の姿も見える。
「――今のは?えらい物々しい様子で、誰かを連れてったな」
その一隊とすれ違った所で、讐等の中から声が上がる。声の主は、分隊支援火器を肩に掛けた大柄の陸士長。彼は、すれ違った一隊を振り返り、不可解な目で追いかけ見つめている。
「事態の関係者の一部を、確保拘束したという話は聞かされただろう。おそらくそれだ」
陸士長のその疑問の声に、讐が淡々とした口調で回答の言葉を発する。
讐の言葉通り、すれ違った一隊の中に見えたのは、身柄を拘束された関係者――リーサーの身であった。一度聴取の切り上げられたリーサーの身は、一隊により、村の離れた場所に設けられた隔離拘置場所に護送されている所であった。
「今は聴取――という名の尋問の最中だそうだ」
そしてつまらなそうな顔のまま、皮肉気にそんな言葉を付け加える讐。
説明に大柄の陸士長は、「はーん」という納得の、しかしどこか投げやりな様子の言葉を発した。
それからさらに歩いた讐等は、件の聴取が行われている業務用天幕の傍を通りかかる。その天幕の前では、長沼や陸曹が難しい顔を作り、何かを話し合う様子を見せていた。
「――おぉや」
そんな様子を見止め、隊伍の中の旗上が、何か興味深げな声を上げる。
「どうやら、芳しくないようだな」
「まぁ無理もねぇだろう。警務隊や専門の人間がいない中、今居る人間で聴取や尋問なんてやってるんだろう?」
一方で讐や大柄の陸士長は、見えたその光景から、行われている聴取が順調でない事に察しをつけ、それぞれ言葉を零し呟く。そして讐等は、天幕の前を通り過ぎようとした。
――しかし、旗上が一人、唐突の脚を止めたのはその時であった。
唐突に脚を止めて隊伍より零れた旗上。それに気づいた大柄の陸士長始め数名の隊員が、不可解そうに彼を振り向く。
「――讐。私は少し外させてもらうが、構わないかね?」
旗上はそんな言葉を吐いたのは、その瞬間であった。
「あぁ?」
他の各員と違い、振り向かず止まる様子も見せていなかった讐が、しかし掛けられた声によって遅れ振り向く。その声色は酷く鬱陶し気であり、振り向いたその顔には大変怪訝な色が浮かんでいる。そしてその眼が、旗上を睨む。
「少し、出番がありそうだ」
讐の非難にも似たその眼光。しかしそれを向けられた当の旗上は、臆する事も悪びれる様子も見せずに、続けそんな言葉を発した。
そして旗上は一言そう言ったかと思うと、先に問いかけたにも関わらずその返事を待って聞くこともせずに、身を翻すと隊伍を離れて行ってしまった。
「は?おい旗上?」
「はーはっはぁッ」
唐突に予定外の行動を取り出した旗上に、大柄の陸士長が若干の困惑の声で、その背に呼びかける。しかし対する旗上は、背を向けたまま片手を掲げて見せ、そして胡散臭い笑い声を上げて返すのみであった。
「――フン。行くぞ」
旗上の突然の行動に、大柄の陸士長始め各員が少なからず驚き訝しむ中、一人、讐だけが皮肉気に鼻を鳴らす。そして讐は各員に向けて一言促すと、体の向きを戻して再び歩き出した。
「おい、いいのか?」
大柄の陸士長は、勝手に隊伍を外れ行ってしまった旗上を視線で追いながら、それを無視する様子を見せる讐に問い尋ねる。
「いい。どうせ本来は別の命令系統の隊員だ。それに、ヤツはヤツの〝仕事〟をしに行ったのだろうよ」
「仕事?」
尋ねる声に、忌々しそうな声色で答える讐。しかしその回答の中の不可解なワードに、大柄の陸士長は再び訝し気に尋ねる声を返す。
「あぁ。失念していたが、ヤツは〝専門〟の人間だ――」
それに対して讐は今一度振り向き、端的に答えて見せた。
聴取に使用されている業務用天幕にはリーサーに代わって、その配下であるクニという名の少年が連れて来られていた。
「……俺は何も知らない……」
パイプ椅子に座らされたクニは、相対する穏原を前に、絞り出すようにそんな言葉を発する。クニはリーサーと同様に、先から何も知らないという主張し続けていた。だがクニの表情や口調には、リーサーの時ような余裕や冷静さは感じられない。
まだ十代半ばにも達していない少年である彼にとって、周りを正体不明の者等に囲まれて、実質の尋問を受けている今の状況で、リーサーのように振る舞う事は叶わずにいるようであった。
「そんなわけはないだろう。君達がこの村を襲った傭兵と関係してるのは明らかだ。知っている事を話すんだ」
そんなクニに向けて、穏原は静かだが凄みを利かせた声色で発する。
穏原は相手が少年という事で、内心は心苦しい思いであったが、心を鬼にしてしつこく問いただし、口を割らせようとしていた。
「本当に知らない……通りすがりだって言ってるだろ……!」
だがクニも少年とはいえ、その手の仕事に携わる者としての意地があるのか、一筋縄では行かず、なかなかに口を割ろうとはしなかった。
しかしその姿からは、恐怖、怯えを懸命に抑えようとする様子がありありと伝わって来る。
(ッ、素人にこんなことさせてくれるなよ……)
そんなクニの姿を前に、穏原は冷たい表情を保ちながらも、心の中で悪態を吐く。
「物語を進めるための、キーワードは見つかりましたかなぁ?」
そんな穏原の背後から、異様な声色での台詞が聞こえて来たのはその時だった。
「?」
穏原始め天幕内の各員は、その声に若干の驚きと訝しみを顔に出しながら振り返る。そして各員の眼に映ったのは、開かれた天幕入口に立つ、旗上の姿がであった。
「君は――?」
穏原は、現れた旗上を目に留めて疑問の声を上げる。
しかし同時に旗上の纏う、陸隊の物とは異なる特異な迷彩服を見止め、入って来た旗上が多用途隊の隊員である事に、穏原は察しを付けた。
「ごー機嫌よぅ、三曹殿。そして同胞の諸君」
そんな穏原始め隊員等に対して、旗上はおよそ隊員のそれとは思えない挨拶を発し上げ、天幕内へと踏み入って来る。
「少し、彼と話をさせてもらえますかなぁ?」
そして旗上は、穏原に向けて藪から棒にそんな要求の言葉を発した。
「話……?」
突然の要求に、戸惑う声を零す穏原。
「穏原三曹、途中で割り込んですまん」
そんな所へ、さらに声が割り入る。穏原が視線を動かし見れば、旗上の背後に、続けて入って来たのであろう長沼の姿が見えた。
「長沼二曹。何事です?この多用途隊の彼は――?」
長沼の姿を見止めた穏原は、若干の戸惑いの色で旗上を一瞥しつつ、尋ねる声を発する。
「あぁ、彼は旗上多士長。実は彼から、聴取に手を貸させてくれないかとの申し出を受けた。彼は――〝拘管〟の人間だそうでな」
「拘管――!〝国事〟のですか……!?」
しかし、成された長沼の説明と、そして言葉にされた何らかの組織名と思しき名。それを聞き留めた穏原は、思わず顔を険しくし、驚きの色の含まれた言葉を上げた。
〝国外事象行動隊、拘留者管理指導隊〟――。
日本国隊の四つ目の有事組織、多用途隊に編成される部隊の一つだ。
上級部隊、〝東部多用途方面隊〟の中に置かれる国外事象行動隊は、国外での事態、国際事情が絡む各事象に対して、専門部隊として各隊より優先率先してその対応対処に当たる事を役割とする。
そしてその国外事象行動隊の中の、さらなる一部隊である拘留者管理指導隊は、有事行動に発生した拘留者――逮捕者や、捕虜などの管理取り扱いを、受け持つ部隊である。
旗上は、その拘留者管理指導隊を所属とする隊員であった。
「あぁ。他隊故に掌握から零れていたが、〝専門〟の人間がいたんだ。だから――少し彼に任せてみたいと思う」
驚く様子を見せた穏原に、長沼は続け説明して見せる。
「しかし……大丈夫なんですか?」
が、穏原は再び旗上の姿を一瞥しながら、懸念の色の含まれた声を発した。
拘留者管理指導隊は、逮捕者や捕虜等の〝取り扱い〟を得意とする部隊である。巷では、そんな同隊の一面を暗に言い表す言葉が広まっていた。
穏原は、自身も聞き及んでいたその言葉を思い返し、そしてその不穏な噂を抱える部隊の所属である旗上の存在、及びこれからの動きを懸念して、それを長沼に向けて訴えたのだ。
「人道に反する手段は取らないと、彼からは聞いてる。――だな、旗上多士長?」
その穏原の訴えを察し、長沼はそれに対して回答。そして旗上に向けて、確認の言葉を向けて発する。
「はっはっはぁ、御心配なく。そう、私はただ、人々と語り合いたいだけですから」
長沼の確認の言葉に、旗上は仰々しい口調でそんな言葉を返す。
彼のその言動に、一方の長沼や穏原等は、怪訝な物にしたままの顔を再び向けた。
「――とにかく、その旨を厳守してくれ。その上で、聴取を君に任せる。穏原三曹、君にも引き続き、聴取の監督を頼みたい」
少し困惑の色を見せながらも、長沼は気を取り直して、旗上に釘を刺す。そして穏原に向けても、続き聴取の主導を取るよう、要請の言葉を発した。
「あぁ、はい。了解です」
少し戸惑いつつも、穏原は長沼の言葉を了承する。それを聞いた長沼は「すまんな、頼む」と、申し話開け無さそうに一言を返した。
「さぁてぇ――よろしいかなぁ、少年よ?」
直後、おもむろに天幕内に、旗上の独特な声色が響いた。
そして怪訝な色で向けられる各員の視線をよそに、旗上は長机の前に立つと、座らされているクニの顔を覗き込んだ。
「……!?」
旗上の常にニヤついているような、薄気味悪いその表情と眼。それを目の前に、クニの顔は歪む。
「お、俺は何も知らない……!」
しかし賢明に虚勢を張り、クニは訴える言葉を紡ぐ。
「まぁーまぁ、落ち着きたまえぇ。君も疲れているだろう。そうだ、気分転換にいくつかお話を聞きたくはないかねぇ?」
「……は……?」
所が、旗上から発せられたのは、そんな状況に反した提案であった。旗上のその言葉の意図がすぐには呑み込めずに、クニは呆けたような顔を作る。
「旗上多士長?一体何を始めるつもりだ?」
「焦らずに、三曹殿。さて、まずはどの物語を話そうかぁ―――」
懐疑的な声を寄越した穏原に対して、旗上はまぁまぁといったジェスチャーと共に促す。そして、旗上はその口から何かを紡ぎ始めた――




