10-3:「Huge Siege」
苛烈な戦闘が繰り広げられた夜は過ぎて終わり、日付は変わり、そしてその地は再び朝を迎えた。草風の村上空は、晴れ間こそ見せているが、厚い雲の散見される空模様を見せている。
そんな空模様の元――草風の村より東へ数百メートルの地点に、二人分の人影があった。
両者は共に、丘の傾斜地を利用して身を隠し、そこから何やら、草風の村を伺う様子を見せてる。
「なんだ……どうなってやがる……?」
内の片方、その右目を包帯で覆う青年が、困惑にも近い訝しむ言葉を零す。その青年は、先日ならず者達を率いて水戸美を襲った男、リーサーであった。
このリーサーという青年は、盗賊兼傭兵業を生業とする身であり、そして今は商議会に秘密裏に雇われ、商議会が表立って行えない大小の非合法な仕事を請け負い従事していた。
そして今現在の行動も、その仕事の一環であった。
――事が知らされたのは昨晩深夜。
商議会と魔王軍の関係に気付いた草風の村の住民の口を封じるため、村に発された傭兵隊が、壊滅しその一部が逃げ帰って来たとの報がもたらされたのだ。
なぜ碌な戦力も無い小さな村相手にそのような事態に陥ったのか、リーサーはもちろん商議会の関係者たちは最初、その話を信じられず訝しんだ。
そんな疑問に対して傭兵達は口々に、得体の知れない者等からの迎撃を受けたと訴えた、
しかし傭兵達の説明は要領を得ない部分も多く、リーサー達は実際の状況事態を把握するため、急遽偵察に出る事となったのだ。
そしてこの地に赴いたリーサー達は、不可解な光景を目にする事となった。
本来であるならば傭兵達の手によって、完膚なきまでに焼いて落とされているはずだった村は、しかし無傷とは行かないまでも健在の様子を見せている。
そして何より村の周辺には、異質な姿格好の者等や、得体の知れない数々の物体の居座る姿があるではないか。
「あいつ等が、傭兵共を退けたっていうのか……?」
先に見える不可解な光景に、再び困惑の声を零すリーサー。
「り、リーサーさん……な、なんなんすかあいつ等……?」
そんなリーサーの横から、困惑の声が聞こえ来る。リーサーの横には彼の配下である、まだ十代半ばにも達していないと見られる、一人の少年の姿があった。
「俺に聞くな……とにかく、一度戻るぞ」
少年に対して返し、リーサーはそう促す。
不可解な者達の正体は皆目不明だが、とにかく自分達の手には余る――露草の町に戻り、商議会の者に報告しなければならない。そう判断し、丘の麓に隠した馬へと戻るべく、身を翻すリーサー。
――しかし、振り向いた彼の視界を唐突に何かが占め、そしてその進路を阻害した。
「ヨーォ。そぉんなに急いでドコ行くのぉ?」
「ッ!?」
突然目に飛び込み、自身の行動を阻害した存在。そして掛けられ降りて来た声に、リーサーは目を剥く。
いつの間にそこにいたのか、リーサー達の背後には、凄まじく巨大な体躯の存在が、塞ぎ立ちはだかっていた。
「俺等に、なんぞ用事があるんじゃねぇのかぁ?」
さらにその背後、そこにある小さな崖状の段差から、陰険そうな顔立ちの男が上り現れ、声を掛けて来る。
――その両者は、他でも無い多気投と竹泉であった。
偵察行動に訪れたリーサー達の存在は、疾うに隊側に把握されており、そして多気投と竹泉はそんなリーサー達の退路を断つべく、回り込んできていたのだ。
「俺等も、ユー達のお話聞かせてほしぃなぁ」
竹泉の言葉に続けて、多気投はその太い片手に持ち構えたMINIMI軽機を翳し見せながら、状況に反した愉快な笑顔を浮かべて、リーサー達へと投げかける。
「お、オーク……!?」
一方、突然目の前に現れた、巨体と濃い褐色の肌を持つ、亜人種とも見紛う多気投の存在に、リーサーの配下の少年から狼狽の声が上がる。
「ッ……!」
その傍ら、リーサーは腰に下げた剣の柄を握り、抜剣し応戦態勢を取ろうとする。
「ぎぁッ――!」
しかし直後、乾いた破裂音のような音が響き渡り、同時にリーサーの口から悲鳴が上がった。彼の手の甲には痛みと衝撃が走り、リーサーの手から剣が放れ落ちる。
「余計なコトをすんじゃねぇよ」
そして竹泉から言葉が飛ぶ。多気投の斜め後ろに位置していた竹泉のその手には9mm拳銃が握り構えられ、その銃口からはうっすらと煙が上がっている。竹泉の発砲がリーサーの手の甲を傷つけ、彼の手から得物を失わせたのであった。
「おいたはダメだずぇ、お兄ちゃぁん」
相手に得物を失わさせて無力化。その上で多気投はリーサー達に向けて不気味とも取れる笑みで投げかけながら、一歩一歩と距離を詰め始める。
「ぅあ……わぁぁッ!」
直後に、配下の少年が叫び声を上げた。
迫る多気投のその巨体に、臆し危機を覚えたのか、彼は反対方向へを駆け出し逃走を図ろうとした。
「むぷッ!?」
しかし瞬間、配下の少年は何かにぶつかった。
そこには先まで何もなかったはずであり、配下の少年は事態を掴めないまま、ぶつかった何かからその顔を放して上げる。
「……ひッ!」
そして少年は、あどけないその顔を恐怖で染めた。
彼の視線に飛び込んで来たのは、最初に立ちはだかった多気投とはまた別の、そしてそれを遥かに超越する、歪で不気味な存在であった。
「――よぉ」
そんな少年に、頭上から一言声が掛けられる。
そして同時に、その存在の持つ禍々しい眼が、ギョロリと少年を見下ろす。
「ひぃッ――化け物ッ!」
その禍々しい存在を前に、少年は悲鳴を上げた。そして慌て身を翻し、その存在から逃走しようとする。
「――こぁッ」
しかし身を翻した少年の口から、直後に掠れた音――悲鳴が零れ出た。
見れば、その歪な存在から繰り出された手刀が、少年の首に入っていた。少年はそのまま気を失い、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちる。
「悪ぃな」
そんな倒れた少年の体を見下ろしながら、その歪な存在――制刻は一言呟いた。
「剱、この坊主を」
「あ、あぁ……」
制刻の背後には、制刻にその存在感を完全に飲まれていた鳳藤の姿もあった。
制刻はその鳳藤に少年の体の回収を任せ、自分はその先に立つリーサーに距離を詰める。
「な!クニッ!?」
一方のリーサーは倒された配下の少年を前に、少年の物であろう名を叫び上げる。
「糞、お前等一体――ぐぅッ!?」
そして狼狽の色を見せながらも、自身を囲う制刻等に向けて問いただす声を上げかけたリーサー。しかしその声は強制的に中断させられ、代わりにリーサーの口からは苦し気な声が零れる。
伸ばされた制刻の片腕によりリーサーの顎は鷲掴みにされ、そしてリーサーはそのまま掴み上げられ、その身を宙に浮かされていた。
「悪ぃが、質問すんのはこっちだ。何か知ってそうだな、来てもらうぞ」
掴み上げ捕獲したリーサーに向けて、制刻は淡々とそう発した。




